約束の虹は8色に輝いて

鐘雪花(かねゆきはな)

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第6章 希望

第20話 待っていた剣

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◆◇◆◇◆☆◆◇


 それは、商人の息子でも見たことのないような、しなやかで美しい槍だった。
 切先が陽の光を受けて、キラリと瞬く。
 けれども、それ以上に眩しく輝いているのは……
 手元に埋め込まれたエメラルドであった。

「……」

 ノウェムは声も出なかった。
 ただ、自分の手元を見つめるのみである。
 両手は小刻みに震え、その振動は槍にまで伝わっていく。

 オレは怖いのか……?
 自分に問いかけ、すぐに首を振る。

 違う、これは……
 武者震いってやつだ!

 ノウェムは震える両手に力を込めた。
 槍を握り直し、すぐさま駆け出す。

「クィン兄さん! オレが助けるからなっ!」

 まずは、目の前の黒い影を一突き。
 確かな手応えがあったかと思うと、黒い影はすでに霧散していた。

 なんだこれすっげぇ使いやすいっ!
 もしかして、みんなの武器もそうなのか……?
 自分専用の武器が、こんなに使いやすかったなんて……!
 くっそぉ、羨ましいぞみんなー!
 ノウェムは、そんな心の声とともに黒い影を倒していった。

 ……無我夢中で突きを繰り出す。
 ノウェムの心に湧き上がってきたのは、感謝の思いだった。
 自分じゃ何をしたいのかもわからなかったオレを、こいつは待っててくれた……
 信じて待っててくれたんだ。
 ありがとな、希望の剣。

 槍を持つ手に、自然と力が入る。
 みんなにも、あとでちゃんとお礼を言わないと。

 ノウェムは仲間たちと協力し、ついに最後の一体を霧散させた。

「クィン兄さん! 無事か!?」

 黒い影の大群に押しつぶされていたクィントゥムは、うつ伏せに倒れたまましばらく動かなかった。
 しかし、その右手にはしっかりと自分の杖が握られていた。

 仲間たちが安堵のため息をつくと、クィントゥムは咳き込みながらもゆっくりと起き上がった。
 そして、ノウェムの手にした槍を目にして、すべてを理解したらしく、

「さすがは希望の剣に選ばれし者だ。ようやく、一緒に戦えるな」

 そう言って、不敵な笑みを浮かべたのだった。
 周りを囲む仲間たちも、クィントゥムとノウェムの様子を眺めて楽しそうに笑っている。

 黒い影の大群は、クワトロが連れているテルトレーモのおかげで一掃されていた。
 クワトロの傍には、いつの間にかメールが微笑みを浮かべて佇んでいる。

 ノウェムは、そんな仲間たちの顔を見回した。
 だれひとりとして、疲れた顔の者はいない。
 その中にリーダーの顔を見つけ、ノウェムは声をかけた。

「ターメリック! ありがとな! おかげでオレの望みを叫べたぜ! やっぱ、リーダーは頼りになるな!」
「え、いや、ぼくは何もしてないよ。というか、ノウェム君の気持ちに全然気づいてなかったのが恥ずかしいくらいで……」
「でも、そのおかげで何もかも解決したんだ。これからも、その調子で頼むよ!」

 ノウェムが白い歯を見せてニヤリと笑うと、ターメリックは「なはは」と困ったように頭をかいた。
 和やかな空気の中、ひとりだけムスッとしているのはクランである。

「あれ、なんだよクラン。なんかあったか?」
「……見逃しちゃった。ノウェムのカッコイイところ」
「え? い、いやぁあれは確かに自分でもそれなりに格好よ」
「じゃなくて剣が槍に変身するところ」
「っあ゙ーっ!!」

 ノウェムの絶叫が庭園内に木霊する。
 いつの間にか見物人が増えていたらしく、遠巻きに眺めてクスクス笑っているのが見えた。

「お前なぁ、思わせぶりなこと言うなよ。びっくりして信じちゃったじゃん」
「それ、なんで僕が怒られないといけないの。信じちゃったのはノウェムでしょ。ていうか、信じちゃったじゃんって言い方、ふっ可愛いね」
「吹き出してんじゃねぇよ恥ずかしいだろ」

