約束の虹は8色に輝いて

鐘雪花(かねゆきはな)

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第5章 勇気

第10話 目が覚めたら

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◆◇◆◇◆ ◆◇


『痛ってぇ! 何すんだよバカ親父っ!』

 ズキズキと痛む頭に手をやると、モサモサの髪の毛の下からでもわかるほど熱を持っている。
 涙を堪えて、目の前の髭面を睨みつけた。

『手伝いが終わって休んでただけだろ!?』
『どう見てもサボってたろうが! それに、父親のことをバカ親父とは何事だこのバカ息子っ!』
『はあ~!? バカ親父にバカ親父って言って何が悪いんだよっ!』
『なんだとおぉ!?』

 傍から見れば子どもの喧嘩だが、れっきとした親子喧嘩である。
 家を出る前までは、これが日常の光景だった。
 いつもここで、仕事中の兄が間に入ってくれるのである。
 兄ちゃん、元気かな……
 親父は元気じゃなくてもいいけど。
 ってか、さっきからうるせぇなぁ!

「このバカ親父っ!!」

 ガバッと起き上がった先には、赤銅色の髪と見開かれた紫色の瞳。
 そこに映る自分の姿を見つけ、ノウェムは現実へと引き戻された。
 ああ、そうだった。
 よくわからないうちに頭痛で倒れたんだった。
 ……なんでだ?

「コーヒーミル! 起きたわ! 大丈夫みたい!」

 枕元で、赤銅色の髪が後ろを振り向き揺れた。
 ノウェムは、いつの間にかベッドに寝かされていたらしい。
 だれかが運んでくれたんだな……
 あ、部屋の隅にラモーさんがいる。
 なるほど。

「……ふふふ」

 ノウェムの目の前では、紫色の瞳を細めて、家出姫様がクスクスと笑っていた。
 パン王国第2王女、パソワ姫である。

「夢の中でずっとお父さんとケンカしてたんでしょう?」
「わ、聞かれてました……?」
「大きな声だったから。しかも寝言とともに起き上がって面白かったわ! ね? コーヒーミル」

 パソワ姫が見上げた先には、ノウェムもよく知る仄かなレモン色の髪の毛があった。
 コーヒーミルはパソワ姫に頷きながら、ノウェムの顔を覗き込んだ。

「良かった、ノウェム君。ここまで目を覚まさないで悪夢にうなされていたってことは、結構な衝撃だったんでしょうね。頭、まだ痛かったりする?」
「いや、それはもうすっかり治ったけど……」

 いったい何が起こったんだ?
 そんなノウェムの声にならない疑問に答えるように、コーヒーミルは、

「実は、コレがノウェム君の頭の上に落ちてきたみたいなの」

 と言って、何やら差し出した。
 その隣では、パソワ姫が「すっごいびっくりしたのよ、それ何なの?」と首を傾げている。
 コーヒーミルの手のひらに載っていたのは、よく見知った、あの羅針盤だった。

「これ……伝説の剣に選ばれた人がわかる羅針盤だよ。確か、ターメリックが持ってたはずだけど……」
「なるほど……ということは、クィントゥム君の仕業かしらね」
「そっか、魔法でここまで飛ばしてくれたんだ」

 ノウェムは、以前ターメリックとともに海から上がったクィントゥムが、魔法を使って服を乾かしていたことを思い出した。
 後でその仕組みをさりげなく聞いてみたところ、クィントゥムはこう教えてくれた。

『魔法を使う対象をどこへ飛ばすのか、それを想像しながら杖を振るんだ。大きいものは無理だが、小さなものならいくらでも飛ばせるよ』

 ノウェムの手元には、手のひらサイズの羅針盤がある。
 決して大きいわけではないが、かといって小さいわけでもない。
 これを目的地まで飛ばすのは、至難の業だったのだろう。
 仕方ない……
 頭に落ちてきたことは、黙っておこう。
 ノウェムが「うんうん」とひとりで頷いている間にも、コーヒーミルはクィントゥムの意図を理解したらしく「なるほど」と、あごに手を添えていた。

「クィントゥム君は、ノウェム君に助けを求めるために、この羅針盤を届けてくれたのね。自分たちを指し示す光を辿って、ここまで来てほしいってことなんでしょう」
「……」

