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魔物の話
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ハッ・・・ハッ・・・ハッ・・・
油断してた、あんなところに人が来るなんて今まで無かったのに!捕まったらきっと無事ではいられない、早く逃げないと!
「絶対逃がすな!」「追え追え!」「あいつを捕まえれば俺たちも大金持ちだ!」
お母さんの分まで生きるって約束したんだ。こんなところで捕まるもんか!私は必死に走った。だけどあいつらとの距離は全く離れない。
このままではもうすぐ森を抜けてしまう。今は木があるおかげでなんとか追いつかれずにいるけど、障害物が無くなってしまったらきっと・・・いや諦めちゃだめだ、何か他に方法があるはずだ。私は必死に走りながら考えた。しかし何も思いつかないままついに森を抜けてしまった。
と、同時に近くにある街が目に入った。あそこは確か昔何度かお母さんとお父さんと一緒に訪れたことがある街だ。私の記憶が正しければあの街の一部に建物が多くて入り組んだ道になっている場所があったはず。そこならあいつらから逃げ切れるかもしれない。私は必死に走った。
◇◇
「クソ!どこ行きやがった!」「手分けして探すぞ!」
遠くであいつらの怒声が聞こえる。入り組んだ道を生かして何とか逃げ切ることができたようだ。記憶違いじゃなくてよかった。だけど少し疲れちゃったな。
そのままフラフラと裏道を歩いていくと、たどり着いたのは何かの建物の裏にある人気のない空き地だった。ここなら誰にも見つからないだろう。そう考えて安心した私はそこで意識を失ってしまった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
どうしてこうなった。
従業員が増えて仕事が楽になると思ったら楽にならなかった。いやむしろ大変になった。原因は分かっている、その増えた従業員のレイ目当てに来店する客が増えたのだ。
この間売り上げ推移グラフを作ってみたところ、レイが入った次の日から女性客が徐々に増えていることが分かったのだ。お客さんが増えること自体はうれしいのだがこれでは本末転倒である。新しい従業員を探さないとこのままでは体が持たない。
やっとピークが終わり一息つく。フィーユもレイも疲れた表情をしている、先に休憩させようか。
「フィーユ、レイ、片付けが一通り終わったら休憩していいぞ。だからもう少しだけがんばってくれ」
俺の言葉にフィーユはみるみるうれしそうな表情になった。こいつ実はまだまだ平気なんじゃないだろうな?
「わかりました!すぐ終わらせて休憩行きます!」
「フィーユ先輩元気っすね・・・」
レイもやっぱりそう思うよな。
「そんなことないよ、もうへとへと!早く片付けて休憩行こ!」
「了解です」
まぁ今は仕事してくれるならなんでもいいや。彼女たちが早く休憩に入ればそれだけ早く俺も休憩できるわけだし。もちろん俺の仕事が一区切りついていたらの話だが・・・。
そうしてフィーユとレイの休憩が終わり、俺の仕事も無事一区切りついていたのでさぁ休憩時間だ、というときに俺のスキルに何か反応が出た。これは・・・魔物か?だが様子がおかしい。足取りがフラフラしていて・・・そう、今にも動かなくなりそうな雰囲気だ。今はこの店の裏にある空き地の周りにある草むらの中を歩いている。そして空き地に入ったのだが空き地のちょうど真ん中で動かなくなった。
非常に休憩に行きたいのだが・・・様子を見に行った方がよさそうだ。何かあってからじゃ遅いしな。
「フィーユ、ちょっと出てくる」
「え?休憩しないんですか?」
「これが済んだら休憩するよ」
「?わかりました」
不思議そうにしているフィーユを尻目に俺は店の裏の空き地に出た。
空き地のど真ん中には反応の通り魔物が居た・・・のだが何という魔物なのか分からない。見た目は狐のような姿をしている魔物だ。しかし俺の知識では狐の魔物は九尾と呼ばれるSランクの魔物しか見たことも聞いたこともない。だがこいつはどう見ても九尾ほどの魔力も危険性も感じられない。考えられるとすれば九尾の幼体とかか?いや、それにしても弱々しすぎるしなんでこんなところに居るんだという疑問も残る。
