魔王様と禁断の恋

妄想計のひと

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1章

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かつて、魔界にも人間界にも、ましてや天界にリンドハイムという名前を知る者は殆どいなかった。

ただこのリンドハイムは非常に好戦的で、数年もしたら「魔界でその名を知らない者はいない」と言われる程になり、10年で人間界にも轟いた。

何よりこの魔族は命を取らず、約束を守り、自分に傷があろうとなかろうと挑戦者は断らず、またその姿の美しさから挑戦者と見物人は後を立たなかった。

そんな研鑽の日々を数百年送っていた。

そして余りにも強くなり過ぎてしまい、遂に魔界にも人間界にも彼に挑戦する者はいなくなってしまった。

リンドハイムは望んでいたわけではないが、いつの間にか「リンドハイム魔王様」と勝手に奉られていた。

「魔王様」

「リタ、やめてください。本当にそう呼ばれるのは恥ずかしいんです」

魔王様は「誰が呼び始めたのか分かったら、1発殴らないと」とぼやいている。

この魔王様は、魅力はあるが纏めるような能力はない。何せ脳筋だ。とはいえ魔族が纏まる必要はないので、このままで良いか、とリタは思っていた。

「では陛下」

「それも嫌です」

ため息を吐く魔王様は、魔界の食事処に来ていた。先ほどまで周りは賑やかだったが、魔王様が入って来たところで、いそいそと皆出て行ってしまった。

「今日は洗礼式でもあるのでしょうか?それとも、祭りでしょうか?先程、屋台が見えた気もします」

リタは適当な事を言って、魔王様が気にしないように努めたつもりだった。

「このままではいけません」

何も楽しくない、魔王様はそう呟いた。

今後どう身を振るうか、フォークを左手に持ち、焼き豆を突いて遊びながら考えた。

人間界から魔界へ繋がる大穴に行くには、関所を通る必要があり、一時的に魔王様はそこに身を寄せていた。
後に、魔王城が建つ場所だ。

ここならどちらにも遊びに行ける、という歓楽的な思考で魔王様が勝手に住み着いたのだ。

だが挑戦者がいなくなった今、それもあまり意味のないものとなってしまった。

「リタ、成熟した猛者がたくさん居る山とかありませんか?」

なんともむさ苦しそうな山を想像して、魔王様は恍惚の表情を浮かべた。

「お、お待たせしました。はは、魔王様にかかれば上にも下ににも敵はおりませんとも!」

店主は追加の酒をお世辞と共に運んできた。ここで言う上は人間界で、下は魔界の奥深くのことだろう。
そして、今後一生後悔し続ける言葉をリタは放ってしまったのだ。

「魔界と人間界がダメならば、天界はどうですか?」

その時のリタは特に何も考えず、この目の前の主に対して誠実に答えただけのつもりだった。

ただそれが本当に運命を変えてしまった。

「それは、とても面白そうです!」

魔王様の表情は非常に楽しそうで、紅玉の眼はキラキラと光り、今にも飛び出して行きそうだった。いや、本当に行こうとした。

「待ってください。天界には神官がたくさんいると聞きます」

この脳筋主人を止めなくてはと、リタは必死に呼びかける。

「大丈夫ですよ、神官がどうして命を奪うんですか?」

神官という存在はあまり馴染みがなく、どういう類いの者たちか、殆どの者は知らなかった。

「それに、どうしてリタを残して死ぬのですか?」

そう穏やかに呟くと、リタの頭を優しく撫でて魔王様は食事処を飛び出して行ってしまった。

残されたリタはため息をつき、それでも魔王様ならなんとかなるか、と1人で未来の魔王城へと帰って行った。





天界という場所が何処にあるのかを知っている者は居なかったが、魔力でふわふわと空を飛んでいる魔王様には少しの心当たりがあった。

たまに何も感じない空間が空にはあるのだ。
大きな結界があり、何かを上手に隠し過ぎている感じだ。

グッと魔王様は右手で拳を握り、魔力を込めて前へ突き出した。
目の前の何もない空が揺れ、拳に何かが当たる感覚があったと思ったら、すっと身体が傾いた。

「わわっ!」

拳を空かした時のようにバランスを崩したが、魔王様の下は丁度、庭園のような広く場所がとられた所だった。周りを見渡すと、沢山の建造物が広がっている。

思ったよりも簡単に見つけてしまい、これには魔王様も拍子抜けしてしまった。

だが直ぐに「ゴーン、ゴーン」という鐘の音が鳴り響き、大勢の白い衣と甲冑を身に纏った神官たちが集まって来た。
驚愕の表情を浮かべた神官たちは次々と叫びだした。

「貴様は何だ?!魔族が天界に侵入するとはどういう了見だ?!」

「今すぐに捕らえて天帝の元へ差し出せ!」

魔王様はとにかく戦えればそれで良かったので、どう叫ばれようとも気にしなかった。
にっこりと楽しそうに微笑み、魔王様は襲いかかってくる神官たちを次々に殴り飛ばしていった。

