《蒼眼のトライブ Last Testament(ラスト・テスタメント)》

ケリーエヴァンス

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第25話 新たな風 戸惑いと共に

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王はざわめきを静かに受け止め、視線を前に戻す。

そして、次の一言が――その波をさらに揺らがせた。

「……その団の団長には、汝、エヴァ・ムーンカルザを任命する」

世界が一瞬、止まったかのようだった。

(……え? 今、なんて……?)

自分の耳を疑った。理解が追いつかない。

「……っ、わた、しが……団長……?」

口からこぼれたのは、かすれた声。
十二団のただの一騎士――それも若く、特別な家柄でもない。
そんな自分が、“十三番目の団”の長……?

周囲の空気が、わずかに熱を帯び始める。

(見られてる……)

視界の隅で、他の団長たちの反応が波のように揺れていた。

──第一団・ライアスは、軽く口元を緩め、唇の端を上げた。

「へぇ……やっぱり、面白いなあ、あの子は」

目の奥に光るのは、まぎれもない興味。好奇でも侮蔑でもなく、“期待”に近いものだった。

──第三団・クレアは無言で頷いた。
ほんのわずかに瞳を細め、淡く微笑むような表情。無言の承認とも取れる眼差し。

──第五団・ミレイユは柔らかく微笑み、軽く尻尾を揺らした。
まるで我が子の成長を誇るかのように、静かな祝福を送っている。

──第十団・ユルゲンは……変わらず。無表情のまま、正面を向いたまま。
彼の感情は、その砂漠のような沈黙の中に、何一つ見えなかった。

一部の団長たちは視線を交わし、数名の副団長たちは眉をひそめる。

「ムーンカルザ……あの、十二団の?」

「若すぎるだろ……いや、実力か……?」

「剣の腕はあるって聞いたが、まさか団長とは……」

エヴァはその声の波の中で、ただ呆然と立ち尽くす。
その視線は、思わず横にいたフェイへと向いた。

(フェイ……あんた、何か知ってたでしょ……?)

だが当のフェイは、まるでお茶でも飲んでいるかのような緩さで――口元に笑みを浮かべていた。

──そして、次の一言がその場を爆発させた。

「また、副団長には――フェイ・オーディンを任ずる」

沈黙。

そして、騎士団たちの空気が一変した。

「……え?」「副団長?」「まさか、あの……?」

誰かがざわめいた。まるで信じられないものを見たかのように。

「……はあっ!? あの案内人が副団長!? それはさすがに……!」

低く唸るような声が響いたのは、第二団《焔牙騎士団》のジュダだった。
鋭い犬歯が覗く獣人の口が、あからさまに歪んでいる。

「本気かよ、陛下……!」

怒気と困惑を抑えきれないその声音に、隣の副団長ミナが小さく咳払いする。

「……ジュダ、場を弁えて」

彼女の冷静な視線に、ジュダは舌打ちしながらも口を噤んだ。

──第九団のテオは「案内人って……あの時の!」と身を乗り出しかけたが、
団長のロウェルが片手で制し、落ち着いた声で「見届けよう」とだけ言う。

──一方で、ユルゲンはやはり微動だにせず、風のように静かだった。

その中、第一団・ライアスは頬に手を当てながら、にやりと笑う。

「ああ……いいね、これはいい。もっと面白くなってきた」

その声には、一分の皮肉もなかった。

そして、王が全体を見渡し、低く締めくくる。

「……彼の実力については、我が保証する。これ以上の説明は、今は控えよう」

沈黙。
誰もが、それ以上の言葉を出せなかった。

謁見の間に漂うのは――
混乱、興奮、不安、そして微かな期待。

王の言葉が静かに落ち着いたその瞬間も、
エヴァ・ムーンカルザは――まだ“現実”を受け止めきれていなかった。

“十三番目の騎士団 創設”
“自分が団長に任命された”
“副団長はフェイ・オーディン”

理解はしている。だが、納得はしていない。
心は追いつかず、思考は堂々巡りを続ける。

(なんで……? どうして私……?)

一歩踏み出せば迷いが音を立てて崩れそうで、
無理に平静を装う足が、床の赤絨毯をまるで異物のように感じさせる。

そして隣に立つのは、例の“案内人”――フェイ。

帝都でさえその正体を掴みきれない、謎多き男。
自分とともに新たな騎士団を担うと言われても、理解など追いつかない。

思わずエヴァは、横目で彼を睨む。

「……どう、なってるのよ……」

口には出さない。出せない。
だがその視線には、明確な“詰問”の色が滲んでいた。

フェイは――それを当然、感じ取っていた。
それでも彼はおどけたように口元だけで笑い、肩を軽くすくめてみせる。

「ま、よろしくね。団長殿」

その声音は軽やかで、緊張も重圧もすり抜けたような飄々とした響き。
この場に流れる空気との“温度差”があまりに大きくて、エヴァは小さく震えた。

(ああもう、こいつ……!)

心の中で強く叫びながら、エヴァは一度だけ深く息を吸った。

その呼吸が肺の奥まで届くまでに、思った以上の時間がかかった。

(副団長……? 本当に……?)
(私が……この、帝都の“核”の一角を……?)

否定したい気持ちと、誇りが押し寄せてせめぎ合う。

だが――今、この場の空気が教えていた。
これはもう“冗談”では済まない。
すでに歴史は、ここでひとつ動いてしまったのだと。





玉座に座る王が、静かに姿勢を正す。

「……以上をもって、本日の謁見を終える」

その声に応じて、扉の外より控えていた奏者が、退出の合図となる低く重厚なファンファーレを吹き鳴らす。

広間を満たしていた緊張の糸が、ほんのわずかに緩んだ。

十二騎士団の面々が、それぞれの形式で静かに礼を取り、立ち上がる。

──第一団・ライアスは、スッと立ち上がると伸びをするように両腕を広げ、
副団長のシグが無言でその動きに目を細めた。

──第二団・ジュダはなおも苛立ちを滲ませながら、ミナに引かれるようにして退室の列へと移動する。

──第三団・クレアは、整った動作で立ち上がり、隣のレーナがエヴァに微笑みかけてから一礼する。

──第五団・ミレイユは、ふわりと尻尾を揺らしながら、目で「期待している」と伝えるように優雅に退出。
ノアがその後ろから歩き出す際、ほんの一瞬、エヴァとフェイに視線を向ける。

──第六団・ガラルは巨体を起こすと、堂々たる足取りで進む。
その背には、戦場の剛槌とは異なる“静かな覚悟”の気配が宿っていた。
副団長バルドもそれにぴたりと続くように、無音で歩く。

──他の団もまた、騒がず、怯まず、整然と退室していく。

 

騎士団たちの退場の列が続く中、エヴァとフェイは最後尾に立たされる形となった。

歩き出す直前、エヴァはほんのわずかに振り返った。

――王の視線が、まだこちらに注がれていた。

蒼の瞳。その奥に揺れるのは、静かな“確信”だった。

あの日、村での任務が終わったと思ったその日から。
この“謁見”はすでに、決まっていたのかもしれない。

そして、ここから始まる物語の“最初の一頁”として――
エヴァとフェイは、深紅の絨毯を歩き出した。

 

“十三番目の騎士団”
――名も、旗も、まだ何ひとつない、空白の団。

だが、それが今、静かに誕生した。

この国の未来に、確かに刻まれる何かとして。

 

(……やるしか、ないのよね)

ようやくそう思えたエヴァの背には、
かすかな決意の火が灯っていた。
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