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【38話】

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 ルークがマロンから説明をうけていた頃。

 サイヒは舞台で大男と向き合っていた。
 
『さぁ、始まりました準決勝第2試合!謎の美少年冒険者《リリー・オブ・ザ・ヴァリー選手》VS鉄球を木球に持ち替えた元傭兵《ゾーズ・オイズター選手》!力と力の闘いは一体、どちらに勝利の女神が微笑むのかぁぁっ!!』

 ゴーーーーン

 銅鑼が鳴る。
 
 ゾーズの武器は木製のモーニングスターだ。
 木球にはとげが付いておりミッチリトと中身が詰まった木の球はかなりの重量を誇るだろう。
 熊のような体でゾーズは片手で軽々と木球を振り回している。
 モーニングスターの鎖の部分も木で作られている。
 木球の重さに砕けぬよう、ルールで認められる必要最低限として【強化】の魔術が木の鎖に付与されていた。

「どらぁっ!!」

 木球がサイヒめがけて飛んでくる。
 誰もが思い木球にサイヒの体の骨が砕けるのではないかと想像した。

 パァッン!

 木球が弾けた。
 サイヒが軽い裏拳で木球を破裂させたのだ。

「な、なにぃっ!?」

「ほぅ、中々の衝撃だったぞ?あの重さの木の球を振り回せるとは納得の力自慢だ。だが私の相手をするにはこの木球は玩具みたいなモノだな」

「なら鎖で絞殺してやる!」

 ブン!
 ブン!
 ブン!

 鎖を振り回し鞭のように使う。
 その鎖をサイヒは紙一重で避ける。
 動くのが面倒臭いのだ。
 大きな動きを己がせずとも、相手の攻撃を避けておけばそれなりに試合は盛り上がる。

(帝国の武道大会だと言うから楽しみにしていたのだが…決勝に進もうと言う者でもこのレベルか……)

 これなら”魔の森”で暴れる方がよほど運動になる。

 サイヒは分かっていなかった。
 この試合に出ている出場者は全員S級冒険者並みの力がある。
 帝国の最高峰、とまでは言わなくてもその人ありと呼ばれるくらいには名の通った武人たちだ。
 サイヒが規格外過ぎるだけである。

 ***

 この化け物と決勝で戦わなければいけないのか、とクオンは閲覧しながら胃をキリキリさせていた。
 全くもって厄介ごとを増やしてくれる主である。
 そしてネーミングセンスがない主である。
 ちょっぴりクオンはリングネームに不満を抱いているのだ。

 ***

「さてこれくらい盛り上げたら十分だろう」

 サイヒが鎖の動きを掻い潜り、ゾーズの懐に入った。 
 鳩尾に拳を入れる。
 前のめりになって体勢を崩したゾーズの顔に蹴りを入れた。

 ガウンッ!

 ゾーズの巨体が空中に浮かぶ。
 たっぷり滞空時間を取った後、ゾーズは舞台の上に倒れ落ちた。
 体がピクピク痙攣し、口の端から泡を吹いている。

「まぁ派手に見えただろう」

『勝者!《リリー・オブ・ザ・ヴァリー選手》!!!何という回避力!何という膂力!!決勝に進むのは《リリー・オブ・ザ・ヴァリー選手》に決定しました―――――っ!!』

「「「「「「「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ♡」」」」」」」

「リリー君カッコ可愛い♡」

「またこっちに手を挙げて~♡」

「へっ、優男が。俺はコーン・ポンタージュを応援するぜ!」

「ハァハァハァ美少年と仮面の貴公子!萌えますわ!!o^)┐コッソリ」

 観客席では《コーン・ポンタージュ》と《リリー・オブ・ザ・ヴァリー》のどちらが勝つかで盛り上がっている。
 1人は仮面で顔の上半分は見えないが、それでも美麗であることが分かる鍛えられた肉体の剣士。
 1人は中性的な美貌に華奢な体ながら、自らより1周りも2周りも大きな男を倒した謎の冒険者。
 盛り上がること間違いなしの勝負カードだった。

『さぁこれで決勝の対戦相手は決まりました!素早さを売りにした《コーン・ポンタージュ選手》と力の《リリー・オブ・ザ・ヴァリー選手》!はたして優勝するのはどちらかぁっ!?決勝は30分の休憩の後に始まります。選手のお2人も、会場の観客の皆様も今の間にご休憩をお取りください!!』

 :::

「ふぅ、決勝はクオンとか。まぁ楽しませて貰おう」

 サイヒは控室で冷えた果実水をストローで飲む。
 ストローとコップに冷却魔術を使っているので、良く冷えた果実水が体を冷やす。
 特に戦闘で体温が上がった訳では無いのだが、晴天の日差しを一身に受けたので多少暑い。

「ん?何故このタイミングでだ?」

 バァンッ!

