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18.王子
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リーナの護衛を引き受けてから一カ月が経過した。
特に問題もなくレベリングは続いている。
レベルの上昇に伴い、リーナは上級魔法が扱えるようになった。
火と水の上級魔法が扱えるようになり、微笑ましいくらい彼女は喜んでいた。
「私、2人に護衛をお願いして良かったと思います! これなら殿下も私を認めてくれるはずです!」
「良かったですね、リーナ様」
「ふふ、ありがとう!」
あふれんばかりの笑顔を浮かべる彼女だったが、その笑顔は長くは続かなかった。
「お嬢様、鍛錬ご苦労様でした。実は本日、レオン殿下がお越しになっています」
「どういうことでしょうか? なぜ先触れもなく殿下は来られたのですか?」
不審に思ったらしく、リーナはローレンを問い質した。
「まさか、あなたが鍛錬のことを告げ口したのですか?」
「殿下に誤解を与える前に説明した方がよいと判断しました。ミト殿からも是非話を聞きたいと」
「勝手なことを……!」
本当に勝手なことをする男だ。
俺は相手の心を支配するドミネイトという魔法を発動させた。
これは魔人のジョブを得たことで、闇魔法に覚醒して手に入った魔法の一つだ。
この世界では魔法を身につける為に魔導書が必要だが、俺の場合はなぜか不要だった。
まあ、これもスキルの力なんだろうな。
ドミネイトは、自分よりレベルが低い相手の心を支配する魔法だ。
心を操るなんて恐ろしいスキル、本当は使いたくはなかった。
しかし、こいつの口は今割らせておいた方がよさそうだ。
「どうやって殿下をこの屋敷に呼んだんだ?」
俺の術中に嵌まったローランは、ペラペラと聞かれてないことまで語りだした。
「婚約者の暴走を放置すれば、殿下の管理不足が問われると進言してやったのだ。殿下に取り次ぐのに時間が掛かったが、ようやく邪魔者を排除できる。この男が現れる以前の、平穏な日常が戻ってくるのだ!」
「……そうですか。残念です。あなたは自分のエゴで私を裏切ったと言うのですね」
「はっ」
ドミネイトを解除してやる。
いらぬことを口走った男は、慌てて土下座をした。
「私が傍にいることがお嬢様の為になると判断したからこそ、殿下に報告をしたのです! 決してお嬢様を裏切ろうなどとは!」
「もういいです。父には私から話を通しておきます。信頼関係が崩れた以上、あなたを傍におくことはできません」
「お嬢様、どうかお考え直しを! この男はいつかきっと災いを――」
「黙りなさい! この方への侮辱は私が許しません!」
失言騎士は土下座をしたまま許しを乞う。
しかし、リーナは無視してローレンの隣を横切った。
「エレナ、すまないが家で待っていてくれるか」
「無事に戻ってきてね?」
エレナを転移させると、リーナに謝罪された。
「申し訳ありません。ローレンの勝手でこのような事態に……。あなたを巻き込むつもりはありませんでした」
「まあ、乗りかかった船だ。気楽に行こう」
「あなたという人は……」
呆れつつも、一瞬だけ微笑んでくれた。
しかし、すぐに引き締まった表情に変わる。
リーナに追従し、俺は王子が待つ屋敷へと足を踏み入れた。
「遅かったな。随分と厳しい鍛錬をしていたようだ」
応接間には、まるで屋敷の主のように振る舞う男がいた。
この国の王子、レオン・シャイエ・シルヴェストルだ。
驚いたことに、レベルが31もある。
美しい顔立ちのレオンは、無感動にリーナを見つめている。
その冷めきった瞳に、親愛の情は一切感じられなかった。
「殿下、わざわざ屋敷を訪ねてくださりありがとうございます」
「ああ、構わないよ。君の騎士から面白い話を聞いてね。平民を護衛に取り立てて何やら足掻いてるようだったから、話を聞こうと思ったんだ」
言葉の節々から、リーナを馬鹿にしてるのが分かる。信じられないくらい険悪な関係のようだ。
「護衛の騎士すら手なずけられぬ分際で王妃を担おうとは片腹痛いが、君の意見も聞いてやろう。その男はなんだ?」
「ミト様は騎士の教育を受けた訳ではありませんが、優秀な護衛です。迷宮の2層で壊滅するところだった私とローレンを救ってくれました」
「なるほど。しかし、婚約期間中でありながら私的に護衛をつけるのはいかがなものかと思う。妃教育だけは全うにこなしてると思ったが、ここまで非常識とはな」
言葉選びがいちいちキツいな。リーナはショックを受けたように俯いた。
「男の方の意見も聞こうか。彼女は私の婚約者なのだが、それを知った上で近づいたのかな?」
リーナは力なく首を横に振っている。しかし、俺は無視した。
「当然だ。あんたがいらないっていうなら、俺が引き取ってやるよ」
「ミト様、いけません!」
「くくく……。アシル・カバネルよ。王族に対してその口の利きよう。お前が侯爵家の嫡男でなければ不敬罪だぞ」
「え……? あなたはアシル? まさか、アシル・カバネルだと言うのですか?」
リーナの方は気づいてなかったらしい。アシルがどの程度社交界に顔を出していたか知らないが、素行不良のクソ息子だ。父であるカバネル侯爵は、極力息子をパーティーに参加させなかったはずだ。この場合、俺の面を知ってるレオンの方が異常だと言える。
「なぜ俺の顔を知っている」
「貴族名鑑に乗っている顔だ。王族として覚えておくのは当然だろう? 駒にならん二流三流のカスを要職に就けるわけにはいかないからな」
蔑むような言い方だ。実際、馬鹿にしているんだろう。
「さてリーナ。お前は馬鹿だからハッキリ伝えておくが、今さら魔法が使えるようになったところで、お前を愛する気はない。その忌まわしい黒髪が理由だ」
「私はこの髪に誇りを持っています」
「知らん。不快だ。気分が悪くなる」
リーナが俯くが、レオンは一切省みなかった。
「この際だからハッキリ言わせてもらうが、お前がどれだけ足掻こうが一番はミーシャだ。お前に出来るのは、二番目としての自覚を持ってミーシャを支えることだけだ」
「妃教育すら受けてない男爵令嬢に王妃の座を譲れと言うのですか」
「そう言ったつもりだが?」
「私は、殿下の妻になる為に努力をし続けてきたのです! それを……こんな扱いは我慢できません!」
「ならば辞退するといい。公爵家の後ろ盾は欲しいが、お前である必要などない。適任の者がいれば勝手に送ってくるだろう」
「そんな……」
「まったく、才女という割には理解が遅いな。とにかく、後宮に入りたければ、最低限髪は金髪に染めてミーシャを支えると約束することだ。そうすれば後宮には入れてやる。だが、もし次に会った時染めていなければ、お前は婚約者を辞退したと見なす。これは決定事項だ」
一方的に伝えると、王子は護衛を伴って屋敷を出ていった。呆然と婚約者を見送るリーナが痛々しかった。
「大丈夫か?」
「ええ。いつものことですから。お恥ずかしい姿を見せてしまいましたね」
「せっかく魔法覚えたのにな」
「もういいんです。あなたのいうとおりでしたね。最初から分かり切っていたことなのに、無駄な時間を取らせてしまい申し訳ありません」
「意地を張るな」
「あの、こういうことは困ります。私には婚約者が……」
抵抗するリーナを無視して抱きしめる。
頭を撫でてやるとすぐに抵抗はやんだ。
「うぅ……あぁぁぁぁ!!!」
彼女は叫ぶように泣き始めた。
俺の胸を叩いて、よほど悔しかったんだろう。
