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第42話 『偽りの日常』
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2024年11月26日(水)SPRO
槍太拉致事件から一週間後のSPRO東京本部は、表面上は普段と変わらぬ活気に満ちていた。職員たちはそれぞれの持ち場で業務をこなし、廊下では談笑する声も聞こえる。
しかし修一は、その平穏さの裏に潜む異様な緊張感を感じ取っていた。
失踪翌日の藤堂室長の言葉が、修一の耳にこびりついて離れない。
『あなた方の安全のためにも、しばらくはSPRO施設内で待機してもらいたい』
まるで自分たちも監視されているかのような、息苦しさを感じていた。
比古那や尊も同様で、三人ともSPRO職員の視線に敏感になっていたのだ。カフェテリアで昼食をとる時も、周囲の会話に耳をそばだて、自分たちのことを話していないか、常に気を張っていた。
SPROとは別で始めた捜査も、思うような結果はでていない。それもそうだ。漫画やドラマじゃあるまいし、素人が捜査したところで、警察がみつけていない証拠がそうそう出てくるわけがなかった。
「完全に行き詰まったよね」
ため息とともに比古那が呟いた。尊も無言でうなずく。
「……みんな、捜査していて何か、感じた事はないか? なんでもいいんだ」
修一は全員の顔を見渡して言った。
見渡す中で、修一は千尋がショックを受けているのに気がつく。
もともと内気な性格で、槍太とはなんとなくいい感じの仲になっていたのに、その槍太がいわゆる『大人のお店』に出入りして、しかもハニートラップだなんて……。
女の子たちはいち早く気付いていたらしく、それとなく気遣っている。
「そういえば……」
最初に口を開いたのは咲耶だった。
「何にも見つからなかったけど、変じゃない?」
「何が?」
比古那が聞き返した。
「だって、みんな同じ事言ってるのよ。100パーとまではいかないけど、ほぼ同じ。まるでセリフのように」
セリフ、という言葉に敏感に反応したのは尊だ。
「セリフ……誰かに、仕込まれていたっていう事か?」
「うん、だから、やっぱり大がかりな組織的な犯罪、か何かに巻き込まれて連れて行かれたんじゃないかと思うんだけど……」
咲耶の言葉は全員を納得させた。
確かにバーは酒の席であり、そこにいたスタッフ全員が、5~6名はいただろうか。まったく同じ証言というのはおかしい。一人くらいは時間がおぼろげだったりするものだ。
それがみんな示し合わせたかのように、1軒目のレストランでは午後6時に入って7時に出ている、2軒目のバーでは午後7時すぎに入ってと、ほぼ正確な時間を証言していた。
「まるで、口裏を合わせてるみたいだったよね……」
千尋も小さな声で呟いた。普段はあまり発言しない彼女が口を開いたことに、修一たちは少し驚いた。
「確かに……全員がまったく同じ証言をするのは不自然だな」
修一の言葉に尊が続く。
「もしかすると……」
「なんだ?」
「証言がぴったり一致するのが不自然なら、それが不自然じゃない状況っていったいなんだ?」
全員が考え混む。最初に口を開いたのは比古那だ。
「まさか! ……千尋が言ったように口裏を合わせて、組織ぐるみで槍太を拉致したとしたら?」
「ちょっと待って」
咲耶が手を上げた。
「それって、バーのスタッフ全員が共謀してるってこと?」
修一は首を振る。
「いや、むしろ逆かもしれない。バーのスタッフたちは、事前に用意された証言を……」
「暗記させられていた?」
尊が続けた。
「つまり、組織的に計画された拉致事件で、バーのスタッフたちも操られていたって事? いやいやせんせ、ここ日本ですよ? 法治国家日本で、そんな事があり得るんですか? 金を積まれて犯罪に加担するなんて……」
「わからん。ただ……金で証言を捻じ曲げる、ましてや拉致に加担するなんてリスクが高すぎる」
