【完結】皮肉な結末に〝魔女〟は嗤いて〝死神〟は嘆き、そして人は〝悪魔〟へと変わる

某棒人間

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品行方正

追憶① 梅の花園にて

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 回夜光輝は、赦されたい。

 回夜光輝は、忘れられない記憶から赦されたい。

 それこそが、回夜光輝が親戚である回夜歩美を〝魔女〟と呼んで警戒する原点でもある。



 回夜光輝は、赦されない。

 回夜光輝は、自分自身を赦さない。

 誰が何を言おうとも、それでも回夜光輝が自分を赦すことはない。
 
 これは――回夜光輝がまだ小学、そして中学生だった頃の追憶である。



   ◇   ◇   ◇



 私、東条梅香とうじょううめかは……良く言えば『品行方正』、悪く言うと『つまらない』人間なのだと思う。
 産まれた時から『良家に相応しい品行方正の子に育てないと』という親や親族からすれば当然の教育が施された結果……なのだろう。
 『良い子でいなさい』『人の嫌がることをしてはいけません』『人様の秘密をぺらぺら喋ってはいけません』『悪いことをしてはいけない』等々、道徳のお手本のようなことを毎日言われ、育って来た。
 そのおかげと言うべきか、そのせいと言うべきか……おかげで私は両親や祖母が望む絵に描いたような『品行方正』な性格になった……と思う。
 『品行方正』な性格。学校のクラスメイトから言えば『ノリが悪い』性格。
 親や祖母からずっとそうした風に教育されてきたので、悪いことにどうしても拒否感を感じてしまう。それは他愛ない信号無視やごみを捨てるという行為にも及んでしまい、そのせいでクラスで浮いてしまう私を、クラスメイトはクスクスと嗤って見ることも多い。
 粘っこい、悪意の視線にさらされても……私は自分の生き方を曲げられない。
 だってそれが当たり前だから。私が望んだわけじゃないけど、これが私の人生だと思ってしまうから。
 でも……そんな私にも、幸せはある。

「はい、じゃあ皆さん。今年も全員で健康にこうして集まれたことを祝して……乾杯!」
『かんぱ~い!』

 カチャン、とコップ同士がぶつかり合う音が鳴り響く。私も周りの親族にならってジュースの入ったコップを掲げる。
 父方の実家、東条家の屋敷。その広い庭園で親族が集まり、今が盛りと咲き誇る幾つも植えられた梅の花の下で宴会が催されていた。
 祖母の音頭でコップが掲げられ、皆楽しそうに飲み食いに勤しむ。

「はい、梅香。卵焼き。煮海老に鴨肉も」
「あ……うん、ありがとうおばあちゃん……」

 祖母が笑顔でお重に盛った料理を皿に移し、それを私に渡してくる。笑顔でそれを受け取ってじっくりと料理を舌で味わう。

「たんとお食べ」

 ニッコリ笑顔の祖母。

「うん……美味しいよ、おばあちゃん」

 と社交辞令を返す私。うんうんと頷くと祖母はまた別の人様に料理を皿に盛り始める。
 私は黙々と料理を口に運びながら、顔を上げて梅の花を眺める。紅色に咲く梅の花。紅梅とは、まさにこういうことを指すのだろう。
 上品で、それでいて決して自己主張しない慎ましやかな梅の花。まさに自分のよう。自分の『梅香』と名付けられたのも、名が体を表すかのようだと変に感心してしまう。

(奇麗……)

 ふふ、と笑って梅の木に咲き乱れる花を眺める、と。



「ジュースのおかわりは要るか?」



「っ!」

 声をかけられ……少し驚く。

「光輝……お兄ちゃん……」

 柔らかな笑み、抜けるような白い肌、それでいてモデルのような整った顔立ちの少年、回夜光輝かいやこうきお兄ちゃんがジュースの瓶を持ちながら笑いかけて来た。

「楽しんでいるか、梅香?」
「う、うん……ありがとう」

 ニッコリと、少しぎこちなく笑みを返す。
 回夜光輝。光輝お兄ちゃんと呼んでいる、私の親戚。家が近く、同じ学校に通っていることもあって、親切に世話を焼いてくれる。

「じゃあな」

 そう言って別の場所へと移動する光輝お兄ちゃん。

「………………」

 私はつい名残惜しくなり、その後姿を目で追ってしまう。
 光輝お兄ちゃんは、私よりも二歳年上の小学五年生。今が二月なので、来年の四月には中学に進学して別々の学校になってしまう。それが少し寂しい。
 ついでに……『光輝お兄ちゃん』という呼び方から、『妹』のように扱われるのも。

「………………」

 私は、光輝お兄ちゃんのことが好きだった。
 品行方正にと育てられたつまらない私にも、光輝お兄ちゃんは決して見捨てることなく笑いかけ、話しかけてくれる。『つまらない』を、『個性』と見てくれる。
 でも、光輝お兄ちゃんは私を妹としてしか見ていない。
 ……高望みはしてはいけない。そう思っている。だけど、それが時折どうしようもなく泣きたくもなる。
 どんよりと、自分の心が暗く沈んでいる所に、

「ねえちゃん、おれも、ジュース、のむ!」
「ぁ……祐樹ゆうき

 再び声がかかる。
 顔を上げると、そこには四歳になる弟の祐樹ゆうきがいた。小さくも、腕白な弟。舌足らずな言葉でニッコリと笑い、私のコップを掴もうとする。

「ああ、もう。それ私の……待ってて。新しいコップもらって来るから」

 座っていた赤の敷布から立ち上がろうとしたところに、

「ほい、祐樹。ジュースな」
「っ光輝、お兄ちゃん……」

 再び光輝お兄ちゃんが戻って来て、コップを祐樹に渡してくれる。

「ごめん、なさい。ほら、祐樹……」
「うん、ありがとぅ!」

 光輝お兄ちゃんからコップをもらって楽しそうにはしゃいで飲み干す弟の祐樹。そんな弟を見て、私は苦笑しながら光輝お兄ちゃんに礼を述べる。

「あの……ありがとう、光輝お兄ちゃん」 
「はは! どういたしまして。いいな、弟。俺にも兄弟が居ればなあ」

 羨ましそうに弟の祐樹を見つめる光輝お兄ちゃん。確かに、光輝お兄ちゃんのところは一人っ子だ。兄弟に何か憧れでもあるのかもしれない。

「まあよく『双子?』と質問されるけど」
「ああ……」

 光輝お兄ちゃんの最後の愚痴にも似た呟きに納得する。そしてちらりと視線を横に向ける。

「ふふ……」

 梅の木の下。梅の花を見上げ、散策する一人の少女の姿。横顔からでも分かる、整った顔立ちに歩くたびに揺れる髪に服の裾。
 満開の梅の花の下微笑む彼女。その姿は、まるで一枚の絵画のよう。
 と……こちらに気付いてふっと見つめ返して微笑んで来る。

歩美あゆみ……さん」

 私は光輝お兄ちゃんと同じ親戚である彼女に、軽く会釈をしたのだった。
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