約束の虹は8色に輝いて

鐘雪花(かねゆきはな)

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第5章 勇気

第24話 希望を抱いて

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★◇◆◇◆◇◆◇


「……そういうのって、もぐもぐ、言っちゃえば当たるようなもの、もぐもぐ、なんじゃない? だって、もぐもぐ、2択だったんでしょう?」

 ターメリックの向かいの席で、赤胴色のショートヘアの女性が、クッキーを口いっぱいに頬張りながら喋っていた。
 コーヒーミルが呆れたように小さくため息をつき、クッキーが盛られた皿を自分のほうへと引き寄せる。
 次のクッキー目掛けて伸ばした女性の手が、見事に空中を空振りした。
 女性がコーヒーミルを睨みつける。

「ちょっとコーヒーミル! 何するのよ!」
「パソワ姫様、ここはミルクパン城ではありません。もう少し、一国の王女らしく振舞ってくださいませ。そうでなければ、カンパーナ=フロース王家の品格が疑われてしまいます」
「そんなこと言われたって困っちゃうわ。だってこのクッキー、すっごく美味しいんだもん。手が止まらなーい」
「……」
「あー……はいはい。お上品、ね」

 女性はピンと姿勢を正すと、クッキーを両手で持って小さく口を開けて食べ始めた。
 その窮屈そうな様子に、ターメリックは少し同情していた。
 姫様って、大変なんだなぁ……

 パン王国第2王女パソワ・カンパーナ=フロース。
 3日前、ターメリックたちが達成感と喪失感とともに宿屋ノヴァンヴルへ戻ったとき、真っ先に出迎えてくれた隣国の姫様……
 精神的な衝撃から声を失った姉との接し方に悩んで家を出て以来、行方不明となっていたパン王国の第2王女である。
 ターメリックたち4人が地下牢に監禁されていたときに、たまたま宿屋ノヴァンヴルに現れたのだとノウェムが説明してくれた。

 パソワ姫を初めて見たとき、ターメリックはその髪色に驚いた。
 父であるユキヒラ国王の銀髪でも、母であるキャセロール王妃の黒髪でもなく、輝く赤胴色の髪である。
 これはキャセロール王妃の妹、つまりパソワ姫の叔母と同じ髪色なのだと、コーヒーミルが教えてくれた。
 パソワ姫の叔母は、奔放な性格で周りの人々を困らせることが日課のような人物だったそうだが……
 どうやら、髪色とともにその性格も受け継がれているらしい。

「……希望か平和。どちらかを言えば、どちらかが当たる。勘で言ったに違いないってば」

 パソワ姫は、クッキーの欠片をポロポロ零しながら喋り続けていた。
 また、だんだんと食べ方が雑になってきているようだ。
 そんなパソワ姫の言葉に、ノウェムは「そんな奴じゃないです」と首を振っていた。
 ノウェムとクレソンの不思議な関係はだれにも説明されなかったが、仲間たちは深く探ることもなく今に至っている。
 紅茶をひと口飲んだクィントゥムが口を開いた。

「ノウェムの言う通りなら、クレソンは確信があって『希望の剣』と口にしたのだろう。これは私の推測だが、クレソンはすでに平和の剣に選ばれし者のことを知っていたのではないだろうか」
「えっ?」
「そんなに驚くことでもないよ、ターメリック。羅針盤から放たれる黄緑色の光は、常にスパイス帝国の方角を指しているんだから。しかし……その平和の剣に選ばれし者が無事かどうかは、羅針盤でもわからない」
「そっか……早く合流できるといいね」

 ターメリックの声にクィントゥムが頷き、ほかの仲間たちも頷き合っていた。
 新たな決意を胸にってやつかな……
 なんか、カッコイイぞ。
 ターメリックが瞳をキラキラとさせていると、

「さて……いろいろ積もる話もあるけれど、私たちはこの辺で失礼させてもらうわね」

 コーヒーミルが仲間たちを見回して、軽やかに立ち上がった。
 あ、そっか……そう、だよね。
 コーヒーミルさんは、もともとは行方不明だったパソワ姫様を探すために、ぼくたちについてきてくれたんだもんね……
 ターメリックが「寂しくなります」と呟くと、クランとノウェムも頷いた。
 ひときわ大きく頷いたクィントゥムの隣で、コーヒーミルが、

