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第22話 『鉄と帆船と大陸の話』
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正元二年十一月十日(255/12/10⇔2024年6月16日21:00) 修一邸
「でもセンセ、ほんとに先生なのかよ……」
槍太(そうた)がジロジロと修一の頭のてっぺんからつま先までを見ていった。
「お前もホント用心深いね。嘘いってどうすんの? オレだってすごく嬉しいし、この時代にオレ1人でどんだけ心細かったか」
修一の言葉に嘘はない。2024年の令和の世界から飛ばされてきて、知り合いはつい先日知り合ったばかりの古代人の壱与しかいないのだ。現代人には計り知れない不安があったろう。
しかし、その中でまずは生きようと考え、この世界で自分ができる事はなにか? そう考えていた矢先に6人の生徒と再会したのだ。喜びもひとしおどころではない。そしてそれは6人も同じであった。
修一は深呼吸をして、部屋の中を見回した。家は質素だが、弥生時代としては立派な造りである。壁には現代の知識を元に作った簡単な図表や地図が貼られている。
漢字とひらがな、カタカナ、そして算用数字だ。この時代の人が見れば呪文である。
「みんな、聞いてくれ。オレ達はどういう訳か、この時代に来てしまった。オレがここに来て、すでに5か月が経ったが……」
「え? ちょ、ちょっと待ってよ先生!」
比古那が驚いた声で修一の言葉を遮った。
「先生、いま5か月って言った?」
「ああ、ここに来て驚いたが暦があり、それをもとに数えたら5か月になる。この時代の日本に中国の暦法が伝わっているとは驚きだ。度量衡も魏の尺度で使われている。今までの通説が全く嘘だった事が、この目で見て耳で聞いてはっきりした」
「いや、違う違う! オレが言いたいのはそこじゃない! 先生は6月8日にいなくなったんだよ? そしてオレ達は16日に捜索を始めてここに飛ばされた。まだ8日しか経ってないのに5か月ってなんだよ!」
比古那は修一に詰め寄るが、そんなこと、修一にわかるはずもない。
「ま、待て。たった8日しか経ってないだと? そうすると……」
修一は計算を始め、この世界の約1日が、令和の世界の1時間に等しいという仮説を立てた。もはやこの時代なのかこの世界なのか、よくわからない。
単純に過去にタイムスリップしたのか? それともパラレルワールドで全く違う時間軸なのか? 正直、確かめようがない。理解不能な事が立て続けに起こっているのだ。
「オレに聞いても分かるわけないだろう? そんなこと、オレが聞きたいくらいだ。でも、1つ言える事は、戻る方法がわからない以上、ここで生きていくしかないって事だ」
「戻れ、ないの……?」
千尋がつぶやいた。
「まじか……」
槍太も同じである。
「正直なところ、オレも確かめずにはいられなかったから、壱与に頼んで1度宮田邑へ戻ったんだ。難升米さんは不在だったけど女王壱与様の命令だったから、何の問題もなく入れた。そして邑の墳墓の石室をくまなく調べた結果、なんにも分からず、帰ってきた訳だ。方法がわかるなら、壱与の事は気になるけど、とっくに現代に戻ってるよ」
……。
分かっていた事だが、改めて現実を知ると、6人の表情が暗くなった。修一はその様子を見て、深いため息をつく。
「みんな、ものは考え様だ。オレは方法はわからない、とは言ったが、ないとはいってないぞ」
「え、どういう事ですか?」
美保が不安そうに尋ねた。
「要するに2つあるって事だ。本当に戻る方法がないのか、もしくはあるが、わからないだけなのか、という事だ」
それを聞いて6人の顔が少し明るくなる。
「ないのか、それともわからないだけなのか? そんなことは確かめようがない。じゃあわからないだけだと考えて、この時代に生き、そしてじっくりその方法を考えて、確かめていくしかないだろう?」
修一の言葉を6人は真剣に聞いている。
