短編集 ありふれた幸せ

たけむら

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どこかで雨が 23歳・男

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 朝起きると、どこかの国で十人程の人が亡くなっていた。
 テレビもネットもその話題で持ちきりで、『テロ』や『組織』と言う言葉が当たり前のように溢れていた。

 あくびをしながらカーテンを開けると、外は相変わらずの雨で、灰色の雲が遠くのビルの上まで広がっているのが見えた。

 「雲の上はいつも晴れている」と誰かが言っていたなあと思いながら、沸かしたお湯を鍋に注いで、塩ラーメンを投入する。

 最近お気に入りの大人アイドルの歌を口ずさみつつ、メロディーに合わせてほどけていく麺を眺めていると、なんとなく小学校の時を思い出した。

 確か、写生会で近くのお寺に出かけた時だった。みんな格好いいお寺だとか階段の上から街を見下ろした景色だとかを描いていて、どの空も眩しいくらいの青だった。 

 その中で、明石が描いた空は灰色だった。

 明石は笑顔が素敵でスケベなナイスガイで、自分とは良く女子のスカートをめくっては怒られる仲だった。今になっても、先生に『どうして何回言ってもスカートめくりを止めてくれないの?』と聞かれた時、あいつが言った『……そこに何かがあるからです』と言う答えは名言だと思う。

 そう。あの頃の俺達はスカートをめくっていたんじゃない。ましてやパンツが見たかったんでも無い。スカートの下に、何かを求めていたんだ。多分きっと、自由とか反抗だとかを。間違いない。聞いた事は無いけれど、ディランも尾崎もそう言ってるっぽいし。

 スカートめくりに飽きた頃には、明石はクラスメイトを避ける様になっていた。写生会の時も、あいつと一緒に絵を描かなかった。

 確か五年生の頃だ。明石の体操服が破れているのを見つけて、何人かでからかったら先生にめちゃくちゃ怒られた。多分その後位から、急に疎遠になったんだと思う。

 塩ラーメンに卵を落として掻き混ぜる。リズムに乗ってグルグルする。

 廊下に張りだされた絵の中で、一つだけ違う空の色は目立っていた。
 クラスの雰囲気を感じた先生は、ある日みんなの前で『空の色は水色じゃない』と口にした。
 曇っている日とか、雨の日とかもあるんだって。みんなに雨降りの校庭を見せながら、そう言った。

 でも、みんな知っていた。明石の家は貧乏なのだ。だから明石は、水色の絵の具を持っていなかったんだと。

 多分、その次の日。明石が突然家にやってきて、大分前に貸していた漫画を無言で突き出してきた。
『ご飯食べていく?』とか聞いた母さんに無言で首を振った明石は、本当に何も言わないままぎゅっと拳を結んで走って行ってしまった。

 次の日から、明石は学校に来なくなった。
 家も空っぽになっていた。
 夜逃げと言う単語を覚えた。株で失敗するという言葉も。

 明石の絵には、金色の札が貼られていた。
 夜逃げ賞なんて言われていたけれど、廊下に並んだ絵の中であの灰色の絵が一番ドキドキしたのは間違いなかった。金色の札が、邪魔な位に。

 ラーメンを食べながら灰色の空を見る。
 空は、世界中と繋がっているらしい。

 明石よ、お前は今もどこかでスカートをめくっているか?
 こっちは雨だけど、俺には合法的にスカートの中を見せてくれる女の子が出来たんだ。超可愛いぞ。

 そんな事を思いながら好きなアイドルの自撮りをいくつかファボり、スープまで啜ったどんぶりを置いて、家を出た。

 ビニール傘を片手に信号待ち。スマホの中で、亡くなった人の数が二十人になっていた。
 潰れたカエルの上を通り過ぎる車の向こう側で、真新しいピンクの傘を差した女の子が嬉しそうにお父さんと歩いていた。

 いつもの待ち合わせ場所に向かおうと歩いていた駅の中、ふと、一本の傘が目に留まった。白地に赤い線が入った細身のデザイン。
 うん、似合う。
 レジに持っていったらコンビニ傘の十倍くらいして驚いたけれど、幸い給料が入ったばかりなので大丈夫だった。

 待ち合わせ場所に、恋人の姿は無かった。
 一瞬焦って周りを見ると、コーヒー屋のテラス席で頬杖を付いている背中を見つけた。
 長くて黒い髪が、雨の湿気でペタリとしている。テーブルに一本のビニール傘が掛けてあるのが見えた。

 きっと、『なんで雨の日に傘をくれるのかね?』なんて言うに違いない。
 とても正しい。俺もそう思う。
 でも、仕方がないのだ。
 だって空は世界中と繋がっているから。
 なんでもなく晴れた日には二人で笑っていればいいけれど。今この瞬間もどこかで雨が降っているのだから。
 それはきっと、ある日突然にどうしようもなく降り注ぐものだから。
 いつか自分が傍に居られない時には、ふと見上げた空の先で、せめてこの傘が。
 どんな雨からも、君を守っていて欲しいなんて思ったんだ。
 
 そう思いながら歩いて行く途中、突然のひらめきが目の裏側で弾けとんだ。
 ニヤニヤしながらテラスの下の茂みに身をひそめ、プレゼント用の包装をしてもらった傘で見慣れた背中をちょんちょんと。

 恋人は呆れた顔で振り向いた。
 てっきり喜ぶかと思ったのに、約束の時間は三十分も過ぎているとかでテラスの上から怒られた。

 なんだ、そんなに俺に会いたかったのかと思ってニヤニヤしてたら、頭の上に熱々のコーヒーが降り注いだ。

 これはやばいと思って本気で謝り続けたら、二時間くらい無言で街を歩いた後に、恋人はようやく許してくれた。二度と遅刻はしないと約束した。あと、好きなアイドルの画像を彼女に見せるのも禁止された。

 仕方がない。
 こちとら根っから鈍くて能天気な人間だから、他人の気持ちがわからないんだ。
 悲しい時も嬉しい時も楽しい時も、いつも雲の向こうが晴れている様な、馬鹿で愉快な人間だから。

 ほんの一瞬、唇を尖らせた恋人の顔と空っぽの家が、愉快な頭の中で重なった。
 それで、ごめんと言えて許してもらえるのは嬉しいなあと思って笑ったら肩にパンチを入れられた。
 すげー痛くて、すげー可愛くて、めっちゃ愛してると思った。
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