約束の虹は8色に輝いて

鐘雪花(かねゆきはな)

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第5章 勇気

第7話 残り3人とは

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◆◇◆◇◆ ◆◇


 心臓の音すら聞こえてきそうなほどの静寂が、人数の減った謁見の間を支配していた。
 その中で、ノウェムは声もなく呆然と立ち尽くしていた。
 みんな……
 どこ行ったんだ……?

「……」
 
 もちろん、驚いていたのはノウェムだけではなかった。
 ノウェムの隣では、フィオが両手で口を覆って愕然としている。
 そしてグリシーヌ国王は、苦々しく顔を歪めていた。
 ……ノウェムには、まるで最初からこうなることがわかっていたように見えた。

 なんだよ……
 どうなってんだよ……!
 混乱するノウェムの前では、クレソンが何事もなかったかのように、右手を下ろしていた。
 ……やっぱり、お前が何かやったんだな!?
 ノウェムは無意識に拳を握りしめていた。
 一発ぶん殴ってやろうと、そのまま一歩前に出た、そのとき。
 斜め後ろから、鋭い風が吹き抜けていった。
 目の端に、仄かなレモン色の髪が映り込む。
 え、コーヒーミルさん……?

 ノウェムが声もなく驚いていると、コーヒーミルはそのままクレソンのもとへと駆け抜けていった。
 ノウェムには、彼女の後ろ姿しか見えない。
 しかし、無表情だったクレソンが一瞬たじろいだところはよく見えた。
 コーヒーミルが腰の剣に手をかけたのだろう。
 ノウェムの正面にいるクレソンも、剣を抜いたらしい。
 ふたりが勢いよくぶつかったと思った途端、

 キンッ……!

 という、鋭い金属音が謁見の間に響き渡った。
 コーヒーミルの勢いが強いらしく、クレソンは片足を後ろに下げて応戦しているようだった。

「レードル姫様はどこだっ! 答えろっ!」

 刃のような鋭い声が、クレソンを圧倒している。
 コーヒーミルの後ろ姿しか見えないノウェムにも、それだけはわかった。
 いいぞ、コーヒーミルさん、やっちまえ!
 ノウェムは、胸の前で拳を握っていた。
 しかし、クレソンは落ち着いて「お下がりください、キィオークの方」と声をかけた。

「これ以上乱暴を働かれますと、私も一国の王女様に危害を加えねばならなくなります」
「……」

 その一言に、コーヒーミルは肩を震わせたかと思うと、その場から飛び退った。
 ノウェムの隣に立ちながらも、剣の切っ先は相手を捉えている。
 クレソンは、そんなコーヒーミルを見て剣を腰に戻した。
 相変わらず眠そうな、それでいて何の感情も読み取らせない表情をしている。

「ご心配をおかけして、申し訳ありません。ですが、ご安心ください、キィオークの方。彼らは無事に、この城の地下牢へと送られました。これで、伝説の剣に選ばれし者が竜の王イゾリータの復活を止めることは難しくなったはずです」

 ……なるほど、そういうことか。
 伝説の剣は、選んだ人物の死亡とともに新たな持ち主を選び出す……
 クィン兄さんの言ってたこと、こいつもちゃんとわかってて、それでターメリックたちを閉じ込めたってわけか。
 ふむふむと頷きかけたノウェムだったが、そこでふと「ん?」と首を捻った。

 じゃあ……
 なんでオレは、ここにいるんだ?

「私はもちろんクリスタン教徒ではありませんが、クリスタン神話には目を通しています。伝説の剣は7振り、そして地下牢には4人……残りは3人です」

 クレソンが何の疑いもなく告げた、さも当然だと言わんばかりの言葉たちに、ノウェムは目を見開いていた。
 7振り、4人、3人……
 勇気の剣に選ばれし者は、本人もまだわかってないから置いておくとして……
 こいつ、知らないんだ。