一カ月共に戦った仲間として、胸を貸すくらいはできる。
きっと、エレナだってこの場にいたら同じことをしたはずだ。
(……決して浮気なんかじゃないからな)
俺の胸で嗚咽を漏らし、泣き晴らした彼女は少しだけマシな顔になった。
目が腫れぼったいが、それだけ感情が決壊していたということだ。
「お恥ずかしいところをお見せしました」
「気にするな。今度はエレナも連れてくるから、一人で抱え込まないようにな」
「……ありがとうございます。本当に、感謝しています。私個人の味方はあなた達だけですから」
本当はリーナを一人にしたくない。
しかし、俺には待っている人がいる。
後ろ髪を引かれる思いでリーナを屋敷に残し、俺は転移魔法で帰宅した。
「良かった! 無事に戻ってくれて安心したわ」
再会したエレナと抱きしめあう。しかし、すぐに「ん……。香水の匂い。リーナ様!?」と気づかれてしまった。
「何があったか話してちょうだい」
「あー。うん。そうだな」
俺は屋敷であったことの一部始終を伝えた。
詳しい内容を聞いたエレナは、怒りを堪えているようだった。
「……酷すぎる。リーナ様は辛かったでしょうね」
エレナは優しいな。それに比べてあのクソ王子め。元日本人として、黒髪をあそこまで貶されると処したくなる。
(潰すか?)
あんなに調子に乗ってるのは、挫折を味わったことがないからだろう。あのままじゃ遅かれ早かれ王国の未来にも支障をきたしそうだ。それは、俺とエレナの人生にも影響することだと思う。トップが馬鹿だと国は傾くからな。
俺はやることリストに王子の人生を破壊することを追記した。
それから3日間、俺とエレナはリーナのことを心配しながら日々を過ごしていた。リーナは学園を休んでいるようで、連絡はない。
俺はエレナを強化する為、迷宮と屋敷を往復する生活を続けていた。リーナはメキメキと腕を上げて、強化状態なら3層でも戦えるレベルになっている。しかし、3層から4層に上がると話は変わってくる。
3層で生成される魔物のレベルが30とするなら、4層に出現する魔物は40~50だ。
1層から3層までは、上の階層に上がると順当に敵のレベルが上がっていくのに対して、4層に行くと一気に敵の最低レベルが10も繰り上がる。上限に至っては20だ。最早詐欺レベルだと思う。
3層で安定して潜れてる連中も、敵のレベルが一気に10~20も上がれば話は別だろう。4層に上がった途端、一気に探索者を見かけなくなったのも頷ける。危険すぎて誰も近づけないに違いない。
エレナが「ねえ、この調子なら4層も行けそうよね?」と言ってきた時には、「駄目だ!」と思わず大声で遮ってしまった。それくらい、4層はヤバい。俺はともかく、スキルを持たないエレナじゃ歯が立たないレベルで。
そんな訳で、しばらくは3層に留まることになりそうだ。初心者帯と呼ばれることの多い3層だが、それでも安定して探索ができれば実入りは多い。特に焦るようなこともなく、毎日迷宮に潜りつつも、落ち着いた日々を過ごせている。こんな生活を俺は求めていた。仕事に追われるようなこともなく、夢が叶った気分だ。
今日は午前で探索を終えて、午後は屋敷でゆっくりとティータイムにしている。
向かいの椅子に座るエレナは、品のある所作で陶器のカップに口をつけている。所作の一つ一つが綺麗で、平民の俺とは大違いだ。
「リーナ様からの連絡はないのね」
「そうだな。こちらからも手紙くらい出そうか」
「様子も気になるし、一度訪ねてみたら?」
リーナを案ずる気持ちが伝わってきた。
迷宮内でのリーナとの連携は素晴らしかった。
言葉は多く交わさずとも、彼女たちは紛れもない仲間だったんだ。
「……そうだな」
