【完結】皮肉な結末に〝魔女〟は嗤いて〝死神〟は嘆き、そして人は〝悪魔〟へと変わる

某棒人間

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エピローグ 下 〝魔女〟は嗤いて〝死神〟は嘆き、そして人は〝悪魔〟へと変わる

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「どうして……柳川は……音無を無視なんてし始めたんだ……友人なのに」
「此処へ来る道中にも話したでしょう? 彼女はとっても嫉妬深くて、おまけに直情的な性格だって。だから光輝に話しかけてもらえた音無さんが憎たらしくなって、それで無視を始めたんじゃないか……って」

 確かに、此処へ来る道すがら歩美に質問したらそう返って来た。が、

「納得出来ん……友人なのに、そんな……たかがそんな理由で? 大体、俺は柳川と喋ったこともないんだぞ? そりゃ、挨拶くらいはあったかもしれないが……」
「〝そんな理由〟……ね?」

 意味ありげに笑う歩美。なんだ……? 

「柳川さんの、下の名前覚えている?」
「? 確か……〝晴子〟……だろ?」

 ニュースで散々報道された名を口にしながら、俺は訝しむ。なんだ? 何が言いたい?

「そうね。それが理由の一つとも言えるわね?」
「はぁ?」

 全く意味が分からない。思わず声を上げて疑問を呈する俺に、歩美はクスッと笑って説明する。

「名前に〝子〟が付く。彼女はそれがとても嫌だったらしいわ。コンプレックス……と言ってもいいくらいに」
「……〝子〟が付く? それが嫌?」
 
 全く意味が分からなかった。

「そう。グループの他の子の下の名前、百合や千佳、広江、希津奈だけど……自分だけ晴子と名前に〝子〟が付く。柳川さんは『婆臭い』と言ってとても嫌だったらしいわ」
「……〝子〟が付くのが、そんなに変なのか?」
「少なくとも、本人にとっては改名したいと周りに言うくらいは、嫌だったみたいね」
「………………」

 そう言えば、と俺は思い出す。クラスの休み時間、だべっているあのグループの話を偶然聞いた時、そんな話をしていたような気もする。が、

「それが音無の今回の事件と何の関係が……いや待て。まさか?」

 点と点が繋がり、俺は歩美の言いたいことが分かった。

「ええ。まあもしかしたら、『希津奈』という雅なイメージな名前が羨ましくて、それも要因となって無視に繋がったのかも……。まあ、きっかけは光輝が音無さんに話しかけたことだけど」
「そんな……たかが名前くらいで……それにきっかけと言っても、ただ俺と二人で話したくらいだぞ?」
「コンプレックスなんて人それぞれだし、きっかけなんて些細な物よ」

 俺の抗議(?)も暖簾に腕押し、柳に風。歩美にばっさり切り捨てられる。

「どうも、名前で柳川さんは小学校低学年の時にからかわれたらしくてね。それが尾を引いて、嫉妬深くなったとか。飽くまで同じ小学校出身の子が周りには話していた噂だけどね」
「……でも……友人……」
「友人だから、許せないこととかあるんでしょう? 特に柳川さんは嫉妬深くて直情的だから。
 最も、それもコンプレックスの塊という裏返しなのかもしれないけど」
「………………」

 押し黙る俺に、歩美がさらに続ける。

「そんなコンプレックスを抱えていたから、彼女はファッションに敏感だった。美しく自分を着飾ることに必死になった。
 色恋もそう。彼女にとって顔の良い、美形と付き合っているというのはそれだけで一種のステータスだった。
 そうやって、自分のコンプレックスを払拭しようとしていたんじゃないかしら?」

 歩美の説明に、俺は自分でも分からないがケチを付けようとして……止める。どうせ、真実は柳川しか分からないのだ。その柳川が死んだ以上、話を蒸し返して、何がどうなるというものでもない。

「まあ……結果柳川さんは、音無さんが大切にしていた〝絆〟を軽視し、死んだけども……ね」
「………………」

 そう。柳川は……死んだのだ。死んだ以上、真実は分からない。ただ同じグループで仲が良かったはずの柳川が音無に怒って無視をし、結果殺された、それが残された事実だ。

「音無さんにとって、〝絆〟は何よりも優先すべき事柄だけど、嫉妬深い柳川さんからするとそこまで重要じゃなかった。今回の事件は、そんな二人の温度差も原因の一つかもね」
「………………」

 確かに……そうなのだろう。実際音無は〝絆〟を大事だと豪語していたが、その相手の一人、柳川も大事にしていたのかというと、とてもそうは思えなかった。いや……もしかしたら、むしろ……。

