約束の虹は8色に輝いて

鐘雪花(かねゆきはな)

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第4章 愛

第8話 心のザラつき

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★◇◆◇◆◇◆◇


 む、この声は……
 ターメリックが振り向いた先では、ワンピース姿のレードル姫が、にこにこと微笑んでいた。
 いつの間にか、ターメリックたちの後ろを一緒に歩いていたらしい。
 ああ、やっぱり。
 ほんと、自由な人だなぁ。
 ターメリックは呆れ顔だったが、近衛兵団のミトンはもちろん大慌てである。

「れ、レードル姫様!? なぜ、こんなところにいらっしゃるのです! 姫様は一歩も外へお出になってはなりませんと、ケトル団長が……」
「だって、そんなのつまらないんだもの!」

 レードル姫の声が、思った以上に大通りに響き渡った。
 ミトンは慌てふためいて「わわっ! 姫様、お静かに!」と囁きかけたが、レードル姫は注意を聞くそぶりもなく、ツンとしていた。
 確かに、道行く人からの視線はこちらに向けられている。
 けれども、それらはすべてターメリックの髪の色に注がれているようで、だれもこんなところに王族の姫様がいらっしゃるとは思ってもいないらしい。

「ひとりだけ留守番なんて、酷すぎる。あまりにつまらなさすぎて、自分の部屋の窓から出てきちゃったわ」
「ええっ!? レードル姫様のお部屋は3階では!?」
「あんなの、隣の木に飛び移ったら簡単に降りられるわ。するする~って」
「……」

 絶句するミトンに、レードル姫は「ふふん」と胸を張ってみせた。
 突然現れたレードル姫に、前を歩いていたノウェムとクランも顔を見合わせて、困ったように笑いあっている。
 まるで「姫様だから仕方がない」といったように。

「ねぇ、まだシノワお姉様は見つからないの? こんな事件早く片付けて、一緒に使命を果たす大冒険に出かけましょうよ」
「……」

 その一言は、もちろんターメリックに向けられてのものだった。
 しかし、ターメリックは返事をする気にはなれなかった。
 ……心がザラつく。
 先ほど、城内の客間でも味わったのと同じ違和感だ。
 あまりの胸の気持ちの悪さに、ターメリックは思わず顔をしかめた。

 なんなんだよ……
 軽くため息をつく。
 この「ザラつき」は、いったい何が原因なのだろう……
 もう一度、よく考えてみた。
 レードル姫は、そんなターメリックに構うことなく「使命、使命」とご機嫌である。
 まるで、近くの公園にでも散歩に行くかのような気軽さだ。

 ちょっと待ってよ、なんでそんな……
 ぼくたちの使命は……
 あ……!
 ターメリックの心に、電撃が走った。
 わかった、わかったぞ!
 この気持ちの悪さの原因が!
 ターメリックは、ご機嫌にスキップを始めたレードル姫に向き直ると、一息に話し始めた。

「そういう言い方はやめてください。この使命は、あなたが思っているほど簡単なものじゃないんです。ぼくたちの苦労とかクリスタン神話とか、何も知らないのに口出ししないでください。これは遊びじゃないんだ!」

 心のザラつきの正体……
 それは、レードル姫の自らの「使命」に対する態度だった。
 ターメリックの脳裏に、今までの「苦労」が浮かんでは消えていく。
 命懸けで走り抜けた朝日の浜辺、そこで拾った真実の剣。
 巨大なヒマワリから逃げ回り、初めて剣を振り下ろしたときのこと。
 友達だと思っていた仲間と、ようやく本当の「友達」になれた日。

 ……レードル姫が「使命」と口にするたび、そのすべてが軽んじられているように聞こえる。
 それは、ターメリックたちのことを知らなければ、仕方のないことかもしれない。
 そう、本人に悪気はないのかもしれないのだ。
 しかし。
 気をつけるだけなら、だれでもできるはずだろう。

「もう少し、人のことを考えてから……言葉を選んでから、発言するようにしてください」

 ターメリックは、そう言って話を締めくくった。
 レードル姫は、紫色の瞳を見開いて、ターメリックを見つめていた。
 どうやら、とてつもなく驚いているらしい。
 わかってもらえたかな。
 伝わってるといいんだけど。
 言いたいことを言い終えてスッキリしていると、

