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幕間2
とある子爵令嬢の憧れ
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アドリアーナ・スタングロムという人は……いや、人というより女神だ。私にとって、この上なく麗しい女神なのである。
初めてお会いしたのは12歳の頃。貧乏貴族で、何の益もない領地を持ち、二男三女の子沢山。税を納めるだけで精一杯で、衰えて行く一方だった我が家に、スタングロム侯爵家から私をお嬢様の侍女にとお申し出があった。侍女になれば侯爵家のお金で学園に通うことができ、我が家にも多少の援助をしていただけると聞き、一も二もなく受け入れた。
どんなお嬢様だろうと誠心誠意仕えようと思っていた。虐げられたり、我儘放題でも自分の将来のために頑張ろうと覚悟して、王都の侯爵邸へ向かったのだけれど、そこで出会ったのは、そう……天使だったのだ。
「あなたがリリーね。私はアドリアーナよ。リリーに会えることをとても楽しみにしていたの! さ、今日は私が邸を案内するわね!」
あたたかい手が私の手を包み、もう一度『さぁ、行きましょ』と優しく笑ってくれるこの人が、私の主人。緊張で辿々しくしか話せない私の言葉を待ちながら、目を見て話してくれる。
ほんのひとときで、私はアドリアーナ様のことを大好きになったのだった。
週に3日ある家庭教師のご夫人との授業にも同席を許していただき、分からなかったとしても聞いておくことにはきっと意味があると言ってくださった。
週に二度、アドリアーナ様が料理を習われる際にも一緒に学ばせていただいた。
週に一度、ノヴァック公爵家のウィリアム様とのダンスレッスンにも連れて行ってもらい、ご友人のマーカス様と踊らせていただいた。
そして、週に1日、アドリアーナ様がお母上様とお過ごしになる日にはお休みをいただいた。
侍女として仕事はたくさんあるはずなのに、アドリアーナ様はそれよりも私の思いや体調など内面をとにかく気にかけてくださり、私の将来や我が家の領地のことまで考えてくださるのだった。
ノヴァック公爵家では、アドリアーナ様とウィリアム様、マーカス様、私の4人で自由に過ごす時間もあった。
そんな時に我が家の領地の話題になり、特に益のない状態をなんとかしようと御三方が知恵を絞ってくれるのだった。おかげで我が家は貧乏に違いないが、困窮はしていないという程度になれたのでとても感謝している。御三方はもっとやれるはず! と悔しがりながら度々考えてくださるのだけれど、無理なものは無理だろう。
さて、そんな私と、御三方の内のお一人ウィリアム様は、この度婚約をすることになった。
ウィリアム様は、アドリアーナ様のことを密かに想い続けていらっしゃる。それにアレキサンダー様一筋のアドリアーナ様は全く気付いていらっしゃらない。
ウィリアム様と私の関係はと言えば、アドリアーナ様を取り合うライバルのようなものだった。どちらがよりアドリアーナ様を理解しているか……アドリアーナ様に喜んでいただいたり、笑ってもらうこと。そういうことを競い合ってきた。
でも、今は共通の敵ができたために相棒のように感じている。お互いにアドリアーナ様を大切に思っていることを分かっているから信頼できる。そして、夫婦となったあとも、私がアドリアーナ様のおそばにいたいことを理解してくださるだろうし、ウィリアム様がアドリアーナ様を特別に想うことも理解して差し上げられる。普通の令嬢や夫人ならば、自分以外に特別な女性がいるなんてプライドが許さないと思う方が多いだろうが、私はそうは思わない。だって、アドリアーナ様なのだ。彼女を知ったなら大切に思うのは当たり前のことだ。
アドリアーナ様とアレキサンダー様の間に入ろうとするような輩は許さないが、お二人を見守り、幸せを願ってくださる方は素晴らしいと心から思う。
「リリー、こっちの方が俺の色に近いと思わないか?」
「そうですね……ですが、こちらですと私には似合いません」
そうか? と首を傾げるウィリアム様がお持ちなのは確かにウィリアム様の瞳の色にそっくりなマーメイドラインのドレスで、背が低い私には似合わない。
「じゃあ、これは?」
「これなら、大丈夫かと」
ウィリアム様の瞳よりは濃い色味だが、近い色だ。Aラインなら似合わないこともないだろう。
「リリー、着て見せてくれ」
「かしこまりました」
「おい、婚約者相手にその返事はねぇだろ」
「……承知しました?」
「『分かったわ』くらいでいいんだよ」
「そんなまさか。ウィリアム様にそんな無礼な言葉は使えません」
「俺ら婚約者なんだけど?」
「たとえ夫婦になろうともウィリアム様は私にとって尊い方です」
『何を言ってるんだ、お前は』と顔に書いてあるかのような表情をわざとするウィリアム様がおかしく、少し笑ってしまう。
「何か変なことを言いましたか?」
「言っとくけど、俺は恋人には対等を求めるタイプなんだよ」
「こ……?」
「夫婦になる前にまず恋人になることを求めるタイプなんだよ」
「こい……!?」
固まってしまった私を放置して、公爵夫人とドレスの相談に戻ってしまうウィリアム様。
私が想像した婚約、婚姻とは少し違うのかもしれない。だけど……それが嫌じゃない、むしろ嬉しいと感じるこの気持ちは……?
