《蒼眼のトライブ Last Testament(ラスト・テスタメント)》

ケリーエヴァンス

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第53話 封印を見守る少女と“青い目”の伝承

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 栗色の髪を揺らす少女――リセルは、宙に浮かぶ短剣群を光の粉のように散らしながら、眩しいほどの笑みを見せた。

「わたしの役目はね、この地の封印を見守ること。……ずっと、言い伝えでそう教えられてきたの」

 その声音に敵意はなかった。
 むしろ透き通るように澄んでいて、彼女の存在そのものが場の重さを和らげるかのようだった。

 だが――「封印」という言葉は、あまりにも重い。
 その一語だけで、騎士たちの神経は一斉に研ぎ澄まされる。



「封印だと……?」

 グライヴの目が細まり、槍先にかすかな光が走る。
 戦場で何度も命を奪ってきた男の、自然とにじみ出る殺気。

「子どもが口にしていい言葉じゃねぇな」

 荒く低い声に、周囲の空気がぴりつく。

 だがリセルは小さく首を傾げただけだった。

「どうして? 本当のことだよ。七星の末裔には、代々受け継がれてきた使命なの」

 悪びれる様子もなく、真実をそのまま告げる。

 あまりに無垢で、あまりに正直すぎて、グライヴの怒気すら一瞬だけ空振りする。

 リィは言葉を発さず、ただ鋭い眼差しで少女の気配を探っていた。
 揺らぎはない。だが、底知れないものを隠している気配。



 フェイだけが、静かにその言葉を受け止めていた。

「……見守る役目、か」

 低い呟きが、風の音に混じって消える。

 リセルはぱっと表情を明るくし、勢いよく彼へ一歩踏み込む。

「そう! だから、あなたに会えて本当にうれしいの」

 瞳がきらきらと輝き、頬は紅潮している。

「やっぱり言い伝えの通り……“青い目の人”なんだね!」



「青い目……?」

 エヴァが思わず声を漏らす。
 横目でフェイの横顔を見て、胸の奥がざわついた。

 グライヴも眉をひそめ、怪訝そうにフェイを振り返る。

「おい、それはどういう意味だ」

 リセルは胸を張って答えた。

「七星の末裔には伝わってるの。“封印の前に現れる青い目の人は、影にも光にも呑まれず、必ず道を示す”って」

 真っ直ぐな眼差しが、迷いなくフェイに注がれる。

 エヴァの胸が大きく揺れた。

(……青い目の人。そんな言い伝え、本当に……?
 それに、どうして疑いもなく、あの人を……)

 彼女の視線は無意識にフェイの瞳へと引き寄せられ、心臓が妙な早鐘を打つ。

 フェイは沈黙を守り、ただ前を見据えていた。



 ユルゲンが低く声を響かせた。

「小娘。この地で何を企んでいる」

 重い鎧がきしみ、手が剣の柄にかかる。
 彼の威圧は、普通の少女なら震え上がるはずのものだった。

 しかしリセルは、まるで怯えることなく言い返す。

「企みなんてないわ。ただ、封印を見守るために来ただけ」

 その素直すぎる答えが、逆に空気を張り詰めさせる。
 ユルゲンの剣が半ば抜かれかけ――



「おやめください、団長」

 涼やかな声が割って入った。

 ファラ・ミスト。
 副団長の一言に、場の緊張は一変する。

「彼女には敵意はありません。それどころか……役立てるかもしれない」

 抑揚の薄い、淡々とした声音。
 だが有無を言わせぬ力を帯びていた。

 その一言で、ユルゲンは口を閉ざす。
 背中には従うしかない硬直が走っていた。



 フェイは一部始終を黙って見ていた。

 だが、胸の奥にかすかな違和感が残る。

(……今の、力関係は……?)

 そんな思考を断ち切るように、リセルが袖を無邪気に引いた。

「ねえ、フェイ。どうしてそんなに落ち着いていられるの?」

「……慌てても状況は変わらない」

「そういうところ! やっぱり言い伝えの人だ!」

 はしゃぐ声。近すぎる距離。

 エヴァの視界にそれが焼き付いて離れない。

(……なに、この気持ち……胸が痛い……)



 次の瞬間。

 ごう、と廃都の奥から風が吹き荒れた。

 ただの風ではない。
 塔の影を揺らし、大地を低く震わせる、圧を帯びた風。

 リセルの表情が一変する。

「封印が……揺らいでる」

 宙に浮かぶ短剣群がざわめくように震えた。

 遠目に、黒い影が塔の間を漂う。
 形を結ばず、闇そのものが蠢くように。

 第十三騎士団が一斉に武器を構える。

「……八魔将か」

 フェイの声が低く響いた。



 だが影は襲いかからず、廃墟の奥へと消えていった。

 残されたのは、不気味な静けさだけ。

 その光景を見つめながら――ファラはわずかに唇を歪めた。

(……刻は近い。封印も、鍵も)

 誰も気づかぬその笑みが、冷たく夜気に溶けていった。
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