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旅の終わり
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九日目の朝、空気が変わった。
息を吸うたび、肺の奥がひりつく。
王都の冷え込みとは質が違う。
湿り気のない、骨まで凍るような寒さだ。
「……寒い」
誰かがそう呟いたが、否定する者はいなかった。
街道の先、霧の向こうに石壁が見え始める。
厚く、無駄のない造り。
威圧感だけで言えば、王都の外壁よりよほど重い。
「あれがグランフォードだ」
騎士の一人、レオンが言った。
「おお、ついに……」
「無事にたどり着いたんだ」
不安を抱えながらも、仲間たちは無事の到着を喜び合っている。
(……噂には聞いていたが、堅牢だな)
砦を兼ねた関門は、実用一点張りだった。
装飾はなく、見張り台の配置には死角がない。
門が開き、馬車が中へ入る。
中は静かだった。
人がいないわけじゃない。
だが、生活の音が少ない。
歩く者は皆、足早で視線が低い。
王都と比べて陰気だ。
それが、彼らに対する第一印象だった。
◇
グランフォードに到着してから、まず向かったのは領主が住まう城だった。
石造りの城は質実剛健で、温かみはない。
大広間に通され、騎士たちが整列する。
入植希望者は別室で待機となったが、俺はオッサンらしく代表として同席することになった。
ほどなくして、現れたのは壮年の男だった。
白髪混じり、深い皺。表情は険しい。
鋭い眼光で一瞥されて、思わず背筋を正した。
「報告を」
短い言葉だった。
騎士が一歩前に出る。
「入植団、予定通り到着しました。ただし……」
一瞬、間が空く。
「目標としていた人数には達しませんでした」
領主――ガルド・ヴァルグリムの眉がわずかに動く。
「……そうか」
それだけだった。
怒鳴りもしない。
慰めもしない。
ただ、事実として受け止めた顔だ。
「入植者の人数は?」
「……六名です」
「やはり少ないな」
「リリカ様は懸命に募集を行ないましたが、これ以上集まりませんでした」
「備えがあると伝えても人は来ない。来ないから、畑は減り街道は荒れる。荒れればさらに人は来なくなる」
淡々とした口調だった。
「悪循環だな」
ガルド卿の視線がこちらへ向く。
「……で。そこの男は何だ」
全員の視線が俺に集まる。
「フィンと申します。元冒険者です」
「彼は結界師です」
せっかく誤魔化したのに、あっさりリリカがバラした。
勝手に俺の人生をハードモードにするのはやめてほしい。
「結界師?」
ガルド卿が鼻で笑う。
王都でも見慣れた反応だ。
今さら心に刺さったりはしない。
「……今まで何人も結界師を招いた。グランフォードの結界を見せたが、何の役にも立たなかったな。結界師とは何をする連中なのか。ついぞ理解する機会を得られなかった」
痛烈な皮肉だった。
ラグスの嘲りに比べたら優しい皮肉だったが。
「お父様、フィンは本物です。彼が張った結界は、確かに騎士たちの助けになりました」
リリカが声を上げる。
しかし、辺境伯の心を動かしたようには見えなかった。
「リリカ、長旅の疲れもあるだろう。今日はゆっくりと休むがよい。さて、自称結界師のフィンよ。貴様は娘に何と言って取り入ったのだ」
視線が冷たく俺を刺す。
リリカのフォローは状況をさらに悪くしたようだ。
娘を欺いた男として目の敵にされているのが、肌で分かる。
「生憎だが、グランフォードに自称結界師を雇う余裕はない。別の職を探すがよい」
「それなら!」
護衛の騎士の一人、ハインツが声を上げた。
あえて空気を読まずに発言してくれたのだろう。
ちらりと俺に目配せして、ハインツはニヤリと笑った。
「フィン殿は料理ができます! 道中、食事によって病人を回復させました。それも、貴重な香辛料を振る舞ってまで……! 彼がいてくれたから我々は士気を保てたのです! グランフォードでも騎士たちの士気を保ってくれるはずです!」
ガルド卿はじっと俺を見た。
「……料理か。よかろう。結界師としてではない。厨房付きの下働きとして置く」
リリカが唇を噛む。
「お父様……。フィンは、白夜結界に取りこぼされたこの地を救ってくれるかもしれません」
「リリカよ。グランフォード辺境伯が、代々憑りつかれる病がある。それは、希望という名の病だ。何人もの領主が、この病でグランフォードの財政を悪化させた。領主の娘として、よく覚えておきなさい」
領主との顔合わせは終わった。
ただ、期待の薄さを知るだけの時間だった。
◇
その後、廊下で。
気まずい空気を感じながら、リリカと共に廊下を歩く。
すると、獣人の少女が俺とリリカに近づいてきた。
「ねえ。話し合いは終わった?」
遠慮のない声だ。
今は救われるような気もするが。
「あれ? 二人とも喧嘩した?」
「……してないわ。ただ、お互いの立場を守っているだけ」
「ふうん?」
にやりと笑う。
「番にならないなら、あたしがなってもいいよ?」
「は?」
思わず素の声が出る。
好かれるようなことをした覚えはないんだが。
まさか、飯を食わせてやったから言ってるとかじゃないよな?
獣人について、俺はあまり詳しくない。
嬉しさよりも困惑が勝った。
「フィンはあたしを差別しないし、強くて好き。あたし、ネネっていうの」
ネネが俺の腕に抱きつく。
リリカがヒュっと息を飲む気配がした。
「離れなさい。今すぐに」
リリカが即座に一歩詰める。
「フィンは私の客人よ。あなたがしていることは重大なマナー違反だわ」
「じゃあ、番になる気はあるんだ?」
「理性を持ちなさい! あなたは私付きの侍女として、常識を学んでもらいます! フィンに近づかないで!」
ぴしゃり。
妙に迫力のあるリリカだが、ネネは通じてないのか不思議そうに小首を傾げた。
「早く自分の男にすればいいのに」
「あなたって……」
「まったく、何を叫んでいるのかと思えば……。ふざけた男だな」
低い声。
まさかと想い振り返ると、ガルド卿が俺を睨んでいた。
「到着早々、女を誑かすとは」
「お、お父様。なぜこちらに」
「久方ぶりに会う娘から、旅の話を聞きたい。当然の親心だろう」
「あ、ありがとうございます」
「そんなことより、だ」
ガルド卿がツカツカと歩いてきたかと思うと、俺の肩をグッと掴んだ。
「まさか、娘に妙な期待を抱いているのではあるまいな。お前は幾つだ。言ってみろ」
「今年で三十です」
「そうか。娘は十七才だ。まだ未成年でな。来年に向けて将来の婿を振るいにかけていくところだ。当然ながら、お前の出る幕じゃない。さっさと荷ほどきをして厨房へ行け。今すぐにだ」
「承知しました」
辺境伯からの評価がまた一段下がった気がした。
まあ、今さらなんだが。
(リリカとの約束、当面は果たせそうにないな)
自嘲気味に思ってしまうが、きっとこの地でしかできない仕事があるはずだ。
リリカからの期待で、そう考えられるようにはなった。
厨房で下働きをしながら、そのときがくるのを待つとしよう。
息を吸うたび、肺の奥がひりつく。
王都の冷え込みとは質が違う。
湿り気のない、骨まで凍るような寒さだ。
「……寒い」
誰かがそう呟いたが、否定する者はいなかった。
街道の先、霧の向こうに石壁が見え始める。
厚く、無駄のない造り。
威圧感だけで言えば、王都の外壁よりよほど重い。
「あれがグランフォードだ」
騎士の一人、レオンが言った。
「おお、ついに……」
「無事にたどり着いたんだ」
不安を抱えながらも、仲間たちは無事の到着を喜び合っている。
(……噂には聞いていたが、堅牢だな)
砦を兼ねた関門は、実用一点張りだった。
装飾はなく、見張り台の配置には死角がない。
門が開き、馬車が中へ入る。
中は静かだった。
人がいないわけじゃない。
だが、生活の音が少ない。
歩く者は皆、足早で視線が低い。
王都と比べて陰気だ。
それが、彼らに対する第一印象だった。
◇
グランフォードに到着してから、まず向かったのは領主が住まう城だった。
石造りの城は質実剛健で、温かみはない。
大広間に通され、騎士たちが整列する。
入植希望者は別室で待機となったが、俺はオッサンらしく代表として同席することになった。
ほどなくして、現れたのは壮年の男だった。
白髪混じり、深い皺。表情は険しい。
鋭い眼光で一瞥されて、思わず背筋を正した。
「報告を」
短い言葉だった。
騎士が一歩前に出る。
「入植団、予定通り到着しました。ただし……」
一瞬、間が空く。
「目標としていた人数には達しませんでした」
領主――ガルド・ヴァルグリムの眉がわずかに動く。
「……そうか」
それだけだった。
怒鳴りもしない。
慰めもしない。
ただ、事実として受け止めた顔だ。
「入植者の人数は?」
「……六名です」
「やはり少ないな」
