2 / 10
巻き戻されたカナリア(1)
しおりを挟む
それはカナリアたちが野営を楽しむ今から1年前の、ある春の夜更けのことだった。
イエローカップ伯爵家の離れの屋敷の一室で、悲鳴が上がった。
「――いやぁぁっ!」
自分の叫び声で、カナリアは飛び起きた。
起きて数瞬後、辺りが暗いことに気づき、困惑する。
「――え、あれ?」
(たった今、私は・・・彼に刺されて・・・)
はたと気づくと、すぐに布団をはね除けて腹部を確認する。
出血はないし、腹にナイフも刺さっていない。
「・・・傷がない・・・?」
カナリアの体には傷一つ無かった。
他に痛むところもないようだ。
暗くてよく見えないが、彼女は今ベッドにいる。彼に刺されたパーティの控え室ではない。
(・・・夢、だったの?)
体から力が抜け、そのまま布団に倒れ込んだ。
(いいえ・・・夢にしては・・・リアルすぎるわ)
つい先ほど――夢の中で、カナリアは婚約者にナイフで刺された。
刺された瞬間の鋭い痛み。口にせりあがってきた血とその臭い。
そして、婚約者の憎悪に満ちた顔。
婚約者の口から放たれた、彼女を蔑む言葉の数々は、夢から覚めた今でも鮮明に思い出せる。
「君がいなければ、僕は幸せになれるんだ。君さえいなければ・・・」
刺された瞬間に告げられたこの言葉が、何よりもカナリアの心に突き刺さった。
腹部の痛みはないが、この言葉を思い出すと胸が痛い。
ふいに、ドアが控えめにノックされた。
「お嬢様、どうされました?」
先ほどの叫びを聞いた侍女が、様子を見に来たのだ。
夢のせいで混乱しているカナリアは、返答できなかった。
侍女は少し迷ったのか、それでも主の安否を確認するために、音を立てないようにゆっくりとドアを開けた。
「・・・失礼します・・・。お嬢様、起きていらっしゃったのですね?」
「・・・アナ・・・」
ドアを開けた侍女は、ベッドからこちらを見て呆けた様子のカナリアを見て驚いた。
それ以上に驚いたのは、カナリアだった。
部屋に入ってきたのはアナという7歳年上の侍女だった。
家族からも見放され、わがままで人を困らせてばかりいたカナリアの側にいてくれた唯一の人。
――そして、12歳のカナリアを庇って事故で死んでしまった人。
アナの死後、再び孤独となったカナリアは、14歳の時に出来た婚約者に酷く執着するようになった。
わがまま――いや、横暴で横柄な態度をとるようになった彼女から、人々は離れていった。
カナリアを真っ直ぐに見てくれたのは、後にも先にもアナ1人だけ。
死んだはずのアナが、目の前にいる。
「・・・アナ・・・」
「どうされました?・・・酷いお顔ですよ。悪い夢でも見たのですか?」
「・・・夢?」
アナが部屋の明かりをつけると、カナリアの顔色の悪さに驚きすぐにベッドに駆け寄った。
額に手をやり熱がないことを確認し、ひとまず汗を拭くための水を用意するために立ち上がろうとした。
するとカナリアがアナの腕を掴み、それを止める。
「お嬢様?」
「いや・・・いかないで・・・」
今のカナリアには、何が真実なのかわからなくなっていた。
アナが事故死して、婚約者に刺されたことが夢なのか。
アナが目の前にいる今が夢なのか。
ボロボロと泣き出す彼女を、アナはどうにか落ち着かせようと抱きしめた。
カナリアは離すまいとアナにしがみつき、涙を流した。
何が悲しいのか、自分でもよくわからなくなっていた。
やがて泣き疲れて眠るまで、アナは小さな主人の側にいた。
イエローカップ伯爵家の離れの屋敷の一室で、悲鳴が上がった。
「――いやぁぁっ!」
自分の叫び声で、カナリアは飛び起きた。
起きて数瞬後、辺りが暗いことに気づき、困惑する。
「――え、あれ?」
(たった今、私は・・・彼に刺されて・・・)
はたと気づくと、すぐに布団をはね除けて腹部を確認する。
出血はないし、腹にナイフも刺さっていない。
「・・・傷がない・・・?」
カナリアの体には傷一つ無かった。
他に痛むところもないようだ。
暗くてよく見えないが、彼女は今ベッドにいる。彼に刺されたパーティの控え室ではない。
(・・・夢、だったの?)
