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1章「今日も今日とて、大好きです」
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しおりを挟む「つまり、あたしがいるから自分はいなくなっても結生は大丈夫だ、とか、そんな傲慢極まりない馬鹿げたことを言いたいんでしょ!?」
いやそれは、と否定しようとして言葉が詰まる。
そう、なのかもしれない。
だって沙那先輩のようにユイ先輩を想ってくれる人がいれば、きっと彼はひとりぼっちになることはないから。私は、なによりあの人を孤独にはしたくない。
「ふざけんじゃないわ」
「さ、沙那先輩?」
「あのね、結生はあなたに出逢うまで本当に人形そのものだったのよ。感情どこに忘れてきたのってくらいなにかが欠落してた。だから、ようやく人間らしくなってきた今……そう、今がいちばん大事だったのに……っ」
沙那先輩は震える手で掴んでいた私の肩を離して、グッと唇をかみ締めた。
「あいつは、心の行き場を見失ってるのよ」
「……沙那先輩?」
「どんな感情も捉えられない生きた人形。それがあたしが出会った結生だったわ。恋愛なんてとんでもない……そんなの、最初からわかってたことだった」
つぶやきを落としながら、沙那先輩は私に背を向ける。
震えた肩。震えた声。泣いているのかと思ったけれど、聞けないのがもどかしい。
「わかってたのに、どうして……?」
「そんなところに惹かれちゃったのよ。危うい、ほっとけない、あたしが守らなきゃって。けど、あたしには無理だった。たったの一ミリも掴めなかった。結生の心を」
沙那先輩の言わんとしていることは、なんとなく理解できる。
けれど、それはほんの少し、私のなかのユイ先輩とズレていた。
たしかにユイ先輩は感情の起伏が少ないし、表情に出ないから思考回路も読み取りづらい。その点では『人形』という喩えは、至極、的を射ているのだろう。
でも、決して心がないわけではないのだ。むしろ人一倍、繊細だと思う。
──だって心がない人に、あんな絵を描けるわけがないから。
「……あなたは違うのよ。小鳥遊さん」
「私、ですか?」
「あなたはもう掴んでる。きっとあたしにはわからない世界を見てるんでしょうね。皮肉なことに、自分が外側にいるとそれが嫌というくらい感じられるわ」
顔を拭うような仕草をしてから、沙那先輩がおずおずと振り返る。
深みのある栗色の瞳は、淡く濡れそぼって頼りなく左右に揺れていた。
「あいつは今、変わろうとしてるの」
いくつもの感情が複雑に入り交じる、名前のない色。これを表現できるのはきっとユイ先輩くらいだろうななんて、頭の隅っこでぼんやりと考える。
「それはきっとあなたのおかげで、あなたの存在ありきのものなのよ。正直、悔しいし羨ましいけど。でも、あいつは放っておいたらいつまでも……それこそ延々と底なし沼にいるから。だから、あなたが必要なの」
「……私、ユイ先輩にとってそんなに重要な存在なんですか」
「そうよ、ちゃんと自覚しなさい。結生を沼から引き上げて陽の光を浴びさせてあげられるのは、きっとあなたしかいないんだから」
これはこうだと言い切る。沙那先輩の強いところだ。
私とは、違う。私はこんなにも強くなれない。……なりきれない。
「あなたが病気だってことはわかった。けど、それとこれとは話がべつ。あなたが結生とどんな展開を望んでいたとしても、他人の気持ちだけは変えられないのよ」
そこまで言うと、沙那先輩は今日初めて、小さな笑みを口許に滲ませた。
「結生はああ見えて頑固だから、きっと苦労するでしょうね。早いところ相応の覚悟を決めておかないと、そのうち痛い目にあって泣く羽目になるかも」
突き放し、切り捨てるような物言いは相変わらず。
けれど、そこにはどうしたって隠しきれない優しさが潜んでいた。
「それから。ちゃんと約束は守るから安心してちょうだい」
「約束……あ、病気のこと」
「誰にも言わないわ。ちなみに、他に知ってる人はいるの?」
「友だちの円香とかえちんは知ってます。隠してたけど、普通にバレました」
沙那先輩は、なぜか可哀想なものを見るような眼差しを向けてきた。
「あなた、隠し事とか向いてなさそうだものね。まぁ、同級生に知ってる人がいるなら安心だけど。……なにかあたしにできることがあれば、頼ってくれてもいいわよ」
「はあ……えっ!?」
「なによ」
「せ、先輩が優しいことに驚いてます」
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