謎が多すぎるので俺のスキル”情報収集”で調べることにした。”情報収集”はこの世のあらゆるものや人から情報を集められるスキルだ。目的を以て探せば、誰かが知っているもしくは何かに記載などがされて情報として存在しているなら、距離などの障害を無視して認識することができる。これで何もわからなければいよいよこの世界の誰も知らない未知の魔物と言うことだ。
しばらくして・・・結果としては未知の魔物ではなかった。なかったのだが・・・詳細は後で本人の口から聞くことにしよう。とりあえず危険性は無いと確定したので保護することにした。俺は狐の魔物を抱きかかえて店に戻った。
「戻ったぞ」
「おかえりなさ・・・何を抱えてるんですか?」
「あとで詳しく説明するが怪我をした動物を保護したんだ」
「どんな動物なんですか?」
「狐だよ。休憩室で治療するから休憩する時は静かにしてくれよ」
「はーい」
フィーユにはばれるとうるさいので適当に言ってごまかした。まぁ概ね間違ってないけど。
休憩室のソファに寝かせて狐の状態を調べると、打撲や切り傷などの怪我と軽い栄養失調だということが分かった。しかし病気に罹っていないのは幸いだった、さすがに病気は治療できないからな。とりあえず回復魔法をかけてやると、弱々しかった呼吸に力が戻ってきた。これですぐに死ぬということは無いだろう。あとは目覚めるまで様子見だな。
狐の身体に毛布を掛けて休憩室を後にする。思い返せばほとんど休憩してないがこれ以上時間をかけると仕事に響くので仕方なく店頭に戻ることにした。
それから時間が経ち、もうすぐ閉店時間というところにまたもや俺のスキルに反応があった。今度は魔物ではなく不穏な空気を纏った人間である。足取りを見ると何かを探しながらこちらに向かって歩いているように感じた。
この前みたいに犯罪を犯しそうだったら問答無用で衛兵送りにするんだけどなぁ。さすがに不穏なだけで衛兵に引き渡すことはできない。
店に入ってきて問題を起こされると困るので先手を打って外に出てみると、そいつは厳つい冒険者の男だった。
「おいお前」
「いかがいたしましたか?」
気が立っているのか語気が荒い。
「お前はこの店の従業員か?」
「そうですが」
「ここら辺りで人語を・・・いや、狐だ。狐を見なかったか?」
「狐ですか・・・見てないですね」
こいつがあの狐を捕まえようとしていた奴か。ということは・・・
「おい、見つかったか?」
「いやまだだ。ということはそっちは居なかったのか?」
「ああ、目撃情報も途切れた。残るはこの方向だけだ」
やはりわらわらと似たような恰好をした男たちが集まってきた。どうやら仲間のようだ。
「おいお前、本当に見てねぇんだろうな?嘘を付いてみろただじゃおかねぇぞ」
この流れはまずいな。よほど執着しているだろうことが見て取れる。このまま放っておいたら問題を起こすのは間違いないだろう。
「おい、何とか言ったら」
「ちょいと失礼」
俺はスキル”催眠”を使用した。この間採取をしているときに見つけたこのスキルだが、どうやら眠らせるだけでなく記憶を改変させることもできるらしい。心優しい人(犯罪者)たちで実験したから間違いない。こいつらにはあの狐のことの一切合切を忘れてもらおう。
「あれ?俺たちここで何してたんだっけ?」
「なんだったっけ・・・覚えてねぇや」
すっかり狐のことを忘れた男たちが去って行くのを見送った後、店に戻った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
目が覚めると見覚えのない景色が広がった。ここはどこかの部屋だろうか?身体を起こすとぱさりと何かが落ちた音がした。足元を見てみるとそこには柔らかそうな毛布が落ちていた。そしてさらに気が付いた、逃げるときについた傷が治っていることに。
もしかして・・・親切な人に動物の狐だと勘違いされて保護された!?と、そのとき部屋の扉が開いた。
「無事に目覚めたようだな」
入ってきたのは見た目30代後半くらいの人間の男性だ。この人が私を保護したのか。でもどうしよう、きっとただの狐だと思っているはずだ。もし魔物だなんてことがばれたらきっと・・・
「心配しなくても大丈夫だ。君が人語が分かることも話せることも知ってる」
「えぇ!?あっ・・・」
口を手で隠すがもう遅かった。っていうか何で知ってたの!?
「そんなに慌てなくても取って食ったりしないから落ち着いてくれ。お腹が空いているだろう?これを食べると良い」
そう言って男性が差し出してきたのは野菜や肉をパンで挟んだものだった。出来立てなのだろう、ほんのりいい匂いがする。すごくおいしそうだけど、まだこの人が信用できると決まったわけではない。もしかしたら毒を盛ってるかも。
「い、いえ、大丈夫で・・・」
そう断ろうとしたとき、私のお腹がぐぅ~となった。
「ははは、やっぱりお腹がすいてるんじゃないか。遠慮せずに食べてくれていいよ、毒なんて盛って無いし。それに何かしようとしているならそんな遠回りなことしなくたって、君が気を失っている間に閉じ込めとけばよかったはずじゃないか」
言われてみれば確かにそうだけど・・・
「早く食べないとあいつが来るぞ?」
「あいつ?」
そのときまた部屋の扉が開き、今度は人間の女性が入ってきた。
「店長、閉店作業が終わったので狐を見に・・・わぁ~かわいい~!」
そう言って彼女は私を抱き上げてしまった。
「フィーユ、静かにしろって言っただろ?」
「もう治療が終わって起きてたんですよね?ならいいじゃないですか」
私をもふもふしながら文句を言っている。店長に閉店作業ということはここは何かのお店なのだろうか。
「店長だって狐を愛でながらのんびりサンドイッチを食べようとしてるじゃないですか」
「いや、これは俺のじゃなくてその子のだ」
「え?狐はサンドイッチなんて食べないですよ。確か肉食のはずですし。確かにお肉も入っていると言えば入ってますけど」
「そりゃあ普通の狐だったらそうだろうな」
「え?」
「ほらもういいだろ、降ろしてやれ。お腹が空きすぎて死にそうらしいぞ?」
「そんなこと言ってません!」
「えぇ!?」
思わず返事をすると女性はびっくりしたのか私から手を放した。もちろん私はそのまま落下したが、下にはソファがあったので無事だった。
「おいおい気をつけろよ」
「いいんです、驚かせてしまったのは私ですから」
男性はやれやれといった風だが女性はあんぐりと口を開けて固まっている。
「全く・・・そのままじゃ食べ辛いだろう、人間の姿になったらどうだ?」
そんなことまで・・・一体この人は何者なんだろうか。とりあえずその通りなので人間の姿になった。
「ほう」
「わぁ、かわいい」
「そ、そうですか?」
私はお父さんとお母さん以外とはほとんど話をしたことが無いからよくわからないけど、褒められて悪い気分ではなかった。
「ってこの子何者なんですか!?」
「フィーユ、話が進まないから少し静かにしてくれないか」
◇◇
「ごちそうさまでした」
「お粗末さまでした」
店長が出してくれたサンドイッチという食べ物はすごくおいしかった。こんな料理は今まで食べたことが無い。
「さて、腹も膨れて落ち着いたところで話を聞かせてもらおうか」
「事情を話すのはいいのですが、その・・・全てを話すのは・・・」
私の中で気持ちの整理が付いていないのにむやみに他人に話すのは失礼だろう。それも助けてくださった恩人となれば尚更だ。
「ああ、もちろん全部話してくれとは言わない。いろいろ事情もあるだろうし、君の気持ちの問題もあるだろう」
ありがたい事に店長さんは私の意図を汲んでくれたようだ。
「ありがとうございます。では私がどういう存在なのかということと、なぜ怪我をして倒れていたのかについて少しだけ・・・」
私の名前はピュリア。人間のお父さんと九尾の狐の母との間に生まれた半人半狐。森の中にある住処の近くに一人で居たところを冒険者に襲われ、命からがらここまで逃げ延びてきた。
「すいませんが、今はこれくらいしか・・・」
「いやいい、まだ会ったばかりだしな。だが二つだけ質問させてほしい」
「答えられる範囲であればお答えします」
「まず一つ目、両親は今はどうしているんだ?」
「それは・・・」
いきなり核心を突かれてしまった。本当にこの人は何者なんだろうか。
「・・・じゃあ二つ目、行く当てはあるのか?一応君を襲った冒険者に関しては記憶をいじったからそこから住処が漏れることは無いだろうが・・・一度見つかった場所だ、安全とは言い切れない」
「・・・ありません」
なんだか不穏な言葉が聞こえたけどきっと気のせいだろう。
「そうか、それじゃあうちに来ないか?」
「え?」
ど、どういうこと?
「俺は喫茶店っていう料理屋をやっているんだが従業員が足りなくて困ってたんだ。もちろん衣食住は保証するし働いた分はきちんと給料も払う」
「で、でも助けていただいたばかりかそんなことまで・・・」
「この店には俺だけじゃなくてフィーユも住んでるから困ったことがあれば彼女に聞けば問題ない」
「え、えとそういうことじゃなくて、私は半分とはいえ魔物ですよ?きっとご迷惑を・・・」
「いいことを教えてやろう、従業員を探すのはすごくめんどくさいし大変なんだ」
「は、はぁ」
何を言っているんだろう。
「うちの店は割と高級志向だからその分接客やら料理やらのクオリティを高く保たないといけないんだ。新しく雇うとすればとりあえず接客をやってもらうことになるんだが、そこら辺の奴じゃあうちの接客は厳しすぎて中途半端な気持ちじゃついてこられない。その点君は過去の境遇から生活が懸かっているとなれば手を抜くなんてことはしないだろう」
そう一気に捲し立てられた。
「そ、そこまで言っていただけるなら、や、やってみようかな?」
「よし、それじゃあ早速明日から研修だ。フィーユ、しっかり教えてやるんだぞ」
「なんかすごい強引ですね・・・店長が決めたことだったら別にいいですけど。初めての同性の同僚ですし」
「よ、よろしくお願い致します」
なんだか勢いで決まってしまったけれど、こうして私は喫茶店の店員になりました。
油断してた、あんなところに人が来るなんて今まで無かったのに!捕まったらきっと無事ではいられない、早く逃げないと!
「絶対逃がすな!」「追え追え!」「あいつを捕まえれば俺たちも大金持ちだ!」
お母さんの分まで生きるって約束したんだ。こんなところで捕まるもんか!私は必死に走った。だけどあいつらとの距離は全く離れない。
このままではもうすぐ森を抜けてしまう。今は木があるおかげでなんとか追いつかれずにいるけど、障害物が無くなってしまったらきっと・・・いや諦めちゃだめだ、何か他に方法があるはずだ。私は必死に走りながら考えた。しかし何も思いつかないままついに森を抜けてしまった。
と、同時に近くにある街が目に入った。あそこは確か昔何度かお母さんとお父さんと一緒に訪れたことがある街だ。私の記憶が正しければあの街の一部に建物が多くて入り組んだ道になっている場所があったはず。そこならあいつらから逃げ切れるかもしれない。私は必死に走った。
◇◇
「クソ!どこ行きやがった!」「手分けして探すぞ!」
遠くであいつらの怒声が聞こえる。入り組んだ道を生かして何とか逃げ切ることができたようだ。記憶違いじゃなくてよかった。だけど少し疲れちゃったな。
そのままフラフラと裏道を歩いていくと、たどり着いたのは何かの建物の裏にある人気のない空き地だった。ここなら誰にも見つからないだろう。そう考えて安心した私はそこで意識を失ってしまった。
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どうしてこうなった。
従業員が増えて仕事が楽になると思ったら楽にならなかった。いやむしろ大変になった。原因は分かっている、その増えた従業員のレイ目当てに来店する客が増えたのだ。
この間売り上げ推移グラフを作ってみたところ、レイが入った次の日から女性客が徐々に増えていることが分かったのだ。お客さんが増えること自体はうれしいのだがこれでは本末転倒である。新しい従業員を探さないとこのままでは体が持たない。
やっとピークが終わり一息つく。フィーユもレイも疲れた表情をしている、先に休憩させようか。
「フィーユ、レイ、片付けが一通り終わったら休憩していいぞ。だからもう少しだけがんばってくれ」
俺の言葉にフィーユはみるみるうれしそうな表情になった。こいつ実はまだまだ平気なんじゃないだろうな?
「わかりました!すぐ終わらせて休憩行きます!」
「フィーユ先輩元気っすね・・・」
レイもやっぱりそう思うよな。
「そんなことないよ、もうへとへと!早く片付けて休憩行こ!」
「了解です」
まぁ今は仕事してくれるならなんでもいいや。彼女たちが早く休憩に入ればそれだけ早く俺も休憩できるわけだし。もちろん俺の仕事が一区切りついていたらの話だが・・・。
そうしてフィーユとレイの休憩が終わり、俺の仕事も無事一区切りついていたのでさぁ休憩時間だ、というときに俺のスキルに何か反応が出た。これは・・・魔物か?だが様子がおかしい。足取りがフラフラしていて・・・そう、今にも動かなくなりそうな雰囲気だ。今はこの店の裏にある空き地の周りにある草むらの中を歩いている。そして空き地に入ったのだが空き地のちょうど真ん中で動かなくなった。
非常に休憩に行きたいのだが・・・様子を見に行った方がよさそうだ。何かあってからじゃ遅いしな。
「フィーユ、ちょっと出てくる」
「え?休憩しないんですか?」
「これが済んだら休憩するよ」
「?わかりました」
不思議そうにしているフィーユを尻目に俺は店の裏の空き地に出た。
空き地のど真ん中には反応の通り魔物が居た・・・のだが何という魔物なのか分からない。見た目は狐のような姿をしている魔物だ。しかし俺の知識では狐の魔物は九尾と呼ばれるSランクの魔物しか見たことも聞いたこともない。だがこいつはどう見ても九尾ほどの魔力も危険性も感じられない。考えられるとすれば九尾の幼体とかか?いや、それにしても弱々しすぎるしなんでこんなところに居るんだという疑問も残る。
謎が多すぎるので俺のスキル”情報収集”で調べることにした。”情報収集”はこの世のあらゆるものや人から情報を集められるスキルだ。目的を以て探せば、誰かが知っているもしくは何かに記載などがされて情報として存在しているなら、距離などの障害を無視して認識することができる。これで何もわからなければいよいよこの世界の誰も知らない未知の魔物と言うことだ。
しばらくして・・・結果としては未知の魔物ではなかった。なかったのだが・・・詳細は後で本人の口から聞くことにしよう。とりあえず危険性は無いと確定したので保護することにした。俺は狐の魔物を抱きかかえて店に戻った。
「戻ったぞ」
「おかえりなさ・・・何を抱えてるんですか?」
「あとで詳しく説明するが怪我をした動物を保護したんだ」
「どんな動物なんですか?」
「狐だよ。休憩室で治療するから休憩する時は静かにしてくれよ」
「はーい」
フィーユにはばれるとうるさいので適当に言ってごまかした。まぁ概ね間違ってないけど。
休憩室のソファに寝かせて狐の状態を調べると、打撲や切り傷などの怪我と軽い栄養失調だということが分かった。しかし病気に罹っていないのは幸いだった、さすがに病気は治療できないからな。とりあえず回復魔法をかけてやると、弱々しかった呼吸に力が戻ってきた。これですぐに死ぬということは無いだろう。あとは目覚めるまで様子見だな。
狐の身体に毛布を掛けて休憩室を後にする。思い返せばほとんど休憩してないがこれ以上時間をかけると仕事に響くので仕方なく店頭に戻ることにした。
それから時間が経ち、もうすぐ閉店時間というところにまたもや俺のスキルに反応があった。今度は魔物ではなく不穏な空気を纏った人間である。足取りを見ると何かを探しながらこちらに向かって歩いているように感じた。
この前みたいに犯罪を犯しそうだったら問答無用で衛兵送りにするんだけどなぁ。さすがに不穏なだけで衛兵に引き渡すことはできない。
店に入ってきて問題を起こされると困るので先手を打って外に出てみると、そいつは厳つい冒険者の男だった。
「おいお前」
「いかがいたしましたか?」
気が立っているのか語気が荒い。
「お前はこの店の従業員か?」
「そうですが」
「ここら辺りで人語を・・・いや、狐だ。狐を見なかったか?」
「狐ですか・・・見てないですね」
こいつがあの狐を捕まえようとしていた奴か。ということは・・・
「おい、見つかったか?」
「いやまだだ。ということはそっちは居なかったのか?」