体から力が抜け、そのまま布団に倒れ込んだ。
(いいえ・・・夢にしては・・・リアルすぎるわ)
つい先ほど――夢の中で、カナリアは婚約者にナイフで刺された。
刺された瞬間の鋭い痛み。口にせりあがってきた血とその臭い。
そして、婚約者の憎悪に満ちた顔。
婚約者の口から放たれた、彼女を蔑む言葉の数々は、夢から覚めた今でも鮮明に思い出せる。
「君がいなければ、僕は幸せになれるんだ。君さえいなければ・・・」
刺された瞬間に告げられたこの言葉が、何よりもカナリアの心に突き刺さった。
腹部の痛みはないが、この言葉を思い出すと胸が痛い。
ふいに、ドアが控えめにノックされた。
「お嬢様、どうされました?」
先ほどの叫びを聞いた侍女が、様子を見に来たのだ。
夢のせいで混乱しているカナリアは、返答できなかった。
侍女は少し迷ったのか、それでも主の安否を確認するために、音を立てないようにゆっくりとドアを開けた。
「・・・失礼します・・・。お嬢様、起きていらっしゃったのですね?」
「・・・アナ・・・」
ドアを開けた侍女は、ベッドからこちらを見て呆けた様子のカナリアを見て驚いた。
それ以上に驚いたのは、カナリアだった。
部屋に入ってきたのはアナという7歳年上の侍女だった。
家族からも見放され、わがままで人を困らせてばかりいたカナリアの側にいてくれた唯一の人。
――そして、12歳のカナリアを庇って事故で死んでしまった人。
アナの死後、再び孤独となったカナリアは、14歳の時に出来た婚約者に酷く執着するようになった。
わがまま――いや、横暴で横柄な態度をとるようになった彼女から、人々は離れていった。
カナリアを真っ直ぐに見てくれたのは、後にも先にもアナ1人だけ。
死んだはずのアナが、目の前にいる。
「・・・アナ・・・」
「どうされました?・・・酷いお顔ですよ。悪い夢でも見たのですか?」
「・・・夢?」
アナが部屋の明かりをつけると、カナリアの顔色の悪さに驚きすぐにベッドに駆け寄った。
額に手をやり熱がないことを確認し、ひとまず汗を拭くための水を用意するために立ち上がろうとした。
するとカナリアがアナの腕を掴み、それを止める。
「お嬢様?」
「いや・・・いかないで・・・」
今のカナリアには、何が真実なのかわからなくなっていた。
アナが事故死して、婚約者に刺されたことが夢なのか。
アナが目の前にいる今が夢なのか。
ボロボロと泣き出す彼女を、アナはどうにか落ち着かせようと抱きしめた。
カナリアは離すまいとアナにしがみつき、涙を流した。
何が悲しいのか、自分でもよくわからなくなっていた。
やがて泣き疲れて眠るまで、アナは小さな主人の側にいた。
44
あなたにおすすめの小説
はじめまして、私の知らない婚約者様
有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。
見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。
けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。
ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。
けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。
この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。
悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに?
※他サイトにも掲載しています。
落ちこぼれ公爵令息の真実
三木谷夜宵
ファンタジー
ファレンハート公爵の次男セシルは、婚約者である王女ジェニエットから婚約破棄を言い渡される。その隣には兄であるブレイデンの姿があった。セシルは身に覚えのない容疑で断罪され、魔物が頻繁に現れるという辺境に送られてしまう。辺境の騎士団の下働きとして物資の輸送を担っていたセシルだったが、ある日拠点の一つが魔物に襲われ、多数の怪我人が出てしまう。物資が足らず、騎士たちの応急処置ができない状態に陥り、セシルは祈ることしかできなかった。しかし、そのとき奇跡が起きて──。
設定はわりとガバガバだけど、楽しんでもらえると嬉しいです。
投稿している他の作品との関連はありません。
カクヨムにも公開しています。
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
「愛される価値がない」と言われ続けた伯爵令嬢、無口な騎士団長に拾われて初めて「おかえり」を知る
歩人
ファンタジー
伯爵令嬢フリーダは、婚約者の子爵に「お前は愛される価値がない」と
公の場で婚約を破棄された。家族にも「お前が至らないから」と責められ、
居場所を失った彼女は、雨の中を一人で歩いていた。
声をかけたのは、"鉄面皮"と呼ばれる騎士団長グスタフだった。
「屋根がある。来い」——たった一言で、彼女を騎士団の官舎に迎え入れた。
無口で不器用な男は、毎朝スープを温め、毎晩「おかえり」と言い、
フリーダが泣くと黙って隣に座った。それだけだった。
それだけで、フリーダの凍りついた心が溶けていった。
半年後、落ちぶれた元婚約者が「やり直そう」と現れたとき、
フリーダは初めて自分の言葉で言えた。
「私にはもう、帰る場所がありますので」
醜悪令息レオンの婚約
オータム
ファンタジー
醜悪な外見ゆえに誰からも恐れられ、避けられてきたレオン。
ある日、彼は自分が前世で遊んでいたシミュレーションRPGの世界に転生しており、
しかも“破滅が確定している悪役令嬢の弟”として生きていることに気付く。
このままでは、姉が理不尽な運命に呑まれてしまう。
怪しまれ、言葉を信じてもらえなくとも、レオンはただ一人、未来を変えるために立ち上がる――。
※「小説家になろう」「カクヨム」にも投稿しています。
【完結】モブ令嬢のわたしが、なぜか公爵閣下に目をつけられています
きゅちゃん
ファンタジー
男爵家の三女エリーゼは、前世の記憶を持つ元社畜OL。社交界デビューの夜、壁際でひとりジュースを飲んでいたところを、王国随一の権力者・ヴァルナ公爵カイルにスカウトされる。魔法省の研究員として採用されたエリーゼは、三年間誰も気づかなかった計算の誤りを着任三日で発見。着々と存在感を示していく。一方、公爵の婚約候補と噂されるクロード侯爵令嬢セラフィーヌは、エリーゼを目障りに思い妨害を仕掛けてくるが...
へぇ。美的感覚が違うんですか。なら私は結婚しなくてすみそうですね。え?求婚ですか?ご遠慮します
如月花恋
ファンタジー
この世界では女性はつり目などのキツい印象の方がいいらしい
全くもって分からない
転生した私にはその美的感覚が分からないよ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる