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もっと。その求めが希望になる
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それから医者は薫に治療の再開をするように言った。以前よりも良くなるかもしれないと希望のある今、苦しんでいる彼の為に治療を進めたいと思ったのだろう。
「電話はしんどいだろうから、メールで連絡させてもらうよ」
少しでも薫にとって負担を減らすことと、良くなる治療を無理ない範囲で試していくと約束した。
「いやー、良かったね。入院にならずに済んで」
「うん。悠生のおかげ。本当にありがとう」
夜も更けて日付は変わろうとしていた。
もう遅いから入院する選択肢を与えられたが、迷わず薫は拒否した。当たり前だ。見知らぬ場で聞き慣れない音に呑まれて一晩を越せるはずがないからだ。
「家、どこらへん?タクシー乗る?」
病院を出て、まず帰る手段を考える。外に出て病院の名前を見て、今いる場所がやっと分かる。
「あー……。でも、歩こうかな」
タクシーに乗る事に恐れていた。
エンジンの音、運転手の声、無駄に流れるラジオやCMの音楽。小さく狭い箱の中で聞こえる余計な音たちに気分が良くなることは無いことを薫は知っていた。
家まで少し距離があることを分かっていながら徒歩を選んだ。それが唯一の帰ることができる方法だった。
「そう?じゃあ、俺も歩くよ。お金も無いからね」
笑ってみせる悠生は大きなギターを背負っているだけで、それ以外に荷物は見当たらない。
薫より少し背丈が低いが、二人の歩く歩幅はそんなに変わらなかった。
「うっ……」
夜といえどすれ違う人が居る。その足音や話し声に耳を塞いだ。悠生と話しているからイヤーマフをつけなくても大丈夫と言う訳では無いらしい。悠生と会話を続けていれば問題はないみたいだ。
「薫くん。ほんとに大変そうだね」
「う、ん……。慣れてるって言ったら嘘になるけど、どうしようもないから仕方ないんだよな」
「治ると良いね。治らなくても良くなって欲しい」
悠生との会話が続く限り、薫は治ったと錯覚してしまう。耳に遮るものをつけず、ダイレクトに感じられる声が新鮮で、それが嬉しくて、心が躍る。
「ありがとう。頑張ってみる」
笑うなんていつぶりだろう。
自身の声を聞くのも久しぶりだったのに、笑うことも最後がいつなのか覚えていなかった。
「俺の声、ほんとに大丈夫なの?」
「大丈夫。むしろ、聞かせてほしい。もっと、悠生の声を聞きたい」
「嬉しいけど、なんか恥ずいわ。俺さ、一応音楽やってるんだけど……って知ってるか」
今日、声を追いかけて辿り着いた先にいたのが悠生だった。
「知ってる。悠生の声が聞きたくて、とにかく聞きたくて走っていった。やっと声の持ち主を見つけたって思った途端にすごい歓声でかき消されて悲しかったんだ……」
「さっきから褒めすぎ。照れるから」
「本当なんだ。悠生の歌声、ずっと聞きたい。耳から歌声が離れないんだ」
「じゃあさ、もっと聞いてくれない?」
それは悠生の自宅へ誘う一言だった。
「聞きたい。……聞かせて」
強い眼差しで悠生を見つめ、強く願いを放った。
「電話はしんどいだろうから、メールで連絡させてもらうよ」
少しでも薫にとって負担を減らすことと、良くなる治療を無理ない範囲で試していくと約束した。
「いやー、良かったね。入院にならずに済んで」
「うん。悠生のおかげ。本当にありがとう」
夜も更けて日付は変わろうとしていた。
もう遅いから入院する選択肢を与えられたが、迷わず薫は拒否した。当たり前だ。見知らぬ場で聞き慣れない音に呑まれて一晩を越せるはずがないからだ。
「家、どこらへん?タクシー乗る?」
病院を出て、まず帰る手段を考える。外に出て病院の名前を見て、今いる場所がやっと分かる。
「あー……。でも、歩こうかな」
タクシーに乗る事に恐れていた。
エンジンの音、運転手の声、無駄に流れるラジオやCMの音楽。小さく狭い箱の中で聞こえる余計な音たちに気分が良くなることは無いことを薫は知っていた。
家まで少し距離があることを分かっていながら徒歩を選んだ。それが唯一の帰ることができる方法だった。
「そう?じゃあ、俺も歩くよ。お金も無いからね」
笑ってみせる悠生は大きなギターを背負っているだけで、それ以外に荷物は見当たらない。
薫より少し背丈が低いが、二人の歩く歩幅はそんなに変わらなかった。
「うっ……」
夜といえどすれ違う人が居る。その足音や話し声に耳を塞いだ。悠生と話しているからイヤーマフをつけなくても大丈夫と言う訳では無いらしい。悠生と会話を続けていれば問題はないみたいだ。
「薫くん。ほんとに大変そうだね」
「う、ん……。慣れてるって言ったら嘘になるけど、どうしようもないから仕方ないんだよな」
「治ると良いね。治らなくても良くなって欲しい」
悠生との会話が続く限り、薫は治ったと錯覚してしまう。耳に遮るものをつけず、ダイレクトに感じられる声が新鮮で、それが嬉しくて、心が躍る。
「ありがとう。頑張ってみる」
笑うなんていつぶりだろう。
自身の声を聞くのも久しぶりだったのに、笑うことも最後がいつなのか覚えていなかった。
「俺の声、ほんとに大丈夫なの?」
「大丈夫。むしろ、聞かせてほしい。もっと、悠生の声を聞きたい」
「嬉しいけど、なんか恥ずいわ。俺さ、一応音楽やってるんだけど……って知ってるか」
今日、声を追いかけて辿り着いた先にいたのが悠生だった。
「知ってる。悠生の声が聞きたくて、とにかく聞きたくて走っていった。やっと声の持ち主を見つけたって思った途端にすごい歓声でかき消されて悲しかったんだ……」
「さっきから褒めすぎ。照れるから」
「本当なんだ。悠生の歌声、ずっと聞きたい。耳から歌声が離れないんだ」
「じゃあさ、もっと聞いてくれない?」
それは悠生の自宅へ誘う一言だった。
「聞きたい。……聞かせて」
強い眼差しで悠生を見つめ、強く願いを放った。
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