竜殺しの騎士にあらず

しがついつか

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竜殺しの騎士にあらず

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《 恥を知れっ!! 》



突如、国中に怒声が響き渡った。

人々はぎょっとして辺りを見回したが、声の発信源を視界に捉えることはできなかった。

酒場で給仕をする娘、荷車を引いた行商、病床に伏す老人、子の手を引く母親、畑を耕す農夫、地下牢の罪人、城下町を警備する兵士、そして玉座に座る王といった、国中のすべての者が、同時にその声を耳にした。

不思議なことに耳の不自由な者にさえ、その声は正確に伝わった。


屋内にいた者達は、いったいどうしたことかと外へと出てきた。




しばらくすると再び怒声が響き渡った。

ほどなくして人々は理解した。

それは竜の咆吼だったのだと。



《 竜退治に挑む者には我も敬意を払っておる。例え我の命を奪おうとする者だとしても、か弱き人の身でありながら単身で我らの巣へと乗り込んでくるのだからな。その意気やよし。互いの命をかけての戦い。正々堂々と相手をするのみだ。
 ――だと言うのになんだお前はっ!今まで我に挑んだ誰よりも情けなく卑怯者!そのように身動き取れぬ女を転がして、我がそれを捕食する隙を狙うとでもいうのか!?お前たちの会話から察するに、その女はお前の婚約者ではないのか?!先程から鬱陶しくお前の背後で異臭を放ちやかましく叫ぶだけの女のどこがいいのだ!
 浮気か!?
 今生の竜殺しの騎士は浮気野郎ということなのかっ!?
 ……はーっ、腹が立つ…。今まで我に挑んだ者は皆、この地には一人でやってきたのだ。策を練って我の不意を突いた者はいたが、それでも一人で実践しておった。お前のように役に立たない女を供にし、婚約者を簀巻きにして我の前に転がして囮にするような腐った性根なんぞ、誰一人持ち合わせておらんかったわ! 》



この世界には竜が存在し、長寿である彼らは自由気ままに世界を旅する。
やがて気に入った場所に居を構えるのだが、時折、人里に近い山間部に落ち着いてしまうものもいた。

竜が住み着く場所は生態系が狂うため、人々の生活が大きく変化する。
良い方向ならば問題ない。しかし、ほとんどが悪い方向へと変化する。

そのため人々は、己の生活を守るために早急に竜を処分しなければならない。

竜を殺すことは一国の軍隊を用いても難しいことが、歴史から学びわかっている。
また倒さずとも、戦うことでその場から立ち退いてもらうことができることも、歴史により明らかとなっている。


要するに竜にとって居心地の悪い場所にできれば、竜は新たな住処を目指して再び旅に出るのだ。


竜に立ち退いて貰うために、人々は彼らに戦いを挑む。

だが軍隊を差し向けてしまうと、竜はそれを察知して即座に空へと逃げてしまう。
そして軍隊が撤退するのを見計らって戻ってくるか、その近くに拠点を移すかのどちらかだった。

竜の住処の周辺を焼き払うという物騒な方法も考えられ、過去に実践した国があった。
竜はその国の首都を中心に、焼き払われる度に住処を移したため、最終的には国の野山がすべて焼け野原になったという。
動植物は死滅し国民がさらに困窮することになった。
さらに竜が国外へと立ち退くこともついぞ無かったため、最終的に人々は国を捨てることとなった。



大人数で押し寄せると、竜は戦いを拒否する。

人々が途方に暮れる中、1人の無謀な騎士が現れた。
彼の者は無謀にも、竜に単身で挑んだのだ。

その騎士は国一番の猛者であった。

単独で現れた騎士を前に、なんと竜は逃亡することなく迎え撃ったのだった。



結果、満身創痍の騎士に対し、竜はいくつかのかすり傷を負っただけだった。
しかし竜は力尽き地面に倒れ込んだ騎士を見て、満足そうに一声鳴くと、大空へと飛び立っていったという。
幾日経っても、幾年経っても、竜は戻ってこなかった。


以来、各国の歴史書には単独で戦うことで、竜を退かせたという記録が記載されるようになった。

竜と戦う猛者を『竜殺しの騎士』と呼んだ。
――実際に殺すわけではないが、人々はそう呼んだ。

とても名誉ある称号である。





さて、この国では二月前から貴重な資源が取れる鉱山付近に一匹の竜が住み着いた。
鉱夫達は怯え、避難した。
このままでは国の貴重な収入源が絶たれてしまう。

これは困ったと、国王はすぐさま竜殺しの騎士を求める旨を発布した。
すると第二王子が名乗りを上げた。

第二王子は武術に秀でているわけではないので、これには国王をはじめ側近達も驚いた。
だが自信満々な第二王子の顔をみて、何か策があるのだろうと思い、任せることにした。
もしくは、第一王子の王位継承を邪魔せぬよう、普段から能力を隠していたのかも知れないと、皆は期待した。



彼が竜を退治できたのなら、次期国王として第二王子を押す者が現れるだろう。
兄である第一王子は、そうなった場合は快く譲り渡そうと思った。








そして意気揚々と第二王子が鉱山へと向かった数日後。


全国民の耳に怒声が届くことになった。



国民には第二王子が竜退治に向かうことは告知していない。
知らせなくてよかったと王が心底ホッとしたのも束の間。



《――むっ、なんだ娘。それが第二王子だと? この国の第二王子なのか?!》




竜により暴露されてしまった。
国王は頭を抱えた。






《婚約者を囮にするとは何事か! 他の善良な王子に謝れ! この、浮気者が!》



やや俗っぽい物言いの竜の言葉を聞き、平民達は好き勝手に話し合う。

王族でも浮気をするんだな。
第二王子ってサイテー。
婚約者を囮にするってどういう神経してるのかしら。
やっぱ偉い人の考えてることってわかんねぇな。



町を巡回中だった一般兵士は思う。
たとえこのあと第二王子が竜を退治して戻ってきたとしても、誰も彼を敬わないだろうなぁ、と。




とどめと言わんばかりに竜は咆えた。



《お前などに殺されてなどやるものか!
 いや、そもそもお前のような卑怯者と戦うことなど、我のプライドが許さぬ!
 竜退治に出て竜を倒せず――いや、戦うことすら許されなかった愚者としてとっとと失せろ! 》



鉱山から王都に向けて、強い風が吹いた。

風が城門の前に到達すると、次の瞬間には空中に男女が姿を現し、そのまま地面へと落とされた。
数瞬後、もう1人の娘が姿を現し、そっと地面に降ろされた。




知らせを受けた国王は、深くため息を吐いた。


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