約束の虹は8色に輝いて

鐘雪花(かねゆきはな)

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第4章 愛

第5話 脱走と一大事

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★◇◆◇◆◇◆◇


「ミトン~、何度も言わせないでくれよぉ、俺は大きな音が世界でいちばん……」
「団長、いつもどおり寿命を縮ませている場合ではありません! 大変なんですよ!」

 ケトルの泣きそうな顔は見飽きたとばかりに、ミトンは大きく深呼吸をしてから口を開いた。

「城下町の清掃請負所から、脱走犯が出たんです!」
「な、なんだって!?」
「だから、脱走犯です! 近衛兵団発足以来初めてのことみたいです!」
「確かにそうだ! 俺も、初めて聞いた!」

 鼻息荒いケトルとミトンの会話を眺めながら、ノウェムがボソッと「なんか、学校の昼休みに噂話してるみたいだな」と呟いた。
 な、なんて的確なたとえ……
 わかるわかる、そんな感じする……
 って、そんな上手いこと言ってる場合じゃないよ!
 脱走犯って、なんか物騒なの出てきたけど!?
 ターメリックは、先ほどまで感じていた心のザラつきも忘れて、心の中で叫んでいた。
 すると、ひとり落ち着いた様子のクィントゥムが手を挙げて質問した。

「ミトン殿。そのお話、詳しく聞かせてもらえないだろうか」

 ケトルとともに昼休みの学生みたいになっていたミトンは、クィントゥムの声に我に返ったらしい。
 そこで居住まいを正し、話し始めた。

「我がパン王国では、盗みなどの罪を犯したものは城下町の更生施設……清掃請負所に送られるのです。先ほど、そこから脱走した者がいると連絡を受けたのですが……なにぶん初めてのことで驚いてしまって」
「なるほど、それほど厳重な警備がされている場所、そこから逃げた者がいたとなれば、かなりの一大事ですね」
「そうなんです! パン王国始まって以来の一大事なんですよぉ!」

 ミトンは相変わらず興奮気味だったが、それを見ていたケトルのほうは落ち着いてきたらしい。

「さっそく捕まえて、厳重に注意せねば……いや、注意だけでは足りないか。何か処罰を考えなければならないな。こういうとき、副団長のコーヒーミルがいてくれれば、何かと便利なんだが……」

 パン王国始まって以来の一大事……
 そんなところに出くわしてしまったのも、何かの縁に違いない。
 ……いいよね?
 ターメリックは、静かに仲間たちの顔を見回した。
 クィントゥムは「もちろん」と口に出しそうな勢いで頷いた。
 クランとノウェムは、うんうんと何度も頷いてくれた。
 よし、決まり。
 ターメリックも一緒に頷いて、立ち上がったケトルに「あの」と声をかけた。

「ぼくたちにも、何かできることがあったらお手伝いします。何でも言ってください」
「えっ……ええっ!? いやいやいや!」

 てっきり喜んでもらえると思っていたターメリックの前で、ケトルは血相を変えて首を横に振った。

「あなた方には、この世界の存続に関わる重大な使命があると、先ほどお話頂いたばかりではありませんか! ここは、我々パン王国近衛兵団に任せて、どうぞ皆様はお気になさらず! 先へお進み下さい!」

 ケトルの言葉に、ターメリックは「でも……」と言いかけたが、そこで今まで黙っていたレードル姫が口を挟んだ。

「ケトルの言う通りよ、ターメリック! わたしたちには使命があるのでしょう? 先を急ぎましょうよ!」
「……」

 ターメリックは、何て答えていいのかわからなかった。
 ただ、また少し心がザラついていた。
 嫌だな……
 何が嫌なのかわからないけど……
 それも嫌だな……
 そんなことを考えているターメリックは、残念ながら「顔に出やすい」性格であった。

「……な、何よ。わたしは、使命のほうが大切って言ったのに、文句でもあるの!?」
「えっ」

 レードル姫は、形の良い眉を上げて、たじろぐターメリックを睨みつけた。
 あ……
 ど、どうしよう……
 ターメリックのこめかみを冷や汗が伝う。
 何か言わないといけないんだけど、なんて言ったらいいのかわからないんだよぅ。

「あの、えっと……文句とか、そういうんじゃなくて、あ~、え~っと……」

 しどろもどろのターメリックに、ノウェムが小声で「しっかりしろよ」と肩を叩く。
 クランも叩いてきたが、ただ叩きたかっただけらしい。
 クィントゥムは、心配そうにターメリックを見つめていた。
 客間の緊張感が極限に達した、そのとき。

 ピピピピピピピ!