「ターメリックっ!!」

 今までずっと何やら考え込んでいたクィントゥムが、ターメリックに勢いよく詰め寄った。
 わ、わわわ、何?
 クィントゥム君、すっごく怖い顔……

「今すぐ先ほどの発言を撤回しろ!」
「えっ、ええっ?」
「そしてすぐに謝罪するんだ!」
「えええっ?」

 撤回? 謝罪?
 な、なんで? どうして??
 ……と、困惑していたターメリックだったが、少し考えてすぐにわかった。
 ぅうわあぁ~っ!
 一国の王女様に、なんてこと言ってんだぁ~!
 いくら心のザラつきをスッキリさせたいからって、身分差も考えずに口に出してしまうなんて……
 言葉を選んでから、なんて人のこと言えないじゃないか!

 これはもう、ぼくには未来なんてないかもしれない……
 みんな、ごめん。
 これからは、新しい真実の剣の持ち主と仲良く頑張ってね……
 ターメリックが、遠い目をしながらレードル姫に向き直った、そのとき。

「うわーっ! みんな避けろーっ! 避けねぇと大怪我するぞーっ!!」

 石畳の向こう、少し登り坂になったところから、切羽詰まった大声が聞こえてきた。
 何事かと見上げれば、そこから大きな荷台が勢いよく転がってくるのが見えた。
 かなりの速度で、こちらに近づいている。
 荷台の後ろから持ち主らしき男性の姿もチラチラと見えるものの、なかなか追いつけないようだ。

「うわぁ、なんだよ、アレ……!」
「荷台だよ。いつも引いてるのに、見てわからないの」
「いや、そうじゃなくて……なんであんなことになってんだって話だよ!」
「おそらく……坂の上に止めていた荷台のストッパーが何かの拍子に外れて、転がり出してしまったんだろう。気がつくのが遅れて、追いつけなくなってしまったのではないかな」
「ああ、なるほど……って、なんでそんなに冷静なんだよ、ふたりともっ!」

 ノウェムの絶叫に、クランとクィントゥムは顔を見合わせ、次の瞬間バタバタと道の端に駆けていった。
 ひとり遅れたノウェムは、ぼんやりしていたターメリックの腕をつかんで反対側の道の端へと避けようとした。
 しかし、ターメリックが前を向いていなかったのが悪いのか、同じようにぼんやりしていたレードル姫にぶつかってしまった。

「あ! ごめんなさい!」

 レードル姫は転ばずによろけただけだったが、ターメリックがぶつかった拍子に胸元のブローチが外れたらしい。
 アメジストのブローチはコロコロと石畳を転がっていき、道の真ん中でピタリと止まった。
 拾いに行こうとしたレードル姫だったが、ミトンが「後で大丈夫ですから!」と道の端に誘導している。
 このまま、荷台が転がっていくのを見守るしかないようだ……

 いや、ダメだよ。
 だってあのブローチ、伝説の剣なんだから。
 愛の剣なんだから。
 ターメリックは素早く道の真ん中に飛び出すと、石畳の溝に引っかかっていたブローチを拾った。
 手のひらに転がして確認してみる。
 幸い、どこも傷ついてはいないようだ。
 ああ、よかった。
 どっかにヒビでも入ったら、やっぱり剣に戻ったときにどこか

「ターメリックーっ!!」

 ノウェムの絶叫に顔を上げると、視界の隅に車輪が見えた。
 あ、と思ったときには、もうすべてが手遅れの状態だった。
 ガタガタガタガタ!!
 という音とともに、荷台が目の前に迫っていたのだ。
 かなりの至近距離なので、道のどちら側に避けたとしても、怪我は免れないだろう。

 どうしよう、どうしたら……
 と、いうか……
 足がすくんで、動けない!
 ターメリックは大怪我を覚悟した。
 いや……
 それ以上のことも覚悟した。

 みんな、ごめん。
 これからは、新しい真実の剣の持ち主と仲良く頑張ってね……


つづく
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