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婚約者は反論する
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「…私が…毒殺…?」
アイシャはエマ・ラビリンスと面識が無かった。
ラビリンス家の三女の名がエマであるという知識はある。
ラビリンス家とイーグル家の領地は離れているし、特に親しい間柄では無かった。
子供達の年学年も被っていないため、学園での交流もない。
18歳のアイシャには、9歳の少女と交流する場がなかった。
会ったことがないのだから、毒殺するほどの恨みなど持ちようがない。
「ラビリンス家の訃報は耳にしていないと記憶しておりますが、そのような凄惨な事件があったのは事実でしょうか?」
「いいや」
リュウは首を横に振った。
「巫女は予知をしたのだ。アイシャ・イーグルがエマ・ラビリンスを毒殺する未来をね」
「え…」
誰もが思ったはずだ。王子は何を言っているんだ、と。
彼はまだ起きてもいない事件の犯人がアイシャだと断言し、それを理由に婚約を反故にしようとしているのだ。
気が触れたと思われてもおかしくない。
今の発言を受けて第一王子を見限った貴族は少なくないだろう。
王子の言い分を脳内で咀嚼した後、アイシャは静かに問うた。
「――つまり殿下は、現時点では発生していない事件の犯人として私を挙げ、やってもいない罪で非難し、婚約を破棄なさろうというのですか?」
アイシャは現時点では何も罪を犯していない。
それもそのはず。
彼女の手によって屠られるはずの娘――エマ・ラビリンスは先程まで会場の隅で嬉々としてケーキを頬張っていた。
元気そのものである。
エマは突然名を呼ばれ、騒動に巻き込まれたことに困惑している様子だ。
今は母のスカートにしがみついて、会場の様子をうかがっている。
この時会場内の雰囲気と、己を見る者達の視線の冷たさに、リュウはようやく気づいた。
だが後には引けない。
「そもそも、巫女様が視たというのは真実なのでしょうか?」
「巫女を疑うのか?」
「…巫女様が予知したのであれば、その内容は現実の物となるまでは王家と教会で厳重に管理されるはずです。
予知された事象が発生した後に、私たちに予知の内容が公表される決まりとなっております。
――ですのに殿下は、未発生の予知をこの場で口にされました。
何らかの意図があって巫女様の予知を騙り、私を断罪したいだけなのではないかと思った次第です」
周囲の貴族達も、アイシャの言葉に心の中で同意する。
確かにおかしいのだ。
「巫女様が視たことが真実だとして、事件の加害者と被害者は、先ほど殿下がおっしゃった人物で間違いはありませんか?」
「あぁ…。巫女は確かにエマが死んだと言ったのだ。事件現場の暖炉の上には花を咥えた鷲――イーグル家の家紋が飾られている。
犯人の女は青い髪で薄紫のレースをあしらったドレスを着ていたと。
アイシャ・イーグル、君しかありえないんだ!」
「殿下…」
アイシャは右手の指を三本立てた。
「殿下、植物と鳥を組み合わせた家紋はイーグル家以外にも3つございます。
ホークス家、スワン家、クロウ家。
このうち花を咥えているのは、スワン家のみです。
スワン家の鳥は白鳥ですので、巫女様が鷲と見間違えることはありえないでしょう」
「そうだろう!ならばやはり花を咥える鷲はイーグル家で間違いない!君が犯人だ!」
「クロウ家は石を咥えたカラスですので、こちらも見間違いはないでしょう。
残るホークス家の家紋ですが、五つ葉のクローバーを咥え羽ばたく鷹です。
五つ葉のクローバーは珍しく、一見すると花のようにも見えますし、鷹と鷲は図柄ではよりいっそう区別がつきにくいでしょう」
スワン家とクロウ家は、犯人候補から外れてほっとした。
ホークス家はこの後のアイシャの発言如何によっては、イーグル家を訴えるつもりだ。
「…ホークス家に罪をなすりつけるつもりか?」
「殿下、巫女様はなんと仰ったのですか? 家紋の鳥は羽ばたいておりましたか?それとも羽を休めておりましたか?」
「何?」
「花はどのような形をしておりましたか? 花びらは何枚でしょうか」
「……」
リュウには答えられない。
花を咥えた鷲としか聞いていない。
「我が国では花を咥えた鷲の家紋は、イーグル家のみです。ですが、隣国にも花と鷲の家紋がございます。
桔梗を咥えた鷲、タンポポを咥えて旋回する鷲、コスモスを啄む鷲などもございます。
巫女様が視た家紋は、間違いなく我が国のものだったのでしょうか。
もしくは、暖炉の上に飾られていたものは家紋とは無関係の絵画やタペストリーだった可能性はありませんか?」
「それは――っ!」
王子が答えに窮したのを好機とみて、アイシャは追求する。
「この国には私と同じ青い髪の女性が少なくありません。巫女様の視た女性の年齢はおいくつだったのでしょうか?
薄紫のレースのドレスは、確かに私のお気に入りでよく身につけておりました。
ですが薄紫を好む女性は私だけではありませんし、この色のドレスを私が独占しているわけではございません。
巫女様が視たドレスのデザインは、間違いなく私が好んで着用するドレスと同型だったのですか?