 どこからか、けたたましく鳴り響く金属音が聞こえてきた。
 ターメリックは驚きのあまり腰を浮かせたが、目の前のケトルは文字通り飛び上がっていた。

「うわあああぁぁっ!! な、何事だ!?」
「ちょっと団長、これ団長のバッチから聞こえてますよ。なんで自分のバッチの音に驚いてるんですか」

 冷静なミトンは、この音に慣れているらしい。
 両手で耳を塞いだまま動かなくなってしまったケトルの胸元から、キィオークの証である桔梗のバッチを外した。
 そして、手の中で細かく動かし、金属音の音量を下げた。
 さすがに勝手に返答はできないらしく、ミトンはバッチを眺めて呟いた。

「と、いうか……これ、予備のバッチから連絡がきたときの音ですよね。団長の予備のバッチって、今どこに……」

 その一言に、ようやく耳から手を離したケトルが「ああ!」と声を上げた。

「これは、コバチからの連絡だ。何かあったとき、連絡が聞こえなかったら困ると思って、バッチの音量を上げておいたんだ。すっかり忘れていた」
「団長の予備のバッチは、コバチさんが持ってるんですね。もしかして……シノワ姫様のお出かけに付き添ってるんですか?」

 ミトンの質問に、ケトルは重々しく頷いた。
 それはまるで、シノワ姫という人物に対しての心からの敬いに見えた。
 シノワ姫様……?
 確か、レードル姫様は「第3王女」だったよね。
 ということは、お姉さん、かな?
 ターメリックがチラリと様子を伺うと、レードル姫は整った顔立ちに似合わないムスッとした顔でテーブルに置かれたバッチを見つめていた。

「ケトル、いいから早く応答しなさい。コバチからの連絡なんでしょう? きっとシノワ姉様に何かあったのよ!」
「な、なんとっ!? それは一大事っ!!」

 レードル姫の言葉に、ケトルは血相を変えてバッチを手に取ると、応答ボタンらしき場所を押した。

「コバチ! 大丈夫か!? シノワ姫様は無事なのか!?」
「団長、まだシノワ姫様に何かあったと決まったわけじゃないんですから、そんなに大きな声で……」
「うるさぁい! 一刻を争う事態だったらどうするんだ!!」

 絶叫するケトルを横目に、ミトンは聞こえよがしに溜息をついて「団長のほうがうるさいじゃないですか。まあ、いいですけどね」と呟いた。

「ミトンさん。団長さんは、いつもあんな感じなんですか?」
「あ~、あれはですね、シノワ姫様だからなんです。団長にとってシノワ姫様は、とても大切な存在というか……命を賭けてでも守りたい人なんですよね」
「へぇ……!」
「まぁ、今までいろいろなことがありまして……」

 ミトンがターメリックの質問に答えていると、

『……団長……ケトル、団長……』

 雑音に混ざって、バッチから声が聞こえてきた。
 少しほわんとした、女の人の声だ。
 この人がコバチさん、かな。

「おお、コバチ! ふたりとも無事か!? シノワ姫様は……」
『団長……』
「ん? なんだ! 聞こえな……」

 絶叫を続けるケトルをミトンが手で制し、その場にいる全員がコバチからの声に耳を傾けた。
 すると、

『……ケトル団長は、シノワ姫様とわたしが何者かに連れ去られたことを……誘拐されたことを、ご存知なのですか……?』
「……」

 うーん……
 これはちょっと、先を急いでる場合じゃないぞ。
 ターメリックは、緊張の面持ちでバッチを見つめていた。


つづく
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