2 / 11
巫女が視たもの
しおりを挟む
ミミー・ビーンズは今代の巫女である。
彼女は12歳の時、半年後に長雨による土砂崩れで1つの村が滅ぶ未来を視た。
教会に報告した半年後、長雨による土砂崩れが現実の物となったことから、彼女は正式に先読みの巫女として認められた。
村人達は事前に避難させていたため、全員無事である。
彼女はその後、5年の間に自然災害にまつわる未来を2度視ており、すべて的中させている。
無論、報告を受けた国王が事前に対策を取ったことにより、被害は最小限に抑えることができた。
ミミーの予知は、王族や教会の人々にとって信用度が高いものとなった。
現在17歳となったミミーは、普段は王城内にある図書室の司書として勤めている。
司書は、巫女を王城に留めるために用意された役職の1つであった。
王族と国王が許可した者だけが立ち入ることの出来るこの図書室は、通常は2名の管理人が交代で管理することとなっている。
巫女が現れた時のみ、司書が雇われるのだ。
予知した際にすぐに国王へと報告が届くようにするため、先読みの巫女は王城――最低でも王都内に居住することが取り決められている。
また先読みの巫女という希有な能力を持つ存在であっても、次に視るのがいつなのか定かでない以上、王城内に住まわせたとしてもやることがない。
もしかしたらこの先もう二度と、未来を視ることがないかもしれない。
そうなっては、ただの居候である。
例え国の窮地を救った功績があったとしても、民から集めた税金を使って、仕事をしない人間をこの先ずっと養ってやることはできない。
そもそも先読みの巫女は視るだけで、対策を取るか否かは国王の采配による。
巫女の地位は平民よりは当然高いが、王族はもちろん国の中枢を担う貴族と比べてしまえば格段に低かった。
国王はもちろんのこと、よほどのことが無い限り王族と気軽に会って話が出来るような立場にはない。
司書となり王族と近い距離にいても、顔を合わすこと無く生涯を終える巫女がほとんどだ。
――だが、今代の巫女は違った。
「やあ、ミミー。昨日頼んだ本は用意できているかな?」
「リュウ王子!」
図書室にやってきたこの国の第一王子リュウは、カートに乗せた本を一冊ずつ書架に並べているミミーに声をかけた。
ミミーは驚きながらも、彼の訪れを喜んだ。
「はい、もちろんです。こちらにあります」
ミミーは図書室の入り口付近に用意された管理人用の作業スペース――書籍の貸し出し記録や、新しく入荷した書籍の登録を行うための作業場所だ――に向かう。
彼女用に割り当てられた作業机の上には一冊の図鑑が置いてあった。
図鑑を手に取ると、リュウへと差し出す。
「こちらでお間違いないでしょうか?」
「――うん、これだ。ありがとう」
「どういたしまして。また必要なものがあればお声がけください」
「ああ。他にも調べたいことがあるから、しばらく奥の席を借りるよ」
「はい。ごゆっくりお過ごしください」
リュウは図鑑を片手に、閲覧席へと向かっていった。
その後ろ姿をミミーはうっとりと見送り、やがて作業途中だったカートの所に戻った。
本来、第一王子であるリュウと、巫女とはいえ平民のミミーが親しげに会話をすることなど考えられないことだ。
見る人によっては、眉を寄せる行いである。
しかし現在、図書室には本来二人いるはずの管理人の姿がない。一人は非番であり、もう一人は遅い昼休憩を取りに行っているため不在だった。
――もっとも、管理人のどちらかがこの場にいたとしても彼女をとがめることは出来ないだろう。
第一王子が自ら話しかけている以上、図書室の管理人でしかない彼らには、王子を咎めることは出来なかった。
何よりリュウは、わざわざ管理人達が不在となる時間を調べた上で訪問してくるのだから、管理人達にはどうすることも出来ない。
「――あっ!」
ドサッ。
書架に戻すために左手に抱えていた本が一冊、床へと滑り落ちた。
拾おうとして床に手を伸ばした瞬間、彼女の視界が歪んだ。
ガクリと床に手をつく。
しゃがみ込んだ彼女の頭に、ある映像が流れ込んできた。
「うっ――!」
「…ミミー?」
ミミーの異変に、奥にいたリュウが気づいて駆け寄る。
「まさか…何か視たのか!?」
リュウには答えず、ミミーはポケットから録音機を取り出すとスイッチを入れた。
情報量が多い場合、視たことを記憶が鮮明な内に記録するためだ。
彼女は目を瞑り、視たものを一つずつ丁寧に口にした。
「女性――若い女性。藍色の、長い髪をハーフアップにしている。薄紫のレースがあしらわれたドレスを身につけている。
とても綺麗な人。私は会ったことはない人。
花を咥えた鷲の…絵?…暖炉の上に飾られてる…。家紋…。
女の子――15歳くらい? 縄で縛られて、横になってる。…怯えた顔をしている。
若い女性は手に小瓶を持ってる。緑色の液体。女の子に無理矢理飲ませた。
女の子は飲んでしばらくして血を吐いた。動かなくなった…。
女性は笑った。『これで邪魔者は消えた』と言った。
場所が変って…。
ラビ…リンス…?という文字。川の畔にある古い感じのお屋敷。喪服の人。…エマが死んだ、葬儀?
