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2章「わからなかったんだ」
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午後三番目の競技で行われた、地獄の徒競走。
直前まで死んだ魚の目をしていた俺は、隼に臀を叩かれて嫌々ながら出場した。
無論、大敗。
カッコいいところを見せたいなんて、しょせんは願望だ。現実はそう甘くない。しかも最後の最後で思いきりずっこけて、小学生男子さながら典型的な膝怪我を拵えた。
ここまでくると、もう羞恥どころの話ではない。他の誰に目撃されたところで気にやしないが、ただひとり、小鳥遊さんだけは見られたくなかった。
さっきは理由なんて求めないと思っていたが、前言撤回しよう。こんなどうしようもないことで笑われるのは、さすがに堪える。
「……あの」
「は、はい? えっあっ、春永先輩……」
ショックに打ちひしがれながらとぼとぼと救護室までやってきた俺は、そこにいた体育祭の運営スタッフらしき女子生徒に声をかけた。
彼女は俺を見るなり、あからさまにぎょっとして後ずさる。
「あー、えっと」
なぜか俺は、校内でも怖がられている節があった。無駄に名前を知られていることが追い打ちになっているのか、根も葉もない噂が常に飛び交っている。
銀髪だからか。恐喝されるとでも思うのか。
まあ小鳥遊さんは気にもしていないようだし、べつに、どうでもいいのだけど。
ちらりと周囲を見回してみるが、近くに小鳥遊さんの姿は見当たらない。
「あ、け、怪我されたんですね!」
ようやく俺の足の怪我に気がついたらしい彼女が、慌てたように立ち上がる。
「いや、それよりさ。小鳥遊さん、知らない?」
「へ? た、小鳥遊さん……?」
「背が小さくて、髪が長くて、色白な子。あと……明るくて、元気」
「ああ!」
それで伝わってしまうのだから驚きだ。外見的特徴がありすぎるのか、はたまた小鳥遊さんの存在感が強いのか。少し考えて、どちらもだなと結論付ける。
「鈴先輩なら、さきほど保健室に……」
「保健室?」
「は、はい。なんだか具合が悪そうで、途中でお友だちの方が連れていかれました」
それより足の怪我を、とおそるおそる手当てを施そうとする女子を制する。
小鳥遊さんを先輩と呼んだからには、この子はきっと一年生だろう。
なるべく怖がらせないように気をつけながら、穏やかな声音で「大丈夫」と諭した。
「保健室、行くから」
「え? で、でも、先生いませんよ?」
「平気。ありがとう。暑いけど、仕事頑張って」
それ以上引き止められないように、俺はサッと踵を返した。
……具合が悪い、と彼女は言った。
昼間は元気そうだったのに、午後をまわって熱中症にでもなったのだろうか。
いつも明るく元気なイメージはあるが、小鳥遊さんはああ見えて、あまり体が強くないのだろう──と思う。憶測に過ぎないが、ときおり俺でも心配になるくらい顔色が悪いことがあるし、定期的に早退していたりもする。
つねに笑顔を絶やさないから、なんとなく誤魔化されてしまいそうだけれど。
保健室へ向かう足が、自然と早くなる。
校舎を突っ切り、最短距離で保健室前まで辿り着く。
気が急いてノックもなしに扉を開けようとした瞬間、俺の目の前で扉がガラッと勢いよく開いた。さすがに驚いて、俺は伸ばした手をそのままに硬直する。
そこに立っていたのは小鳥遊さん、ではなく。
「……榊原さん?」
「結生……なんでここに」
「なんでって、小鳥遊さんが保健室にいるって聞いて。そっちこそなんで」
あまりに予想外の人物だった。
やや遅れながらも状況を?み込んで、俺は訝しく眉を顰める。
すると、榊原さんはハッとしたように背後を気にした。その視線を追いかけようとした矢先、唐突に胸部に衝撃が走る。榊原さんにドンッと強く押されたのだ。
数歩よろけながらも、なんとか転ばないように耐える。
ほぼ同時に保健室から出てきた榊原さんが、俺を睨みつけながらうしろ手にピシャリと保健室の扉を閉めた。シン、と一瞬にして場の空気が凍りつく。
「……なんのつもり」
自分でも驚くほど低い声が落ちる。
「っ……あなたをここに入れることはできないわ」
「なんで」
「なんでも。あの子のことを想うなら諦めて」
あの子、とは小鳥遊さんのことか。
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