約束の虹は8色に輝いて

鐘雪花(かねゆきはな)

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第6章 希望

第23話 自分の居場所

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★◇◆◇◆◇◆◇


 翌日の午後……
 ターメリックはひとり、南の岩場へと向かって庭園を歩いていた。
 午前中の仕事を終えて休憩中のクワトロに会いに行くためである。

 ほかの仲間たちは、それぞれ出発の準備で忙しいようだった。
 特に何もすることのない……いや、何をしたらいいかわからないターメリックは、仲間たちの邪魔にならぬよう外に出ていることにした。
 そして、クワトロのことを思い出したのである。

『改めまして……ボクの名前はクワトロ・ジェロニモ。クリスタン神話での逃亡者ミール・ミゲルの血を継ぎし者です。どうかボクを、皆さんの仲間に入れてください』

 ターメリックたちがピケノ=オエスシィ家を訪れた日、クワトロは自己紹介とともに自らの出自を語った。
 そしてこの「仲間に入れてください」の部分が、ノウェムの希望の剣によるゴタゴタから忘れ去られていたことに、ターメリックは今さら気がついたのである。

 これは、正式に仲間として迎えてあげたいな。
 ターメリックの早歩きが、さらに速度を増していく。
 いつの間にか小走りになった頃、南の岩場へとたどり着いた。

 クワトロは海の上を歩いているらしい。
 岩場から覗き込むと、大海原の精霊メールの群青色の髪と、クワトロの水色のバンダナが見えた。

「クワトロ君!」

 呼びかけると、クワトロはメールと連れ立ってターメリックのところへ降り立ってくれた。
 その嬉しそうな表情から、ターメリックが言おうとしていることはお見通しのようだったが、ターメリックは構わず右手を差し出した。

「あのときの返事がまだだったから……一緒に行こう、クワトロ君」

 ミール・ミゲルの子孫とか、伝説の剣に選ばれし者とか、人手は多いほうがいいとか、そういうのは今は関係ない。

 ただ、君と一緒に行きたいんだ。
 手伝ってもらえたら、嬉しいな。

 そんな思いを込めて差し出した右手は、

「もちろんです! ありがとうございます、ターメリックさん」

 はしゃいだ声とともに、ちいさな両手で握り返された。

 柔らかくて、ふわふわとしている手……
 思っていた男の子の手の感触と違っていたので、ターメリックは少し戸惑った。

 ぼくは同年代の友達がいなかったからよくわからないけど、クワトロ君ぐらいの歳の子は手も足も傷だらけなのが普通だって、パン屋のローズマリーさんが言ってたな。
 やっぱり、忙しくて外で遊ぶ時間なんてないのかな。

 ターメリックが不思議に思っている間にも、クワトロは「嬉しいなぁ」と絶えず微笑んでいた。
 そして、

「ボクがまだ『ボク』でいられる場所があって、そこにいていいって言われて、本当に良かったです」

 そう言って、またターメリックに「ありがとうございます」と小さく頭を下げた。

 ボクでいられる場所……?
 ターメリックにはよくわからなかったが、クワトロはよほど嬉しかったのか、ひとりで喋り続けていた。

「最近、ちょっと息苦しかったんですよね。奥様はボクのことを着飾ろうとなさるし、大奥様は料理を教えるから時間を作りなさいっておっしゃるし……ボクはスカートより短パンのほうが動きやすくて好きだし、お料理より旦那様の仕事を手伝っているほうが楽しいのに」
「……?」
「だからって、男の子になりたいわけじゃないんです。ボクはただ、ボクでいたいだけで……この気持ち、言葉で説明するのが難しくて、奥様や大奥様にはまだ言えてないんですけどね」
「……」

 えへへと笑うクワトロを前に、ターメリックは目を見開いていた。
 頭の中を、クワトロの言葉がグルグルと回っている。

 スカートより短パンのほうが好き……
 男の子になりたいわけじゃない……
 そ、そそそそれって……!

