【完結】皮肉な結末に〝魔女〟は嗤いて〝死神〟は嘆き、そして人は〝悪魔〟へと変わる

某棒人間

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エピローグ 上 全てはもう、後の祭り

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 音無希津奈の母、音無弓香は弱い人間だった。
 誰かに依存しないと生きていけない女。誰かに寄生せずにはいられない女性。その精神構造は、実際はかなり幼稚だったのだろう。
 自身の娘を『希津奈』と名付けたのも、夫の「〝絆〟を大事にする子にしたい」というその場しのぎの適当な台詞を真に受けたからに過ぎず、その夫から見捨てられても尚『クラスメイトや友達との絆を大事にしなさいね』と言い続けた。
 見捨てられても尚、縋るしかなかったのだ、夫の残したその言葉に。
 そして――母親である弓香は、今度は娘に依存を始めた。
 離婚して夫との絆を断たれた母弓香はその穴を娘で埋めようとした。「〝絆〟を大事にする子にしたい」と夫の放った言葉を言い続け、別れても尚夫にしがみつき続けた。
 誰かと一緒でなければ生きていけない。依存相手がいなければ心の安定を得られない。奇しくもそれは〝絆〟に執着し続けた娘、希津奈と非常に似通っていた。

 そして――母弓香は娘と二人での生活を経て、新たな出会いを得る。
 木田雄二、母弓香の思い人。希津奈からすれば母弓香の新たな〝絆〟の相手。
 だが………………。



   ◇   ◇   ◇



「母親の思い人、木田雄二の狙いは娘の希津奈さんの方だった」

 両手を真横に伸ばし、ぶらぶらと歩く回夜歩美。その後を、俺回夜光輝は何も言えずにその後を花束を手に付いていく。
 嘗て連日に渡ってテレビの報道によって占領されていたたこの周辺も、事件から何日も経った今ではまばらに人がいる程度だ。

「警察の発表であったわ。女子高生の盗撮やら違法AVやらが、木田のパソコンや家から発見されたって、ね」
「……最悪だな」

 思わず眉間にしわが寄る。そんな変態と母親が再婚することになるとは……最早生き地獄に等しい。

「ついでに言うと、希津奈さん一家が木田の家に引っ越すことになったんだけど、用意された希津奈さんの部屋に盗聴器と小型カメラが仕込まれていたとか。もうどうしようもない奴よね」
「っ………………!」

 あまりの変態とストーカー気質に、言葉が出なくなる。

「でもねぇ……そんな奴でも、母親の弓香さん? は愛していたみたいねえ。そんな母親を裏切りたくなくて、もしかしたら自分の勘違いかもしれないという可能性にかけて、希津奈さんはそんな疑いを母親に言い出せずにいた。健気だこと」
「……健気、か」

 『健気』という一言で片づけられる問題ではない、と俺は感じた。言い出せずにいたのは、何も母親の為だけではない。希津奈自身が「〝絆〟を大事にしなさい」と幼い頃から言い含められて育って来た。故に、当然と言うべきか……母親の〝絆〟を自分のせいで断つのが嫌だったのだろう。
 母親の幸せを自分の疑いで奪う訳にはいかない。同時に、母親から〝絆〟を奪うという行為が出来ない。
 音無希津奈という少女は、自分や母親の大切にしてきた〝絆〟に絡め捕られ、結果〝絆〟に殺されたのだ。

「……一つ質問する」

 歩美に俺はどうでもいいような、それでいて知りたい質問をぶつける。 一つ、どうしても分からない部分が歩美の説明(?)であったのだ。

「希津奈の母親は、娘の希津奈に執着していたとお前は読んだ。だが、本当に母親が娘に執着していたら、学校で友達を作り、遊びに行かせたり等させるか?」

 そう。どうにも分からない部分だった。
 歩美の説明において本当に母親が娘に執着していたならば、依存していたならば……娘に友人が出来るのは独占出来なくなる。それは、歩美の読みとは矛盾しているように思える。

「ああ、それは簡単」

 しかし、歩美は此方に向き直ると肩を竦めて軽く答えた。

「母親の弓香さんは娘を旦那さんの代わりとして依存していたに過ぎないから、よ」
「? 代わり?」

 オウム返しに問えば歩美は頷いて続ける。

「母親の弓香さんの心の中にあったのは、飽くまでも離婚した旦那さんがあった。少なくとも、木田と出会うまでは」

 言いながら、歩美はその場で回転しながら謳うように続ける。

「つまり……離婚した旦那さんの言葉を、律義に守り続けていたとすれば? 『〝絆〟を大事にする子にしたい』といった旦那さんとの思い出に毎日浸り、それに母親が縋りついていたとしたら? 娘の希津奈さんは、その抜けた旦那さんの代替物でしかなかったとすれば?」
「それ、は……」

 言いたいことが、なんとなく分かって来た。

「旦那さんが『〝絆〟を大事にする子にしたい』と言ったのだから、絆を大事にする子にしなければいけない。だから娘の絆が断たれるような真似をしてはいけない。愛しい旦那さんが残してくれた子供だから、愛情深く育てなくてはいけない。良い母親でなければいけない。
 そんな風に考えたとしたら?」
「つま、り……娘の為ではなく、飽くまでも、と?」

