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獣人騎士団長×元奴隷の人間 その1
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人の目から隠れるように深い森の中にある一つの集落。
外の世界とは隔離されたその場所で人々は困った時は互いに助け合い、慎ましくも平和に静かに生きてきた。
しかし、穏やかな日々は突然終わりを告げた。
地図にも載らないのに、どこから漏れたのか賊の手によって村人は捕えられ、村は焼かれた。
老人は殺され炎の中に、まだ幼い子供や若い者は手枷と首輪を引き摺りながら何処に向かうのかも聞かされずに森の中をひたすら歩かされた。
整備されていない地面は体力を瞬く間に奪っていく。
奴隷には必要ないからと自分だけ身ぐるみを剥がされた。あるのは身体をギリギリ覆えるくらいの質素な薄っぺらい布一枚。
剥き出しの足裏に先端の尖った石や葉の先端が突き刺さる。いつのまにか足の裏は血だらけになっていた。足首や脛にまで何かを擦ったような傷がある。
食べ物は碌に貰えず歩き続けた身体はとうに限界を超えていた。
疲れ切っているはずなのに、夜になっても眠れやしなかった。
勝利を祝う宴の音が前方から聞こえてくる。賊は捕えた村人の中でも見目の麗しい着飾った者を隣に侍らせ、酒を注がせている。
手は怪しく腰を撫で、耳元で何かを囁く。青褪めた美少年に男は悪どい笑みを浮かべると腰を抱き寄せながら宴を後にしてこちらに近づいてくる。木々の隙間から見える開けた場所には、布を張った簡易的なテントがいくつも点在している。そこの一角で行われるのが何かなんて、考えるまでもない。
ゲラゲラと囃し立てる賊の声がやけに響いてうるさかった。
音を立てないように息を殺し大木の裏に身を隠した。
助け合いの精神が根付いているとはいえ、ここで飛び出せば自分の貞操も命さえも危うい。
充分な食事と服、それに手厚い保護がある代わりに彼らはその身を賊に捧げている。
今の自分とどちらがいいのかなど、考えるまでもない。
空いた腹が空腹を訴える。空気を取り込めば乾いたように喉が張り付く。乾き過ぎでひりつく痛みに呻いた。
羨ましい、などと思ってはいけない。
賊が美少年を引き摺るようにしてテントに向かって歩いていく。美しい少年の身なりは上等な布と煌びやかな宝石で彩られている。まるで全てが上だと、言われているみたいだった。
湧き上がる醜い感情に背を向けるようにしてギュッと目を瞑り、耳を塞いでその場から目を背けた。
その時だった。
ドドドドド
突然、地ならしのような音が暗闇に響いて辺りが揺れた。突然のことに驚いて目を開けた。
音の出所を探ろうと首を回せば、賊は何事だと剣を抜き周りを見渡している。
音はどんどん大きくなり近づいてくる。
何かが地面を蹴っているみたいだ。
「チッ、くそっなんなんだ!イイ所を邪魔しやがって……っ、誰だ!?」
突然の出来事に混乱している今、ここから逃げ出せるかもしれない。そう思った。
着けられた首輪と足枷はどこにも繋がっていない。今なら誰にも見つかることなく、どこかに連れて行かれて逃げられなくなる前に、逃げ出せる。
一歩、二歩と足を進めるたび、何かに駆られるように身体が前に進んだ。方向なんて分からない。足の痛みも空腹も、喉の乾きさえ忘れて、ただ逃げる事に必死だった。
「ひっ……!」
賊とは違う、少年らしい悲鳴が聞こえて絶え間なく動いていた足が止まった。堰が切ったように、嗚咽が喉から漏れた。
一人で、同郷の人を見捨てて、美しくもなんともない自分だけ生き延びようとしている。
表面も綺麗でなければ、心まで汚かったのだ。
『お前は罪の子、不貞の証。あの人にそっくりだ』
母親と二人でまだ暮らしていた頃、遠い目で誰かと重ねて愛おしそうに言われた言葉。我が身可愛さに罪を犯して産まれた子にも罪を背負わせた母親は、いつも間にか置き手紙ひとつでいなくなっていた。