「ということで……フィオちゃん、あとはよろしくね」

 そう言って、向かいに座るフィオに向かって片目をつむった。
 フィオはというと、その一言に神妙に頷き、すっと席を立った。
 そして一同が見守る中、自らの決意を語り始めた。

「……あたしが勇気の剣に選ばれし者だって知ったときは、正直無理だって思ったんです。絶対に使命を投げ出して、仲間たちの前から姿を消してしまう……そんな気がしていたんです。でも、コーヒーミルさんに『自分にしかできないことをやってみて』って言われて……それで、気づいたんです。逃げ出したのはミール・ミゲルであって、あたしじゃない。だから、あたしはあたしらしく生きていこうって決めました。皆さんと一緒に、最後まで戦います。よろしくお願いします!」

 フィオさん……!
 ぼくたちが地下牢にいたときのことは、ノウェム君から聞いていたけど……
 でもそれ以上に、いろいろな葛藤があったんだろうなぁ。
 それでも、一緒に行くって決意してくれたんだ。
 ありがとう、フィオさん……!
 ターメリックは立ち上がり、ぺこりと頭を下げたフィオに右手を差し伸べていた。

「フィオさん、ありがとう。こちらこそ、これからよろしくお願いします」

 あまり頼りにならないリーダーで申し訳ないんだけどね……
 ターメリックは思ったことが顔に出ないよう気をつけて、にっこり笑った。
 フィオは、そんなターメリックのことを知ってか知らずか、嬉しそうに手を握り返した。
 期待に満ちた眼差しから考えるに……
 どうやらターメリックが頼りないリーダーだということは、ばれてはいないようだ。
 そんなふたりを見守っていたコーヒーミルが、小さく咳払いをした。

「……パソワ姫様、そろそろ」

 視線の先では、パソワ姫がクランのクッキーを口いっぱいに頬張っていた。
 よっぽど気に入ったらしい。
 そこでクランが、テーブルに置いてあったフタ付きの小さなカゴに、クッキーをパンパンに詰め込んで、

「よかったら、どうぞ」

 と、パソワ姫に差し出した。
 クラン君、自分のクッキーを気に入ってもらえて、よっぽど嬉しかったんだなぁ。
 微笑ましく見守るターメリックだったが、その隣ではノウェムが「荷台の売り物を勝手に」と口を尖らせている。
 パソワ姫はというと、クッキーの詰め合わせに瞳を輝かせて「ありがとう!」と満面の笑みを浮かべていた。
 まるで美しい花が咲き誇るような笑顔は、彼女が正真正銘の姫君であることの証だった。
 そんなパソワ姫を見守っていたコーヒーミルが、ターメリックたちを見回し、胸に手を当てて頭を垂れた。

「……みんな、今まで本当にありがとう。あなたたちなら、きっとこの世界を救える……信じているわ」
「コーヒーミルさん……こちらこそ、お世話になりました」

 ターメリックがぺこりと頭を下げ、クランとノウェム、クィントゥムもそれに倣った。
 レードル姫はパソワ姫と握手を交わしている。

「パソワ姉様、気をつけてね」
「それはこっちのセリフよ、レードル。あなたこそ、気をつけて行ってらっしゃいね」

 皆それぞれに別れを惜しみ、それぞれに激励し合う時間……
 ああ、いいなぁ、こういうの。
 まるで旅の終わりみたいだ。
 ……って、まだ何も終わってないよ!
 これから終わらせるんだから!
 ターメリックは達成感を味わいそうになって、慌てて首を横に振った。

 こうして、コーヒーミルとパソワ姫はパン王国へ向かって瞬間移動の魔法で瞬く間に飛び去って行った。
 ターメリックたちもまた、新たな仲間とともにヌフ=ブラゾン王国を後にした。
 目指すはマスカーチ公国……
 ノウェムの実家、ピケノ=オエスシィ家である。


第5章おわり
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