短い付き合いではあるが、俺としても泣きじゃくる姿を見ていたこともあり、心配ではあった。俺はリーナに向けて手紙を書いてみることにした。
特に問題もなくレベリングは続いている。
レベルの上昇に伴い、リーナは上級魔法が扱えるようになった。
火と水の上級魔法が扱えるようになり、微笑ましいくらい彼女は喜んでいた。
「私、2人に護衛をお願いして良かったと思います! これなら殿下も私を認めてくれるはずです!」
「良かったですね、リーナ様」
「ふふ、ありがとう!」
あふれんばかりの笑顔を浮かべる彼女だったが、その笑顔は長くは続かなかった。
「お嬢様、鍛錬ご苦労様でした。実は本日、レオン殿下がお越しになっています」
「どういうことでしょうか? なぜ先触れもなく殿下は来られたのですか?」
不審に思ったらしく、リーナはローレンを問い質した。
「まさか、あなたが鍛錬のことを告げ口したのですか?」
「殿下に誤解を与える前に説明した方がよいと判断しました。ミト殿からも是非話を聞きたいと」
「勝手なことを……!」
本当に勝手なことをする男だ。
俺は相手の心を支配するドミネイトという魔法を発動させた。
これは魔人のジョブを得たことで、闇魔法に覚醒して手に入った魔法の一つだ。
この世界では魔法を身につける為に魔導書が必要だが、俺の場合はなぜか不要だった。
まあ、これもスキルの力なんだろうな。
ドミネイトは、自分よりレベルが低い相手の心を支配する魔法だ。
心を操るなんて恐ろしいスキル、本当は使いたくはなかった。
しかし、こいつの口は今割らせておいた方がよさそうだ。
「どうやって殿下をこの屋敷に呼んだんだ?」
俺の術中に嵌まったローランは、ペラペラと聞かれてないことまで語りだした。
「婚約者の暴走を放置すれば、殿下の管理不足が問われると進言してやったのだ。殿下に取り次ぐのに時間が掛かったが、ようやく邪魔者を排除できる。この男が現れる以前の、平穏な日常が戻ってくるのだ!」
「……そうですか。残念です。あなたは自分のエゴで私を裏切ったと言うのですね」
「はっ」
ドミネイトを解除してやる。
いらぬことを口走った男は、慌てて土下座をした。
「私が傍にいることがお嬢様の為になると判断したからこそ、殿下に報告をしたのです! 決してお嬢様を裏切ろうなどとは!」
「もういいです。父には私から話を通しておきます。信頼関係が崩れた以上、あなたを傍におくことはできません」
「お嬢様、どうかお考え直しを! この男はいつかきっと災いを――」
「黙りなさい! この方への侮辱は私が許しません!」
失言騎士は土下座をしたまま許しを乞う。
しかし、リーナは無視してローレンの隣を横切った。
「エレナ、すまないが家で待っていてくれるか」
「無事に戻ってきてね?」
エレナを転移させると、リーナに謝罪された。
「申し訳ありません。ローレンの勝手でこのような事態に……。あなたを巻き込むつもりはありませんでした」
「まあ、乗りかかった船だ。気楽に行こう」
「あなたという人は……」
呆れつつも、一瞬だけ微笑んでくれた。
しかし、すぐに引き締まった表情に変わる。
リーナに追従し、俺は王子が待つ屋敷へと足を踏み入れた。
「遅かったな。随分と厳しい鍛錬をしていたようだ」
応接間には、まるで屋敷の主のように振る舞う男がいた。
この国の王子、レオン・シャイエ・シルヴェストルだ。
驚いたことに、レベルが31もある。
美しい顔立ちのレオンは、無感動にリーナを見つめている。
その冷めきった瞳に、親愛の情は一切感じられなかった。
「殿下、わざわざ屋敷を訪ねてくださりありがとうございます」
「ああ、構わないよ。君の騎士から面白い話を聞いてね。平民を護衛に取り立てて何やら足掻いてるようだったから、話を聞こうと思ったんだ」