修一は冷静に尊の意見を否定した。
「でもみんなが言うように、証言が揃いすぎているのは事実だな。何か作為的なものを感じざるを得ない」
「もし、バーのスタッフが操られていたとしたら……誰が、何のために?」
千尋が不安げに呟いた。
「そこなんだよ……」
修一は腕を組んで考え込んだ。
「槍太を拉致する目的は何なのか? そして、SPROにオレ達を閉じ込めているのは何故なのか? この二つの謎が繋がっている気がする」
「SPROが関係している……でも、SPROは私たちを守る組織でしょ?」
咲耶は驚きを隠せない。
「そうだ。だからこそ、不可解なんだ」
修一は真剣な眼差しで仲間を見渡した。
「もし、SPRO内部に裏切り者がいるとしたら……? もしそうなら、槍太の行動を特定してトラップに引っ掛けた事の辻褄があう」
その言葉に、全員が息を呑んだ。SPRO内部に裏切り者がいるなど、想像もしていなかった。
「まさか……藤堂室長が……?」
千尋が恐る恐る口にした。
「いや、それは考えにくい」
尊は首を横に振った。
「藤堂室長は長年SPROに尽くしてきた人物だ。裏切り者であるとは考えにくい」
「しかし、我々に箝口令を敷いたのは事実だ。それに昨日今日会った人物の何がわかるんだ?」
修一は冷静に分析した。
「だとしたら、オレ達はどうすればいいんだ……?」
比古那は苛立ちを隠せない様子だった。
修一は深く息を吸い込み、決意を固めたように言った。
「SPRO内部を独自に調査する必要がある。藤堂室長にもう一度話を聞いてみよう。それと同時に、またヤツの手は借りたくはないけど、仕方がない。裏社会からの情報収集も進める。二つのルートから真相に迫るんだ」
「わかった」
「了解」
「私も協力する」
「……私も」
比古那は迷いをふっきるように返事をし、尊は力強く頷いた。咲耶も続いて千尋も小さな声で賛成した。
危険な賭けではあるが、他に選択肢はなかった。果たして、彼らは槍太を救い出し、事件の黒幕を暴くことができるのだろうか?
次回予告 第43話 『NIAPと誘拐』
槍太拉致事件から一週間後のSPRO東京本部は、表面上は普段と変わらぬ活気に満ちていた。職員たちはそれぞれの持ち場で業務をこなし、廊下では談笑する声も聞こえる。
しかし修一は、その平穏さの裏に潜む異様な緊張感を感じ取っていた。
失踪翌日の藤堂室長の言葉が、修一の耳にこびりついて離れない。
『あなた方の安全のためにも、しばらくはSPRO施設内で待機してもらいたい』
まるで自分たちも監視されているかのような、息苦しさを感じていた。
比古那や尊も同様で、三人ともSPRO職員の視線に敏感になっていたのだ。カフェテリアで昼食をとる時も、周囲の会話に耳をそばだて、自分たちのことを話していないか、常に気を張っていた。
SPROとは別で始めた捜査も、思うような結果はでていない。それもそうだ。漫画やドラマじゃあるまいし、素人が捜査したところで、警察がみつけていない証拠がそうそう出てくるわけがなかった。
「完全に行き詰まったよね」
ため息とともに比古那が呟いた。尊も無言でうなずく。
「……みんな、捜査していて何か、感じた事はないか? なんでもいいんだ」
修一は全員の顔を見渡して言った。
見渡す中で、修一は千尋がショックを受けているのに気がつく。
もともと内気な性格で、槍太とはなんとなくいい感じの仲になっていたのに、その槍太がいわゆる『大人のお店』に出入りして、しかもハニートラップだなんて……。
女の子たちはいち早く気付いていたらしく、それとなく気遣っている。
「そういえば……」
最初に口を開いたのは咲耶だった。
「何にも見つからなかったけど、変じゃない?」
「何が?」
比古那が聞き返した。
「だって、みんな同じ事言ってるのよ。100パーとまではいかないけど、ほぼ同じ。まるでセリフのように」
セリフ、という言葉に敏感に反応したのは尊だ。
