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品行方正
追憶② 宴に潜む不穏な影
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花のかんばせと称されるような奇麗な少女、回夜歩美さん。光輝お兄ちゃんと違い、私は……彼女に対し、何処か苦手意識がある。
別に彼女が何かしたという訳ではない。ただ……彼女が、憧れの光輝お兄ちゃんと同じ『回夜』という苗字であること、そして同い年でしかも同じ学校に通っているという現実が、どうしても私に影を落としてしまう。
(〝嫉妬〟……なんて、ダメなんだろうけど……)
何処か……心に引っかかる。もやっとした何かが残ってしまう。こうして光輝お兄ちゃんの口からやはり歩美さんの話が出ると……どうにもつい意識してしまう。
良家の息女として育ててもらっているのに、〝品行方正〟にと育てられているのに……それとは全く真逆の感情に、私は何とも言えない居心地の悪さを味わってしまう。
「おーい、歩美ー! 花を見るのもいいけど、そろそろこっちへ来いよー!」
「ん? んー……じゃあそうさせてもらおうかな?」
光輝お兄ちゃんの声を聴き、歩美さんが両手を後ろに組んだまま此方へと歩いて来る。
「ほい、ジュース。取り皿ももらって来るわ」
「はい、ありがとう」
クスッと笑って歩美さんはジュースの入ったコップを受け取る。
「普通、花より団子なんだがなあ……お前は団子より花、という感じだな」
「興味をそそられるものを愛でる方が、私の性に合っているのよ」
呆れた声の光輝お兄ちゃんの言葉も歩美さんはどこ吹く風だ。
「毎年毎年、景気良く咲いてくれている訳だし、そのおかげでこうして毎回親戚一同集まっているんだから、興味もへったくれもないだろうに」
「毎年毎年咲いてくれているからこそ、その違いを探すのも楽しいわよ?」
やれやれと料理の盛られた皿を渡す光輝お兄ちゃんに歩美さんが笑って受け取る。なんというか……言葉の応酬が、凄い。別に悪口を言い合っている訳ではないのだが……水掛け論とでも言うのだろうか。仲が良いのか悪いのか、傍から見ていてもよく分からない。
(いや、悪い訳じゃない……と思う)
むしろこの二人、相性は良いんじゃないかとすら思える。仲が良いかは分からない、けども。
……相性は良いけど仲は悪いって言葉遊びだな、と苦笑する。そこに、
「皆楽しんでいるかい?」
「! おばあ様……」
「ほっほっ」と上品な笑い方をしながら近寄ってくる、着物を着た祖母咲子の姿に思わず私は居住まいを正す。
「はい、楽しんでますよ? やっぱりこの梅の庭園は最高ですよね」
クスッと歩美さんが箸と皿を握りながら笑みを向ける。
「ご飯も食べずにずっと梅の花を見ながら散策してて……取り合えず飯食べてからにしてと言ってやって下さい」
はぁーっと呆れた口調の光輝お兄ちゃん。
「えっと……ごちそう、美味しいよ? おばあちゃん……」
私は笑顔を作り社交辞令を述べる。
「ほっほっ! そうかいそうかい!」
三者三様の返事を受け取り、微笑むおばあちゃん。そしてお皿に盛られた料理をフォークで刺して食べている弟の祐樹に視線を落とし、頭をなでる。
「祐樹は何歳になったかねぇ?」
「ん? ん~……三歳!」
しばらくの逡巡の後祐樹が元気よく答える。
「ん。そうかいそうかい。良い子だねぇ」
屈託なく笑う祖母。それに嬉しそうに笑いながら頭を撫でられる祐樹。
なんでことない、おばあちゃんと孫のちょっとした触れ合い。
良いことだ、と私は目を細めてその光景を眺めながら料理を口に運ぶ。
「母さん、追加の料理持って来たよ」
そこに、
「あ……お父さん……」
スーツ姿の父が祖母に話しかける。
「梅香、それに祐樹。楽しんでいるかい?」