知らない父親よりも自分勝手なあの人にそっくりな自分が、心底嫌になる。
溢れた涙を拭い、ひとつ覚悟を決めて、来た道を振り返った。
「…………え?」
ハッと気がついた時には既に、全てが終わった後だった。
地面を揺さぶる地響きはなくなり、賊は皆倒れていた。気絶したようにピクリとも動かない賊を縛り上げている、見たことのない人に視線が釘付けになる。
その後ろ姿の腰辺りで、ゆらゆらと揺れる毛並みがひとつ。高い背の、さらに上にある三角の塊がふたつ。
月明かりに照らされた毛並みは銀色に輝き、神秘的で、とても綺麗だった。
目が離せず、気がつけば前に進んでいた。
もっと近くで見たいと思った。
魅入られるようにして体を覗かせたその時、足元からパキッと音が鳴った。小枝を折った音は不自然なほどに辺りに響いた。
獣人でもないのに、本能で危険だと感じた。
自分の身の振り方なんて、考えてもいなかった。賊を捕えてくれたのは自分にとって救いになったが、同郷の人が見当たらない時点で物事は悪い方へと向かっていたと気がつくべきだった。
もしかしたら、この綺麗な人も賊なのかもしれない。悪い奴らは善人悪人に関係なく人の宝を奪うと聞く。捕えられた自分たちが宝だとしたら、また、捕まるのだろうか。
こんなみすぼらしい宝に興味のある悪人なんていないとも思う。けれど実際に捕まったのだから笑えない。
ピクリと、頭の上にある三角の塊が動く。その持ち主が警戒を露わに、剣の柄に手を掛けて振り向いた。
本当に一瞬だったと思う。警戒を極限まで高めた鋭い視線がこちらに向いた瞬間、一寸違えることなく目が合った。
恐怖ですくみ上がるほどの、強い視線。
近づきたいと思った人から向けられる敵意に耐えられるほど気が強くもなければ、体力も残っていなかった。
ふらりと体が傾くのを、他人事のように感じた。
ぼやけていく視界のなか、遠目からでも分かる黄金に輝く見開かれた瞳が、やけに印象に残った。
外の世界とは隔離されたその場所で人々は困った時は互いに助け合い、慎ましくも平和に静かに生きてきた。
しかし、穏やかな日々は突然終わりを告げた。
地図にも載らないのに、どこから漏れたのか賊の手によって村人は捕えられ、村は焼かれた。
老人は殺され炎の中に、まだ幼い子供や若い者は手枷と首輪を引き摺りながら何処に向かうのかも聞かされずに森の中をひたすら歩かされた。
整備されていない地面は体力を瞬く間に奪っていく。
奴隷には必要ないからと自分だけ身ぐるみを剥がされた。あるのは身体をギリギリ覆えるくらいの質素な薄っぺらい布一枚。
剥き出しの足裏に先端の尖った石や葉の先端が突き刺さる。いつのまにか足の裏は血だらけになっていた。足首や脛にまで何かを擦ったような傷がある。
食べ物は碌に貰えず歩き続けた身体はとうに限界を超えていた。
疲れ切っているはずなのに、夜になっても眠れやしなかった。
勝利を祝う宴の音が前方から聞こえてくる。賊は捕えた村人の中でも見目の麗しい着飾った者を隣に侍らせ、酒を注がせている。
手は怪しく腰を撫で、耳元で何かを囁く。青褪めた美少年に男は悪どい笑みを浮かべると腰を抱き寄せながら宴を後にしてこちらに近づいてくる。木々の隙間から見える開けた場所には、布を張った簡易的なテントがいくつも点在している。そこの一角で行われるのが何かなんて、考えるまでもない。
ゲラゲラと囃し立てる賊の声がやけに響いてうるさかった。
音を立てないように息を殺し大木の裏に身を隠した。
助け合いの精神が根付いているとはいえ、ここで飛び出せば自分の貞操も命さえも危うい。
充分な食事と服、それに手厚い保護がある代わりに彼らはその身を賊に捧げている。
今の自分とどちらがいいのかなど、考えるまでもない。