「セリフ……誰かに、仕込まれていたっていう事か?」
「うん、だから、やっぱり大がかりな組織的な犯罪、か何かに巻き込まれて連れて行かれたんじゃないかと思うんだけど……」
咲耶の言葉は全員を納得させた。
確かにバーは酒の席であり、そこにいたスタッフ全員が、5~6名はいただろうか。まったく同じ証言というのはおかしい。一人くらいは時間がおぼろげだったりするものだ。
それがみんな示し合わせたかのように、1軒目のレストランでは午後6時に入って7時に出ている、2軒目のバーでは午後7時すぎに入ってと、ほぼ正確な時間を証言していた。
「まるで、口裏を合わせてるみたいだったよね……」
千尋も小さな声で呟いた。普段はあまり発言しない彼女が口を開いたことに、修一たちは少し驚いた。
「確かに……全員がまったく同じ証言をするのは不自然だな」
修一の言葉に尊が続く。
「もしかすると……」
「なんだ?」
「証言がぴったり一致するのが不自然なら、それが不自然じゃない状況っていったいなんだ?」
全員が考え混む。最初に口を開いたのは比古那だ。
「まさか! ……千尋が言ったように口裏を合わせて、組織ぐるみで槍太を拉致したとしたら?」
「ちょっと待って」
咲耶が手を上げた。
「それって、バーのスタッフ全員が共謀してるってこと?」
修一は首を振る。
「いや、むしろ逆かもしれない。バーのスタッフたちは、事前に用意された証言を……」
「暗記させられていた?」
尊が続けた。
「つまり、組織的に計画された拉致事件で、バーのスタッフたちも操られていたって事? いやいやせんせ、ここ日本ですよ? 法治国家日本で、そんな事があり得るんですか? 金を積まれて犯罪に加担するなんて……」
「わからん。ただ……金で証言を捻じ曲げる、ましてや拉致に加担するなんてリスクが高すぎる」
修一は冷静に尊の意見を否定した。
「でもみんなが言うように、証言が揃いすぎているのは事実だな。何か作為的なものを感じざるを得ない」
「もし、バーのスタッフが操られていたとしたら……誰が、何のために?」
千尋が不安げに呟いた。
「そこなんだよ……」
修一は腕を組んで考え込んだ。
「槍太を拉致する目的は何なのか? そして、SPROにオレ達を閉じ込めているのは何故なのか? この二つの謎が繋がっている気がする」
「SPROが関係している……でも、SPROは私たちを守る組織でしょ?」
咲耶は驚きを隠せない。
「そうだ。だからこそ、不可解なんだ」
修一は真剣な眼差しで仲間を見渡した。
「もし、SPRO内部に裏切り者がいるとしたら……? もしそうなら、槍太の行動を特定してトラップに引っ掛けた事の辻褄があう」
その言葉に、全員が息を呑んだ。SPRO内部に裏切り者がいるなど、想像もしていなかった。
「まさか……藤堂室長が……?」
千尋が恐る恐る口にした。
「いや、それは考えにくい」
尊は首を横に振った。
「藤堂室長は長年SPROに尽くしてきた人物だ。裏切り者であるとは考えにくい」
「しかし、我々に箝口令を敷いたのは事実だ。それに昨日今日会った人物の何がわかるんだ?」
修一は冷静に分析した。
「だとしたら、オレ達はどうすればいいんだ……?」
比古那は苛立ちを隠せない様子だった。
修一は深く息を吸い込み、決意を固めたように言った。
「SPRO内部を独自に調査する必要がある。藤堂室長にもう一度話を聞いてみよう。それと同時に、またヤツの手は借りたくはないけど、仕方がない。裏社会からの情報収集も進める。二つのルートから真相に迫るんだ」
「わかった」
「了解」
「私も協力する」
「……私も」
比古那は迷いをふっきるように返事をし、尊は力強く頷いた。咲耶も続いて千尋も小さな声で賛成した。
危険な賭けではあるが、他に選択肢はなかった。果たして、彼らは槍太を救い出し、事件の黒幕を暴くことができるのだろうか?
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