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1/残響のプレリュード
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この世界には、男女という性のほかに、三つの「質」が存在する。
人口の大部分を占める、平穏な「β(ベータ)」。
社会の頂点に立ち、人を引きつける絶対的な色気と才能を持つ、選ばれし強者「α(アルファ)」。
そして――、ごく稀に生まれ、αを狂わせる特有の香りと「熱」を持つ、希少な存在「Ω(オメガ)」。
芸能界において、αは「選ばれしスター」として君臨し、Ωは「スキャンダルの象徴」として忌み嫌われ、排除される対象だった。
大型フェスの会場。その最深部にあるVIP専用の廊下で、有栖 類は焦燥感に駆られていた。
自分の分を用意するついでにメンバーに頼まれた飲み物を抱え、迷い込んだのはトップアーティストだけが立ち入りを許される「聖域」だ。
(……戻る道を間違えた……?)
その時、静かだが鼓膜を震わせるような重低音の声が響く。
「――だから、あの演出は甘すぎるって言ったんだ」
現れたのは、TRI-ARCH(トライアーク)の三人。業界の頂点に君臨する最強のαグループだ。類は息を止め、物陰に身を隠した。
彼はβとして活動しているが、その真の姿は「Ω」だ。強力な抑制剤と、肌に密着させた遮断パッチで、その香りを完璧に殺して過ごしている。
もしここで見つかり、正体が露呈すれば、自分だけでなく大切な『lumina(ルミナ)』という場所まで奪われてしまう。
しかし、中心を歩く黒崎怜が類の前を通り過ぎようとした瞬間。
サンダルウッドの、乾いていて甘い香りが津波のように類を飲み込んだ。αの放つ強烈な圧に、類の内側の「熱」がドクンと跳ねた。
怜の足が、ピタリと止まった。
「……怜? どうしたよ」
「……いや。いい匂いがした気がしてね」
怜は視線だけを、類が隠れている暗がりへと向けた。不敵に口角を上げると、怜は再び歩き出した。
「……はぁ、はぁっ……!」
類は心臓を激しく鳴らしながら、地下倉庫の片隅に作られた自分たちの待機場所へ滑り込んだ。そこには、いつもの見慣れた六人の顔があった。
「どこいってたの類! ほら、これ。お前の分のタオルと水」
リーダーの佐倉 誠那(さくら せな)が、親しみを込めてタオルを投げ渡してくれた。
「……あ、ありがとう、誠那」
受け取った水ボトルには、マジックで小さな文字が書き込まれていた。
『SMILE』
それは、luminaが結成された時にみんなで決めた、大切にしている言葉だった。
「類、髪乱れてる。直してあげるからじっとしてて」
鏡の前で自分のセットを終えた如月 海吏(きさらぎ かいり)が、自然な手つきで類の髪に櫛を入れる。
「海吏……自分のことだけでいいのに」
「何言ってんの。luminaは、七人揃って一番綺麗に見えなきゃ意味ないんだから」
海吏の言葉に、隣で衣装のシワを伸ばしていた葉月 千秋(はづき ちあき)が大きく頷いた。
「そうだよ。今日のフェス、遠くから始発で来てくれたファンもいるんだからさ。あの子たちに、やっぱりluminaが一番だって思わせなきゃ」
「……うん。公式のリプ欄にも、ファンからの熱いメッセージいっぱい来てたよ」
最年少の星野 湊(ほしの みなと)が、愛おしそうにスマホの画面を見つめる。
「僕らがまだこんな場所でしかライブできないのに……あの子たちが胸を張って『luminaのファンだ』って言えるように、早く大きいステージに連れてってあげたいよね」
「そのためには、今日のステージだ」
隅で精神統一をしていたメインダンサーの桐生 大和(きりゅう やまと)が、静かに立ち上がった。
「一人でも多くの人を立ち止まらせる。TRI-ARCHを目当てに来た客だって、全員俺たちの虜にするつもりでいくぞ」
「……僕、今日は新曲のフェイク、一番いい声で出すから」
メインボーカルの一ノ瀬 ハル(いちのせ)が、少しはにかみながら喉を鳴らす。
類は、胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。
自分たちがまだ「底辺」だということは、全員が一番よくわかっている。けれど、誰も腐っていない。この七人で、そして今信じてくれているファンの子たちと一緒に、もっと高い景色を見たいと本気で願っている。
(……この場所を守りたい。みんなと一緒に、光の中へ行きたい)
類は、ポケットの中の抑制剤にそっと指先を触れた。
先ほどVIPエリアで感じた黒崎 怜の冷酷なまでに美しい威圧感。その恐怖すら、今は「負けたくない」という静かな闘志に変わっていく。
「よし、lumina。……行こう!」
誠那の声に応え、差し出された手に、一人、また一人と手が重なっていく。最後の一人として手を重ねた類は、自分たちの絆の強さを指先から受け取り、ステージへと続く階段を駆け上がっていった。
人口の大部分を占める、平穏な「β(ベータ)」。
社会の頂点に立ち、人を引きつける絶対的な色気と才能を持つ、選ばれし強者「α(アルファ)」。
そして――、ごく稀に生まれ、αを狂わせる特有の香りと「熱」を持つ、希少な存在「Ω(オメガ)」。
芸能界において、αは「選ばれしスター」として君臨し、Ωは「スキャンダルの象徴」として忌み嫌われ、排除される対象だった。
大型フェスの会場。その最深部にあるVIP専用の廊下で、有栖 類は焦燥感に駆られていた。
自分の分を用意するついでにメンバーに頼まれた飲み物を抱え、迷い込んだのはトップアーティストだけが立ち入りを許される「聖域」だ。
(……戻る道を間違えた……?)
