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第5章 勇気
第11話 鉄格子越しの
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★◇◆◇◆◇◆◇
「シャルール・フレイム!」
鉄格子の前で巻き起こる炎の魔法……
その熱風が、少し離れたところにいるターメリックの頬を撫でていく。
レードル姫様、気合十分だなぁ。
これなら、すぐにでもここから出られそうだね。
呑気なターメリックは、レードル姫の繰り出す魔法を興味津々に見つめていた。
しかし。
「……駄目だわ。何度やっても、びくともしない」
レードル姫は力なく肩を落とした。
目の前の鉄格子は、強力な炎の魔法を使う前と、なんら変わっていない。
様子を見ていたクランが、恐る恐る鉄格子をつついている。
そして、怪訝な顔で「なんだこれ、全然熱くない」と首を傾げていた。
「レードル姫様、炎以外の魔法は、試してみたんですか」
「ええ、もちろん。でも、どれもまったく効かないのよ」
「威力が弱い、とか」
「そうね……全力で魔法を唱えたら、何か変わるかもしれないけれど……でも、その前にこのお城が崩れてしまうかもしれないわ。それじゃあ、意味がないでしょう?」
「……確かに」
クランとレードル姫は、揃ってため息をついた。
クィントゥムの魔法でノウェムに羅針盤を送ってしまった今、残された者たちにできることは、たったふたつ。
ノウェムの到着を待つことと、自力で脱出する手段を考えることである。
「ノウェム君、今頃どうしてるかなぁ」
ポツリと呟いたターメリックに、近くのベッドに腰掛けていたクィントゥムが「そういえば」と口を開いた。
「魔法で羅針盤を送るとき、ついノウェムの後頭部を思い浮かべてしまったんだ。羅針盤が降ってきて、怪我をしていなければいいんだが」
「え? 後頭部……?」
「私はいつも、ノウェムが引く荷台の後ろを歩いているからね。目に入るのは、後頭部だけなんだよ。それで、羅針盤の送り先もノウェムの後頭部に……」
「ああ……」
「無事に会えたら、謝らなければ」
最後の言葉を自分に言い聞かせるようにして呟くと、クィントゥムはベッドから立ち上がり、鉄格子の前へと歩いていった。
レードル姫とクランの「もう限界」との声に、クィントゥムは「クランは何もしていないだろ」と冷静にツッコミを入れている。
クィントゥム君、何か思いついたのかな。
ターメリックが3人のもとへ向かうと、鉄格子を注意深く触っていたクィントゥムが「ふむ」とあごに手を添えた。
「レードル姫様の魔法が効かない、ということは……これは、ただの鉄格子ではないのかもしれないな」
「え?」
「どういうことですか」
「何か、特別な……例えば、魔法が効かない鉄格子、とかかな」
「あら……それじゃあ、わたしの魔法も意味がないのかもしれないのね」
レードル姫が俯き、その場にいる4人のため息が見事に揃った。
これで、ノウェムに救出してもらうことが唯一の脱出方法になってしまった。
ノウェム君、早く来てくれないかな……
ターメリックが心の中で呟いた、そのとき。
鉄格子の向こうに見える廊下の奥から、足音が聞こえてきた。
あ、もしかして……!