 ノウェムは、羅針盤に手をかざした。
 放たれた7色の光のうち、赤色・黄色・水色・紫色の4色は、宿屋ノヴァンヴルの白壁を指している。
 方角は北東、まさしくリーヴル城のある方向だ。
 そして緑色の光はノウェムを指し、橙色の光は……

「……本当に、あたしなんですね。勇気の剣に選ばれたのって」

 フィオは、部屋の片隅に置かれた椅子に座り、様子を伺っていたらしい。
 胸元を指す橙色の光を見つめて俯いていたかと思うと、その光に触れようと手を伸ばしている。
 それはまるで、光の道筋を変えようとでもするかのように見えた。

 ……そんなに嫌なのかよ。
 ノウェムは、今にも出てきてしまいそうな盛大なため息を堪えて、眉をひそめた。
 重荷だと思ってるのは、あんただけじゃない。
 ターメリックなんて、クリスタン神話のこと何にも知らないのに、真実の剣に選ばれたリーダーとして頑張ってるんだぞ。
 なあ、ターメリック。
 お前だったら、なんて声かけるんだ。
 そろそろ教えてくれよ。

「……フィオちゃん」

 そこで声をかけたのは、もちろんターメリックではなく、光を追ってフィオを振り向いたコーヒーミルだった。

「今まで何度も言ってきたことだけど……この先、何が起こるかなんて、だれにもわからないわ。だから、あなたが今から未来を悲観することなんて無駄の極み。それこそ、勇気の剣に愛想を尽かされちゃうんじゃないかしら」
「……」

 フィオは黙ったままだったが、コーヒーミルの言葉を聞き、光に触れようとしていた手を膝に戻していた。
 コーヒーミルは、さらに話し続けた。

「伝説の剣に選ばれし者が4人も捕まってしまった……これはきっと、勇気の剣からの試練に違いない。ここであなたが投げ出してしまえば、この先もずっと『逃げ出してしまう不安』と戦い続けることになる」
「……」
「だからフィオちゃん、今回もあなたの力が必要なの……あなたにしかできないことで、私たちを助けてほしい」

 怒るでもなく焦るでもないコーヒーミルの声がけを、ノウェムは焦れったく思いながらも見守り続けていた。
 そんなので上手くいくわけないと思っていたのだが、実際の効果は絶大だった。

「……あたしにしか、できないこと……」

 フィオはポツリと呟くと、そこで膝に置いた手をギュッと握りしめた。
 そして大きく深呼吸してから、勢いよく顔を上げた。

「やってみます。あたしにしか、できないこと」

 その表情には、何の迷いもなかった。
 キラリと輝く瞳に、コーヒーミルが頷いている。
 すげぇ……
 ノウェムは、声もなく感動していた。
 コーヒーミルさんの説得術ってやつなのかな。
 フィオ姉さん、すっかりやる気になっちゃって……
 ん?
 でも、なんかヘンだな。
 コーヒーミルさん、さっき「今回も」って言わなかったか??
 今回……も?
 うーん「も」ってなんだ?
 ノウェムが人知れず「言葉の迷宮」に足を踏み入れていると、

「よし! 俺の出番が来たな!」

 今まで一言も発さず、ひっそりと見守っていた宿屋ノヴァンヴルの主人ラモーが、椅子から立ち上がった。
 そして、その場の全員が見守る中、羅針盤の光が指す壁の前に立ち、壁をコツコツ叩いていたかと思うと、

「ここをこうして……っと、よし」

 叩いていた壁を、引き戸のように横へ滑らせた。

「え!?」

 その場にいるだれもが、驚きの声を上げた。
 突如として現れた大穴から、ひんやりとした埃っぽい空気が流れてくる。

「実は、この宿屋にはリーヴル城の地下へ続く抜け道があるんだ」

 驚き固まる一同に、ラモーは愉快そうに笑った。
 そして、いちばん理由を知りたそうなフィオに、

「話せば長くなるぞ。それに……行けばわかるかもしれないしな」

 そう言って、優しく「行ってこい」と背中を押した。

「……」

 ノウェムとコーヒーミルも、顔を見合せた後でフィオを追って歩き出した。


つづく
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