権力争いの…力関係が変った…?」
そこまで口にするとミミーは言葉を切り、やがて録音機を止めた。
彼女は12歳の時、半年後に長雨による土砂崩れで1つの村が滅ぶ未来を視た。
教会に報告した半年後、長雨による土砂崩れが現実の物となったことから、彼女は正式に先読みの巫女として認められた。
村人達は事前に避難させていたため、全員無事である。
彼女はその後、5年の間に自然災害にまつわる未来を2度視ており、すべて的中させている。
無論、報告を受けた国王が事前に対策を取ったことにより、被害は最小限に抑えることができた。
ミミーの予知は、王族や教会の人々にとって信用度が高いものとなった。
現在17歳となったミミーは、普段は王城内にある図書室の司書として勤めている。
司書は、巫女を王城に留めるために用意された役職の1つであった。
王族と国王が許可した者だけが立ち入ることの出来るこの図書室は、通常は2名の管理人が交代で管理することとなっている。
巫女が現れた時のみ、司書が雇われるのだ。
予知した際にすぐに国王へと報告が届くようにするため、先読みの巫女は王城――最低でも王都内に居住することが取り決められている。
また先読みの巫女という希有な能力を持つ存在であっても、次に視るのがいつなのか定かでない以上、王城内に住まわせたとしてもやることがない。
もしかしたらこの先もう二度と、未来を視ることがないかもしれない。
そうなっては、ただの居候である。
例え国の窮地を救った功績があったとしても、民から集めた税金を使って、仕事をしない人間をこの先ずっと養ってやることはできない。
そもそも先読みの巫女は視るだけで、対策を取るか否かは国王の采配による。
巫女の地位は平民よりは当然高いが、王族はもちろん国の中枢を担う貴族と比べてしまえば格段に低かった。
国王はもちろんのこと、よほどのことが無い限り王族と気軽に会って話が出来るような立場にはない。
司書となり王族と近い距離にいても、顔を合わすこと無く生涯を終える巫女がほとんどだ。
――だが、今代の巫女は違った。
「やあ、ミミー。昨日頼んだ本は用意できているかな?」
「リュウ王子!」
図書室にやってきたこの国の第一王子リュウは、カートに乗せた本を一冊ずつ書架に並べているミミーに声をかけた。
ミミーは驚きながらも、彼の訪れを喜んだ。
「はい、もちろんです。こちらにあります」
ミミーは図書室の入り口付近に用意された管理人用の作業スペース――書籍の貸し出し記録や、新しく入荷した書籍の登録を行うための作業場所だ――に向かう。
彼女用に割り当てられた作業机の上には一冊の図鑑が置いてあった。
図鑑を手に取ると、リュウへと差し出す。
「こちらでお間違いないでしょうか?」
「――うん、これだ。ありがとう」
「どういたしまして。また必要なものがあればお声がけください」
「ああ。他にも調べたいことがあるから、しばらく奥の席を借りるよ」
「はい。ごゆっくりお過ごしください」
リュウは図鑑を片手に、閲覧席へと向かっていった。
その後ろ姿をミミーはうっとりと見送り、やがて作業途中だったカートの所に戻った。
本来、第一王子であるリュウと、巫女とはいえ平民のミミーが親しげに会話をすることなど考えられないことだ。
見る人によっては、眉を寄せる行いである。
しかし現在、図書室には本来二人いるはずの管理人の姿がない。一人は非番であり、もう一人は遅い昼休憩を取りに行っているため不在だった。
――もっとも、管理人のどちらかがこの場にいたとしても彼女をとがめることは出来ないだろう。
第一王子が自ら話しかけている以上、図書室の管理人でしかない彼らには、王子を咎めることは出来なかった。
何よりリュウは、わざわざ管理人達が不在となる時間を調べた上で訪問してくるのだから、管理人達にはどうすることも出来ない。
「――あっ!」
ドサッ。
書架に戻すために左手に抱えていた本が一冊、床へと滑り落ちた。
拾おうとして床に手を伸ばした瞬間、彼女の視界が歪んだ。
ガクリと床に手をつく。
しゃがみ込んだ彼女の頭に、ある映像が流れ込んできた。
「うっ――!」
「…ミミー?」
ミミーの異変に、奥にいたリュウが気づいて駆け寄る。
「まさか…何か視たのか!?」
リュウには答えず、ミミーはポケットから録音機を取り出すとスイッチを入れた。
情報量が多い場合、視たことを記憶が鮮明な内に記録するためだ。
彼女は目を瞑り、視たものを一つずつ丁寧に口にした。
「女性――若い女性。藍色の、長い髪をハーフアップにしている。薄紫のレースがあしらわれたドレスを身につけている。
とても綺麗な人。私は会ったことはない人。
花を咥えた鷲の…絵?…暖炉の上に飾られてる…。家紋…。
女の子――15歳くらい? 縄で縛られて、横になってる。…怯えた顔をしている。
若い女性は手に小瓶を持ってる。緑色の液体。女の子に無理矢理飲ませた。
女の子は飲んでしばらくして血を吐いた。動かなくなった…。
女性は笑った。『これで邪魔者は消えた』と言った。
場所が変って…。
ラビ…リンス…?という文字。川の畔にある古い感じのお屋敷。喪服の人。…エマが死んだ、葬儀?
