同級生は殺人鬼っっ!?

たけむら

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 六月九日、午前。某県某市の路地。

「――通報があったのは昨夜十二時過ぎ。すれ違いざまにやられたそうだ」

 対向車がすれ違える程度に道端に寄せたセダンの運転席から、年配の男がよいしょとばかりにアスファルトに降り立った。

「ふぁ~あ……可愛いわんんちゃんがほこにもいるらぁ~……ぅぐっ」

 その後ろ、仕事よりもあくびと迷い犬の写真に夢中になっていたジャケット男の脇腹に、鋭いひじ打ちが炸裂した。

「成程。すれ違いざまということは、悪人は被害者の正面からやってきたということですね」
「ああ」

 言いながら、うめき声を上げる男の襟首を引きずるようにして現れたのは、黒縁眼鏡をすちゃりと光らせた小柄な女。まだ二十歳にも届いていなそうな彼女の質問に、市警に所属するベテラン刑事は苦笑と共に小さく頷いた。

「先程お伺いした限り、三日前に起きたケースでは悪人は被害者の背後からやってきたということでした」
「ああ、そうだ」
「げほっ、えほっ」

「その時は『駅から誰かにつけられていた気がした』という被害者の証言があったかと?」
「その通り」」

 再びきらりと光った女の眼鏡に、刑事は深く頷いた。

「ですが、夕べは正面から現れた。そしてここは路地の中程で、通りへと繋がる道は見当たりません。つまり――」

「げほっっ、わかったぞ。つまりあれか、衝動的な犯行だって言いたいわけか? そうだろ、古川? ごほっ」

 肘を入れられた脇腹をさすりつつ口を挟んできた先輩に、古川さち子は眼鏡の端で一瞥をくれて。

「高島さんにしては鋭いですね、確かにそれもあります。しかし、逆も」
「ん? 逆?」

 夏に向かって濃くなり始めた影の中で意味ありげに頷き合った同僚とおっさん刑事を順番に見つめたジャケット男こと高島亮輔の眉間に、ゆっくりと皺が寄る。

「はい、逆です。市警の資料によれば被害者の女性は仕事を終えた後、最寄駅から徒歩で帰宅途中ということでした」

「へぇ。…………で?」

 移動中にもしっかり資料を読み込んできた新人(ルーキー)が口にする情報を、完全なる初耳顔で聴く先輩男。
 それに多少の不快感を覚えたサチコが、ぐいっと眼鏡を押し上げていると。

「はは。つまり古川さんが言いたいのはこういうことだ。被害者は駅から自宅に歩いて帰る一人暮らしの若い女。話を聞く限り、平日の帰宅時間もルートも大体同じ。おまけに犯人好みの黒の長髪。連続髪切り野郎が狙うにゃ、丁度いいターゲットだ」

 首を左右に振りながら語ったベテランに、高島亮輔はへえと目を丸くして。

「つまり、偶然すれ違ったってわけじゃない。そういう事だな、刑事さん?」

「その可能性もあるってことだ」

 なだめる様なベテラン刑事の口調を苦笑で受けた若者の隣、もう少し若い女が辺りの道路を見回しながら。

「被害者は髪を切られたという事ですが、その髪は?」

「警察が来た時にゃ、大部分は消えていた」

 ちらりとその顔を窺ったサチコと先輩の目が合った。

「犯人は髪フェチ、か。……で、俺達に要請が来たって事は?」

 ジャケット男の問いかけに、刑事は頷く。

「そういうこった。髪の切り口から犯人の『残留思念体RPM』が検出された」

 ヒューと口笛を響かせたリョウスケの脇に再び肘を打ちこみつつ、サチコは眼鏡の奥のチャーミングな瞳を刑事へと向けて。

「失礼ながら、例え直接行使対象であったとしても、判別可能な状態でのRPMの検出可能時間は能力の行使から90分程度が限度とされています。ここの市警は常に検査装置を?」

 訝しげな女の視線に、灰色スーツの刑事はスマイルを見せた。

「ああ、まだ資料には書いてなかったか。被害者の証言があったんだよ。『フードを被った人とすれ違った瞬間、頭の後ろが急に軽くなったって』って」

 そこでいったん言葉を切った刑事は首を振りながら。

「被害者は、ナイフもはさみも見ちゃいない。見たのはただ、びっくりして振り向いた暗闇でじっとこっちを見ながら笑っている人間の歯、だと。それで悲鳴を上げて逃げ出し通報したってわけだ」

「成程。では、三日前の事件ではRPM検査は行わなかったというわけですね?」

 すると、一瞬の無言の後、きらりと眼鏡を光らせていたサチコを見下ろす刑事の瞳が鋭くなって。

「まあな。こっちにゃ髪を切られた位でいちいち検査をする義務は無いし。それに警察は妄執持ちみてえな奴らが相手でも問題無く逮捕できる」

 言い返そうと眼鏡に指を掛けた新人を、すっと先輩の手が制し。

「だな。何でもかんでもこっちに報告されたんじゃあ、俺達も書類でおぼれちまう」

 爽やかな笑顔を浮かべた彼は、次の瞬間じっと刑事の目を見つめ。

「でも、今回は俺達を呼んだ。妄執持ちにびびったりしないあんたらが。なんでだ? 犯人の残留思念体RPMが警察のデータベースに無かったからか? ……いや、違う―――あれだな?」

 おっさんの目を覗き込んでいたリョウスケは、ピコンと閃いたような表情をして、彼の顔を指差した。

 釣られたようにゆっくりと刑事が振り向いた先を小柄なサチコが身体を伸ばして覗き込むと、そこには。


『迷子です。赤い首輪に、鈴が付いています』『黒縁の耳、白い毛の犬を探しています』


 そんな文言と共に、可愛らしいペットの写真と連絡先が示された紙が電信柱に二枚ほど。

「さっきの現場でも何枚か見たぜ。これで猫三匹に、犬四匹。しかも結構剥がしたような跡もある。ちょっと多いんじゃねえかとおもうんだよな、俺は。なあ刑事さん、あの内見つかったのは何匹だ? いや、何体って言った方が正確か?」

 楽しげなリョウスケの笑顔に、鼻を鳴らした刑事はポキリと顎を手で曲げながら。

「俺にゃ犬の顔の区別はつかんよ。ただ、一週間くらい前まではよく見つかった。すぱっと綺麗に斬り付けられたみたいな死体が、いくつもな」

 その事実を告げた瞬間、始発の電車を迎えに来てくれた時には柔和で温厚なベテランだった彼の顔が鬼のそれになったように思えて、サチコは一瞬身震いした。多分、武者震いと言う奴だろう。

 呼吸と共に、眼鏡をすうっと押し上げる。

「RPMの検査は? その、殺されたワンちゃん――」
「88パーセント一致した。夕べのイカれた髪切り野郎リッパーとな」

 質問に上からかぶさってきた返答に頷きながら、サチコはくしゃっとおかっぱ頭の髪を掴み、己の爪先に向かって呟いた。

「……対象が――人間に移って来てる?」

 小さな吐息は刑事から。

「だから妄執病対策室あんたらを呼んだんだ。俺には分かる。このまま放っときゃ、取り返しのつかない事になる。だからなんとしても、奴が人の肌を切る前に捕まえる。人の血の味を覚える前にな。そういう化物の理屈を知るにゃ、化物に話を聞くのが手っ取り早い。そうだろ?」

 梅雨が始まる前の湿っぽい風と夏を感じさせる日差しの午前。人気のない狭い路地の真ん中で、二人の妄執持ちとベテラン刑事が見つめ合った。
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