同級生は殺人鬼っっ!?

たけむら

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「……殺人鬼、とは?」

 放課後、コンビニ。
 白いブラウスを肩まで濡らした下級生女子達が『キャー』と楽しげに駆けこんで来るのを避けながら、千春は同級生を振り返った。

「え? ……とっ!?」

 瞬間、走り去っていく三人の女子の背中の下着の紐と、栗山葉菜が掴んだペットボトルが他のペットボトルを巻き込んで数本床に崩れ落ちていくのが目に入った。

「お、おわわわわ……」

 ごろごろと床を転がる三本のペットボトルと、両手を肩の横に上げて慌てふためく栗山さん。
 やがて全ての運動法則が終息した後『……やっちまった』と低く呟いた彼女は、すらりと長い手足を上手に折りたたんで四・五本のジュースをいそいそと小脇に抱え出した。

「……買う、の?」

 そのままレジの方へと向かう彼女に少し驚いた千春が聞くと、高身長黒髪桃色眼鏡女子は小さく頷き、振り向いて。

「しょうがないでしょ。落としちゃったし」

 と眉間に深い皺を刻みながら、噛みしめるように言葉を絞り出した。

 ホットスナックの前でテンション高く喋っているびしょ濡れの下級生達と、ムッとした顔でレジに並ぶ同級生。それを見比べた千春は、ゆっくりと意を決し。

「……半分、出すよ」
 と合計七百円ちょっとを表示したレジを睨みつけた。



「……痛かったぜ、後輩ちゃん。……財布がなぁ……」
「…………で、その、殺人鬼、というのは……」

 コンビニの軒下。爪先の向こう側を濡らしていく雨を見つめながら、ほとんど同じ高さにある少女の瞳を振り向くと、虚空を見つめてニヤニヤしていた栗山さんは一瞬びくっと首をそらし、それから慌てて持っていたペットボトルをくいっと煽る。

「ぅぷ。あ、瀬ホっ、瀬戸波君て、家ゴホッ、こっち?」
「……?」

 真っ黄色のジュースを手にしたまま、目元に涙を浮かべつつ胸元をドンドンと叩く彼女の様子をしばらく見つめて考える。

 こっちというか。
「……電車、だけど……?」
「あ、そぅっ、と、くに興味は無いんだげどっ」
「……炭酸、苦手?」

 一口分減ったエナジードリンクと苦悶の顔を見比べながら聞いてみると、けほけほと咳き込んでいた彼女はやがてぜーぜーと肩で息をしながら。

「さ、さすが瀬戸波君……なかなか鋭いわね」

 『今日こそはイケると思ったんだけど……』と呟きながらクールに口元を拭った彼女の姿に、千春は言いかけた言葉を飲み込んで。

「……で、その、俺が……殺人鬼、というのは?」

 しばらく無言。それからわざとらしく溜息を吐いた栗山葉菜は、ぽつりと雨粒が掛かったレンズを拭こうと両手を眼鏡の脇に添え一秒停止。それからくるりと半回転し、ポケットからハンカチを取り出す背中と、透けブラを許さないロングヘアーを見せつけながら。

「……私、いわゆる妄執症候群パラノイアなの」
「……え?」

 千春の反応を窺うように振り向いた眼鏡少女は、少し悲しげに首を振り。

「うん、まあ、3等級――要するに軽度なんだけど、そんな感じ。だからたまにああなっちゃうのよ。ワッて興奮したりすると、考えてる事が口に出ちゃったりする」

「……ああ、うん。そう……なんだ」

「そ。だから、高校ではあまり喋らない様にしてたんだけど……つい、ね」

 灰色の空を見つめたまま自虐的に笑う栗山葉菜の手の平に、透明な雨がぽつぽつと溜まっていく。やがてその雨が、彼女の手の平から零れ落ちそうになったとき。

「……つい、俺が、殺人鬼だ、と?」

「えーと、まあ、それはなんと言いますか、最近ちょっとアメリカのサスペンスドラマにはまってて……そのぅ……スパイとか出て来る奴で……で、まあ、イメージって言うか……」