「物事には必ず因果関係があるだろう? そしてそれは、オレが1人で石室にいたときは起きなかった。原因は複雑にからみあって結果になるが、その要素が欠けていたから何も起きなかった。じゃあ果たしてそれは何か? 時間をかけて謎解きするしかないだろう? 決して希望を捨てちゃいけない。オレはそう考えている。だからこそ、この時代でしぶとく生きなきゃならないんだ」
修一の言葉に、6人は少しずつ希望を取り戻しつつあるようだった。比古那が口を開いた。
「なるほど。確かに……諦めずに探り続けることが大切ですね」
尊もうなずきながら続く。
「そうですね。でも、その間にこの時代で生きていく必要があります。どうすればいいでしょうか」
「まず、この国の言葉を覚えることだ。難しいけど、毎日少しずつ練習すれば必ず上達する。筆談だと漢字がわかる人間にしか伝わらないし、そもそも現代の漢字と今の漢字は違うから、意思の疎通に時間がかかる。それと同時に、この時代の生活習慣や文化も学ばなければならない」
「先生、私たちが来る前、何か発明したりしていたんですか?」
咲耶が思い出したように尋ねた。
「ああ、いくつかね。……まあ厳密に言うと発明じゃないんだが、帆船と製鉄の提案はした。帆船は、みんなわかるだろう? 有明海を船で渡ってきたと思うけど、帆がない。そこでオレは帆を提案した。もうできあがっているぞ。それから褐鉄鉱を使った製鉄法を教えた」
帆船の建造についてはアイデアを出して丸投げだったが、製鉄については以前に経験があったので、立ち会いのもとで工房を作ったのだ。初期の簡易的な製鉄所のようなものである。
「それから……」
修一は続けた。
「オレの提案はここで暮らすみんなの生活を豊かにするものだけど、危険は常にある。狗奴国ってわかるな?」
修一の言葉に、6人は真剣な表情で耳を傾けた。
「狗奴国……邪馬台国と敵対していた国ですよね」
比古那が答えると修一はうなずいた。
「そうだ。現在の弥馬壱国も南の狗奴国と対立関係にある。ちょくちょく紛争が起きていて、弥馬壱国を形成する国の対蘇国や不呼国にちょっかいをかけているんだ。でも鉄の鎧や剣、鏃が大量生産できれば、装備の面で圧倒できる。それから、大陸の事も考えなくちゃならない」
修一の言葉に、6人の表情が引き締まった。
「大陸というと……中国のことですよね?」
尊が尋ねた。
「そうだ。現在の魏や呉、蜀の三国時代だ。特に魏とは交流があり、卑弥呼の時代に親魏倭王の称号をもらっている。壱与も同じように考えていて、軍事的な支援はもちろん、積極的に技術を吸収しようとしている。これは、いい。問題は弥馬壱国より南にある狗奴国が、なぜこんなに強大な軍事力をもっているのかという事」
「どういうことでしょうか?」
美保が不安そうに聞いた。
「うん。交易を行うには、近ければ近いほどいい。手間暇がかからないし、その分回数が増える。結果的に量も増えるからね。だから漢の時代の奴国も金印を貰えた。どう考えても北部九州の奴国や伊都国、末廬国。それこそ対馬国や一大国(壱岐)の方が有利なんだよ。にもかかわらず、これだけの軍事力、要するに鉄製の武器を手に入れられるとしたら、何が考えられる?」
6人は黙り込んで考えている。
「朝鮮半島との交易は、簡単に封鎖できるし、商船を襲撃もできる。じゃあ……?」
「じゃあ……大陸側から直接、鉄や武器を手に入れているんですか?」
比古那が顔を上げて答えた。
「その可能性が高い。狗奴国は、どうやら朝鮮半島を経由せずに、独自の交易ルートを持っているんじゃないかと考えられる。直接魏や呉と南シナ海からのルートかもしれない。しかし、魏志倭人伝には狗奴国の名はない。そう考えたら、呉から鉄製の武器を安定的に供給できる手段を持っている、と考えた方がいいだろうな。あくまでも推測だけど」
「そんな遠くまで……当時の船で可能なんですか?」
槍太が聞いてきた。
「難しいが、不可能じゃないぞ。実際に呉は魏に対抗するために、遼東太守の公孫氏や高句麗に使者を送っている。十分その能力があり、そして狗奴国も持ち得たのではないか? もしかすると帆船も持っているかもしれない」
だからこそ、と修一は続けた。
「弥馬壱国が狗奴国に滅ぼされるような事があったらダメなんだよ。これは時代を変えるとかそういう問題じゃない。もちろん、ないわけじゃないが、優先順位的にはオレ達が生き延びて戻る道を探る。そのために弥馬壱国には強く豊かになってもらわなくちゃならないんだ」