ターメリックがパッと顔を明るくした。
「この足音、ノウェム君かなぁ……!」
「は。何言ってんの、ターメリック。靴音が全然違う、別人だよ」
そう言って首を振るクランには、ノウェムの足音がわかるらしい。
すごいなぁと感心したターメリックだったが、聞こえてくる足音を聞けば聞くほど、ノウェムのものとは違うことがわかってきた。
なるほど……
確かにノウェム君じゃないね。
なんていうか……
もっと偉ぶった感じがする。
……ああ、だれかわかっちゃったなぁ。
廊下の隅にはロウソクが灯っているが、眩いほどの明るさではない。
けれども、近づいてくる人物はロウソクに照らされ、廊下に仄かな影を落としていた。
そして、ついに足音の主が鉄格子の前へと現れた。
「皆さん、こんにちは。お加減はいかがでしょう?」
薄暗い闇に溶け込む、濃い緑色の髪の毛……
相変わらず感情を読み取らせない表情で、クレソンは伝説の剣に選ばれし者たちを見回した。
「皆さんには数日……長くて数十日の間、ここで生活して頂かなければなりませんからね。少し様子を見に来ました」
「ほう……もし居心地が悪いと答えたら、ここから出してもらえるのかな」
クィントゥムの噛み付くような質問に、クレソンは何も答えなかった。
ただ小さく咳払いをしたのみである。
……鉄格子を挟んで、不気味な沈黙が続く。
そんな中でも表情を変えないクレソンに、ターメリックは勇気を出して「クレソン……さん」と声をかけていた。
聞くなら、今しかない。
「宮殿の地下牢にいる、ぼくの父……サフラン・ダリオは無事ですか」
「……ああ」
クレソンは、ようやくそこにターメリックがいることに気がついたように声を漏らした。
そして、さほど興味もないといったように口を開いた。
「サフラン元外交官でしたら、あなたがスパイス帝国から姿を消したあの日以来、ずっと地下牢にいらっしゃいますよ。あの牢屋は確か……マスカーチ公国の魚屋が入れられていた牢屋ですね」
マスカーチ公国の魚屋……
クレソンのその言葉に、成り行きを見守っていたクランが「ノワール先生」と呟いた。
ターメリックの師匠でもある青年ノワールは、クリスタニアにいたクランの師匠でもある。
クレソンは少し眉を上げて「なぜこのチビが知っているのか」と問いたげだった。
しかし、そんなことはどうでもよいことと割り切ったのか、咳払いをひとつして続けた。
「当時、彼は皇帝を神と崇めるスパイス帝国に他国の宗教を持ち込みました。そのため、大臣だったカイエン様の機嫌を損ねたのです。最後まで得体の知れぬ輩でしたね。そのような者は、スパイス帝国では処刑されて当然です」
「……」
お前が仕向けたくせに。
ターメリックは唇を引き結んだ。
ガラムマサラ皇帝が怯えていたのをいいことに、カイエン大臣にノワール先生の噂をあることないこと吹き込んで、そして……
先生は、お前のせいで……!
「ターメリックさん。あなたのお父様も、処刑されて当然と思われていなければよいですね」
クレソンは口角をほんの少し上げると、そのまま踵を返して立ち去ろうとした。
しかし……
その動きが、ピタリと止まった。
「……先生を返せ」
ターメリックの隣から、今までに聞いたことのない低い声が聞こえた。
顔を向けて見てみると、クランの腕が鉄格子の外へと伸びていた。
クレソンのシワひとつない隊服が、胸元でくしゃりと拠れている。
クランは、背伸びをしてクレソンの胸倉を掴んでいた。
クラン君、どうして……
ぼく、まだ何も……
「僕たちの先生を返せっ!」
珍しく声を張るクランに、ターメリックは息を呑んだ。
そうか、クリスタン神様のお告げか……
あのとき悲しかったのは、ぼくだけじゃなかったんだ。
ターメリックは、クランが「僕たち」と言ってくれたことに少し感動していた。
そんなクランは背伸びの限界に達したらしい。
クレソンの胸倉を掴んだままバランスを崩したものの、手を離すことはなかった。
……襟元から、布の破れる音がした。
無表情だったクレソンの表情が、一瞬だけ曇ったように見えた。
あわわ、これは大変なことになるんじゃないかな……!
