モノクロに君が咲く

琴織ゆき

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2章「わからなかったんだ」

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「俺を誰だと思ってんの」

 制服のポケットからそれを出して見せると、隼は瞠目した。

「屋上庭園の鍵くらい持ってるに決まってんじゃん。あそこ管理してるの俺だし」

「うっわ。おまえマジかよ」

「うちの顧問、放任主義だから。部長権限ってやつだね」

 閉められているのなら開ければいい。
 俺は正式な許可を得て、鍵を所有する者なので。
 なぜか引き気味の隼を連れ立って、通い慣れた屋上へと向かう。
 もう二年以上も入り浸っていることを思えば、やはりあの場所は相当に居心地がいいのだろう。家のアトリエよりもよほど落ち着くし、今年で卒業してしまうのがもったいないくらいだ。
 屋上へ繋がる階段をあがっていくと、ふと上から声が聞こえてくる。扉の前で女子数名が屯っているのが見えて、一瞬、足が止まりそうになった。

「ん? 先約か?」

「……いや」

 しかしながら、なんとなく予感を覚えた俺は、構わず階段をあがる。
 そこにいた三人の女子がこちらに気づいて振り返り──そのうちのひとり、小鳥遊さんが「先輩!」と目を丸くしながら驚いたように声をあげた。
 やっぱり、というか……案の定、小鳥遊さんだった。なんとなく聞こえてきた声のトーンで気づいてはいたが、まさかこんなところで会えるなんて。
 自然と心が浮き上がるのを感じながら、俺はちらりとうしろのふたりを見る。

「……友だち?」

「あっ、はい! 円香とかえちんです!」

 なんとなく聞き覚えのある名前に「ああ」と首肯する。
 よく小鳥遊さんの話に出てくる人たちだ。
 ひとりは、いかにも大人しそうな丸縁眼鏡の女の子。もうひとりは、日に焼けた肌とボブヘアがなんともボーイッシュな雰囲気を醸し出す女の子。
 俯瞰してみると、三人の印象はまったく異なる。
 中心に挟まれている小鳥遊さんと並ぶと、だいぶちぐはぐな組み合わせだった。

「は、初めまして、春永先輩。鈴ちゃんからかねがねお話は聞いてます」

「そりゃもう耳にタコができるくらいにねぇ。初対面なのにまったく初めてな感じがしないし。……あ、うちの鈴がいつもお世話になってます、春永先輩」

 おそらく前者が『円香』さんで、後者が『かえちん』さんだろう。
 そう見当づけながら、俺はひとこと「よろしく」と平坦に返した。

「あの春永先輩、そちらは……?」

「そちら?」

「俺だろ。忘れんなよ、バカ」 

 背後からバシッと頭をはたかれて、俺はようやっと隼の存在を思い出す。
 珍しく静かにしていたから、真面目に忘れかけていた。

「あー……えっと、隼。俺の幼なじみ」

「おう、よろしくな。小鳥遊さんは久しぶり」

「はい、ほんとお久しぶりですね。相良先輩」

 部活中、たまに気を利かせた隼が差し入れを持ってくるから、いつの間にやら顔見知りになってしまったふたり。
 否、気を利かせたとは建前だ。以前『おまえの初恋相手に興味がある』とサラッと暴露してきたこともあり、俺はいまだにこのふたりを会わせたくない。

「……で、なにしてるのこんなところで」

「あっ私たち、屋上でご飯食べよっかなぁって……まあ、思ってたんですけど。御覧のとおり閉まってて。どこで食べようかって話してたところです」

 なるほど、俺たちと同じ口か。
 さすがに毎日同じ場所で活動しているだけあって、思考回路が被ったらしい。
 体育祭の相乗効果でやたらと騒がしい校内。そんななか、落ち着いて食べることができる場所と言ったら、やはりここに限る。ただし、美術部員限定だけれど。
 たったそれだけのことに心が浮き立つのだから、俺もたいがい単純だ。
 そう思いながらも、ふふんと得意げに鍵を見せてみる。
 あっ、と小鳥遊さんがわかりやすく大きな目を輝かせた。

「せっかくだから、一緒に食べる?」

「いいんですか!?」

「そっちがよければね」

 バッと勢いよく友だちの方を振り返る小鳥遊さん。彼女たちはもうすでにわかっていたようで、そろって苦笑しながら了承の意を示した。

「せっかくだから、お言葉に甘えさせてもらおっか」

「ま、鈴が先輩を前に釣られないわけがないしね」

「やった、ふたりとも大好き!」

 いい友だちなんだな、と思う。見ているこちらも微笑ましい光景だ。
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