クスッと笑いかける父。見た目が若々しく、恐らくは美形に部類される顔立ち……と娘の自分から見てもそう思える父は、笑みを浮かべながら追加のお重を両手で運んで赤い敷布の上に並べていく。
「はい、追加の料理。もっといっぱい食べなよ?」
「うん!」
父の声を皮切りに、祐樹がお皿を持って新しく運ばれてきたお重に突撃する。
「ほっほ! 元気がいいねえ」
笑う祖母と、
「こら、祐樹! 走ったら危ないでしょう!」
と、遠くから響く声。
「お母さん……」
声のした方を向けば、怒りと困りが半々と言った様子の表情の母が此方へ歩み寄って来ていた。
「もう、この子ったら……すいません、祐樹ったら危ないでしょうに……」
「いいのいいの」
母が頭を下げて祖母が笑って返す。
「はい、祐樹。料理だよ」
微笑む父が、祐樹の皿に料理を盛り付ける。
「あら。追加の料理も美味しそうね」
「散歩していたら、喰いっぱぐれたろ?」
後ろからお重を覗き込む歩美さんと光輝お兄ちゃん。
私もおかわりしようと立ち上がり……
「本当は老舗のお菓子屋さんで買った饅頭とかの詰め合わせのお重もあったはずなんだけどねー……」
「――――――っ!」
ピクリ、と身体が硬直した。
「? 無かったの?」
「そうなの。確かに買っておいたと思っていたんだけどね……」
問いかける父に、不思議そうに首を傾ける祖母。
「そういうこともありますよ。時々冷蔵庫の奥とかにいっててかなり後になって見つかったりしますもの」
母がクスッと笑い、フォローする。
「………………」
私はその話を聞きながら、あえて見ないようにした。顔を伏せ、ただ黙々と食事を食べる。と、
「? 梅香、大丈夫か? ちょっと顔色が……」
「っ!」
光輝お兄ちゃんに声をかけられ、はっと顔を上げて無理矢理笑みを浮かべる。
「あ……えっと……大丈夫、だよ」
ニッコリ笑顔。うん、大丈夫。
(大丈夫………ばれてない)
私は……ただ祈り続けながら、食事を続けた。
「……ふむ」
――此方を意味深げに見つめていた、歩美さんの視線にこの時の私は気付くことはなかった。
別に彼女が何かしたという訳ではない。ただ……彼女が、憧れの光輝お兄ちゃんと同じ『回夜』という苗字であること、そして同い年でしかも同じ学校に通っているという現実が、どうしても私に影を落としてしまう。
(〝嫉妬〟……なんて、ダメなんだろうけど……)
何処か……心に引っかかる。もやっとした何かが残ってしまう。こうして光輝お兄ちゃんの口からやはり歩美さんの話が出ると……どうにもつい意識してしまう。
良家の息女として育ててもらっているのに、〝品行方正〟にと育てられているのに……それとは全く真逆の感情に、私は何とも言えない居心地の悪さを味わってしまう。
「おーい、歩美ー! 花を見るのもいいけど、そろそろこっちへ来いよー!」
「ん? んー……じゃあそうさせてもらおうかな?」
光輝お兄ちゃんの声を聴き、歩美さんが両手を後ろに組んだまま此方へと歩いて来る。
「ほい、ジュース。取り皿ももらって来るわ」
「はい、ありがとう」
クスッと笑って歩美さんはジュースの入ったコップを受け取る。
「普通、花より団子なんだがなあ……お前は団子より花、という感じだな」
「興味をそそられるものを愛でる方が、私の性に合っているのよ」
呆れた声の光輝お兄ちゃんの言葉も歩美さんはどこ吹く風だ。
「毎年毎年、景気良く咲いてくれている訳だし、そのおかげでこうして毎回親戚一同集まっているんだから、興味もへったくれもないだろうに」
「毎年毎年咲いてくれているからこそ、その違いを探すのも楽しいわよ?」
やれやれと料理の盛られた皿を渡す光輝お兄ちゃんに歩美さんが笑って受け取る。なんというか……言葉の応酬が、凄い。別に悪口を言い合っている訳ではないのだが……水掛け論とでも言うのだろうか。仲が良いのか悪いのか、傍から見ていてもよく分からない。