それに――」
アイシャは王子を真っ直ぐに見据えていった。
「巫女様は間違いなくこの私、アイシャ・イーグルが犯人だとおっしゃったのですか?」
「…」
返答はない。
リュウは混乱して何も言えなくなっていた。
自分は悪くないはずだ。だって巫女が言ったのだから。
巫女が言った通りに、罪を犯した者を断罪しただけなのに…。
アイシャはエマ・ラビリンスと面識が無かった。
ラビリンス家の三女の名がエマであるという知識はある。
ラビリンス家とイーグル家の領地は離れているし、特に親しい間柄では無かった。
子供達の年学年も被っていないため、学園での交流もない。
18歳のアイシャには、9歳の少女と交流する場がなかった。
会ったことがないのだから、毒殺するほどの恨みなど持ちようがない。
「ラビリンス家の訃報は耳にしていないと記憶しておりますが、そのような凄惨な事件があったのは事実でしょうか?」
「いいや」
リュウは首を横に振った。
「巫女は予知をしたのだ。アイシャ・イーグルがエマ・ラビリンスを毒殺する未来をね」
「え…」
誰もが思ったはずだ。王子は何を言っているんだ、と。
彼はまだ起きてもいない事件の犯人がアイシャだと断言し、それを理由に婚約を反故にしようとしているのだ。
気が触れたと思われてもおかしくない。
今の発言を受けて第一王子を見限った貴族は少なくないだろう。
王子の言い分を脳内で咀嚼した後、アイシャは静かに問うた。
「――つまり殿下は、現時点では発生していない事件の犯人として私を挙げ、やってもいない罪で非難し、婚約を破棄なさろうというのですか?」
アイシャは現時点では何も罪を犯していない。
それもそのはず。
彼女の手によって屠られるはずの娘――エマ・ラビリンスは先程まで会場の隅で嬉々としてケーキを頬張っていた。
元気そのものである。
エマは突然名を呼ばれ、騒動に巻き込まれたことに困惑している様子だ。
今は母のスカートにしがみついて、会場の様子をうかがっている。
この時会場内の雰囲気と、己を見る者達の視線の冷たさに、リュウはようやく気づいた。
だが後には引けない。
「そもそも、巫女様が視たというのは真実なのでしょうか?」
「巫女を疑うのか?」
「…巫女様が予知したのであれば、その内容は現実の物となるまでは王家と教会で厳重に管理されるはずです。
予知された事象が発生した後に、私たちに予知の内容が公表される決まりとなっております。
――ですのに殿下は、未発生の予知をこの場で口にされました。
何らかの意図があって巫女様の予知を騙り、私を断罪したいだけなのではないかと思った次第です」
周囲の貴族達も、アイシャの言葉に心の中で同意する。
確かにおかしいのだ。
「巫女様が視たことが真実だとして、事件の加害者と被害者は、先ほど殿下がおっしゃった人物で間違いはありませんか?」
「あぁ…。巫女は確かにエマが死んだと言ったのだ。事件現場の暖炉の上には花を咥えた鷲――イーグル家の家紋が飾られている。
犯人の女は青い髪で薄紫のレースをあしらったドレスを着ていたと。
アイシャ・イーグル、君しかありえないんだ!」
「殿下…」
アイシャは右手の指を三本立てた。
「殿下、植物と鳥を組み合わせた家紋はイーグル家以外にも3つございます。
ホークス家、スワン家、クロウ家。
このうち花を咥えているのは、スワン家のみです。
スワン家の鳥は白鳥ですので、巫女様が鷲と見間違えることはありえないでしょう」
「そうだろう!ならばやはり花を咥える鷲はイーグル家で間違いない!君が犯人だ!」
「クロウ家は石を咥えたカラスですので、こちらも見間違いはないでしょう。
残るホークス家の家紋ですが、五つ葉のクローバーを咥え羽ばたく鷹です。
五つ葉のクローバーは珍しく、一見すると花のようにも見えますし、鷹と鷲は図柄ではよりいっそう区別がつきにくいでしょう」
スワン家とクロウ家は、犯人候補から外れてほっとした。
ホークス家はこの後のアイシャの発言如何によっては、イーグル家を訴えるつもりだ。
「…ホークス家に罪をなすりつけるつもりか?」
「殿下、巫女様はなんと仰ったのですか? 家紋の鳥は羽ばたいておりましたか?それとも羽を休めておりましたか?」
「何?」
「花はどのような形をしておりましたか? 花びらは何枚でしょうか」
「……」
リュウには答えられない。
花を咥えた鷲としか聞いていない。
「我が国では花を咥えた鷲の家紋は、イーグル家のみです。ですが、隣国にも花と鷲の家紋がございます。
桔梗を咥えた鷲、タンポポを咥えて旋回する鷲、コスモスを啄む鷲などもございます。
巫女様が視た家紋は、間違いなく我が国のものだったのでしょうか。
もしくは、暖炉の上に飾られていたものは家紋とは無関係の絵画やタペストリーだった可能性はありませんか?」
「それは――っ!」
王子が答えに窮したのを好機とみて、アイシャは追求する。
「この国には私と同じ青い髪の女性が少なくありません。巫女様の視た女性の年齢はおいくつだったのでしょうか?
薄紫のレースのドレスは、確かに私のお気に入りでよく身につけておりました。
ですが薄紫を好む女性は私だけではありませんし、この色のドレスを私が独占しているわけではございません。
巫女様が視たドレスのデザインは、間違いなく私が好んで着用するドレスと同型だったのですか?
それに――」
アイシャは王子を真っ直ぐに見据えていった。
「巫女様は間違いなくこの私、アイシャ・イーグルが犯人だとおっしゃったのですか?」
「…」
返答はない。
リュウは混乱して何も言えなくなっていた。
自分は悪くないはずだ。だって巫女が言ったのだから。
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