 伝説の剣に選ばれたものの、諸事情で剣は持っていないオレみたいなのがいるんだってこと。
 伝説の剣に選ばれし者は、必ず剣を持っているんだって思ってるんだ。

「とりあえず、皆様にはお引き取り願いましょう。これから、グリシーヌ国王様にお話がございますので」

 クレソンは、何か言いたげなノウェムには気づいていないようで、そのままグリシーヌ国王へと向き直った。
 グリシーヌ国王はというと、クレソンの言う「お話」に思い当たる節がないらしく、怪訝な表情をしている。
 クレソンは少しノウェムたちを気にしているようだったが、仕方がないとばかりに話し始めた。

「お話というのは……『このヌフ=ブラゾン王国を拠点として、どのようにパン王国へ攻め入るか』についての軍議をお開きになるべきだ、というものです」
「……ま、待ってくれ。それは、この国から戦争を仕掛けるということでは」
「ええ、そのつもりですが」
「馬鹿なことを言うな! 私は、ヌフ=ブラゾン王国が戦争に巻き込まれぬよう、スパイス帝国に降伏したのだ! それでは約束が違う!」
「グリシーヌ国王様、それはあなたの思い違いでございましょう」

 玉座から立ち上がって憤るグリシーヌ国王を、クレソンは無表情に見上げていた。

「私は、こう申し上げたはずです……このヌフ=ブラゾン王国がスパイス帝国との戦争に巻き込まれることはない、と。他国との関係については、一言も言及しておりません」
「……」

 クレソンの言葉が、まるで攻撃を加えているかのように、グリシーヌ国王は力なく玉座へと座り込んでしまった。
 この数分の間に10歳以上は老け込んでしまったような表情で、床下を見つめるように俯いている。
 しかし、視線の焦点はどこにも定まってはいなかった。
 なんだよ……
 なんなんだよ、これ……!
 それまで黙って成り行きを見守っていたノウェムは、我慢の限界とばかりに叫んでいた。

「おい! さっきから好き勝手なことばっか言いやがって! オレを部外者扱いしてんじゃねぇよ! オレだって、伝説の」


◆◇◆◇◆ ◆◇


「剣の一振り、希望の剣に……あれ?」

 気がつくと、そこは城下町の一角だった。
 下町の、ちょうど宿屋ノヴァンヴルのあたりだろうか。
 なんでこんなところに……?
 ノウェムが首を傾げていると、

「まったく……危なっかしいったらないわ。自分から正体を明かして、どうするつもりだったの?」

 コーヒーミルが、手にした杖を指輪に戻しながら、短くため息をついた。
 どうやら、ノウェムが口を滑らせる前に、瞬間移動の魔法で城内から脱出させてくれたようだ。

「せっかく知らないでいてくれてるんだから、それを利用しない手はないでしょ。まずは宿屋ノヴァンヴルに戻って、作戦会議しなくっちゃね」
「作戦会議ってことは……オレたちが、ターメリックたちを助けるってことか!」

 なんだそれカッコイイ!
 ノウェムは瞳を光らせた。
 剣を持たない自分が、剣を持つ仲間たちを助けに向かう……!
 考えただけでワクワクしてきた!
 ぐっと拳を握ったノウェムを見て、コーヒーミルもニヤリと笑った。

「あいつは、伝説の剣に選ばれし者のうち、残り3人を血眼で探すことになるでしょう。でも……あいつは絶対に、全員を集めることはできない。伝説の剣に選ばれし者を、あいつは揃えられないのよ」
「そうそう! なんてったって、こっちには伝説の剣に選ばれし者が2人もいるんだ! あいつには絶対に見つけられっこないんだぜ! 絶対、ぜーったいになっ! へへーんだ!」
「……」

 思わずその場で飛び上がったノウェムを、コーヒーミルが小さく肘で小突いた。
 あまり調子に乗るな、と言いたいらしい。
 え、あ……すみません。
 ノウェムはバツが悪そうに身体を縮こまらせたのだった。
 と、そのとき。

「あ、あの……」

 それまで黙っていたフィオが口を開いた。

「何が何やら、わからないんですけど……その、伝説の剣に選ばれた残り2人って……?」
「え? あ、えーっと……」

 ノウェムがその質問に上手く答えられないでいると、コーヒーミルがノウェムの肩をポンと叩いた。

「話はノヴァンヴルで、ね?」


つづく
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