空いた腹が空腹を訴える。空気を取り込めば乾いたように喉が張り付く。乾き過ぎでひりつく痛みに呻いた。
羨ましい、などと思ってはいけない。
賊が美少年を引き摺るようにしてテントに向かって歩いていく。美しい少年の身なりは上等な布と煌びやかな宝石で彩られている。まるで全てが上だと、言われているみたいだった。
湧き上がる醜い感情に背を向けるようにしてギュッと目を瞑り、耳を塞いでその場から目を背けた。
その時だった。
ドドドドド
突然、地ならしのような音が暗闇に響いて辺りが揺れた。突然のことに驚いて目を開けた。
音の出所を探ろうと首を回せば、賊は何事だと剣を抜き周りを見渡している。
音はどんどん大きくなり近づいてくる。
何かが地面を蹴っているみたいだ。
「チッ、くそっなんなんだ!イイ所を邪魔しやがって……っ、誰だ!?」
突然の出来事に混乱している今、ここから逃げ出せるかもしれない。そう思った。
着けられた首輪と足枷はどこにも繋がっていない。今なら誰にも見つかることなく、どこかに連れて行かれて逃げられなくなる前に、逃げ出せる。
一歩、二歩と足を進めるたび、何かに駆られるように身体が前に進んだ。方向なんて分からない。足の痛みも空腹も、喉の乾きさえ忘れて、ただ逃げる事に必死だった。
「ひっ……!」
賊とは違う、少年らしい悲鳴が聞こえて絶え間なく動いていた足が止まった。堰が切ったように、嗚咽が喉から漏れた。
一人で、同郷の人を見捨てて、美しくもなんともない自分だけ生き延びようとしている。
表面も綺麗でなければ、心まで汚かったのだ。
『お前は罪の子、不貞の証。あの人にそっくりだ』
母親と二人でまだ暮らしていた頃、遠い目で誰かと重ねて愛おしそうに言われた言葉。我が身可愛さに罪を犯して産まれた子にも罪を背負わせた母親は、いつも間にか置き手紙ひとつでいなくなっていた。
知らない父親よりも自分勝手なあの人にそっくりな自分が、心底嫌になる。
溢れた涙を拭い、ひとつ覚悟を決めて、来た道を振り返った。
「…………え?」
ハッと気がついた時には既に、全てが終わった後だった。
地面を揺さぶる地響きはなくなり、賊は皆倒れていた。気絶したようにピクリとも動かない賊を縛り上げている、見たことのない人に視線が釘付けになる。
その後ろ姿の腰辺りで、ゆらゆらと揺れる毛並みがひとつ。高い背の、さらに上にある三角の塊がふたつ。
月明かりに照らされた毛並みは銀色に輝き、神秘的で、とても綺麗だった。
目が離せず、気がつけば前に進んでいた。
もっと近くで見たいと思った。
魅入られるようにして体を覗かせたその時、足元からパキッと音が鳴った。小枝を折った音は不自然なほどに辺りに響いた。
獣人でもないのに、本能で危険だと感じた。
自分の身の振り方なんて、考えてもいなかった。賊を捕えてくれたのは自分にとって救いになったが、同郷の人が見当たらない時点で物事は悪い方へと向かっていたと気がつくべきだった。
もしかしたら、この綺麗な人も賊なのかもしれない。悪い奴らは善人悪人に関係なく人の宝を奪うと聞く。捕えられた自分たちが宝だとしたら、また、捕まるのだろうか。
こんなみすぼらしい宝に興味のある悪人なんていないとも思う。けれど実際に捕まったのだから笑えない。
ピクリと、頭の上にある三角の塊が動く。その持ち主が警戒を露わに、剣の柄に手を掛けて振り向いた。
本当に一瞬だったと思う。警戒を極限まで高めた鋭い視線がこちらに向いた瞬間、一寸違えることなく目が合った。
恐怖ですくみ上がるほどの、強い視線。
近づきたいと思った人から向けられる敵意に耐えられるほど気が強くもなければ、体力も残っていなかった。
ふらりと体が傾くのを、他人事のように感じた。
ぼやけていく視界のなか、遠目からでも分かる黄金に輝く見開かれた瞳が、やけに印象に残った。
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