「むしろ、鬱陶しく思っていたのかもしれないわね。音無さんの掲げる〝絆〟に」
「………………」

 顔が微妙に引きつる。全く以て同意得だが、歩美と同じ考えというのが気に食わない。

「音無さんは、小さい頃から母親に『〝絆〟を大事にしなさい』と育てられて来た。だけど、他の子にとって、特に柳川さんにとってはどうなのかしら? もしかしたら、何時の間にか仲良しでずっと一緒であることが、負担になっていた可能性もあるわね」
「〝仲良し〟が〝負担〟……か」

 またしても皮肉な話に俺は眉間をもむ。こういった話が、歩美は大好きなのだ。

「どんなに仲が良かっても、近過ぎればやがて〝絆〟が苦痛になる。心は疲弊し浸されていく。〝絆〟があっても見えなくなる。そして〝絆〟は毒となってその心身を蝕んでいく。
 どんなに身体に良かろうと、過剰摂取すればそれはただの害悪でしかない……と」
「………………」

 的を射ている、のかもしれない。どんなに健康に良いものでも、摂り過ぎれば逆に毒となる。〝絆〟も同じ。どんなに仲が良くても……、

「度を越えてしまえば、〝絆〟も〝しがらみ〟に取って代わられる……か」
「ふふ。光輝も分かって来たじゃない?」
「む……」
 
 歩美の得意げな表情に思わず不快になる。別に好き好んで歩美を喜ばせている訳ではない……が、確かに歩美の好きそうな皮肉の効いた話ではある。

「そうね。〝絆〟とは、〝しがらみ〟でもあるわ。
 〝親友〟だから、〝親子〟だからと、そんな理由で人は縛られるわ。ただ血が繋がっているだけなのに、ただ同じ学校に通って仲が良いだけなのに、人は人に縛られるの。
 にもかかわらず、大勢の人は『親を大切にしないといけない』『友人を大事にしないといけない』と考え、見捨てた人を非難する傾向にあるわ。その人の事情も知らずにね。
 親に虐待されたり、親友に裏切られたり、そんなこと珍しくもないのに、人は〝絆〟と称して人を結び付け、縛り付ける。大切だった〝絆〟も、何時からか過敏に反応してしまうようになり、どんどんと心を蝕んで、やがて〝絆〟は〝しがらみ〟となってその人を苦しめる。
 きっと、これはそういう話なのね」

 歩美の三日月の形に裂けた笑みが、より一層深まる。

「音無さんは『私達の〝絆〟は強固だ』と自負していた。だけど同時に『〝絆〟というのは柔くて脆いものだから、大切にしないといけない』とも考えていた。
 彼女はそれが矛盾していると、気付いていたのかしらね?」

 まさに歩美の独壇場だ。得意げに、そして何よりも楽しそうに語る歩美。俺は歩美の話に嫌気が差し、音無達の献花台に目を向け、

「っと……」

 忘れていた。俺はあるものを思い出し、喪服のポケットに手を突っ込んで探り当てる。うん、あった。

「? それは……」
「写真。音無達五人グループの。茶封筒の中にあった奴をカラーコピーしておいた」

 茶封筒に入っていたものもカラーで印刷されたものだった。それを警察に提出する前にカラーコピーしておいたものを、俺は家で要らない部分を切り落とし、写真立てに入れておいてそのまま喪服のポケットに入れておいたのだ。花束で手が塞がるので入れておいたのだが……すっかりと忘れていた。思い出してよかった。

「………………」

 そっと俺は献花台の空いているスペースにその写真立てを置いてやる。
 恐らくは入学式の際に撮った集合写真なのだろう。写真の中の五人は笑い合い、ふざけ合い、じゃれ合っている。
 ……まさか、この五人がこうして悲劇に見舞われるとは……写真を見ただけの人には、想像も出来ないだろう。

「……笑っているわね、彼女達」
「ああ……そうだな」

 じっと写真を見つめる俺と歩美。この五人は、もういない。もうこれ以上写真の中ですら笑うことはなくなった。

「……」
「…………」

 沈黙。しばらく、俺達は無言でその写真を眺め続け、

「なあ、歩美」
「ん?」

 俺が呼べば、歩美は顔を向けてくる。俺は顔を合わせず、写真に視線を向けたまま……最後の問いを投げかける。

「お前なら、音無を……あの五人や音無の母親を、救えたんじゃないのか?」
「無理ね」

 俺の問いかけを、あっさりといともたやすく否定する歩美。

「っ……!」

 即座に否定され、俺は顔を真っ赤に染めて歩美をねめつける。が、当の歩美はまるで気にも留めずにどこ吹く風といった具合だ。

「部外者の私があの五人……いや音無さんが抜けて四人か……に話をつけに行っても、門前払いされるか火に油を注いで余計にこじれるだけよ。私は光輝の親戚だし」
「っそれでも……!」