ターメリックが心配して見守っていると、
「クラン! 手を離せ!」
クィントゥムが慌ててクランを鉄格子の奥へと引っ張り込んだ。
解放されたクレソンはというと、襟元を少し気にしつつも、黙って鉄格子の前から立ち去った。
ターメリックは小さく安堵の息をついた。
クィントゥムがいなかったら、何が起こっていたかわからない。
つづく
「シャルール・フレイム!」
鉄格子の前で巻き起こる炎の魔法……
その熱風が、少し離れたところにいるターメリックの頬を撫でていく。
レードル姫様、気合十分だなぁ。
これなら、すぐにでもここから出られそうだね。
呑気なターメリックは、レードル姫の繰り出す魔法を興味津々に見つめていた。
しかし。
「……駄目だわ。何度やっても、びくともしない」
レードル姫は力なく肩を落とした。
目の前の鉄格子は、強力な炎の魔法を使う前と、なんら変わっていない。
様子を見ていたクランが、恐る恐る鉄格子をつついている。
そして、怪訝な顔で「なんだこれ、全然熱くない」と首を傾げていた。
「レードル姫様、炎以外の魔法は、試してみたんですか」
「ええ、もちろん。でも、どれもまったく効かないのよ」
「威力が弱い、とか」
「そうね……全力で魔法を唱えたら、何か変わるかもしれないけれど……でも、その前にこのお城が崩れてしまうかもしれないわ。それじゃあ、意味がないでしょう?」
「……確かに」
クランとレードル姫は、揃ってため息をついた。
クィントゥムの魔法でノウェムに羅針盤を送ってしまった今、残された者たちにできることは、たったふたつ。
ノウェムの到着を待つことと、自力で脱出する手段を考えることである。
「ノウェム君、今頃どうしてるかなぁ」
ポツリと呟いたターメリックに、近くのベッドに腰掛けていたクィントゥムが「そういえば」と口を開いた。
「魔法で羅針盤を送るとき、ついノウェムの後頭部を思い浮かべてしまったんだ。羅針盤が降ってきて、怪我をしていなければいいんだが」
「え? 後頭部……?」
「私はいつも、ノウェムが引く荷台の後ろを歩いているからね。目に入るのは、後頭部だけなんだよ。それで、羅針盤の送り先もノウェムの後頭部に……」
「ああ……」
「無事に会えたら、謝らなければ」
最後の言葉を自分に言い聞かせるようにして呟くと、クィントゥムはベッドから立ち上がり、鉄格子の前へと歩いていった。
レードル姫とクランの「もう限界」との声に、クィントゥムは「クランは何もしていないだろ」と冷静にツッコミを入れている。
クィントゥム君、何か思いついたのかな。
ターメリックが3人のもとへ向かうと、鉄格子を注意深く触っていたクィントゥムが「ふむ」とあごに手を添えた。
「レードル姫様の魔法が効かない、ということは……これは、ただの鉄格子ではないのかもしれないな」
「え?」
「どういうことですか」
「何か、特別な……例えば、魔法が効かない鉄格子、とかかな」
「あら……それじゃあ、わたしの魔法も意味がないのかもしれないのね」
レードル姫が俯き、その場にいる4人のため息が見事に揃った。
これで、ノウェムに救出してもらうことが唯一の脱出方法になってしまった。
ノウェム君、早く来てくれないかな……
ターメリックが心の中で呟いた、そのとき。
鉄格子の向こうに見える廊下の奥から、足音が聞こえてきた。
あ、もしかして……!