言葉の節々から、リーナを馬鹿にしてるのが分かる。信じられないくらい険悪な関係のようだ。
「護衛の騎士すら手なずけられぬ分際で王妃を担おうとは片腹痛いが、君の意見も聞いてやろう。その男はなんだ?」
「ミト様は騎士の教育を受けた訳ではありませんが、優秀な護衛です。迷宮の2層で壊滅するところだった私とローレンを救ってくれました」
「なるほど。しかし、婚約期間中でありながら私的に護衛をつけるのはいかがなものかと思う。妃教育だけは全うにこなしてると思ったが、ここまで非常識とはな」
言葉選びがいちいちキツいな。リーナはショックを受けたように俯いた。
「男の方の意見も聞こうか。彼女は私の婚約者なのだが、それを知った上で近づいたのかな?」
リーナは力なく首を横に振っている。しかし、俺は無視した。
「当然だ。あんたがいらないっていうなら、俺が引き取ってやるよ」
「ミト様、いけません!」
「くくく……。アシル・カバネルよ。王族に対してその口の利きよう。お前が侯爵家の嫡男でなければ不敬罪だぞ」
「え……? あなたはアシル? まさか、アシル・カバネルだと言うのですか?」
リーナの方は気づいてなかったらしい。アシルがどの程度社交界に顔を出していたか知らないが、素行不良のクソ息子だ。父であるカバネル侯爵は、極力息子をパーティーに参加させなかったはずだ。この場合、俺の面を知ってるレオンの方が異常だと言える。
「なぜ俺の顔を知っている」
「貴族名鑑に乗っている顔だ。王族として覚えておくのは当然だろう? 駒にならん二流三流のカスを要職に就けるわけにはいかないからな」
蔑むような言い方だ。実際、馬鹿にしているんだろう。
「さてリーナ。お前は馬鹿だからハッキリ伝えておくが、今さら魔法が使えるようになったところで、お前を愛する気はない。その忌まわしい黒髪が理由だ」
「私はこの髪に誇りを持っています」
「知らん。不快だ。気分が悪くなる」
リーナが俯くが、レオンは一切省みなかった。
「この際だからハッキリ言わせてもらうが、お前がどれだけ足掻こうが一番はミーシャだ。お前に出来るのは、二番目としての自覚を持ってミーシャを支えることだけだ」
「妃教育すら受けてない男爵令嬢に王妃の座を譲れと言うのですか」
「そう言ったつもりだが?」
「私は、殿下の妻になる為に努力をし続けてきたのです! それを……こんな扱いは我慢できません!」
「ならば辞退するといい。公爵家の後ろ盾は欲しいが、お前である必要などない。適任の者がいれば勝手に送ってくるだろう」
「そんな……」
「まったく、才女という割には理解が遅いな。とにかく、後宮に入りたければ、最低限髪は金髪に染めてミーシャを支えると約束することだ。そうすれば後宮には入れてやる。だが、もし次に会った時染めていなければ、お前は婚約者を辞退したと見なす。これは決定事項だ」
一方的に伝えると、王子は護衛を伴って屋敷を出ていった。呆然と婚約者を見送るリーナが痛々しかった。
「大丈夫か?」
「ええ。いつものことですから。お恥ずかしい姿を見せてしまいましたね」
「せっかく魔法覚えたのにな」
「もういいんです。あなたのいうとおりでしたね。最初から分かり切っていたことなのに、無駄な時間を取らせてしまい申し訳ありません」
「意地を張るな」
「あの、こういうことは困ります。私には婚約者が……」
抵抗するリーナを無視して抱きしめる。
頭を撫でてやるとすぐに抵抗はやんだ。
「うぅ……あぁぁぁぁ!!!」
彼女は叫ぶように泣き始めた。
俺の胸を叩いて、よほど悔しかったんだろう。
一カ月共に戦った仲間として、胸を貸すくらいはできる。
きっと、エレナだってこの場にいたら同じことをしたはずだ。
(……決して浮気なんかじゃないからな)
