男として育てられた公爵家の令嬢は聖女の侍女として第2の人生を歩み始めましたー友人経由で何故か帝国の王子にアプローチされておりますー

高井繭来

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 フレイムアーチャには名産物がある。
 それが聖女が住まう神殿で作られている”シスターハナ・クッキー”である。
 素朴ながら美味しい。
 芳醇なバターの香りが口の中に広がって1枚、もう1枚と気付けば1袋食べつくしているなんてザラである。
 そして大陸1の大帝国であるガフティラベル帝国。
 その王位継承権第1位の皇太子様がこのクッキーをお気に入りだったりする。

 その皇太子様が本日は夜ではなく昼にフレイムアーチャを訪問していた。
 国事ではない。
 私情である。
 なので国の外れの草原に居る訳だ。
 そしてお気に入りのクッキーをモキュモキュ咀嚼している。

「主殿、このチョコレートは最高なのじゃ!」

「うん、美味しいねルインさん。ドラゴンでもチョコ美味しいのね?」

「食べれる物なら何でも食べるが妾は甘いものが特に好きなのじゃ!今日のチョコレートはTOP3に入るのじゃ」

「舌肥えてんね。それガフティラベル帝国のナンバー1パティシエが作った数量限定の馬鹿高いチョコなのよ…平民じゃ給料3か月分かかるくらい高級ね?もうソレ、エンゲージリングの値段だよね!?」

「え~エンゲージリングはちゃんともっと高い奴にするよ?」

 ニコーーーーーッ

 物凄い近くで目が眩まんばかりの美形がルーシュを凝視している。
 外見は芸術家が丹精込めて掘った石造の様に美丈夫なのに、喋り方が幼い。
 どこか舌足らずである。
 声は腰にクるテノールボイスであるにかかわらず。
 それが似合うから困るのだ。
 凛々しい大型犬に保護欲が湧く、そんな感じだ。

 お前厳ついけど可愛らしいな、となるアレだ。

 それにしても…。

「アンドュ様ってバレンタインとか意識するんですね…」

 意外である。
 女嫌いだからバレンタインも嫌いだとルーシュは思い込んでいた。

「美味しいの食べるのは嫌いじゃないよ?バレンタインはいっぱいチョコの種類あるから好き♬でも人がくれるのは何が入ってるか分からないからきらーい」

「何か入っていた事あるんですか?」

「えーと、何て言うんだっけ…やく、ヤク、そうビヤクだ~。あれしんどいから嫌い」

 プクッと頬を膨らます。

 何かと発言と行動が真逆でどちらに合わせて対応すればよいのか困る。
 しかし、媚薬…。
 ルーシュはそりゃ入れる奴いるわな、と思った。
 思ったと同時に残念い思った。

「私もチョコレート買っておけば良かったですね…」

「え、バッグに入ってるチョコくれないの?」

 アンドュアイスの犬耳と尻尾が項垂れた。
 ちなみに幻覚である。
 今やアンドュアイスの身近なものは皆この幻覚に慣れてしまって誰も突っ込まない。
 それにしてもそんなに残念そうな声出さなくても、とルーシュは悪いことをした気になる。
 いや、まだしていない。
 する直前だった。

「コレは…手作りなのでアンドュ様は嫌でしょう?」

「何で?」

「手作りですよ?」

「うん、知ってるよ?」

「アンドュ様は手作りのチョコ、嫌いでしょう?」

「嫌いだけどルーシュのチョコは欲しいよ?」

「何、で…ですか?」

「ルーシュのチョコなら何入ってても大丈夫だから。それとも何か入れてるの?」

「イ、入れてな……」

(何かすっごいキラキラした眼で見られてる!!)

 そしてルーシュはアンドュアイスが欲している言葉を知っている。
 孤独だったアンドュアイスが欲しかったのは。

「愛情をたっぷり入れてます………」

「嬉しい!ルーシュ大好き♡」

 幼い頃に歪んだ愛情しか与えられなかったアンドュアイスは綺麗な愛情に貪欲だ。
 だからアンドュアイスに親のように愛情を与えるサイヒに懐いた。
 愛情たっぷりの料理をくれるマロンに懐いた。
 ではルーシュは?

 考えてルーシュは顔面が赤面するのが分かった。

 アンドュアイスがルーシュにも止めているのは恋の愛情。
 ドロドロしたものでなく、一緒に綺麗なものを見続けたい愛情。
 大切に綺麗に汚さずに守っていきたい愛情。
 何て純粋な愛情なのか。

 ルーシュは自分がソレを受け取るのに価するのか、何時も悩んでしまう。
 だってルーシュは皆みたいに何かを持ち合わせている訳じゃないから。
 多少剣と魔術が使える程度。
 そんな者何処にだっている。
 何故アンドュアイスは自分を選んでくれたのだろう?
 サイヒの友人だから?

(あぁ嫌だ、気持ちがドロドロする…アンドュアイス様に1番見せたくない感情なのに……)

「ルーシュは優しいよ。僕の事で本気で怒ってくれり、凄く大事にされてるのがわかるんだ。だから僕にルーシュを好きでいさせて?きっとルーシュにならドロドロの部分も全部ひっくるめて僕は好きになるよ!」

(あぁ眩しい)

 それはきっと稲妻の様に光に輝く金糸だけではない輝き。
 アンドュアイスそのものが輝いて見える。
 アンドュアイスと居るとこうして何もかもが輝いて見える。

「ルーシュと居るとね、色んな物がキラキラして見えるよ。だからね、ずっと隣に居て欲しいんだ!」

 満面の微笑を向けられて、ルーシュは完全に負けた。
 自分の負の感情よりアンドュアイスの無垢さのほうが俄然上である。
 敵う訳がない。

「クッキーより美味しい自信ないですからね!」

「それでも良いの。ボクが食べたいのはルーシュが作ったチョコだもん。愛情たっぷりだから絶対美味しい魔法がかかってるよ」

 ルーシュはバスケットからチョコマフィンを取り出す。
 ソレを見てアンドュアイスは瞳を輝かせた。

「どうぞ…」

「ありがとー、いただきます!」

 パクッ

 1口で思った以上に口の中にマフィンを頬張る。

「美味しいね~ルーシュはお料理の上手いお嫁さんになるよ!来年もその後もずっと僕にチョコレート作ってね」

「善処します」

 パクパクと嬉しそうにマフィンを頬張るアンドュアイスを直視できなくてルーシュは視線を逸らす。
 絶対クッキーの方が美味しかったはずだ。
 自分で味見した時にそう思ったのだから間違いない。
 しかしアンドュアイスはとびっきりのご馳走を出されたように嬉しそうに食べている。

(もしかして本当に愛情の味がするのかな?だったら、絶対今日のマフィンは世界一美味しいはずだから……)

 ルーシュはアンドュアイスを見ないようにしながら、エンゲージリング張りの値段のする高級チョコレートを口に含んだ。
 気のせいだろうが、一瞬自分のマフィンの方が美味しい気がした。
 きっと愛情の魔法がアンドュアイスから伝染したせいに違いない。
 嬉しそうなアンドュアイスを傍目に見て、勇気を出してマフィンを作ってみて良かったとルーシュは胸を撫で下ろした。
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