ターメリックがパッと顔を明るくした。
「この足音、ノウェム君かなぁ……!」
「は。何言ってんの、ターメリック。靴音が全然違う、別人だよ」
そう言って首を振るクランには、ノウェムの足音がわかるらしい。
すごいなぁと感心したターメリックだったが、聞こえてくる足音を聞けば聞くほど、ノウェムのものとは違うことがわかってきた。
なるほど……
確かにノウェム君じゃないね。
なんていうか……
もっと偉ぶった感じがする。
……ああ、だれかわかっちゃったなぁ。
廊下の隅にはロウソクが灯っているが、眩いほどの明るさではない。
けれども、近づいてくる人物はロウソクに照らされ、廊下に仄かな影を落としていた。
そして、ついに足音の主が鉄格子の前へと現れた。
「皆さん、こんにちは。お加減はいかがでしょう?」
薄暗い闇に溶け込む、濃い緑色の髪の毛……
相変わらず感情を読み取らせない表情で、クレソンは伝説の剣に選ばれし者たちを見回した。
「皆さんには数日……長くて数十日の間、ここで生活して頂かなければなりませんからね。少し様子を見に来ました」
「ほう……もし居心地が悪いと答えたら、ここから出してもらえるのかな」
クィントゥムの噛み付くような質問に、クレソンは何も答えなかった。
ただ小さく咳払いをしたのみである。
……鉄格子を挟んで、不気味な沈黙が続く。
そんな中でも表情を変えないクレソンに、ターメリックは勇気を出して「クレソン……さん」と声をかけていた。
聞くなら、今しかない。
「宮殿の地下牢にいる、ぼくの父……サフラン・ダリオは無事ですか」
「……ああ」
クレソンは、ようやくそこにターメリックがいることに気がついたように声を漏らした。
そして、さほど興味もないといったように口を開いた。
「サフラン元外交官でしたら、あなたがスパイス帝国から姿を消したあの日以来、ずっと地下牢にいらっしゃいますよ。あの牢屋は確か……マスカーチ公国の魚屋が入れられていた牢屋ですね」
マスカーチ公国の魚屋……
クレソンのその言葉に、成り行きを見守っていたクランが「ノワール先生」と呟いた。
ターメリックの師匠でもある青年ノワールは、クリスタニアにいたクランの師匠でもある。
クレソンは少し眉を上げて「なぜこのチビが知っているのか」と問いたげだった。
しかし、そんなことはどうでもよいことと割り切ったのか、咳払いをひとつして続けた。
「当時、彼は皇帝を神と崇めるスパイス帝国に他国の宗教を持ち込みました。そのため、大臣だったカイエン様の機嫌を損ねたのです。最後まで得体の知れぬ輩でしたね。そのような者は、スパイス帝国では処刑されて当然です」
「……」
お前が仕向けたくせに。
ターメリックは唇を引き結んだ。
ガラムマサラ皇帝が怯えていたのをいいことに、カイエン大臣にノワール先生の噂をあることないこと吹き込んで、そして……
先生は、お前のせいで……!
「ターメリックさん。あなたのお父様も、処刑されて当然と思われていなければよいですね」
クレソンは口角をほんの少し上げると、そのまま踵を返して立ち去ろうとした。
しかし……
その動きが、ピタリと止まった。
「……先生を返せ」
ターメリックの隣から、今までに聞いたことのない低い声が聞こえた。
顔を向けて見てみると、クランの腕が鉄格子の外へと伸びていた。
クレソンのシワひとつない隊服が、胸元でくしゃりと拠れている。
クランは、背伸びをしてクレソンの胸倉を掴んでいた。
クラン君、どうして……
ぼく、まだ何も……
「僕たちの先生を返せっ!」
珍しく声を張るクランに、ターメリックは息を呑んだ。
そうか、クリスタン神様のお告げか……
あのとき悲しかったのは、ぼくだけじゃなかったんだ。
ターメリックは、クランが「僕たち」と言ってくれたことに少し感動していた。
そんなクランは背伸びの限界に達したらしい。
クレソンの胸倉を掴んだままバランスを崩したものの、手を離すことはなかった。
……襟元から、布の破れる音がした。
無表情だったクレソンの表情が、一瞬だけ曇ったように見えた。
あわわ、これは大変なことになるんじゃないかな……!
ターメリックが心配して見守っていると、
「クラン! 手を離せ!」
クィントゥムが慌ててクランを鉄格子の奥へと引っ張り込んだ。
解放されたクレソンはというと、襟元を少し気にしつつも、黙って鉄格子の前から立ち去った。
ターメリックは小さく安堵の息をついた。
クィントゥムがいなかったら、何が起こっていたかわからない。
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