「く、クワトロ君……君は、もしかして……」

 ターメリックが驚愕の事実を確認しようとした、そのとき。

「ターメリックー! クワトロー!」

 邸からフィオの声が聞こえてきた。
 振り向くと、仲間たちが集まってきていた。

「姿が見えないと思ったら、ふたりともここにいたんですね。何の話をしていたんですか?」

 フィオの明るい声にも、ターメリックは呆然として何も答えられなかった。
 すると、ノウェムが「ああ! そうかそうか!」と笑い出した。

「なるほど、今さら気づいたんだな。まあ、わかんなきゃ驚くよな。オレもそうだったから、あんま気にすんなよ」
「え……そ、そうなんだ……」

 ノウェムとターメリックのやり取りから、仲間たちは何が起こったのか察したようで、

「そうか、今か。私はアガタ殿が『ジェロニモちゃん』と呼んだところでようやく気づいて、しまったと思ったんだが」
「あら、クィントゥムにしては遅かったのね。それなら最初に気づいたのは、あたしとフィオかしら」
「ふふふ、そうかもしれませんね」
「そこ、僕も入れてほしいんだけど」

 と、口々に喋り始めた。
 ターメリックは、しばし呆然とした後で、慌ててクワトロに頭を下げた。

「ごめん! 今まで気がつかなくて……本当にごめんね!」
「あわわ、ターメリックさん! 頭上げてください! もともとボクが紛らわしい格好してるせいなんですから! 気にしないでください! でも……ここまで気づかなかった人は初めてです、ふふ」

 ターメリックが上目遣いに見つめた先で、クワトロは楽しそうに笑っていた。
 そして、

「どうせなら、ずっとそのままでお願いできますか? ボク、クワトロ君として一緒に行きたいです」

 と言って嬉しそうに微笑むと、ターメリックに右手を差し出した。
 ターメリックは、内心複雑に感じながらも、その手を握り返していた。

 動きやすい短パンを履いて、店の仕事を手伝うのが好きな、女の子の手を。


◆◇◆◇◆☆◆◇


 出発は、翌日の朝。
 どうしてもという母の頼みである。

 そんなにオレたちを手元に置いておきたいのかよ、母さんも子離れできてないんだな。
 と、ノウェムは思っていた。

 しかし……
 それは思い違いだった。

『大奥様は、ノウェムに時間をくれたんだよ』

 夕方になり、仲間たちと食堂へ向かおうとしたノウェムは、クワトロにそう言われて踵を返した。
 その一言で、母の思惑もクワトロの言葉の意味も、すべてがわかってしまったからだ。

 しかし、というかもちろん、ノウェムは気が進まなかった。

「……まったく。オレが素直に言うことを聞くと思ったら大間違いなんだからな」

 適当に時間をつぶして食堂へ戻ろう。
 そう思って、行かねばならない部屋の前を通り過ぎた。

 すると、すぐさま筋骨隆々の大男が目の前に立ち塞がった。
 腕を組んで、ノウェムを見下ろしている。

「げっ、お前なんでここに」
「主の命により、お前が大旦那様の書斎に入るまで見届けねばならぬ。早く入れ」
「……」
「早く入れ」
「……」
「早くは」
「聞こえてるよっ! ったく、しょうがねぇなぁ! 入ればいいんだろ、入れば!」

 大地の精霊テルトレーモの圧力に屈したノウェムは、扉を叩いてから返事も待たずに部屋へと入った。
 
 椅子に腰掛け、机に向かっていたジョアキム・ピケノ=オエスシィは、ゆっくりと顔を上げた。
 だれがどう見ても不機嫌そうである。

「まったく、人の部屋の前で騒々しくしていたかと思えば、返事も待たずにズカズカと」
「……」

 顔を合わせれば、すぐ喧嘩になる。
 だから来たくなかったんだ。

 ノウェムはジョアキムから目を逸らした。
 いったいいつから父と目を合わせなくなったのか、もう覚えていない。

「ここに来たということは、何か用件があるんだろう。早く済ませて帰れ」

 ジョアキムはそう言うと、また机に顔を戻した。
 書類に目を通しているところをみると、かなり忙しいようだ。


つづく
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