 尚も言い募ろうとする俺に歩美が呆れたような表情を向け、苦笑してくる。

「なぁに? 光輝はまだ懲りないの? 貴方が音無さんには話しかけたせいで、音無さんは追い詰められたっていうのに」
「ぐ……!」

 痛烈な一撃に、思わず呻く。が……それでも……俺は認められなかった。

「それでも……出来ることが、あったはずだ……」
「やれやれ……」

 大げさな身振り手振りで、肩を竦める歩美。

「さっきも言ったけど、斬れ味の鋭い刀は折れやすい。光輝も、もう少し適当に生きた方が生きやすいわよ?」
「っ! そんな簡単に、ああそうですかと言えるほど、人間出来ていないんだよ、俺は!」

 思わず、怒鳴ってしまう。ビリビリと空気が震える。しかし、俺は後悔しない。

「……」
「…………」

 視線が交差し合う俺達。俺は歩美を睨みつけ、歩美は俺を面白そうに眺める。そして、

「歩美。お前は〝魔女〟だ」
「そう」

 軽く応える歩美。俺は続ける。

「お前は……そうやって、高いところから見下ろして……理由をつけて誰かが苦しんでいるのを助けもせずにただ眺め、その姿を見て愉悦に浸る〝魔女〟だ」
「……ふふ」

 俺の言葉に、歩美はクスッと笑う。それに俺は眉を顰める。なんだ? 何がおかしい?

「前にも言ったけど……光輝は優しいわねー」

 薄ら笑みを浮かべる歩美。

「でも……」

 そう続け、その口の笑みが薄ら笑みから皮肉めいたものへと変わる。

「その優しさは、時に凶器にもなるわよ? 今回の音無さんと柳川さんのように、ね」
「っ……!」

 その言葉に、俺は思い出した。

『……光輝は優しいね。クラスメイトだからって心配するなんて。でも……』

 かつて、学校で歩美に同じことを言われたことを。その時は最後まで言われなかった。が……その続きは、これだったのだ。

『私には、光輝君の優しさは、残酷過ぎるよ』

 同時に……音無との最後の邂逅が脳裏を過った。

「私が〝魔女〟なら――」

 ふわりと風に乗って歩美の髪が舞う。手櫛で髪を梳いて、歩美は可愛らしく……笑う。

「――光輝は〝死神〟ね」
「………………」

 グッと俺は押し黙る。そんな俺を気にせず、歩美は続ける。

「優しい光輝。優しいから、貴方は困っている女子を見捨てて置けない。だけど、それが時に凶器になる。困っている側が、余計にひどい目に遭う。
 貴方はまさに、優しさという名の大鎌を振るう〝死神〟だわ」
「………………」
 確かに、今回の件ではそうなのかもしれない。だが、

「例えそうだとしても――」

 俺は歩美の視線を真っ向から受け止め、続ける。

「――俺は、彼女達を放っては置けない。放って置けば、きっと後悔するから」

 自分の中の、事実を告げる。

「ふふ……」

 俺の答えに満足したのかしていないのか。ともあれ、歩美は笑う。奇麗に笑う。

「だとすれば――」

 そう言うと歩美は視線を変えう。それに釣られ、俺はその視線の先を追う。

「――音無さんがこうなったのも、分かるわね」
「………………何?」

 視線の先には――献花台に置かれた写真立て。それを見てクスッと楽しげに笑う歩美は、「うん」と一つ頷く。

「だってそうでしょう?」

 さも当然のように、



「〝魔女〟と〝死神〟と会話して、無事に済む人なんて居る筈ないでしょう?」



 そう――言い放った。

「………………」

 思わず沈黙する俺。そんな俺に構わず、歩美は笑ってその場でクルリと一回転する。

「私が〝魔女〟で、光輝が〝死神〟――」

 一回転し……ピタリと止まる。そして、






「ならばさしずめ、彼女は〝悪魔〟といったところかしらね?」






 そう……歩美は、音無のことを、称した。

「………………」

 悪魔……か。俺は何も言えず、ただ溜息を吐く。

「……」
「…………」

 どちらともなく暫く沈黙が続き、

「……行くか」
「そうね」

 そう言って俺達は献花台を後にする。

「………………」

 最後に、俺こと〝死神〟と〝魔女〟は献花台を振り返り、

「さよなら、音無さん」
「あの世でも、皆と仲良く……な」

 そう――〝死神〟と〝魔女〟は、天国にいるであろう〝悪魔〟に別れを告げたのだった。
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