約束の虹は8色に輝いて

鐘雪花(かねゆきはな)

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第6章 希望

第2話 謎と当主補佐

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★◇◆◇◆◇◆◇


「ノウェム君ーっ!」

 ターメリックは崖下に身を乗り出して叫んだ。
 かなりの高さから落ちたと思ったが、意外と海面が近く、ノウェムが落ちた際の盛大な水音とともに、パラパラと水しぶきが顔にかかった。

 しばらく眺めていると、一度沈んだノウェムがゆっくりと海面に浮上してきた。
 ぷはっ、と息継ぎをする音まで聞こえる。
 ターメリックは、ほっと胸を撫で下ろした。
 そして、ふと後ろを振り向いてみた。

 ……突然現れた大男の姿は、どこにも見えない。
 
 さっきの、なんだったんだろう……
 ターメリックは左右を見回した。

 フィオとレードル姫、それにクィントゥムは、ターメリックと同じように崖下を覗き込んでいる。
 しかしクランだけは、そびえ立つ絶壁の岩肌を手で触って首を傾げていた。

 ああ、クラン君にも見えてたんだ。
 ノウェム君を全然心配してないところが、いつものクラン君って感じだなぁ。

 ターメリックは苦笑いを浮かべていたが、クランはその上を行くように海面のノウェムに話しかけていた。

「ねぇノウェムー。今のってー、何ー」
「……お前なぁ、オレが遠くにいるから語尾を伸ばせば聞こえるってわけじゃねぇんだよ。もっと大きい声で喋れ! なんだって?」
「ねぇノウェムー。今のってー、何ー」
「だから何も聞こえねぇんだって! せめて大声出す努力ぐらいしろよ!」

 ノウェムは立ち泳ぎのまま手をバシャバシャと海面に叩きつけている。
 こんな状況になっても、ふたりの掛け合いはいつもと変わらない。

 というか、本当になんだったのかな。
 ノウェム君は、知ってるのかな。
 ターメリックも先ほどの大男のことを教えてもらいたくてウズウズしていた。
 と、そこへ、

「ノウェムー! 大丈夫ー!?」

 こちらに向かって、海の上を走ってくる人影が見えた。
 レードル姫が言っていた通り幼い子どものようだが、崖上からでは男の子か女の子かはわからない。
 その子が海面に足をつくたび、美しい波紋が広がっていく。

 海の上を歩けるだけじゃなくて、走ることもできるんだなぁ……どうなってるんだろう。
 ターメリックは興味津々で崖上からノウェムとその子を眺めていた。
 ふたりは何か会話を交わしているようだったが、しばらくして、

「……それじゃ、いくよ。せーのっ!」

 元気な掛け声とともに、ふたりは海面を蹴って跳び上がった。
 そして、あっという間に崖上まで来ると、子どものほうはターメリックたちの前に軽やかなステップで着地した。

 残念ながら、ノウェムは何かに引っかかって転んだらしく、地面にうつ伏せに倒れていた。
 ノウェムの服から染み出た海水が、地面に吸われて広がっていく。

「もう、だから言ったのに。最後はバランスが難しいんだよって」
「……うう」

 ノウェムは呻き声とともに起き上がったが、服はびしょ濡れで、転んで倒れたために土で汚れていた。

 うわ、大変……
 そうだ!
 ターメリックは、隣に立っていたクィントゥムに目配せした。

 クィントゥムはターメリックの言いたいことは百も承知のようで、すでに杖を手にしていた。
 そして鈴の音とともに、ノウェムの服はすぐに乾いてしまった。

「お、クィン兄さん、ありがとう。この前も近くで見たけど、やっぱこの魔法すげぇな」

 ノウェムが自分の服の裾を広げて喜んでいると、

「うわぁ、カッコイイ! ボクもこんな魔法が使えたらなぁ」

 ノウェムの隣から、そんな羨望の声が聞こえてきた。

 ボク……ってことは、男の子なんだね。
 ターメリックが調子を合わせて「そうだよね! カッコイイよね!」と頷いてみせると、少年は「はい!」と満面の笑みを浮かべた。

「さっきノウェムから聞きましたけど、皆さん伝説の剣に選ばれた人たちなんですよね。やっぱり使う魔法もすごいんだなぁ……あ、すみません。まだ名乗ってませんでしたね」

 少年は居住まいを正すと、ターメリックたちにペコリとお辞儀をした。

「ボクは、クワトロ・ジェロニモといいます。これでもピケノ=オエスシィ家当主補佐として、商売について学んでいるところです。伝説の剣に選ばれた皆さん、ノウェムがお世話になっています」
「……」

