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数値に出ねえ仕事
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その迷宮は、本来なら危険度Aとされていた。
だが、俺たちのパーティはここをすでに三度攻略している。
死人は出ていない。大きな怪我人もいない。
――優秀な前衛と強力な後方支援があれば、どんな迷宮も踏破できる。
それはパーティのリーダーであるラグスの弁だ。
「ロガン、前に出ろ! セリアは火力集中! 一気に叩くぞ!」
号令を飛ばすラグスの声が、迷宮の奥に響く。
俺はその少し後ろ、いつもの定位置に収まり、静かに魔力を巡らせた。
音もなく結界を展開する。
目に見えない膜が、空間に溶けるように広がる。
魔物の動きが、ほんのわずかに鈍る――ような気がした。
爪の軌道がずれ、牙の威力が落ちた――かもしれない。
誰も、それを判断できない。
結界を行使している当人でさえそうなのだから、仲間だって同じだろう。
「今日も調子がいいぜ。ミルト、お前の回復は出番なしかもな!」
前衛のロガンが、盾で魔物を弾きながら吐き捨てる。
「当たり前でしょ。私の火力が安定してるもの」
後方からセリアが得意げに言う。
炎の魔法が魔物を包み込み、焼き尽くす。
治癒師のミルトは、息をつく余裕すらあった。
「……回復、まだ余裕あります」
俺が張っている結界がなければ……。
ロガンはもっと殴られ、セリアはもっと魔力を消耗し、ミルトは回復に追われていた――かもしれない。
だが、それは「もしかしたら」の話だ。
現実には、誰も分かっていない。
「討伐完了! 魔石回収!」
ラグスの声が響いた瞬間、この戦いは成功した討伐として記録される。
討伐数、16体。被害、軽微。
結界についての記録は、どこにも残らない。
報告も求められない。
パーティメンバーが仕事を終えた充実感と共に談笑するなか、俺は今日も首を傾げている。
さて、俺の結界はどれだけこのパーティに貢献したのだろうと。
◇
酒場で祝杯をあげたのは、その日の夜だった。
「あの迷宮、本当に危険度Aだったのか? Cくらいに感じたぜ」
ラグスが上機嫌に杯を傾ける。
ギルドへの報告書は、すでにミルトが書き終えた。
俺も報告書くらいは書けるが、一番の後輩であるミルトの仕事になっている。
古参と言うだけででかい顔をしているようで気が引けるが、面と向かって文句を言われたことはない。……今のところは。
「今回の評価も高いはずです。討伐数は大きくクリアしてますから」
ミルトがそう言って、ちらりと俺を見る。
その視線には、敬意も感謝もない。
「……なあ」
ラグスが突然俺に向き直った。
「フィン。お前、今日の仕事で何かしたか?」
一瞬、言葉に詰まる。
「……そうだな。荷物持ちと結界を張る仕事をしたよ」
「それだよ」
ラグスは鼻で笑った。
「その結界ってやつ、本当に役に立ってんのか? お前抜きで迷宮に行ったけど、あまり実感が湧かなかったんだよな」
「皆でそんなことしてたのか?」
「あの、軽く潜っただけですよ? フィンさんが休みを取ったときに、一層だけ」
「ミルトはいい奴だなぁ! 俺だったらハッキリ言っちまうぜ? フィン、お前の結界の効果は分からん! なーんにも困らんかったとな!」
ロガンが大笑いすると、釣られてラグスがニヤついた。
「気悪くするなって。ちょっと興味本位で試しただけさ」
「……だが、危険感知は役に立っているはずだ」
「あ?」
俺の反論が気に入らなかったのか、ラグスからの圧が強まった。
「ラグス、あまり虐めたら可哀そうよ。フィンの自尊心を折る気?」
「お前が甘やかすからつけあがるんだ。リーダーである俺に反論したの見てただろ?」
ラグスがムキになっている。
こうなると、もう誰にも止められない。
「ラグス。悪かったよ」
「そう思うなら土下座でもしてみせろよ」
ラグスの眼は本気だ。冗談を言ってる顔じゃない。
「土下座はできない。そんなことをしたら、もうギルドに顔を出せなくなる」
「だったら、もう顔を出さなきゃいいだろ」
パーティの空気が一瞬で冷えた。
「今のギルドの評価基準はな、討伐数だ。どれだけ倒せたか。どれだけ早かったか。大事なのは火力と、それを支える盾だ」
ラグスはロガンとセリアを指差す。
「お前は何だ? 魔物の弱体化? それって本当に必要なのか? 危険感知だってセリアができるんだぜ?」
肩をすくめて吐き捨てる。
「寄生虫だろ。お前がいなくても、俺たちはやれる」
反論しようとして――やめた。
実際のところ、俺自身にも分からなかったからだ。
本当に、俺の結界は役に立っていたのか。
それを数値で示すことはできなかった。
「数値に出ねえ仕事はいらねえんだよ」
「……分かった」
俺は静かに立ち上がった。
「今日限りで、抜ける」
「お? えらくあっさりだな」
「元々、お情けで置いてもらってただけだ。これ以上、迷惑をかけるわけにはいかない」
そう言って酒場を出た。
誰も、俺を追いかけてきたりはしなかった。
代わりに――
「セリア、お前慰めてやれよ。フィンが凹んじまったじゃねえか!」
「あの、いいんですか? 古い友人なんですよね? 役には立ってませんでしたけど……」
「お前、ストレートすぎ! でもウケるしパーティに入れてよかったわ~」
仲間たちの笑い声が聞こえる。
夜風が冷たいせいだろう。
身体の震えが止まらない。
