モノクロに君が咲く

琴織ゆき

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2章「わからなかったんだ」

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 ただ、小鳥遊さんが同性の友だちと仲良くしているところを見慣れないせいだろうか。少し背中がむずむずして、もどかしいような心地もする。
 俺に向けられる笑顔とは、また違った素の一面に触れたからかもしれない。

「隼もいいよね」

「聞く気ないだろ。べつにいいけどさ」

 隼はジトッと俺を見て、口をへの字にした。
 なんだかんだ俺に甘い隼が断るはずもない、という勝手な算段だが、実際男ふたりで食べるよりは女子も一緒の方が華やかになるだろう。
 まあ、これが小鳥遊さんじゃなければ、誘っていなかったけど。
 さっさと屋上へと繋がる扉を開けて、五人そろって庭園へと降り立つ。
 中心にそびえる桜の大木の麓は、やはり木陰になっていた。
 全員もれなくジャージ姿だし、多少は汚れても構わないからと、アスファルトの地面に直接座ることにする。ベンチもあることにはあるが、あちらは日光に近くて暑い。

「思ってたより涼しいね。影なだけでこんなに体感温度違うんだ」

「そうそう、根元はまったくお日様当たらないから。夕方はもっと涼しくなるよ」

「というか屋上庭園ってこんな感じだったんだね。あたし何気に初めて来たわ」

 きゃいきゃいと楽しそうに話す女子たち。なんとも無邪気に相好を崩している小鳥遊さんを眺めていると、つい俺まで笑みを誘われそうになる。
 実際少し笑っていたのか、隣に座る隼が実にげんなりとした顔で俺を見てきた。

「視線がクッソ甘え。なんかおまえが笑ってると鳥肌が立つんだけど」

「ひどい言い草。俺だってたまには笑うよ」

 隼いわく、俺は元来『表情筋が死んだ男』らしい。
 そんな俺がこんなふうに他人の会話に和んでいる時点で、幼なじみとしては気味が悪いんだろう。心底、余計なお世話だが。
 でもたしかに、以前は有り得なかったことだなとも思う。
 人は不思議だ。胸に抱く気持ちひとつで、こんなにも変わってしまうのだから。 

「あれ、小鳥遊さん昼飯それだけなの?」

 不意に、隼が尋ねた。
 その視線を追うように小鳥遊さんを見る。彼女の手に握られていたのは、飲むタイプの簡易ゼリー食。栄養補助食品、という言葉が脳裏をよぎる。

「私のお昼はいつもこれですよ。今日はね、りんご味なんです。お気に入りで」

 むふふ、と満足気に見せびらかす小鳥遊さん。
 隼は「こらこら」と苦笑いを零す。

「育ち盛りなんだから、ちゃんと食わねえとだめだろ。とくに体育祭なんてエネルギー必要とする日にそんなんだけじゃ、フツーに倒れるぞ?」

「大丈夫ですよ~。私、あまり体を動かさないですし」

「んなこと言ってもなあ。ただでさえ小鳥遊さん細いのにさ」

「あっ、ピピーッ! 相良先輩アウトー今のセクハラ発言でーす」

 ビシ、と警官の真似事をしながら指を突きつけたのは、かえちんと呼ばれた彼女だ。
 レッドカードを出された隼は、やや強張った顔で眉尻を下げる。

「セクハラ……て、そういやふたりの名前知らねえな。円香さんとかえちんさん?」

「あっ、わたしは綾野です。綾野円香」

「あたしは岩倉楓。かえちん呼びは鈴の専売特許なのでやめてくださーい」

「綾野さんに岩倉さんね。つか岩倉さんキャラ濃いな。大変だろ、綾野さん」

 大人しそうな綾野さんへ、あからさまな同情を向ける隼。天真爛漫な小鳥遊さんと自由気ままな岩倉さんに挟まれれば、たしかに落ち着く暇はなさそうだ。
 けれど、彼女は「いえいえ」と朗らかに顔の前で軽く手を振った。

「鈴ちゃんも楓ちゃんも、すごくいい子ですから。毎日楽しいですよ」

「ふぅん? そんなもんか。いいねえ、JKは」

「……さっきから、なんか発言がおっさんくさいよ。隼」

「はあ? 先輩らしいの間違いだろ」

 若干的はずれな先輩像をため息で流して、俺はおかかのおにぎりに喰いついた。

「あ、ユイ先輩いいですねえ。おにぎりですか」

「……食べる?」

「ふふ、いえいえ。先輩こそちゃんと食べなきゃだめです。もっと体力つけなきゃ!」

 それを指摘されるとつらい。わりと、結構深く、胸がえぐられる。
 しかしすぐに、小鳥遊さんが笑ってくれるならなんでもいいか、と思い直した。
 こうして他でもない自分へ向けられるささやかな笑顔に、逐一、明確な理由を求めたくはない。

 ──けれどいつか、俺がその笑顔を引き出してみたい、なんて。

 そんなことを真面目に考えてしまうくらいには、俺は小鳥遊さんに溺れているのだ。
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