修一の演説のような言葉に、全員がうなずいた。
次回 第23話 (仮)『狗奴国王日出流と熊襲帥』
「でもセンセ、ほんとに先生なのかよ……」
槍太(そうた)がジロジロと修一の頭のてっぺんからつま先までを見ていった。
「お前もホント用心深いね。嘘いってどうすんの? オレだってすごく嬉しいし、この時代にオレ1人でどんだけ心細かったか」
修一の言葉に嘘はない。2024年の令和の世界から飛ばされてきて、知り合いはつい先日知り合ったばかりの古代人の壱与しかいないのだ。現代人には計り知れない不安があったろう。
しかし、その中でまずは生きようと考え、この世界で自分ができる事はなにか? そう考えていた矢先に6人の生徒と再会したのだ。喜びもひとしおどころではない。そしてそれは6人も同じであった。
修一は深呼吸をして、部屋の中を見回した。家は質素だが、弥生時代としては立派な造りである。壁には現代の知識を元に作った簡単な図表や地図が貼られている。
漢字とひらがな、カタカナ、そして算用数字だ。この時代の人が見れば呪文である。
「みんな、聞いてくれ。オレ達はどういう訳か、この時代に来てしまった。オレがここに来て、すでに5か月が経ったが……」
「え? ちょ、ちょっと待ってよ先生!」
比古那が驚いた声で修一の言葉を遮った。
「先生、いま5か月って言った?」
「ああ、ここに来て驚いたが暦があり、それをもとに数えたら5か月になる。この時代の日本に中国の暦法が伝わっているとは驚きだ。度量衡も魏の尺度で使われている。今までの通説が全く嘘だった事が、この目で見て耳で聞いてはっきりした」
「いや、違う違う! オレが言いたいのはそこじゃない! 先生は6月8日にいなくなったんだよ? そしてオレ達は16日に捜索を始めてここに飛ばされた。まだ8日しか経ってないのに5か月ってなんだよ!」
比古那は修一に詰め寄るが、そんなこと、修一にわかるはずもない。
「ま、待て。たった8日しか経ってないだと? そうすると……」
修一は計算を始め、この世界の約1日が、令和の世界の1時間に等しいという仮説を立てた。もはやこの時代なのかこの世界なのか、よくわからない。
単純に過去にタイムスリップしたのか? それともパラレルワールドで全く違う時間軸なのか? 正直、確かめようがない。理解不能な事が立て続けに起こっているのだ。
「オレに聞いても分かるわけないだろう? そんなこと、オレが聞きたいくらいだ。でも、1つ言える事は、戻る方法がわからない以上、ここで生きていくしかないって事だ」
「戻れ、ないの……?」
千尋がつぶやいた。
「まじか……」
槍太も同じである。
「正直なところ、オレも確かめずにはいられなかったから、壱与に頼んで1度宮田邑へ戻ったんだ。難升米さんは不在だったけど女王壱与様の命令だったから、何の問題もなく入れた。そして邑の墳墓の石室をくまなく調べた結果、なんにも分からず、帰ってきた訳だ。方法がわかるなら、壱与の事は気になるけど、とっくに現代に戻ってるよ」
……。
分かっていた事だが、改めて現実を知ると、6人の表情が暗くなった。修一はその様子を見て、深いため息をつく。
「みんな、ものは考え様だ。オレは方法はわからない、とは言ったが、ないとはいってないぞ」
「え、どういう事ですか?」
美保が不安そうに尋ねた。
「要するに2つあるって事だ。本当に戻る方法がないのか、もしくはあるが、わからないだけなのか、という事だ」
それを聞いて6人の顔が少し明るくなる。
「ないのか、それともわからないだけなのか? そんなことは確かめようがない。じゃあわからないだけだと考えて、この時代に生き、そしてじっくりその方法を考えて、確かめていくしかないだろう?」
修一の言葉を6人は真剣に聞いている。
「物事には必ず因果関係があるだろう? そしてそれは、オレが1人で石室にいたときは起きなかった。原因は複雑にからみあって結果になるが、その要素が欠けていたから何も起きなかった。じゃあ果たしてそれは何か? 時間をかけて謎解きするしかないだろう? 決して希望を捨てちゃいけない。オレはそう考えている。だからこそ、この時代でしぶとく生きなきゃならないんだ」