僅かな時間が経過し、ほとんどの神官たちが倒れ、魔王様も少し疲れてきたが、彼らが言っていた天帝という存在がまだ居ることが分かっている。

この期に会っておかないと、結界を強くされ見つけられなくなったら面倒だ。

魔王様は辺りを見渡し、自分の近くに1つ、3方に1つずつで計4つ宮殿が建っている事を確認した。

だが、それよりも巨大な宮殿が大きな高台にあり、そこに天帝がいるのだろうと目星をつけて向かった。

巨大な宮殿の周りは緑が豊富だが、手入れは行き届いているようには見えなかった。

神官とは、趣がないのか忙しいのか、魔王様はそう考えたが、この宮殿の厳かでどこか寂しい雰囲気のせいで、誰も寄り付かないのではと思い直した。

「失礼しますー」

ギギギっと重たい扉を押して入ると、そこには長く広い空間があり、左右には白い垂れ幕がかかっていた。そして一番奥には無表情の男性が椅子に掛けていた。
男性は20代後半ほどで、端正な顔立ちで、黒色の長髪を頭の上で1つに縛り、腰の辺りまでたらしている。

これが天帝?思ったよりも若く見える。というのが魔王様の第一印象だった。髭を生やした年寄りを想像していたが、そうではなかったようだ。

「君は?」

天帝は下から上へ、その金色の眼で魔王様の姿を確認すると少し前のめりになって言葉を発した。

「私はリンドハイムという魔族です。魔界でも地上でも戦い飽きたのて、天界に強い人がいないかと探しに来ました!」

魔王様は目を輝かせ、この天帝と戦いたいという意志を表した。

「私と戦う気?」

「はい!」

天帝は希少生物見たかのように、目を大きく開き、興味が湧いたのか、立ち上がって笑顔の魔王様へと近づいた。

「戦って、何が目的?」

「目的とは?私はただ戦いたいだけです」

天帝の振る舞いから戦う意思が見え、魔王様の紅玉の眼に光が灯り、軽く髪を耳にかけると拳を握った。

天帝はふっと軽く微笑み、剣を抜いた。
その剣は、天帝の眼の色と同じ金色の光を纏った。

そこからは一瞬の出来事だった。

魔王様の拳は天帝の腹部を狙い、天帝の剣はそれを叩き落とし、その勢いの身を翻して右脚で魔王様の腹部に蹴り入れた。

寸前で蹴られると分かり、魔王様も身体を捩り魔力で防御するが勢いを殺せず、大きな衝撃を受けてしまった。

だがそれで天帝の攻撃は止まず、剣が振り下ろされ、魔王様は右腕に魔力を込めて防ごうとした。
1発1発が重く、魔王様は防戦一方になり、遂に防御する魔力が追いつかずに壁に激突してしまった。

「ゲホッ……」

さすがに魔王様も天帝を舐めていたと言わざるを得ない。そして自分がこんなにも歯が立たないとも思わなかった。

「もう終い?」

天帝の無情な剣が魔王様の首にかかった。

「殺すなら殺してください」

悔しいが魔王様は負けてしまった。負けたからには勝者に命が委ねられるのは仕方のない事だ、と魔王様は腹を決めていた。

だが突然、天帝は奇妙な事を言い始めた。

「殺すなんてつまらない。……君を私のモノにしよう」

「?」

一体この天帝は何を言っているんだ?魔王様の頭の中は真っ白になったが、先程自分が腹を決めたからには従うしかない。
天帝の表情は逆光になって何も見えないが、薄らと黄金色の虹彩だけが光って見えた。

「私は魔族です。どうやって天帝のモノなるんですか?神官にでもなれと?」

そう魔王様は軽口を叩いた。

「魔族と神官で何が違う?ここでは私が規則だ」

どこか、この天帝の剣呑な空気は魔王様に伝わり、背中に冷や汗をかき始めた。

「私のモノになるのは嫌?軟禁は?」

本当にこの天帝が何を考えているのか魔王様には理解出来なかった。だが軟禁は困る。自由奔放な魔王様にとってはひどく屈辱的な事だ。何か折衷案を考えなければならない。
努めて平静に、いや平静になんて無理だった。

「無理です。戦う前に決めていないので、もう少しだけ譲歩してください」

敗者の嘆願だなんて非常に恥辱的だと思ったが、軟禁なんてつまらない生活を考えただけで頭が痛い。

「それなら、100年に1回でいい。合図を送るから、3日間遊びに来ると思って私のモノになって」

そう囁くと天帝は剣をしまって、魔王様に手を差し出した。
魔王様はかなり良い交渉ができたと思った。
この天帝の纏う空気を、魔王様は直に感じたというのに安直に考えてしまった。

「わかりました、約束します」

そう答えると、魔王様は手を取り立ち上がって晴れやかに笑った。また100年後に来て、この天帝と手合わせをしたらいい、それぐらい軽く考えていた。
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