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1話 届かない空
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「シャバの空気は美味い! なんてな……」
久しぶりに広々とした空を見上げたというのに、晴れ渡った空が鬱陶しく思えた。
唯一神のように夏空に君臨する太陽は、まるで地表のすべてを焼き尽くすかのように燦然と輝いている。
連日そんなに気張らずにさ、少しは手加減してくれよと言いたくなるその熱量は、アスファルトを焦がしてゆらゆらと景色を歪め、上空からだけでは飽き足らず地表からも挟み撃ちしてきやがる。
空を見上げるのは好きだったが、ここ数年は鉄格子に四角に切り取られたものか、高い塀に囲まれた運動場から見上げる、これまた四角く狭い空しか味わえなかった。
久しぶりの開放的な場所と気分で見上げれば何か変わるかと期待してたけど、刑期を終えた男が1人で見上げる空に感慨深さなんてなくて、むしろ夏の暑さを倍増させただけだった。
「燃やすならさ、いっそ思い出ごと焼いてくれよ」
決して海水浴には向かないであろうゴミの漂着する浜辺で、知らず知らず俺--公野奏太は呟いていた。
どれぐらいそうしてたのか。
気がつけば打ち寄せる波に衣服が濡れていたが、それでも座り続ける。
心は延々と乾いたままなのに、ジリジリと焼かれた肌にかかる波飛沫に一瞬でも「気持ちいい」と感じる生存本能が憎らしかった。
ふと思いつきで手を伸ばすと、波の動きに合わせて揺蕩うゴミが絡みつく。
ゴミと藻が絡みついた腕をそのまま夏空に向かって伸ばしてみるけど、もちろん優雅に泳ぐ白い雲なんて掴めやしない。当たり前のことだ。
「所詮ヒトの手に掴めるものなんて、薄汚れた現実だけなんだ」
独り言ちながら、絡みついたゴミを剥がし取る。
茶色く枯れ果てた薄い藻の向こうに、傷だらけの手首が透けて見える。
傷は完璧に塞がっているはずなのに、海水が傷とついでに心にヒリヒリと染み入る気がした。
夏の浜辺に座り込むのは初めてではなかったが、以前は昼ではなく夜に夏空を見上げていた。
星が見えない空に違和感を覚えながらも、それよりも何よりも1人で見上げていることが過去との最大の相違点だ。
ーー元気にしてるかな?
わかってる、昼だろうが夜だろうがそんなことは関係ない。
夏の空はどうしてもあの女性を思い出してしまうから嫌いだ。
彼女との最後の日の記憶は、呆然と立ち尽くす彼女の姿。
大好きだった美しい瞳を悲しみに濁らせ、絶望の眼差しで俺を見ていた。
俺と彼女の間には、鮮血に染まり呻き声を上げながら転がる男がいた。
久しぶりに広々とした空を見上げたというのに、晴れ渡った空が鬱陶しく思えた。
唯一神のように夏空に君臨する太陽は、まるで地表のすべてを焼き尽くすかのように燦然と輝いている。
連日そんなに気張らずにさ、少しは手加減してくれよと言いたくなるその熱量は、アスファルトを焦がしてゆらゆらと景色を歪め、上空からだけでは飽き足らず地表からも挟み撃ちしてきやがる。
空を見上げるのは好きだったが、ここ数年は鉄格子に四角に切り取られたものか、高い塀に囲まれた運動場から見上げる、これまた四角く狭い空しか味わえなかった。
久しぶりの開放的な場所と気分で見上げれば何か変わるかと期待してたけど、刑期を終えた男が1人で見上げる空に感慨深さなんてなくて、むしろ夏の暑さを倍増させただけだった。
「燃やすならさ、いっそ思い出ごと焼いてくれよ」
決して海水浴には向かないであろうゴミの漂着する浜辺で、知らず知らず俺--公野奏太は呟いていた。
どれぐらいそうしてたのか。
気がつけば打ち寄せる波に衣服が濡れていたが、それでも座り続ける。
心は延々と乾いたままなのに、ジリジリと焼かれた肌にかかる波飛沫に一瞬でも「気持ちいい」と感じる生存本能が憎らしかった。
ふと思いつきで手を伸ばすと、波の動きに合わせて揺蕩うゴミが絡みつく。
ゴミと藻が絡みついた腕をそのまま夏空に向かって伸ばしてみるけど、もちろん優雅に泳ぐ白い雲なんて掴めやしない。当たり前のことだ。
「所詮ヒトの手に掴めるものなんて、薄汚れた現実だけなんだ」
独り言ちながら、絡みついたゴミを剥がし取る。
茶色く枯れ果てた薄い藻の向こうに、傷だらけの手首が透けて見える。
傷は完璧に塞がっているはずなのに、海水が傷とついでに心にヒリヒリと染み入る気がした。
夏の浜辺に座り込むのは初めてではなかったが、以前は昼ではなく夜に夏空を見上げていた。
星が見えない空に違和感を覚えながらも、それよりも何よりも1人で見上げていることが過去との最大の相違点だ。
ーー元気にしてるかな?
わかってる、昼だろうが夜だろうがそんなことは関係ない。
夏の空はどうしてもあの女性を思い出してしまうから嫌いだ。
彼女との最後の日の記憶は、呆然と立ち尽くす彼女の姿。
大好きだった美しい瞳を悲しみに濁らせ、絶望の眼差しで俺を見ていた。
俺と彼女の間には、鮮血に染まり呻き声を上げながら転がる男がいた。
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