「……明日になったら、職を探さないとな」
王都の月明かりだけが、優しく俺を照らしていた。
だが、俺たちのパーティはここをすでに三度攻略している。
死人は出ていない。大きな怪我人もいない。
――優秀な前衛と強力な後方支援があれば、どんな迷宮も踏破できる。
それはパーティのリーダーであるラグスの弁だ。
「ロガン、前に出ろ! セリアは火力集中! 一気に叩くぞ!」
号令を飛ばすラグスの声が、迷宮の奥に響く。
俺はその少し後ろ、いつもの定位置に収まり、静かに魔力を巡らせた。
音もなく結界を展開する。
目に見えない膜が、空間に溶けるように広がる。
魔物の動きが、ほんのわずかに鈍る――ような気がした。
爪の軌道がずれ、牙の威力が落ちた――かもしれない。
誰も、それを判断できない。
結界を行使している当人でさえそうなのだから、仲間だって同じだろう。
「今日も調子がいいぜ。ミルト、お前の回復は出番なしかもな!」
前衛のロガンが、盾で魔物を弾きながら吐き捨てる。
「当たり前でしょ。私の火力が安定してるもの」
後方からセリアが得意げに言う。
炎の魔法が魔物を包み込み、焼き尽くす。
治癒師のミルトは、息をつく余裕すらあった。
「……回復、まだ余裕あります」
俺が張っている結界がなければ……。
ロガンはもっと殴られ、セリアはもっと魔力を消耗し、ミルトは回復に追われていた――かもしれない。
だが、それは「もしかしたら」の話だ。
現実には、誰も分かっていない。
「討伐完了! 魔石回収!」
ラグスの声が響いた瞬間、この戦いは成功した討伐として記録される。
討伐数、16体。被害、軽微。
結界についての記録は、どこにも残らない。
報告も求められない。
パーティメンバーが仕事を終えた充実感と共に談笑するなか、俺は今日も首を傾げている。
さて、俺の結界はどれだけこのパーティに貢献したのだろうと。
◇
酒場で祝杯をあげたのは、その日の夜だった。
「あの迷宮、本当に危険度Aだったのか? Cくらいに感じたぜ」
ラグスが上機嫌に杯を傾ける。
ギルドへの報告書は、すでにミルトが書き終えた。
俺も報告書くらいは書けるが、一番の後輩であるミルトの仕事になっている。
古参と言うだけででかい顔をしているようで気が引けるが、面と向かって文句を言われたことはない。……今のところは。
「今回の評価も高いはずです。討伐数は大きくクリアしてますから」
ミルトがそう言って、ちらりと俺を見る。
その視線には、敬意も感謝もない。
「……なあ」
ラグスが突然俺に向き直った。
「フィン。お前、今日の仕事で何かしたか?」
一瞬、言葉に詰まる。
「……そうだな。荷物持ちと結界を張る仕事をしたよ」
「それだよ」
ラグスは鼻で笑った。
「その結界ってやつ、本当に役に立ってんのか? お前抜きで迷宮に行ったけど、あまり実感が湧かなかったんだよな」
「皆でそんなことしてたのか?」
「あの、軽く潜っただけですよ? フィンさんが休みを取ったときに、一層だけ」
「ミルトはいい奴だなぁ! 俺だったらハッキリ言っちまうぜ? フィン、お前の結界の効果は分からん! なーんにも困らんかったとな!」
ロガンが大笑いすると、釣られてラグスがニヤついた。
「気悪くするなって。ちょっと興味本位で試しただけさ」
「……だが、危険感知は役に立っているはずだ」
「あ?」
俺の反論が気に入らなかったのか、ラグスからの圧が強まった。
「ラグス、あまり虐めたら可哀そうよ。フィンの自尊心を折る気?」
「お前が甘やかすからつけあがるんだ。リーダーである俺に反論したの見てただろ?」
ラグスがムキになっている。
こうなると、もう誰にも止められない。
「ラグス。悪かったよ」
「そう思うなら土下座でもしてみせろよ」
ラグスの眼は本気だ。冗談を言ってる顔じゃない。
「土下座はできない。そんなことをしたら、もうギルドに顔を出せなくなる」
「だったら、もう顔を出さなきゃいいだろ」
パーティの空気が一瞬で冷えた。
「今のギルドの評価基準はな、討伐数だ。どれだけ倒せたか。どれだけ早かったか。大事なのは火力と、それを支える盾だ」
ラグスはロガンとセリアを指差す。
「お前は何だ? 魔物の弱体化? それって本当に必要なのか? 危険感知だってセリアができるんだぜ?」
肩をすくめて吐き捨てる。
「寄生虫だろ。お前がいなくても、俺たちはやれる」
反論しようとして――やめた。
実際のところ、俺自身にも分からなかったからだ。
本当に、俺の結界は役に立っていたのか。
それを数値で示すことはできなかった。
「数値に出ねえ仕事はいらねえんだよ」
「……分かった」
俺は静かに立ち上がった。
「今日限りで、抜ける」
「お? えらくあっさりだな」
「元々、お情けで置いてもらってただけだ。これ以上、迷惑をかけるわけにはいかない」
そう言って酒場を出た。
誰も、俺を追いかけてきたりはしなかった。
代わりに――
「セリア、お前慰めてやれよ。フィンが凹んじまったじゃねえか!」
「あの、いいんですか? 古い友人なんですよね? 役には立ってませんでしたけど……」
「お前、ストレートすぎ! でもウケるしパーティに入れてよかったわ~」
仲間たちの笑い声が聞こえる。
夜風が冷たいせいだろう。
身体の震えが止まらない。
「……明日になったら、職を探さないとな」
王都の月明かりだけが、優しく俺を照らしていた。
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