【完結】皮肉な結末に〝魔女〟は嗤いて〝死神〟は嘆き、そして人は〝悪魔〟へと変わる

某棒人間

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⑯ 所詮世界はそんなもの

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「無事か?」
「うん……平気、です」

 光輝君の問いに生返事を返しながら、私は……私と光輝君は住宅街を歩いて行く。
 とぼとぼとした速度の私に合わせてくれる光輝君。やはり、彼は優しい……優しい、が……その優しさが時折苦しい。元はと言えば、彼のその優しさで晴子達から無視されるようになったので、一瞬ありがた迷惑という言葉が脳裏を過った。

「……歩美と、何かあったか?」
「それ、は……」

 あったといえば、あった。しかし同時になかったと言えばなかった。
 困惑する私だったが、光輝君の険しい表情に根負けし、

「……何も、ない……です」

 そう言葉を振り絞った。

「……そうか」

 それだけ言って、沈黙する光輝君。実際、何もなかった。ただ、そう……〝気付かされた〟だけだ。〝絆〟を大事にしていながら……その実、自分自身が〝絆〟を疑っているということに。
 しばしの沈黙が私たちの間に訪れる。気まずい雰囲気。どうしたものか途方に暮れる私。

「……音無」
「っなに、か……?」

 しばらくの沈黙の後、ポツリと呟いた光輝君の声に過剰に反応する私。しかし光輝君は気にした風もなく言葉を述べる。

「一度……担任に相談したら、どうだ?」
「っ!」

 びくりと体が震える。だが光輝君は言葉を続ける。

「このまま時が解決してくれるか分からない。友人だし、先生に言ったところでどうにかなるか分からないし、向こうが結託して嘘を言うかもしれない。だが、一度考えた方がいい。なんなら、俺も証言する。グループに無視されているって」
「そ、れ……は……」

 グルグルと頭が回る。
 担任に、学校側に相談する。かつてはそういうことも考えたはしたが……自分の選択には入らなかった。
 理由は簡単。それは、〝絆〟を反故にする裏切りだからだ。
 大切な、友人。晴子達。しかし彼女達とこのままズルズルと離れたままで良い訳がない。
 
「裏切り、とか思うかもしれないが……飽くまでも相談してどうにか仲を取り持ってもらうだけだ。何なら担任から『最近音無が独りでご飯を食べているようだが、前まで一緒だったのに何かあったのか?』と言ってくれるだけでも、何か変わるかもしれない」
「それ、は……」

 光輝君の言うことは、正しい。確かにグループ内での無視など世間一般では悪いことだろう。しかし、件の当事者にとって……それはあまりにも気が引ける行為だった。
 その行いで、何か好転するだろうか? ただただ、グループから『チクった』と後ろ指をさされ、絶縁されるだけではないだろうか?
 しかし――同時に私の心に先ほどの回夜さんとの会話で生まれた、『その程度のことで破られる絆なのか?』という疑念が再び頭をもたげる。
 担任に相談する――それは〝裏切り〟なのではないか? しかし、それは彼女達を〝信じていない〟ということではないのか?
 
「………………」

 〝友情〟と〝絆〟の板挟みに心が擦り切れそうになる。私は、どうしたいのだろうか? 否、どうすればいいのだろうか?

「………………」

 ちらりと光輝君の顔を盗み見る。黙々と歩く彼。歩幅を合わせてくれる、残酷なまでに優しい彼。
 いっそ彼から担任に言ってくれれば……自分は困らなくて済むのに、と言い訳がましいことを思ってしまう。同時に、そんな自分を恥じる。
 
(そんなの、いけない……よね)

 それは、逃げだ。選ぶことを放棄しただけ。自分で選んでいないから、失敗しても、彼の責任に出来る。自分自身を誤魔化せるだけ。
 そんな自分のどうしようもないどす黒い部分を自覚し……自己嫌悪に陥る。

(ああ、でも……)
『最近音無が独りでご飯を食べているようだが、前まで一緒だったのに何かあったのか?』と言ってくれるだけでも、何か変わるかもしれない』

 光輝君の言葉が脳裏に浮かび上がる。うん、それだけならいいかもしれない。言うだけ言って、相談に乗ってくれるかもしれない。そうすれば、幾分心はマシになるかもしれない。
 前のグループでいた頃の私なら……もしも無視されたのが私でなければ、反対したであろう提案。しかし、

「……担任に相談するのは、考えてみてもいいかもしれない」

 私はそれだけ呟いた。光輝君がピクリと眉動かし、次いで安堵の溜息を吐いた。
 この時――私の心はもう、疲れ切っていた。



   ◇   ◇   ◇

 翌日、私はとある準備をして担任の定年まじかの男性教師、担任の尾田先生を尋ねに、職員室へ足を運んだ。幸い、朝早くに来たおかげで尾田先生以外の教師はいなかった。

「尾田先生……」
「んあ? どうした、音無?」

 忙しく何か書類をチェックし続ける尾田先生。それに私は先生の前で、言葉を紡ぐ。

「あの……実は……」
「うん?」

 訝し気な表情の尾田先生。私は、言葉を途切れ途切れに……どうにか口に出していく。
 
「わ、たし……その……友達、の……はる、柳川さん達から……無視、されていて……」

 バシン!

「いじめなんて、俺のクラスには存在しない!」
「っ!」

 一喝。

「邪魔だ! 集中したいから、こっち見るな!」

 そう言って「シッシッ!」と手を振って私を追い出そうとする尾田先生。
 私は……何も言えず、そのまま無言で後にした。

「失礼しました……」

 小さな、消え入りそうな声で職員室の扉を閉める。そして私はある仕掛けの装置を切り、ふっと自虐の笑みを浮かべる。

(ま、こんなものよね……)

 でも、良かったのかもしれない。そう前向きに考える。少なくとも、これで晴子達を『チクる』ことは無くなった。
 晴子達を裏切らなくて済む……そのことに、自分でも不思議な……安堵の溜息を吐いたのだった。






 そして――その時は、もうすぐそこまで迫っていた。
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