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弟に聞いてみた

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「ロミオさんがリオンのことが好きだと言ったらどうする?」
「――は?」


ロミオとの食事会から帰ったラランナは、自室でくつろぐ弟の元を尋ねると直球で聞いてみた。
直球も直球。ド直球である。

回りくどく『今好きな人はいないのか』『恋愛対象は女性か』『ロミオのことをどう思うか』と聞いていこうものなら、「あれ、もしかしてロミオさんって俺のことが好きなの?」と勘付かれるかもしれない。
だからラランナはあえて、直球で聞いてみたのである。


予想通り、リオンからは『何言ってるんだコイツ』という表情が帰ってきた。


「だから、ロミオさんが――」
「あー、うん。姉さんが言ったことは聞こえたよ、聞こえたけどね…。ロミオさんっていうのは、姉さんの婚約者のロミオ・シーサイドさんであってる?」
「そうよ」
「そうよって…」


弟になんてこと聞いてるんだよ…とリオンは頭を抱えた。

大人しい性格の姉だが時折、突拍子もないことを言うのだ。
こうなる原因のほとんどが、直前に読んだ本や観た映画による影響だと知っているリオンは、今回もそうだろうと思ったので話に乗ることにした。

――そうじゃなければ、自分の婚約者が弟に懸想しているなんて話、しようとも思わないだろう。


「えーっと、好きって言うのは義理の弟として――」
「もちろん、恋愛的な意味で好きという事よ」
「マジかよ…」



姉はいったい何に影響されたのか。

実際に婚約者からの告白を受けて質問してきているなどとは露ほども思わないリオンは、姉がとんでもない恋愛小説を読んだのだと思った。
こういう時に適当な返事をすると、姉が暴走する可能性があることを知っているリオンは、ひとまず真面目に答えることにした。


「えー、ロミオさんが俺のことを恋愛的な意味で好きだと仮定してってこと? それは――まずいんじゃない?」
「どうして?」
「まず、男である俺のことが好きって時点で、ロミオさんの恋愛対象は男性なわけでしょ? そうなると同性愛者なのにそれを隠して姉さんと婚約したって事でしょ? それって不誠実じゃないか」
「あ、違うのよ。ロミオさんはもともと男性が好きなわけじゃ無くて、初めて好きになったのがリオンなのよ」
「…姉さん、いったいどういう小説を読んだんだよ…」



ラランナに否定されたので、リオンは追加された設定を踏まえて改めて考える。


「えーっと、誰も好きになったことがないけど、俺に会って初めて好きって言う気持ちに気づいたってこと?」
「そうそう」
「…まあ、それなら不誠実とは言えない…のか?」

「リオン、難しく考える必要は無いわよ」
「え?」
「もしリオンがロミオさんに好きだと言われたとして、リオンが嬉しいか、嫌だなと思うかを教えてちょうだい」
「えぇ…。うーん…嫌って事はないだろうけど…嬉しくはない、かな。まず困ると思う」
「あら、そう…」
「うん。さすがに姉の婚約者に好きだと言われて、喜ぶような趣味はないよ」


そう言うと、ラランナは何かを考えるような顔つきになる。



「姉さん?」
「……ロミオさんが、私の婚約者じゃなかったら、どう?」
「どうって…」
「私の婚約者じゃないし、お付き合いしている人もいない。リオンとは面識もあるし仲良く話もしたことのある、身分もしっかりしているそんな1人の男性が、貴方のことを好きだっていったら、どうする?」
「何それ…」


本当に勘弁して欲しいなと思う。


「――やっぱり困る、かな…」


リオンがそう答えると、姉はいささか落胆した表情をした。



「そっかぁ…」
「…姉さんはいったい俺をどうしたいのさ?」
「うぅん、何でも無いの。時間を取らせてごめんなさいね」


どうやら欲しい回答を得られなかったようだ。

ラランナはしょんぼりしながら、弟の部屋から出て行った。














ラランナが出て行った後、リオンはベッドに突っ伏した。
姉の奇行は珍しくもないが、今日の問答はやけに疲れた。



「ロミオさんが俺のことを好きだとしたら、か…」


とんでもない質問である。
姉から『私の婚約者がアンタのこと好きなんですって。嬉しい?』と聞かれる弟など、そうそういないだろう。






(仮の話とはいえ、姉さんの婚約者にだなんて言えるかよ…)





リオンがこれまでに好意を寄せた相手は皆、同性であった。
理解し受け入れてくれる人が多くなってきたとはいえ、まだまだマイノリティなものである以上、気軽に口には出来ない。

彼はその想いを胸に秘めて、誰にも告げたことは無かった。

断られるだけならまだしも、嫌悪されて関係が壊れることが怖かったし、何よりリオンは次子とはいえ、ローズクラウン家の長男である。
もしリオンがカミングアウトしたら、ローズクラウンの名に傷を付ける可能性があった。
子供達の性格をよく知る父は、ローズクラウンのすべての企業を実子に継がせることを考えていないようだったが、世間ではリオンのことを後継者だと捉えている者もいる。


世間より何よりも、家族に知られるのが一番怖い。
特に姉には知られてはいけないのだ。




(姉の婚約者に横恋慕してるのが妹じゃなくて弟だなんて、笑えないよなぁ…)



リオンは枕に顔を埋め、深いため息を吐いた。
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