「ああ、目撃情報も途切れた。残るはこの方向だけだ」
やはりわらわらと似たような恰好をした男たちが集まってきた。どうやら仲間のようだ。
「おいお前、本当に見てねぇんだろうな?嘘を付いてみろただじゃおかねぇぞ」
この流れはまずいな。よほど執着しているだろうことが見て取れる。このまま放っておいたら問題を起こすのは間違いないだろう。
「おい、何とか言ったら」
「ちょいと失礼」
俺はスキル”催眠”を使用した。この間採取をしているときに見つけたこのスキルだが、どうやら眠らせるだけでなく記憶を改変させることもできるらしい。心優しい人(犯罪者)たちで実験したから間違いない。こいつらにはあの狐のことの一切合切を忘れてもらおう。
「あれ?俺たちここで何してたんだっけ?」
「なんだったっけ・・・覚えてねぇや」
すっかり狐のことを忘れた男たちが去って行くのを見送った後、店に戻った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
目が覚めると見覚えのない景色が広がった。ここはどこかの部屋だろうか?身体を起こすとぱさりと何かが落ちた音がした。足元を見てみるとそこには柔らかそうな毛布が落ちていた。そしてさらに気が付いた、逃げるときについた傷が治っていることに。
もしかして・・・親切な人に動物の狐だと勘違いされて保護された!?と、そのとき部屋の扉が開いた。
「無事に目覚めたようだな」
入ってきたのは見た目30代後半くらいの人間の男性だ。この人が私を保護したのか。でもどうしよう、きっとただの狐だと思っているはずだ。もし魔物だなんてことがばれたらきっと・・・
「心配しなくても大丈夫だ。君が人語が分かることも話せることも知ってる」
「えぇ!?あっ・・・」
口を手で隠すがもう遅かった。っていうか何で知ってたの!?
「そんなに慌てなくても取って食ったりしないから落ち着いてくれ。お腹が空いているだろう?これを食べると良い」
そう言って男性が差し出してきたのは野菜や肉をパンで挟んだものだった。出来立てなのだろう、ほんのりいい匂いがする。すごくおいしそうだけど、まだこの人が信用できると決まったわけではない。もしかしたら毒を盛ってるかも。
「い、いえ、大丈夫で・・・」
そう断ろうとしたとき、私のお腹がぐぅ~となった。
「ははは、やっぱりお腹がすいてるんじゃないか。遠慮せずに食べてくれていいよ、毒なんて盛って無いし。それに何かしようとしているならそんな遠回りなことしなくたって、君が気を失っている間に閉じ込めとけばよかったはずじゃないか」
言われてみれば確かにそうだけど・・・
「早く食べないとあいつが来るぞ?」
「あいつ?」
そのときまた部屋の扉が開き、今度は人間の女性が入ってきた。
「店長、閉店作業が終わったので狐を見に・・・わぁ~かわいい~!」
そう言って彼女は私を抱き上げてしまった。
「フィーユ、静かにしろって言っただろ?」
「もう治療が終わって起きてたんですよね?ならいいじゃないですか」
私をもふもふしながら文句を言っている。店長に閉店作業ということはここは何かのお店なのだろうか。
「店長だって狐を愛でながらのんびりサンドイッチを食べようとしてるじゃないですか」
「いや、これは俺のじゃなくてその子のだ」
「え?狐はサンドイッチなんて食べないですよ。確か肉食のはずですし。確かにお肉も入っていると言えば入ってますけど」
「そりゃあ普通の狐だったらそうだろうな」
「え?」
「ほらもういいだろ、降ろしてやれ。お腹が空きすぎて死にそうらしいぞ?」
「そんなこと言ってません!」
「えぇ!?」
思わず返事をすると女性はびっくりしたのか私から手を放した。もちろん私はそのまま落下したが、下にはソファがあったので無事だった。
「おいおい気をつけろよ」
「いいんです、驚かせてしまったのは私ですから」
男性はやれやれといった風だが女性はあんぐりと口を開けて固まっている。
「全く・・・そのままじゃ食べ辛いだろう、人間の姿になったらどうだ?」
そんなことまで・・・一体この人は何者なんだろうか。とりあえずその通りなので人間の姿になった。
「ほう」