 その大人顔負けの挨拶に、仲間たちのリーダーであるターメリックは何も言えずに固まっていた。

 すごい……
 ぼくがこの子ぐらいの頃は、何を言われても「うん」って頷くだけで、自分から挨拶なんてしたことないよ……

 って、そんなこと考えてる場合じゃない。
 ぼくも挨拶しないと。
 そう思ったターメリックだったが、

「あ、こんなところで立ち話なんて、お客様に対して失礼でしたね。さあ、お屋敷へ向かいましょう!」

 クワトロが元気よく歩き出したので、そのまま後をついて行くことになってしまった。
 ノウェムが引く荷台に腰掛けたクランが「ターメリックより全然大人だよね」と呟いたが、ターメリックはもちろん聞こえない振りをしていた。


★◇◆◇◆◇◆◇


 マスカーチ公国の豪商ピケノ=オエスシィ家の館は、公国内の西方一帯を見渡せる小高い丘の上にあった。
 内海に面した門前には、ノウェムの荷台につけられたものと同じ、大型船と小豆をデザインしたエンブレムが飾られている。
 今は店の中に客人がいるので、ターメリックたちはクワトロに促されるまま裏の勝手口へと回った。

「せっかくのお客様方を裏からご案内することになるなんて、本当に申し訳ないんですけど……」
「気にすんなよ、クワトロ。オレなんて裏からしか入ったことねぇぞ」
「ノウェムには言ってないよ。お客様じゃないもん」
「……あ、そっか」
「さあ、皆さん、応接間へどうぞ。美味しい紅茶とお菓子がありますよ」

 クワトロの案内でお屋敷の奥にある応接間へ通されたターメリックたちは、あれよあれよという間に紅茶とクッキーでもてなされていた。
 丸いテーブルだったが、ターメリックの向かいにはクワトロが座っていて、目が合うと嬉しそうに笑ってくれた。

 明るい赤茶の髪はあごの下で揃えられ、透き通った水色の瞳がとても爽やかな印象を与える。
 そして頭には、瞳と同じ色のバンダナをキリリと巻いていた。
 少し肌寒いと思われるが、クワトロは半袖シャツに短パンを履いており、短パンのポケットからは短剣が覗いている。
 まるで元気を絵に描いたような、どこにでもいそうな男の子だな、とターメリックは思った。

 そこから、ターメリックたちの簡単な自己紹介の時間になった。
 クワトロは、ひとりずつの紹介を頷きながら聞いていたが、パン王国の第3王女やスパイス帝国元皇帝の甥、ヌフ=ブラゾン国王の親族といった面々が登場するたびに、目を丸くしていた。

「……ひゃー。さすがは伝説の剣に選ばれし者って感じですねぇ。この中に混ざってるノウェムが、なんというか場違いというか浮きまくってて、ふふっ、面白すぎる」
「なんだよぉ。仕方ねぇだろ、選ばれたんだから」

 くすくす笑うクワトロの隣で、ノウェムが口を尖らせている。
 そんなふたりのやり取りを見ていたターメリックは、ぶんぶんと音がするくらい首を横に振った。

「いやいやいや! 浮きまくってるのは、ぼくのほうだよ! こんな頼りないのがリーダーだなんて、場違いにもほどがあるんだから!」

 ターメリックは「ね?」と問いかけながら、仲間たちの顔を見回した。

 ……本当は「そんなことないよ」と否定してもらうつもりだった。
 しかし、レードル姫とフィオは顔を見合わせて笑っているし、クィントゥムも小さく頷いていて、クランに至っては「うん。そうだね」と、当然といった顔をしている。

 ターメリックは言葉もなかった。


つづく
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