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2章「わからなかったんだ」
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しおりを挟む「それもこれもすべて、暑いのが悪いと思う」
「自然環境に文句つけんなよ。ほら、飯食いに行くぞ。弁当は?」
「ない」
「……だと思ったわ。じゃあ購買だな。今日は食堂やってないらしいし」
まさか金は、と疑わしそうな目を向けてきたので、俺はポケットからICカードを取り出してみせた。現金はないが、こと日常においてはすべてこれで賄える。
「交通機関もコンビニも自販機も、これ一枚。なんて便利な時代なのかな」
「なら買えよ。自販機で」
「売り切れてた」
「だめじゃん」
よろよろと立ち上がり、隼にもたれかかりながらも歩きだす。
「ほんっと……なんでこんな暑いなか運動しなくちゃいけないの……」
「夏場の屋上もたいして変わんなくね?」
「いや、変わるね。むしろ天と地の差。あそこはわりと涼しいんだよ」
それに、部活が始まるのは夕方からだ。
長大な桜の木のおかげで大部分が日陰になっているし、アスファルトにありがちな太陽の照り返しもない。実際、そこまで暑さは感じないのである。
さすがに天気が芳しくない日は屋内のどこかに場所を移すが、人が滅多に来ないあの場所はなにかと快適なのだ。多少の寒暖は妥協するべし。
「ま、でも楽でいいだろ、高校はさ。中学んときみたいなガチっぽさはないし」
「走るじゃん」
「そりゃな。緩いだけマシだって。こういうのは楽しんだもん勝ちだ」
「そんな考えできてたら、そもそもこんなにダメージ食らってないでしょ。運動ってだけで地獄なのに。……はあ、俺も応援団がよかった」
あ? と、隼が奇妙な顔をしながら器用に片眉をつりあげる。
「結生って、ああいう熱血な方が苦手じゃね?」
「腕を振り上げずにテントの下でただ応援するだけの応援団ならマシ」
「なんだそれ。んなの外野だろ、ただの」
「……小鳥遊さんはそれが競技って言ってた」
わけわからんと隼が肩をすくめる。
「ほんとおまえ、小鳥遊さん好きな」
「本部の横のテントにいるって」
「じゃあ委員かなんかじゃねえの。救護係とか」
ああなるほど。それは盲点だった。言われてみればそうかもしれない。
「隼って、たまに頭いいよね」
「たまにって言うなよ。いちいち失礼なやつだな」
はあ、と大仰にため息を吐きながら、隼は俺を振り払う。
「俺は頭がいいんじゃなくて、たんに視野が広いんだ。おまえと違ってな」
「ふうん。どうでもいいけど」
ようやく校舎に辿り着き、強烈な日差しから逃れた俺と隼。
そのまま購買部へ向かうけれど、さすがに昼時なだけあって、入り口からすでに人でごった返していた。もうそれだけで憂鬱さが倍増しする。
「うっわ……これ入るの無理」
「ササッと行くんだよ、ササッと。素早くな。まあおまえには無理だろうけど」
「馬鹿にしてる」
「おう、してる。しゃーねえから買ってきてやるよ。おにぎりでいいか」
「うん」
「具はなんでもいいよな」
やはり究極の世話焼きだ、と俺はぼんやり思う。
バスケ部のエースらしく筋肉質でなかなかガタイのいい体型をしているのに、スルスルと人混みを掻き分けてなんなくおにぎりを強奪していく。
その様子を遠くから眺めながら、俺は素直に感心する。
俺には絶対にできない。
この人混みに飛び込んだが最後、四方八方から押し潰されて終わる。
出てきた頃にはすりおろし大根か薄切り大根になっているだろう。間違いなく。
「体育祭んときくらい、みんな弁当持ってくりゃいいのにな」
「隼みたいに自分で作れる人は早々いないから」
やがて戻ってきた隼がぶらさげる買い物袋のなかには、おにぎりの他にもいろいろと余分なものが入っていた。緑茶に煎餅にチョコレート。そしてアイス棒ふたつ。
「これ、おまえの奢りな。煎餅とアイス。パシリ代ってことで」
「……べつにいいけどさ」
昆布とおかかのおにぎり。麦茶ではなく緑茶。パフ入りの一口チョコレート。
なんでもいいとか言っておいて、俺の好みを完全に把握したチョイスだった。
さすが無駄に付き合いが長いだけある。
「どこで食うよ? 教室? 中庭?」
「混んでないとこ」
「んなとこあるかぁ?」
「こういうときこそ屋上庭園でしょ」
はあ、と隼が曖昧に相槌を打つ。しかしすぐに「いや待て」と鷹揚に腕を組んだ。
「閉まってんだろ、今日。わりとあちこち閉鎖されてるし」
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