《蒼眼のトライブ Last Testament(ラスト・テスタメント)》

ケリーエヴァンス

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第52話 出撃命令と新たな鍵2

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 帝都の石畳を離れ、北へと続く街道を馬車が進む。
 結界で守られた城門を抜ければ、広がるのは帝国の外縁部――人の営みが薄れていく境界線だった。

 街道脇には刈り取られた麦畑が黄金の切り株を残し、その先には草木の影もまばらな荒野が広がる。さらに進めば低い山脈が連なり、かつて戦火が幾度も吹き荒れた血塗られた地へと続いていた。
 ヴェル=カランへ至る道は、帝国と魔王軍が幾度も剣を交え、数えきれぬ亡骸が大地に沈んだ戦場の記憶そのものだった。

 だが今回は、第十三騎士団だけではなかった。
 漆黒の鎧をまとった第十騎士団が、馬車の周囲を固めていた。

「……なんであいつらが同行なんだ?」
 隣の座席で槍を立てかけながら、グライヴが低く呟く。警戒心を隠そうともしない声音だった。

「王命よ。理由は知らされていない」
 エヴァは冷ややかに返す。その視線は正面を向いていたが、胸の奥に拭いきれぬ疑念を抱えていた。

 第十騎士団――団長ユルゲン・ド・ファウスト。
 長躯を黒鉄の甲冑で覆い、堂々と馬を進める姿は、威圧そのものだった。だが近くで見れば、その眼差しはどこか虚ろで、時折、隣を行く副団長ファラ・ミストの一瞥に揺らぎを見せる。

 ファラは外套を翻し、切れ長の瞳を細めて前方を見据えていた。
 言葉少なく、ただ静かに。だがその沈黙こそが鋭利な刃のように周囲を刺す。彼女の纏う気配に、リィでさえ気を引き締めるのを隠せなかった。

「戦力補強……だそうだが」
 グライヴがぼやくように吐き出す。

「黙って進め」
 ユルゲンの声は低く鋭かった。威厳を装ってはいたが、その奥に滲む迷いを、フェイだけは敏感に感じ取っていた。

 乾いた風が頬を撫でる。
 鼻を鳴らしたグライヴが呟く。
「……空気が違うな」

「湿り気がない。音も遠い」
 エヴァが応じる。彼女の勘は鋭い。

「……ここは、魔王が足跡を残した地だ。その影がまだ消えていない」
 フェイの呟きは、遠い過去を知る者のような響きを帯びていた。エヴァが一瞬だけ横目で彼を見やるが、フェイは無表情のまま前を見ていた。

 やがて街道の先に、黒く沈む廃都の影が現れる。
 崩れ落ちた塔、歪んだ城壁。風に晒された赤茶けた石が、なおも沈黙を守り続けていた。

「……あれが、ヴェル=カラン」
 エヴァの声は自然と低くなる。見た者の心を圧する威容だった。

 そのとき――ファラが手綱を引き、馬をわずかに列から外した。
 すれ違いざまの岩肌へ、白い指先がそっと触れる。
 ただそれだけの仕草。だが風がひときわ強く吹き抜け、周囲の空気がかすかに揺らぐ。誰も気に留めることはなかったが、フェイだけは眉を寄せた。

「来るぞ!」
 グライヴが叫び、槍を構える。リィは一瞬で地面に跳び降り、獣のように気配を探る。

 しかし――迫ってきたのは敵意ではなかった。

 岩陰から光が散り、十数本の短剣が宙に浮かび上がる。
 刃は月光のようにきらめき、列を取り囲むように舞い踊った。

「――ッ!」
 エヴァが剣を抜き、身を固める。背後の気配まで即座に警戒していた。

「待て」
 フェイが短く制した。

 短剣群の奥から、軽やかな足取りでひとりの少女が現れる。
 栗色の髪を風に揺らし、無邪気に瞳を輝かせて。

「あなたたち、誰!?」

 驚きに満ちた声。
 少女は短剣を自在に操りながら、フェイたちを一人ひとり見回した。

 そしてフェイの前でぴたりと足を止め、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。
「……あなた、どうしてそんなに落ち着いてるの? 他の人と全然違う……」

 瞳がさらに大きく見開かれる。
「まさか――あなたが、言い伝えの人!?」

 少女は胸に手を当て、少し息を弾ませながら名乗った。
「わたし、リセル! 七星の末裔のひとりよ! ずっと、ずっとあなたに会いたかったの!」

 天真爛漫な声が街道に響き渡る。
 その背後で、誰も気づかぬまま――ファラの触れた岩肌に刻まれた微かな痕が、封印へとわずかな綻びを走らせていた。
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