権力争いの…力関係が変った…?」
そこまで口にするとミミーは言葉を切り、やがて録音機を止めた。
92
あなたにおすすめの小説
婚約破棄?とっくにしてますけど笑
蘧饗礪
ファンタジー
ウクリナ王国の公爵令嬢アリア・ラミーリアの婚約者は、見た目完璧、中身最悪の第2王子エディヤ・ウクリナである。彼の10人目の愛人は最近男爵になったマリハス家の令嬢ディアナだ。
さて、そろそろ婚約破棄をしましょうか。
【完結】お姉様!脱お花畑いたしましょう
との
恋愛
「私と結婚して頂けますか?」
今日は人生で最高に幸せな日ですわ。リオンから結婚を申し込まれましたの。
真実の愛だそうです。
ホントに? お花畑のお姉様ですから、とっても心配です。私の中のお姉様情報には引っかかっていない方ですし。
家族のため頑張って、脱お花畑目指していただきます。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿です。不慣れな点、多々あるかと思います。
よろしくお願いします。
完 これが何か、お分かりになりますか?〜リスカ令嬢の華麗なる復讐劇〜
水鳥楓椛
恋愛
バージンロード、それは花嫁が通る美しき華道。
しかし、本日行われる王太子夫妻の結婚式は、どうやら少し異なっている様子。
「ジュリアンヌ・ネモフィエラ!王太子妃にあるまじき陰湿な女め!今この瞬間を以て、僕、いいや、王太子レアンドル・ハイリーの名に誓い、貴様との婚約を破棄する!!」
不穏な言葉から始まる結婚式の行き着く先は———?
これまでは悉く妹に幸せを邪魔されていました。今後は違いますよ?
satomi
恋愛
ディラーノ侯爵家の義姉妹の姉・サマンサとユアノ。二人は同じ侯爵家のアーロン=ジェンキンスとの縁談に臨む。もともとはサマンサに来た縁談話だったのだが、姉のモノを悉く奪う義妹ユアノがお父様に「見合いの席に同席したい」と懇願し、何故かディラーノ家からは二人の娘が見合いの席に。
結果、ユアノがアーロンと婚約することになるのだが…
【完結】王太子は元婚約者から逃走する
みけの
ファンタジー
かつて、王太子アレン・リオ・アズライドは、婚約者であるセレナ・スタン公爵令嬢に婚約破棄を告げた。
『私は真実の愛を見つけたのだ!』と、ある男爵令嬢を抱き寄せて。
しかし男爵令嬢の不義により、騙されていたと嘆く王太子。
再びセレナと寄りを戻そうとするが、再三訴えても拒絶されてしまう。
ようやく逢える事になり、王太子は舞い上がるが……?
【完結】忌み子と呼ばれた公爵令嬢
美原風香
恋愛
「ティアフレア・ローズ・フィーン嬢に使節団への同行を命じる」
かつて、忌み子と呼ばれた公爵令嬢がいた。
誰からも嫌われ、疎まれ、生まれてきたことすら祝福されなかった1人の令嬢が、王国から追放され帝国に行った。
そこで彼女はある1人の人物と出会う。
彼のおかげで冷え切った心は温められて、彼女は生まれて初めて心の底から笑みを浮かべた。
ーー蜂蜜みたい。
これは金色の瞳に魅せられた令嬢が幸せになる、そんなお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる