約束の虹は8色に輝いて

鐘雪花(かねゆきはな)

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第6章 希望

第21話 正体を知る者

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◆◇◆◇◆☆◆◇


「え……?」

 な、なんだ?
 何が起こってるんだ??

 ノウェムは、希望の剣を何度も捧げ持ってみた。
 先ほど槍に姿を変えたときの持ち方である。
 しかし、何度試しても剣は剣のままだった。

「お、おい! どうしたんだよ、希望の剣! オレが持ち主なんだろ!?」

 焦りのあまり、ノウェムは剣に向かって叫んでいた。

 大変だ、このままじゃオレもターメリックも、ペパー大臣ってやつに一瞬で斬られる!
 なんとか逃げることだけでもしないと……!

 ノウェムは慌てつつも、目の前の男の動きを見定めようと剣から顔を上げた。
 もう目の前に剣の切先が迫っているものと思ったのだが……

「……」

 そこにいたのは、腰の剣に手をかけたままのペパー大臣だった。
 剣を抜こうとしている右手が震えている。
 それは昨日のノウェムと同じく、どんなに力を入れても剣が抜けないことの証であった。

 え、マジかよ……
 いったい、どういうことなんだ??

 ノウェムが息を呑んで見守っていると、

「ノウェム! 何やってるんだよ! それじゃ絶好調でもノウェム様でも何でもないよ!」

 見兼ねたクワトロが、傍に控えるメールが止めるのも聞かず駆け出した。
 そしてペパー大臣の前に立つと、ノウェムを庇うように両手を広げた。

「このマスカーチ公国は、平和を愛する商人たちの国です。スパイス帝国の大臣といえど、ここから先へ通すわけにはいきません」

 クワトロの背丈は、ノウェムの胸までしかない。
 それなのに、今のノウェムにはクワトロが自分より一回りも大きく見えた。

 ……すげぇな、クワトロは。
 それに比べてオレなんて……

 ノウェムは自分の小ささに辟易して、大きなため息をついた。
 ペパー大臣はクワトロを見下ろしていたが、小さく鼻で笑うと、

「交渉役補佐殿は、まだこの状況を理解できていらっしゃらないようだ。すべては話し合いで解決できる……その幻想、今から叩き斬ってやろう!」

 そう言うやいなや、腰の剣に手をかけ直した。
 しかし、クワトロは怯むことなく両手を広げたままである。

 もうダメだ……
 オレもクワトロも、ターメリックも……!
 ノウェムが絶望した、そのとき。

「アガタ! 何をしているんだ! 戻って来なさい!」

 屋敷の玄関口から、兄ベントの叫び声が聞こえてきた。
 振り向くと、こちらに向かって義姉のアガタが駆けてくるのが見えた。
 その真剣な表情は、まっすぐペパー大臣に向けられている。

「お、奥様!? どうされたんです……」

 クワトロの呼びかけにも反応せず、アガタはその横を通り過ぎ、ペパー大臣と向き合った。
 そして、

「シメオンさん……あなた、シメオンさんでしょう?」

 と、尋ねた。

「……」

 ペパー大臣は何も答えなかったが、アガタを見つめたままの表情は、先ほどとは大きく異なっていた。
 それはまるで、生きる希望を手に入れたかのような……
 何か、大切なことを思い出したかのような表情だった。
 そんな彼を見て、アガタは「やっぱり」と小さく呟いた。

「シメオンさん……かつて、属国になることを迫るスパイス帝国から、母国マスカーチ公国を守った英雄のあなたが……あたしの姉であるモニカの一番の理解者だったあなたが、どうして……」

 アガタの問いかけに、ペパーは頭を抱えてうずくまってしまった。

 こいつが、英雄シメオンだって?
 義姉ちゃん、何言ってんだ?

 うずくまるペパー大臣を遠巻きに眺めながら、ノウェムはアガタに怪訝な表情を向けていた。

 確かに義姉ちゃんは、公主であるディオゴ・ヂィア=マンサオン公爵の娘だし、オレが知らないことも知ってるんだろうけど……
 でも、英雄シメオンはマスカーチ公国を救った後、行方不明になってたはずだよな。
 ……それが、こいつだっていうのか?

「シメオンさん、いったい何をしてるの? あれから、みんなであなたのことを探していたのに、スパイス帝国にいるなんて……」

 アガタは、うずくまったままのペパー大臣に声をかけ続けている。
 すると、ペパー大臣はようやく顔を上げた。
 その表情を前に、ノウェムは息を呑んだ。
 彼の穏やかな微笑みは、先ほどまでとは明らかに別人のものであった。

 しかし。

「シメオンさ……」

 アガタが言い終わる前に、庭園内の空気が怪しく揺らめいたかと思うと、ペパー大臣とともに消えてしまった。

 なんだ? どうした?
 どこに行ったんだ??

 ノウェムがあたりを見回していると、後ろに控えていたクィントゥムが出てきて、ペパー大臣のいた場所を凝視した。
 そして、

「これは……あのときと同じだ」
「クィン兄さん、あのときって?」
「ヌフ=ブラゾン王国の謁見の間に、カイエンが現れたときだ。怪しい空気とともに現れ、そして音もなく消えていった……ノウェムも覚えているだろう?」
「ああ……忘れるわけねぇよ」

 目を閉じれば、あの惨劇が嫌でも鮮やかに映し出される。
 ノウェムを救うため、スパイス帝国の外交官クレソンがカイエンに刺されて亡くなった、あのときのことが、鮮明に……
 クィントゥムの言う通り、ペパー大臣はあのときのカイエンと同じように消えていったのだ。

 いつの間にか、騒動の見物人たちは波が引くようにいなくなっていた。
 クレソンのことを思い出したノウェムは、ふと消えていったペパー大臣のことを思った。

 アイツもクレソンと同じで、カイエンに振り回されてるんだろうな。
 ……あ、アイツなんて呼んだらダメか。

「シメオンさん……」

 だれもいなくなった庭園に、アガタの呟きが溶けていく。

 マスカーチ公国の英雄シメオン……
 この国には、彼に救われた人々が暮らしている。
 たったひとり、シメオン本人を除いて……

 ふと背後からゴソゴソと音が聞こえてきた。
 振り向くと、ターメリックがポケットから羅針盤を取り出しているところだった。
 手をかざす……

「……」

 いつもなら、何か一言言いそうなターメリックでも、今回ばかりは黙りこくっていた。
 黄緑色の光は、まっすぐスパイス帝国の方角を指している。
 光の中に浮かび上がった文字は間違いなく、

『平和 シメオン』

 だった。


★◇◆◇◆◇◆◇


 あの騒ぎからしばらく後……
 ターメリックと仲間たち、そしてアガタとベントは食卓を囲んでいた。
 マグダレナは台所で昼食の準備をしており、ジョアキムは書斎で仕事中である。

 ターメリックは、アガタから『モニカ事件』について聞かせてもらった。
 そして一通りの説明が終わった後、アガタは「これはグレーシア姫様にもマリアちゃんにも話していないことだけど」と前置きしてから話し始めた。

「あたしの姉であるモニカは、敬虔なクリスタン信者らしく友人を大切にしていた。その中でも、心から信頼できる親友と呼べる存在がいたの。それが、シメオンさん……本名は確か、アクア・シメオン。後の英雄シメオンね」
「アクアさん……って、いうんですね」

 今までペパー大臣としての彼しか知らないターメリックの呟きに、アガタは「ええ」と目を細めた。

「モニカ姉さんが亡くなったとき、だれもが彼女の死に様を罵ったのに、シメオンさんだけは違った。俺が付いていればこんなことにはならなかった、もうだれも死なせない、今度は俺が助けるんだって……そう誓っていたわ」
「……」
「だから、その後にスパイス帝国軍が攻めてきたとき、シメオンさんは先陣を切って戦ってくれた。さっきのジェロニモちゃんみたいに、とても勇敢だった。そのおかげで、マスカーチ公国の平和は保たれたの。そして今の今まで、だれも不自由しない国であり続けている。それなのに……」

 アガタはそこで言葉を切ると、小さく鼻をすすった。


つづく
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