修一の言葉に、6人は少しずつ希望を取り戻しつつあるようだった。比古那が口を開いた。
「なるほど。確かに……諦めずに探り続けることが大切ですね」
尊もうなずきながら続く。
「そうですね。でも、その間にこの時代で生きていく必要があります。どうすればいいでしょうか」
「まず、この国の言葉を覚えることだ。難しいけど、毎日少しずつ練習すれば必ず上達する。筆談だと漢字がわかる人間にしか伝わらないし、そもそも現代の漢字と今の漢字は違うから、意思の疎通に時間がかかる。それと同時に、この時代の生活習慣や文化も学ばなければならない」
「先生、私たちが来る前、何か発明したりしていたんですか?」
咲耶が思い出したように尋ねた。
「ああ、いくつかね。……まあ厳密に言うと発明じゃないんだが、帆船と製鉄の提案はした。帆船は、みんなわかるだろう? 有明海を船で渡ってきたと思うけど、帆がない。そこでオレは帆を提案した。もうできあがっているぞ。それから褐鉄鉱を使った製鉄法を教えた」
帆船の建造についてはアイデアを出して丸投げだったが、製鉄については以前に経験があったので、立ち会いのもとで工房を作ったのだ。初期の簡易的な製鉄所のようなものである。
「それから……」
修一は続けた。
「オレの提案はここで暮らすみんなの生活を豊かにするものだけど、危険は常にある。狗奴国ってわかるな?」
修一の言葉に、6人は真剣な表情で耳を傾けた。
「狗奴国……邪馬台国と敵対していた国ですよね」
比古那が答えると修一はうなずいた。
「そうだ。現在の弥馬壱国も南の狗奴国と対立関係にある。ちょくちょく紛争が起きていて、弥馬壱国を形成する国の対蘇国や不呼国にちょっかいをかけているんだ。でも鉄の鎧や剣、鏃が大量生産できれば、装備の面で圧倒できる。それから、大陸の事も考えなくちゃならない」
修一の言葉に、6人の表情が引き締まった。
「大陸というと……中国のことですよね?」
尊が尋ねた。
「そうだ。現在の魏や呉、蜀の三国時代だ。特に魏とは交流があり、卑弥呼の時代に親魏倭王の称号をもらっている。壱与も同じように考えていて、軍事的な支援はもちろん、積極的に技術を吸収しようとしている。これは、いい。問題は弥馬壱国より南にある狗奴国が、なぜこんなに強大な軍事力をもっているのかという事」
「どういうことでしょうか?」
美保が不安そうに聞いた。
「うん。交易を行うには、近ければ近いほどいい。手間暇がかからないし、その分回数が増える。結果的に量も増えるからね。だから漢の時代の奴国も金印を貰えた。どう考えても北部九州の奴国や伊都国、末廬国。それこそ対馬国や一大国(壱岐)の方が有利なんだよ。にもかかわらず、これだけの軍事力、要するに鉄製の武器を手に入れられるとしたら、何が考えられる?」
6人は黙り込んで考えている。
「朝鮮半島との交易は、簡単に封鎖できるし、商船を襲撃もできる。じゃあ……?」
「じゃあ……大陸側から直接、鉄や武器を手に入れているんですか?」
比古那が顔を上げて答えた。
「その可能性が高い。狗奴国は、どうやら朝鮮半島を経由せずに、独自の交易ルートを持っているんじゃないかと考えられる。直接魏や呉と南シナ海からのルートかもしれない。しかし、魏志倭人伝には狗奴国の名はない。そう考えたら、呉から鉄製の武器を安定的に供給できる手段を持っている、と考えた方がいいだろうな。あくまでも推測だけど」
「そんな遠くまで……当時の船で可能なんですか?」
槍太が聞いてきた。
「難しいが、不可能じゃないぞ。実際に呉は魏に対抗するために、遼東太守の公孫氏や高句麗に使者を送っている。十分その能力があり、そして狗奴国も持ち得たのではないか? もしかすると帆船も持っているかもしれない」
だからこそ、と修一は続けた。
「弥馬壱国が狗奴国に滅ぼされるような事があったらダメなんだよ。これは時代を変えるとかそういう問題じゃない。もちろん、ないわけじゃないが、優先順位的にはオレ達が生き延びて戻る道を探る。そのために弥馬壱国には強く豊かになってもらわなくちゃならないんだ」
修一の演説のような言葉に、全員がうなずいた。
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