俺の胸で嗚咽を漏らし、泣き晴らした彼女は少しだけマシな顔になった。
目が腫れぼったいが、それだけ感情が決壊していたということだ。
「お恥ずかしいところをお見せしました」
「気にするな。今度はエレナも連れてくるから、一人で抱え込まないようにな」
「……ありがとうございます。本当に、感謝しています。私個人の味方はあなた達だけですから」
本当はリーナを一人にしたくない。
しかし、俺には待っている人がいる。
後ろ髪を引かれる思いでリーナを屋敷に残し、俺は転移魔法で帰宅した。
「良かった! 無事に戻ってくれて安心したわ」
再会したエレナと抱きしめあう。しかし、すぐに「ん……。香水の匂い。リーナ様!?」と気づかれてしまった。
「何があったか話してちょうだい」
「あー。うん。そうだな」
俺は屋敷であったことの一部始終を伝えた。
詳しい内容を聞いたエレナは、怒りを堪えているようだった。
「……酷すぎる。リーナ様は辛かったでしょうね」
エレナは優しいな。それに比べてあのクソ王子め。元日本人として、黒髪をあそこまで貶されると処したくなる。
(潰すか?)
あんなに調子に乗ってるのは、挫折を味わったことがないからだろう。あのままじゃ遅かれ早かれ王国の未来にも支障をきたしそうだ。それは、俺とエレナの人生にも影響することだと思う。トップが馬鹿だと国は傾くからな。
俺はやることリストに王子の人生を破壊することを追記した。
それから3日間、俺とエレナはリーナのことを心配しながら日々を過ごしていた。リーナは学園を休んでいるようで、連絡はない。
俺はエレナを強化する為、迷宮と屋敷を往復する生活を続けていた。リーナはメキメキと腕を上げて、強化状態なら3層でも戦えるレベルになっている。しかし、3層から4層に上がると話は変わってくる。
3層で生成される魔物のレベルが30とするなら、4層に出現する魔物は40~50だ。
1層から3層までは、上の階層に上がると順当に敵のレベルが上がっていくのに対して、4層に行くと一気に敵の最低レベルが10も繰り上がる。上限に至っては20だ。最早詐欺レベルだと思う。
3層で安定して潜れてる連中も、敵のレベルが一気に10~20も上がれば話は別だろう。4層に上がった途端、一気に探索者を見かけなくなったのも頷ける。危険すぎて誰も近づけないに違いない。
エレナが「ねえ、この調子なら4層も行けそうよね?」と言ってきた時には、「駄目だ!」と思わず大声で遮ってしまった。それくらい、4層はヤバい。俺はともかく、スキルを持たないエレナじゃ歯が立たないレベルで。
そんな訳で、しばらくは3層に留まることになりそうだ。初心者帯と呼ばれることの多い3層だが、それでも安定して探索ができれば実入りは多い。特に焦るようなこともなく、毎日迷宮に潜りつつも、落ち着いた日々を過ごせている。こんな生活を俺は求めていた。仕事に追われるようなこともなく、夢が叶った気分だ。
今日は午前で探索を終えて、午後は屋敷でゆっくりとティータイムにしている。
向かいの椅子に座るエレナは、品のある所作で陶器のカップに口をつけている。所作の一つ一つが綺麗で、平民の俺とは大違いだ。
「リーナ様からの連絡はないのね」
「そうだな。こちらからも手紙くらい出そうか」
「様子も気になるし、一度訪ねてみたら?」
リーナを案ずる気持ちが伝わってきた。
迷宮内でのリーナとの連携は素晴らしかった。
言葉は多く交わさずとも、彼女たちは紛れもない仲間だったんだ。
「……そうだな」
短い付き合いではあるが、俺としても泣きじゃくる姿を見ていたこともあり、心配ではあった。俺はリーナに向けて手紙を書いてみることにした。
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