 サイヒの控室の扉が開いた。
 相変わらず扉の鍵を閉めない癖が治らない。
 代わりに【物理結界】と【隠遁】の結界を張ってあるが。
 まぁそれもこの相手には意味をなさない。

「そんなに急いでどうしたルーク?」

「はぁ、サイヒ……」

 急いで来たのか汗を大量にかいている。

 【氷風】

 サイヒの指がルークを指すと冷たい風がルークを包んだ。

「はぁ、気持ち良い…」

「汗をかいただろう?熱中症になったら困る。私の飲みかけだが果実水だ飲むと良い」

 ぽんぽん、と自分の隣の席を叩いて座るよう促す。
 それに従いルークはサイヒの横に座った。

「口を開けろ」

「ん」

 微かに開かれたルークの口にサイヒが持っているグラスのストローを挿し入れる。
 
「んん~」
 
 チュウ、とストローを口に含み液体をすするルークはやたらと色気がある。

「最後までしっかり飲むんだぞ」

「ん」

 上目遣いでサイヒを見て、ルークはこくりと頷いた。

(可愛らしいな、このまま愛でたいがまだ試合が残っているので我慢か)

 サイヒは優しい目でルークを見ている。
 サイヒにとってルークを愛でる事は1番の幸せなのだ。
 可愛らしい半身の喜ぶ顔を見るのは途轍もなく満たされる。

「ぷはぁ」

 ルークがストローを離す。
 随分喉が渇いていたようで、グラスの中には水分は残っていない。

「落ち着いたか?」

「あぁ」

「で、何があった?」

「私の父親とカカン国の間でサイヒの取り合いが始まった」

「あぁやはり皇族席に居たのか、姉上とローズ様は」

 ピクリ!
 
 ルークが反応した。

「サイヒの元婚約者が今はサイヒの姉と婚約していると聞いたぞ?姉妹で嫁ぐ予定だぅたのか!?その婚約者の事をサイヒは今でも好きなのか!?」

「好きだぞ」

 フラッ

 ルークの体から力が抜ける。
 椅子から落ちそうになったのをサイヒの腕が捉え、サイヒの腕の中へルークの身が預けられた。

「だが私が今1番好きなのも、愛しているのもルークだけだ」

「サイヒ、其方と私の好きは違うと思う……」

「いや、同じだ。私はルークと交わり子を生したいと思うぐらいにはルークの事を愛しているぞ?」

「え…こ、ども……?」

「今までどんな異性にも思った事のない感情だ。私はお前の子を孕みたいと思っているよルーク。これはお前と違う好きなのか?」

「おなじ、スキ、だ……」

 ルークのエメラルドの目がどんどん潤みだし、白い頬が赤く染まる。

「え?何時から……?」

「まぁ、厳密にいえば最初に会った時からだな。私は好意のない異性に膝を貸してやるほど出来た人間ではないぞ?好きな男で無ければ密着するなんて御免だ。言うなれば一目惚れだな。私を信じてスヤスヤと子供のように眠るルークが可愛らしくて、その頃から自分のものにしたいと思っていた。自覚するまでに少々時間はかかったが…お前はどうなんだルーク?」

「私は、サイヒに癒されて。大切にされて、甘やかされて、色々な事を教えて貰って、全部捨ててサイヒのモノになりたいと思うくらいサイヒが好きだ!法術が使えなくてもいい!魔術が使えなくてもいい!戦闘がからっきしでもいい!サイヒが何の能力を持たなくても、私はサイヒのモノになりたい……」

「あぁ泣くな…あんまり泣かれると我慢が利かなくなる。何時も言っているだろう?あまり可愛い顔をするなと」

 ポロポロとエメラルドの瞳から零れる水の玉をサイヒは唇で受け止める。

「お前の全てを私にくれるのかルーク?」

「私の全てをサイヒに明け渡すから、サイヒの全てを私に貰い受けたい」

「私は今後カカンに係る気はない。なので貴族でも無ければ聖女でもない。私たちが結ばれるならルークは帝国を相手にしなければならんぞ?皇太子の座も捨てねばならんかもしれん」

「サイヒとなら戦える!それが我が親であっても!それにいざとなったら私はサイヒと一緒に入れるなら皇帝の座などに興味はない」

「ならいざと言う時は駆け落ちをしようかルーク。勿論ルークが私のモノになる時には後宮を廃止して貰うが良いな?正直、そう言う意味で言うなら後宮と言う場所は不満だらけだ。皆がお前の寵愛を受ける事を願っている。ライバルと言うほどではないが集る子虫は鬱陶しい。始末はちゃんとしてくれ」

「私の全てはサイヒのモノだ。後宮などいらぬ」

「ならば、病める時も健やかなる時も…私のモノであり続けるかルーク?」

「どんな時でも、私はサイヒから離れないと誓う!」

 ブワッ!!

 青銀とエメラルドの光が交じり合い、天に光の柱を飛ばした。

「ふむ、どうやら我々は半身であり、伴侶である事も神に認められたらしい」

「サイヒ、幸せにする…」

「ふふ、私は勝手に幸せになるからルークも私の隣で勝手に幸せになれ。2人で幸せになろう」

 サイヒの顔がルークに近づく。

(あぁ、キスだ。治療の為じゃない、ちゃんとしたキスされるのだな)

 サイヒとルークの唇が重なり合う。
 初めての恋のキスにルークは息すら碌に出来ない。
 それでも必死にサイヒの唇を、舌を追いかける。

「可哀想なルーク。私のような執念深い魔女に見初められて。もう逃げる事は叶わぬぞ」

「魔女がいらないと言っても地の果てまで追いかけるよ」

 蕩けた瞳で見つめ合い、2人は何度も口づけを交わした。

 :::

「何故!?何故サイヒの控室からサイヒの色と殿下の色の光の柱が上がっているんだ!?今度は何の誓いが神に認められたんだ!?もういい加減にしてくれ!…グフッ!!!」

 精霊眼を持つためクオンは嫌でも隣の控室の”誓いの光の柱”に気付いてしまった。
 そしてその色もはっきりと認識できる。
 その色から誰と誰が神に認められたかも分かってしまう。
 胃への負担の為軽い吐血をしてしまった。
 ポーションは飲めないと言うのに……。
 クオンは決勝戦を前にしてすでにメンタルはボロボロだった。
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