初めてお会いしたのは12歳の頃。貧乏貴族で、何の益もない領地を持ち、二男三女の子沢山。税を納めるだけで精一杯で、衰えて行く一方だった我が家に、スタングロム侯爵家から私をお嬢様の侍女にとお申し出があった。侍女になれば侯爵家のお金で学園に通うことができ、我が家にも多少の援助をしていただけると聞き、一も二もなく受け入れた。
どんなお嬢様だろうと誠心誠意仕えようと思っていた。虐げられたり、我儘放題でも自分の将来のために頑張ろうと覚悟して、王都の侯爵邸へ向かったのだけれど、そこで出会ったのは、そう……天使だったのだ。
「あなたがリリーね。私はアドリアーナよ。リリーに会えることをとても楽しみにしていたの! さ、今日は私が邸を案内するわね!」
あたたかい手が私の手を包み、もう一度『さぁ、行きましょ』と優しく笑ってくれるこの人が、私の主人。緊張で辿々しくしか話せない私の言葉を待ちながら、目を見て話してくれる。
ほんのひとときで、私はアドリアーナ様のことを大好きになったのだった。
週に3日ある家庭教師のご夫人との授業にも同席を許していただき、分からなかったとしても聞いておくことにはきっと意味があると言ってくださった。
週に二度、アドリアーナ様が料理を習われる際にも一緒に学ばせていただいた。
週に一度、ノヴァック公爵家のウィリアム様とのダンスレッスンにも連れて行ってもらい、ご友人のマーカス様と踊らせていただいた。
そして、週に1日、アドリアーナ様がお母上様とお過ごしになる日にはお休みをいただいた。
侍女として仕事はたくさんあるはずなのに、アドリアーナ様はそれよりも私の思いや体調など内面をとにかく気にかけてくださり、私の将来や我が家の領地のことまで考えてくださるのだった。
ノヴァック公爵家では、アドリアーナ様とウィリアム様、マーカス様、私の4人で自由に過ごす時間もあった。
そんな時に我が家の領地の話題になり、特に益のない状態をなんとかしようと御三方が知恵を絞ってくれるのだった。おかげで我が家は貧乏に違いないが、困窮はしていないという程度になれたのでとても感謝している。御三方はもっとやれるはず! と悔しがりながら度々考えてくださるのだけれど、無理なものは無理だろう。
さて、そんな私と、御三方の内のお一人ウィリアム様は、この度婚約をすることになった。
ウィリアム様は、アドリアーナ様のことを密かに想い続けていらっしゃる。それにアレキサンダー様一筋のアドリアーナ様は全く気付いていらっしゃらない。
ウィリアム様と私の関係はと言えば、アドリアーナ様を取り合うライバルのようなものだった。どちらがよりアドリアーナ様を理解しているか……アドリアーナ様に喜んでいただいたり、笑ってもらうこと。そういうことを競い合ってきた。
でも、今は共通の敵ができたために相棒のように感じている。お互いにアドリアーナ様を大切に思っていることを分かっているから信頼できる。そして、夫婦となったあとも、私がアドリアーナ様のおそばにいたいことを理解してくださるだろうし、ウィリアム様がアドリアーナ様を特別に想うことも理解して差し上げられる。普通の令嬢や夫人ならば、自分以外に特別な女性がいるなんてプライドが許さないと思う方が多いだろうが、私はそうは思わない。だって、アドリアーナ様なのだ。彼女を知ったなら大切に思うのは当たり前のことだ。
アドリアーナ様とアレキサンダー様の間に入ろうとするような輩は許さないが、お二人を見守り、幸せを願ってくださる方は素晴らしいと心から思う。
「リリー、こっちの方が俺の色に近いと思わないか?」
「そうですね……ですが、こちらですと私には似合いません」
そうか? と首を傾げるウィリアム様がお持ちなのは確かにウィリアム様の瞳の色にそっくりなマーメイドラインのドレスで、背が低い私には似合わない。
「じゃあ、これは?」
「これなら、大丈夫かと」
ウィリアム様の瞳よりは濃い色味だが、近い色だ。Aラインなら似合わないこともないだろう。
「リリー、着て見せてくれ」
「かしこまりました」
「おい、婚約者相手にその返事はねぇだろ」
「……承知しました?」
「『分かったわ』くらいでいいんだよ」
「そんなまさか。ウィリアム様にそんな無礼な言葉は使えません」
「俺ら婚約者なんだけど?」
「たとえ夫婦になろうともウィリアム様は私にとって尊い方です」
『何を言ってるんだ、お前は』と顔に書いてあるかのような表情をわざとするウィリアム様がおかしく、少し笑ってしまう。
「何か変なことを言いましたか?」
「言っとくけど、俺は恋人には対等を求めるタイプなんだよ」
「こ……?」
「夫婦になる前にまず恋人になることを求めるタイプなんだよ」
「こい……!?」
固まってしまった私を放置して、公爵夫人とドレスの相談に戻ってしまうウィリアム様。
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