(いや、悪い訳じゃない……と思う)
むしろこの二人、相性は良いんじゃないかとすら思える。仲が良いかは分からない、けども。
……相性は良いけど仲は悪いって言葉遊びだな、と苦笑する。そこに、
「皆楽しんでいるかい?」
「! おばあ様……」
「ほっほっ」と上品な笑い方をしながら近寄ってくる、着物を着た祖母咲子の姿に思わず私は居住まいを正す。
「はい、楽しんでますよ? やっぱりこの梅の庭園は最高ですよね」
クスッと歩美さんが箸と皿を握りながら笑みを向ける。
「ご飯も食べずにずっと梅の花を見ながら散策してて……取り合えず飯食べてからにしてと言ってやって下さい」
はぁーっと呆れた口調の光輝お兄ちゃん。
「えっと……ごちそう、美味しいよ? おばあちゃん……」
私は笑顔を作り社交辞令を述べる。
「ほっほっ! そうかいそうかい!」
三者三様の返事を受け取り、微笑むおばあちゃん。そしてお皿に盛られた料理をフォークで刺して食べている弟の祐樹に視線を落とし、頭をなでる。
「祐樹は何歳になったかねぇ?」
「ん? ん~……三歳!」
しばらくの逡巡の後祐樹が元気よく答える。
「ん。そうかいそうかい。良い子だねぇ」
屈託なく笑う祖母。それに嬉しそうに笑いながら頭を撫でられる祐樹。
なんでことない、おばあちゃんと孫のちょっとした触れ合い。
良いことだ、と私は目を細めてその光景を眺めながら料理を口に運ぶ。
「母さん、追加の料理持って来たよ」
そこに、
「あ……お父さん……」
スーツ姿の父が祖母に話しかける。
「梅香、それに祐樹。楽しんでいるかい?」
クスッと笑いかける父。見た目が若々しく、恐らくは美形に部類される顔立ち……と娘の自分から見てもそう思える父は、笑みを浮かべながら追加のお重を両手で運んで赤い敷布の上に並べていく。
「はい、追加の料理。もっといっぱい食べなよ?」
「うん!」
父の声を皮切りに、祐樹がお皿を持って新しく運ばれてきたお重に突撃する。
「ほっほ! 元気がいいねえ」
笑う祖母と、
「こら、祐樹! 走ったら危ないでしょう!」
と、遠くから響く声。
「お母さん……」
声のした方を向けば、怒りと困りが半々と言った様子の表情の母が此方へ歩み寄って来ていた。
「もう、この子ったら……すいません、祐樹ったら危ないでしょうに……」
「いいのいいの」
母が頭を下げて祖母が笑って返す。
「はい、祐樹。料理だよ」
微笑む父が、祐樹の皿に料理を盛り付ける。
「あら。追加の料理も美味しそうね」
「散歩していたら、喰いっぱぐれたろ?」
後ろからお重を覗き込む歩美さんと光輝お兄ちゃん。
私もおかわりしようと立ち上がり……
「本当は老舗のお菓子屋さんで買った饅頭とかの詰め合わせのお重もあったはずなんだけどねー……」
「――――――っ!」
ピクリ、と身体が硬直した。
「? 無かったの?」
「そうなの。確かに買っておいたと思っていたんだけどね……」
問いかける父に、不思議そうに首を傾ける祖母。
「そういうこともありますよ。時々冷蔵庫の奥とかにいっててかなり後になって見つかったりしますもの」
母がクスッと笑い、フォローする。
「………………」
私はその話を聞きながら、あえて見ないようにした。顔を伏せ、ただ黙々と食事を食べる。と、
「? 梅香、大丈夫か? ちょっと顔色が……」
「っ!」
光輝お兄ちゃんに声をかけられ、はっと顔を上げて無理矢理笑みを浮かべる。
「あ……えっと……大丈夫、だよ」
ニッコリ笑顔。うん、大丈夫。
(大丈夫………ばれてない)
私は……ただ祈り続けながら、食事を続けた。
「……ふむ」
――此方を意味深げに見つめていた、歩美さんの視線にこの時の私は気付くことはなかった。
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