 俺の理解の範疇を超えたナニカを、どうにか理解し要約し、言葉にしてみる。

「まあ、そういうことになるのかしら?」

 クスッと笑う歩美。どこに笑う要素があったというのか。

「まあそれも、木田雄二が現れるまでの話」
「………………」

 俺の顔が嫌でも曇る。どうにか無表情を取り繕いたいが……無理だった。希津奈のことを思うと。

「新しい恋人である木田が出来たから、母親は昔の男なんて忘れたわ。新たな依存先の完成。木田の方も、自分にすり寄って来てくれるから扱いやすかったんでしょうねぇ」

 そこまで言って、歩美は意味深げに笑みを深くする。

「ま……その母親の弓香さんの依存度までは、分からなかったんでしょうけど。
 きっと同居が始まったら、束縛が酷くなって心身共に疲労して、木田から別れを切り出したんじゃないのかしら? ま、今となっては『たられば』のもしもでしかないけど」
「………………」

 もしも、歩美の話す通りなら……もう少しだけ、待つことが出来れば、音無は……或いは――

「まあでも。さっき言った通り、これは飽くまでも私の『考察』でしかないけどね」

 そう、歩美は締めくくった。
 俺は溜息を吐く。そう言いつつも、こいつは自分の『考察』に絶対の自信があるんだろうな、と辟易する。『人間観察』が趣味だと言い張り、その為に女なのに夜中に独りで街へと繰り出すような奴だ。恐らくは……当たっているのだろう。
 そんな会話をして、俺が悶々とした気分になっていると、

「到着、かしらね」
「っ………………」


 目的地に、着いていた。
 通っている学校の敷地を取り囲むフェンス。その一角に、ポツンと置かれた献花台。無数の花や供え物が並ぶ。

「………………」

 嗚呼、と俺は何とも言えない……自分でもよく分からない感情でその献花台を視界に収め……持って来た花束をそっとそこに加える。そして俺は……手を合わせ……鎮魂を祈る。

 

 音無希津奈が母親とその恋人、そして友人の柳川を刃物で殺害した挙句友人グループの他の三人をスマホを使ってなりすまして夜の学校に呼び出し、ガソリンを使って無理心中を図った事件から幾日が経った。
 この事件は多感な時期の女子高生による他に類を見ない犯行として、センセーショナルに連日に渡って報道されていた。
 日を追うごとに音無の知らなかった事情が報道によって分かって来て……俺は後悔の念に歯噛みした。
  血塗れの服を見た時に、すぐに動くべきだった。警察に連絡すべきだったといくら後悔しても足りない。音無本人が「大丈夫」と言ったので、後日学校で話を聞こうと思っていたが……後手に回った。否、遅きに失した。
 もしも、あの時すぐさま動いていれば……どうにか、被害を減らせたはずだ。
 いや……いや、違う。もしも、もしももっと早くに動いていたならば……そう、学校でグループから無視が始まった時に動いて止めさせることが出来たならば、或いは……。
 そんな風に、『もしも』を考えてしまう。


「………………」

 せめてもの懺悔に精一杯もの祈りを捧げながら、俺はふとこの捧げられた献花や供え物を捧げた人達の中に、どれだけの人が彼女達のことをどこまで知っているのだろうか……と漠然とそんなことを考えてしまった。
 傍から見れば、変態の母親の恋人と暮らすことになり、母親は娘よりも恋人を選び、挙句友人達からはイジメられて孤立した。追い詰められた末の凶行。
 しかし――俺は知っている。音無は、決して友人や母親を〝恨んでいた〟訳ではないことを。もっと、自分にとって譲れないものを守る為の行為。変わりゆく世界で、変わらないでいる為の行い。
 ――この世界で、どれだけの人が音無のことを理解しているのだろうか? ネットを見てみれば、好き勝手に音無やその母親、友人達のことが書かれており、罵倒したり称賛したり、或いは憶測をさも真実のように語っていたりする。
 だが、俺は知っている。音無希津奈という少女の真実を。だからこそ、俺は必死に祈りを捧げる。どうか、安らかな眠りを。そしてせめてあの世で幸せに。
 
「いやに真剣に祈るわね」
「……このくらいしか出来ないからな」

 皮肉な笑みを浮かべる歩美に、俺は漸く祈りを終えて顔を向けて応じる。

「〝出来る〟……ね」
「………………」

 歩美の――恐らくは世間的には〝可愛い〟と形容されるだろう――微笑。
 だが、

「光輝が余計なことをしなければ、少なくとも音無さんの友人――柳川晴子、谷口広江、飯垣百合、池田千佳の四人は死なずに済んだかもよ?」
「………………っ!」

 痛烈な、皮肉。そして、

「ついでに……


 担任の、尾田先生もね」



「………………」

 紡がれた名に、俺は瞑目した。
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