その時、静かだが鼓膜を震わせるような重低音の声が響く。
「――だから、あの演出は甘すぎるって言ったんだ」
現れたのは、TRI-ARCH(トライアーク)の三人。業界の頂点に君臨する最強のαグループだ。類は息を止め、物陰に身を隠した。
彼はβとして活動しているが、その真の姿は「Ω」だ。強力な抑制剤と、肌に密着させた遮断パッチで、その香りを完璧に殺して過ごしている。
もしここで見つかり、正体が露呈すれば、自分だけでなく大切な『lumina(ルミナ)』という場所まで奪われてしまう。
しかし、中心を歩く黒崎怜が類の前を通り過ぎようとした瞬間。
サンダルウッドの、乾いていて甘い香りが津波のように類を飲み込んだ。αの放つ強烈な圧に、類の内側の「熱」がドクンと跳ねた。
怜の足が、ピタリと止まった。
「……怜? どうしたよ」
「……いや。いい匂いがした気がしてね」
怜は視線だけを、類が隠れている暗がりへと向けた。不敵に口角を上げると、怜は再び歩き出した。
「……はぁ、はぁっ……!」
類は心臓を激しく鳴らしながら、地下倉庫の片隅に作られた自分たちの待機場所へ滑り込んだ。そこには、いつもの見慣れた六人の顔があった。
「どこいってたの類! ほら、これ。お前の分のタオルと水」
リーダーの佐倉 誠那(さくら せな)が、親しみを込めてタオルを投げ渡してくれた。
「……あ、ありがとう、誠那」
受け取った水ボトルには、マジックで小さな文字が書き込まれていた。
『SMILE』
それは、luminaが結成された時にみんなで決めた、大切にしている言葉だった。
「類、髪乱れてる。直してあげるからじっとしてて」
鏡の前で自分のセットを終えた如月 海吏(きさらぎ かいり)が、自然な手つきで類の髪に櫛を入れる。
「海吏……自分のことだけでいいのに」
「何言ってんの。luminaは、七人揃って一番綺麗に見えなきゃ意味ないんだから」
海吏の言葉に、隣で衣装のシワを伸ばしていた葉月 千秋(はづき ちあき)が大きく頷いた。
「そうだよ。今日のフェス、遠くから始発で来てくれたファンもいるんだからさ。あの子たちに、やっぱりluminaが一番だって思わせなきゃ」
「……うん。公式のリプ欄にも、ファンからの熱いメッセージいっぱい来てたよ」
最年少の星野 湊(ほしの みなと)が、愛おしそうにスマホの画面を見つめる。
「僕らがまだこんな場所でしかライブできないのに……あの子たちが胸を張って『luminaのファンだ』って言えるように、早く大きいステージに連れてってあげたいよね」
「そのためには、今日のステージだ」
隅で精神統一をしていたメインダンサーの桐生 大和(きりゅう やまと)が、静かに立ち上がった。
「一人でも多くの人を立ち止まらせる。TRI-ARCHを目当てに来た客だって、全員俺たちの虜にするつもりでいくぞ」
「……僕、今日は新曲のフェイク、一番いい声で出すから」
メインボーカルの一ノ瀬 ハル(いちのせ)が、少しはにかみながら喉を鳴らす。
類は、胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。
自分たちがまだ「底辺」だということは、全員が一番よくわかっている。けれど、誰も腐っていない。この七人で、そして今信じてくれているファンの子たちと一緒に、もっと高い景色を見たいと本気で願っている。
(……この場所を守りたい。みんなと一緒に、光の中へ行きたい)
類は、ポケットの中の抑制剤にそっと指先を触れた。
先ほどVIPエリアで感じた黒崎 怜の冷酷なまでに美しい威圧感。その恐怖すら、今は「負けたくない」という静かな闘志に変わっていく。
「よし、lumina。……行こう!」
誠那の声に応え、差し出された手に、一人、また一人と手が重なっていく。最後の一人として手を重ねた類は、自分たちの絆の強さを指先から受け取り、ステージへと続く階段を駆け上がっていった。
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