 ノウェムがツッコむたびに、見物人たちから笑いが起こる。
 どこまでも続きそうなやり取りを見兼ねたターメリックが「もうふたりとも!」と割って入ってきた。

「クラン君は、またノウェム君と一緒に行けるのが嬉しいんでしょ? わかったからもうノウェム君を挑発しちゃダメだよ。ノウェム君も、何でもツッコまなくていいからね」
「だって、ノウェム」
「お前もだろ」

 ったく、コイツ……
 ノウェムは横目でクランの様子を伺った。
 ターメリックにこんこんと説教されつつも、口元はニヤリと笑っている。
 まったく……とは思ったものの、ふと気づく。

 オレも今、コイツと同じ顔してるんだろうな。

 後ろからは、フィオの「え、クランってあれで嬉しがってるんですか?」という独り言のような質問が聞こえてくる。
 と、そこへ、

「ノウェム! 素晴らしかったぞ! さすがは私の弟だ!」

 屋敷のほうから、兄ベントの声が聞こえてきた。
 振り返った先、屋敷の玄関口に並んでいるのはベントと妻のアガタ、そして父のジョアキムと母のマグダレナである。

 両手を挙げて喜ぶベントの隣で、アガタとマグダレナも朗らかな顔をしていた。
 しかし……
 ジョアキムだけは、腕を組んで渋い顔である。

 ……けっ、なんだよ。
 そんなにオレじゃ嫌なのかよ。
 どんだけ希望の剣を高く売りつけたいんだよ、この強欲親父。

 ノウェムは、じっとジョアキムを睨みつけた。
 目が合ったとき、ジョアキムはなぜか寂しそうな顔をしていた。

 ん……?
 なんだ? 見間違いか??

 ノウェムが怪訝な顔をした、そのとき。

「……こんなにも簡単に倒されてしまうとは、残念だな」

 低く威厳に満ちた男の声が庭園内に響いた。
 見物人たちのざわめきが、水を打ったようにピタリと静まる。

「スパイス帝国内では効果は絶大、腕に覚えのある兵士でも太刀打ちできなかったというのに……やはり、伝説の剣に選ばれし者にかかれば、人ならざるものでも簡単に倒せてしまうのだな」

 庭園内に響く足音が、だんだんと近づいてくる。
 見物人たちの波が左右に割れて、声の主が姿を現した。

 濃紺の髪が風に揺れている。
 同じ色の瞳は眼光鋭くあたりを見回していたが、ターメリックを見つけると男は不敵な笑みを浮かべた。

「久しぶりだな、雑用係。朝日の浜辺から突然姿を消したかと思えば、こんなところで『仲良しごっこ』に勤しんでいようとは」
「ペパー大臣……」

 眼光鋭い男の視線を前に、ターメリックは蛇に睨まれた蛙のように動けなくなっていた。

 な、なんだよ、こいつ……
 ターメリックが大臣って呼んでたけど、スパイス帝国の大臣か……?
 ノウェムは、じっとふたりを観察していた。

 ターメリックに大臣と呼ばれた男は、ある程度の間合いを取ってターメリックと向かい合っている。
 腰に差した剣は外套でよく見えないが、抜かれればターメリックが危ない。

 こいつ、並大抵の剣士じゃない。
 いくらターメリックが素早いからって、攻撃から逃げ切れるとは限らないぞ。
 どうする……

 ノウェムは少し考えてから、大きく前に踏み出した。
 そのまま、手にした槍を構える。

 剣士に対して槍は不利だって、オレに槍術を叩き込んでくれたじいちゃんが言ってたけど……
 でも、オレが前に出ることで、ターメリックには近づけないはずだ!
 ノウェムは槍を構えて、目の前の男を睨みつけた。

「お前がこの騒動を引き起こした犯人なんだな!? スパイス帝国のお偉いさんだかなんだか知らねぇけど、好き勝手やりやがって……お前なんかなぁ、この絶好調ノウェム様にかかれば一撃だぁっ!」

 そんなことを口にしつつ、ノウェムは頭の中で早口に言い訳していた。

 最後のほうは自分でも格好悪いと思ったよでも口が動いて止まらなかったんだ笑いたきゃ笑え!

 顔が赤くなるのを自覚しながら、ノウェムは目の前の男に槍を突きつけた。
 しかし……

 その瞬間、槍は鞘に収まった剣へと姿を変えていた。


つづく
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