「…………イメー……ジ……?」

「そうそう。あくまでイメージ。見た目の問題ね。それにほら瀬戸波氏は不登校だったって言ったじゃない? それそれ、今思えばそれが全ての始まりだったの。犯人のトラウマ的な奴。だから別に他意は無いから安心して。むしろ逆にそっちのせいまでありえるし」

 無表情に近い顔のまま『あるあるー』と小声で拳を掲げる少女に、千春は思わずコンビニのガラスに映る己の容姿を確認する。見た目、見た目。確かにちょっと髪が長い……くらい、だと、思う、けど。

「ま、とりあえずその話は一端置いといて――で、今日の商品はこちら。はい出ました、旦那、最近この近くに変態がいるらしいですな?」

 通販番組の様な仕草と持ち前の無表情で話題を切り替えた彼女に、千春はやや面食らいつつ。

「……いや、知らない、けど」

「あ、そうなんだ。遅っくれてるぅー」

 真顔でギャグみたいな口調をしてくる黒髪眼鏡にちょっと戸惑う。なんだかクールで芸術家っぽくてとっつきにくいと思っていた彼女だったが、喋ってみると意外と軽妙で、とても喋りづらい人だと感じた。

「……ええと……それで、『変態』と言うのは?」

 話題を元に戻そうと頑張った千春の前で、栗山葉菜はちらりと一つ小首を傾げると。

「切るんだってさ、髪を」

「……切る? 髪を?」

 猫、じゃなくて?

「うん、そう。すでに何人か被害者がいるらしくて……それで、多分、犯人もパラノイアみたい」

 千春は、自分の胸が鳴るのを聞いた。

「……どうして、それを?」
「今朝、ウチに来たの。警察と対策機関ナッズの捜査官。ウチの兄に話を聞きたいって」

「……お兄さん、も?」

 言外に妄執病なのかと尋ねると、目の前の少女はこくりと細い顎を沈ませて。

「うん。でも、兄さんは四月にウチを出ちゃったから。もう、この辺にはいなくて。ええと、それで――」

 ほんの一瞬、彼女の冷めた瞳がどこかを彷徨い、それは直ぐにすうっと千春の顔へと向けられて。

「瀬戸波君。それで、私は聞かれたのだ。――『瀬戸波千春は同級生だな』って。『あいつは一体どういう奴か』って。それで、ちょっと気になって……ええと……謝罪とか、いる?」

「…………いや」

 言葉と一緒に千春は笑った。苦笑だった。その感情のまま動いた手が、伸び過ぎた髪をくしゃくしゃと掻いて。

「どんな人?」

「え?」

 言葉を紡ぎかけていた栗山葉菜は、ぱちくりと長い睫を瞬かせる。

「その人達は、どんな人?」

「――えっと、ザ・刑事って感じの渋いおじさんと、ホストみたいなスーツの男の人と、それから眼鏡のちっちゃい女の人――あ……」

 こめかみに指を当てて思い出していた葉菜の視界の中、急にピリピリし始めた同級生の肩の向こうに、見覚えのある一台の車がやってきて。
 振り向く男子と同時にバグン、と開いた運転席。一番前まで調節されたシートからストンと駐車場に降り立つ小柄な女性。
 そのまま傘もささずに雨の中を真っ直ぐに歩き出した彼女は、二人に向かってドラマのFBIみたいに写真入りのIDをかざしながら。

「NADDsの古川です。瀬戸波千春君、少しだけ話を聞かせてください。もし断れば、後ほど自宅に伺います」

 彼女の言葉が終わると、俯き気味に笑った瀬戸波千春の背中が動き出した。

「あ、ちょっと、瀬戸波、君?」

 小柄な女性が開けた後部座席に無言で乗り込んだ彼は、栗山葉菜がそれまでに見て来た薄らぼんやり君とは全く違う横顔をしていて。

「その人、だよー……」

 おどけた口調で言ってみた声は、さっきまで彼が手にしていた傘に落ちる雨の音で埋もれてしまった様に思えた。
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