《蒼眼のトライブ Last Testament(ラスト・テスタメント)》

ケリーエヴァンス

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第45話 交わる縁 微笑む月影

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帝都・騎士団本部、東棟執務局。

堅牢な石造りの一室は、静寂と規律に支配されていた。
棚に並ぶ分厚い書簡、整然と配置された文机。
報告官たちが黙々と羽ペンを走らせる。
壁一面に書類棚が並ぶ、騎士団関係者専用の手続き窓口。昼下がりの静けさのなか、エヴァは丁寧に書き上げた報告書の束を携え、受付台へ向かっていた。

(提出期限にはまだ余裕があるけど……先に出しておいた方がいい)

背筋を正し、整った動作で報告書を提出しようとしたその時だった。

「おやおや、真面目な団長さん。ちゃんと期限前に出すとは、えらいえらい」

聞き覚えのある、気の抜けたような――けれど芯のある声。

「マニさん……!」

エヴァが振り返ると、そこにはゆるやかな笑みを浮かべたひとりの女性が立っていた。

マニ・クレイド。第十二騎士団副団長。通称“雑務の女王”。

一見して、騎士らしからぬ緩やかな雰囲気の持ち主だった。肩まで伸びた栗色の髪は無造作に結ばれ、制服の襟元も少しばかり崩れている。だが、その目は涼やかで、全てを見透かしているような鋭さを秘めていた。

「いやぁ、それにしても久しぶり。うちの可愛い団員が、えらい立派になっちゃって」

「そ、そんな……私はまだまだ未熟で……」

エヴァが慌てて頭を下げる。かつて十二騎士団に所属していた頃、マニは上司というより、時に姉のように、母のように――そして時に怖い裏方として、団を裏から支えていた。

「まあまあ、堅くなんないで。エヴァちゃんが頑張ってるって噂、もうあちこちから耳にしてるわよ? ……フェイっていう、すごいのが入ったとか、新入りがまた一騒動起こしてるとか」

「うっ……」

図星を突かれたようにエヴァが視線を逸らすと、マニはくすりと笑った。

「ほらほら、その顔。何かあるでしょ? 言わなくてもいいけど、私のところには“書類じゃない報告”も結構届くのよ」

それは冗談めかしていたが、冗談ではないのがマニだった。

「……本当に、相変わらずですね、マニさん」

「ふふ。相変わらずって言われるの、実は褒め言葉だと思ってるの。変に出世とか野心とか抱え込まないで、“いるべき場所”にい続けるって、案外難しいのよ?」

エヴァはふと、自分が十三騎士団を任されたとき、誰よりも先に背中を押してくれた人物の顔を思い出す。

「……あの時、マニさんが“向いてるかもね”って言ってくれなかったら、私は今、ここにいなかったと思います」

「……えらいねぇ、ちゃんと覚えてて」

マニの声音がわずかに柔らかくなった。

「ところで、前にレーナ副団長からオススメされた、お菓子があるので……」

そう言ってエヴァが懐から包みを取り出すと、マニの目がさりげなく光った。

「あら、それってあの“黒の月”っていう新作じゃない?」

「……知ってたんですか?」

「当然でしょ。あそこの菓子屋、月曜と木曜に限定入荷って話よ。……ふふふ、ちょっと女子会でも開く?」

エヴァがわずかに目を見開く。

「え……」

「だって、気になるじゃない、新作のお菓子なんて」

「え、えっと……」

「ま、無理にとは言わないけど……あんまり突っ走りすぎると、足元見えなくなるからね。たまには、気を抜ける“他人”の存在って、大事よ」

その言葉には、誰よりも戦場の後方から人を支えてきたマニの実感がにじんでいた。

「……ありがとうございます、マニさん」

「ん。じゃ、報告書、ちゃんと目通しておくから。気になる点があれば、こっそり教えてあげる。……内緒でね」

軽やかな足取りで去っていくマニの背を、エヴァは少しだけ微笑んで見送った。

***

-第七騎士団本部・夕刻-

 帝都中心区の一角、月影騎士団の本拠地は、他の騎士団施設とは一線を画す静謐さを湛えていた。
 白銀の石造りで統一された外壁に、細工の施された大窓。
 柔らかな光を反射する半月形の紋章が、門上に静かに浮かぶ。

 門を抜けた一行の足元には、鏡のように磨かれた白石の回廊が続いていた。
 外界の喧噪は一切届かず、風すらも凪いでいるかのように錯覚する。
 それはまるで、音までも美しく整えられた“舞台”だった。

「……変わらないわね、この空気」

 エヴァが、わずかに懐かしげな口調で呟く。
 かつてほんの短い期間、この団の一角で剣を学んだ日々がある。
 その名残が、靴の裏からしんと伝わってくるようだった。

 やがて、静寂を割ることなく、出迎えの足音が現れた。
 回廊の奥から現れたのは、一人の女性――

 銀白の長髪が、ゆるく結わえられ、背中に流れている。
 淡く光を透かす青い外套をまとい、腰には細身の銀刀。
 肌は雪のように白く、瞳はどこか、月を映したような静かな水面のようだった。

 セリス・アルミナ――「朧月の舞」の異名を持つ、第七騎士団の団長である。

 彼女は足を止めると、少しだけ顎を引き、簡潔に言った。

「よく来た。……こっち」

 その声音は、冷たくもなければ、あたたかくもない。
 けれど、不思議なことに“拒絶”の気配は微塵もなかった。
 エヴァが一歩前に出て、丁寧に一礼する。

「このような機会を設けてくださって、光栄です、セリス団長」

「いい。……あなたたちのこと、気になってた」

 セリスの言葉に、エヴァの眉がわずかに動く。
 そこへ、もう一人、軽やかな足取りで現れた者がいた。

「ご挨拶が遅れました。副団長のエリオット・ミレアです」

 名乗りと共に、柔らかくも不思議な身のこなしで一礼する。
 彼の動きは、まるで舞台の役者のようだった。
 背は高く、明るい銀茶の髪がやや乱れている。
 その下の瞳は淡い紫――人とも魔ともつかぬ、不思議な色を宿していた。

(へぇ……半魔なんだ)

 フェイは一歩後ろに立ちながら、目を細める。その目は、気づかれないぐらいに青みが深まっている。
 ただ、言葉には出さない。ただ一言、心の中で呟くのみ。

(けれど、隠している理由も、信じている相手も……いるんだな)

 その視線の先では、エリオットがグライヴと視線を交わしていた。
 にこやかな笑みを浮かべているが、どこか奥底で火花が散っているようにも見える。

「訓練場も整ってますよ? ご希望があれば、お手合わせなど」

 「お、言ったな? 期待してるぜ」

 グライヴがにやりと笑う。その背で、リィは無言のまま、ただ柱の陰に立っている。
 相変わらず大きな体に似合わず、存在感を薄めて、みんなを傍観している。

 その中で、セリスの視線が再びエヴァに向けられた。

「……あなたとは、もっと、話してみたかった」

「え?」

「同じ……かなって」

 静かな言葉に、エヴァは目を瞬かせた。
 どこかぎこちないが、確かな好意がそこにはあった。
 予想外の波長に、エヴァは思わず微笑む。

「……でしたら、訓練のあとに、お茶でもご一緒にいかがですか?」

「……いい提案」

 セリスはわずかに口元を緩めた――それは、初めて見せる“笑み”だった。

「……早速、始める」

 そう言うと、各々、移動を開始した。
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