「わぁ、かわいい」
「そ、そうですか?」
私はお父さんとお母さん以外とはほとんど話をしたことが無いからよくわからないけど、褒められて悪い気分ではなかった。
「ってこの子何者なんですか!?」
「フィーユ、話が進まないから少し静かにしてくれないか」
◇◇
「ごちそうさまでした」
「お粗末さまでした」
店長が出してくれたサンドイッチという食べ物はすごくおいしかった。こんな料理は今まで食べたことが無い。
「さて、腹も膨れて落ち着いたところで話を聞かせてもらおうか」
「事情を話すのはいいのですが、その・・・全てを話すのは・・・」
私の中で気持ちの整理が付いていないのにむやみに他人に話すのは失礼だろう。それも助けてくださった恩人となれば尚更だ。
「ああ、もちろん全部話してくれとは言わない。いろいろ事情もあるだろうし、君の気持ちの問題もあるだろう」
ありがたい事に店長さんは私の意図を汲んでくれたようだ。
「ありがとうございます。では私がどういう存在なのかということと、なぜ怪我をして倒れていたのかについて少しだけ・・・」
私の名前はピュリア。人間のお父さんと九尾の狐の母との間に生まれた半人半狐。森の中にある住処の近くに一人で居たところを冒険者に襲われ、命からがらここまで逃げ延びてきた。
「すいませんが、今はこれくらいしか・・・」
「いやいい、まだ会ったばかりだしな。だが二つだけ質問させてほしい」
「答えられる範囲であればお答えします」
「まず一つ目、両親は今はどうしているんだ?」
「それは・・・」
いきなり核心を突かれてしまった。本当にこの人は何者なんだろうか。
「・・・じゃあ二つ目、行く当てはあるのか?一応君を襲った冒険者に関しては記憶をいじったからそこから住処が漏れることは無いだろうが・・・一度見つかった場所だ、安全とは言い切れない」
「・・・ありません」
なんだか不穏な言葉が聞こえたけどきっと気のせいだろう。
「そうか、それじゃあうちに来ないか?」
「え?」
ど、どういうこと?
「俺は喫茶店っていう料理屋をやっているんだが従業員が足りなくて困ってたんだ。もちろん衣食住は保証するし働いた分はきちんと給料も払う」
「で、でも助けていただいたばかりかそんなことまで・・・」
「この店には俺だけじゃなくてフィーユも住んでるから困ったことがあれば彼女に聞けば問題ない」
「え、えとそういうことじゃなくて、私は半分とはいえ魔物ですよ?きっとご迷惑を・・・」
「いいことを教えてやろう、従業員を探すのはすごくめんどくさいし大変なんだ」
「は、はぁ」
何を言っているんだろう。
「うちの店は割と高級志向だからその分接客やら料理やらのクオリティを高く保たないといけないんだ。新しく雇うとすればとりあえず接客をやってもらうことになるんだが、そこら辺の奴じゃあうちの接客は厳しすぎて中途半端な気持ちじゃついてこられない。その点君は過去の境遇から生活が懸かっているとなれば手を抜くなんてことはしないだろう」
そう一気に捲し立てられた。
「そ、そこまで言っていただけるなら、や、やってみようかな?」
「よし、それじゃあ早速明日から研修だ。フィーユ、しっかり教えてやるんだぞ」
「なんかすごい強引ですね・・・店長が決めたことだったら別にいいですけど。初めての同性の同僚ですし」
「よ、よろしくお願い致します」
なんだか勢いで決まってしまったけれど、こうして私は喫茶店の店員になりました。
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余裕のあるチート具合が良いですね
今後メニューのラインナップは、ドーナツ・カレー・パスタ・焼きそばあたりが増えるんですかね?
感想ありがとうございます。
カインズおじさんには今後も余裕のある感じで頑張ってもらう予定ですので楽しんでいただければ幸いです。
メニューのラインナップに関してはまだまだ未定なのですが恐らくそのあたりにはなると思います。ただ個人的なイメージとしては匂いの強いもの(例に出たもので言えば焼きそばでしょうか)は出さないかもしれません。
その理由は・・・今後明かされると思います。