「リリカ様は懸命に募集を行ないましたが、これ以上集まりませんでした」
「備えがあると伝えても人は来ない。来ないから、畑は減り街道は荒れる。荒れればさらに人は来なくなる」
淡々とした口調だった。
「悪循環だな」
ガルド卿の視線がこちらへ向く。
「……で。そこの男は何だ」
全員の視線が俺に集まる。
「フィンと申します。元冒険者です」
「彼は結界師です」
せっかく誤魔化したのに、あっさりリリカがバラした。
勝手に俺の人生をハードモードにするのはやめてほしい。
「結界師?」
ガルド卿が鼻で笑う。
王都でも見慣れた反応だ。
今さら心に刺さったりはしない。
「……今まで何人も結界師を招いた。グランフォードの結界を見せたが、何の役にも立たなかったな。結界師とは何をする連中なのか。ついぞ理解する機会を得られなかった」
痛烈な皮肉だった。
ラグスの嘲りに比べたら優しい皮肉だったが。
「お父様、フィンは本物です。彼が張った結界は、確かに騎士たちの助けになりました」
リリカが声を上げる。
しかし、辺境伯の心を動かしたようには見えなかった。
「リリカ、長旅の疲れもあるだろう。今日はゆっくりと休むがよい。さて、自称結界師のフィンよ。貴様は娘に何と言って取り入ったのだ」
視線が冷たく俺を刺す。
リリカのフォローは状況をさらに悪くしたようだ。
娘を欺いた男として目の敵にされているのが、肌で分かる。
「生憎だが、グランフォードに自称結界師を雇う余裕はない。別の職を探すがよい」
「それなら!」
護衛の騎士の一人、ハインツが声を上げた。
あえて空気を読まずに発言してくれたのだろう。
ちらりと俺に目配せして、ハインツはニヤリと笑った。
「フィン殿は料理ができます! 道中、食事によって病人を回復させました。それも、貴重な香辛料を振る舞ってまで……! 彼がいてくれたから我々は士気を保てたのです! グランフォードでも騎士たちの士気を保ってくれるはずです!」
ガルド卿はじっと俺を見た。
「……料理か。よかろう。結界師としてではない。厨房付きの下働きとして置く」
リリカが唇を噛む。
「お父様……。フィンは、白夜結界に取りこぼされたこの地を救ってくれるかもしれません」
「リリカよ。グランフォード辺境伯が、代々憑りつかれる病がある。それは、希望という名の病だ。何人もの領主が、この病でグランフォードの財政を悪化させた。領主の娘として、よく覚えておきなさい」
領主との顔合わせは終わった。
ただ、期待の薄さを知るだけの時間だった。
◇
その後、廊下で。
気まずい空気を感じながら、リリカと共に廊下を歩く。
すると、獣人の少女が俺とリリカに近づいてきた。
「ねえ。話し合いは終わった?」
遠慮のない声だ。
今は救われるような気もするが。
「あれ? 二人とも喧嘩した?」
「……してないわ。ただ、お互いの立場を守っているだけ」
「ふうん?」
にやりと笑う。
「番にならないなら、あたしがなってもいいよ?」
「は?」
思わず素の声が出る。
好かれるようなことをした覚えはないんだが。
まさか、飯を食わせてやったから言ってるとかじゃないよな?
獣人について、俺はあまり詳しくない。
嬉しさよりも困惑が勝った。
「フィンはあたしを差別しないし、強くて好き。あたし、ネネっていうの」
ネネが俺の腕に抱きつく。
リリカがヒュっと息を飲む気配がした。
「離れなさい。今すぐに」
リリカが即座に一歩詰める。
「フィンは私の客人よ。あなたがしていることは重大なマナー違反だわ」
「じゃあ、番になる気はあるんだ?」
「理性を持ちなさい! あなたは私付きの侍女として、常識を学んでもらいます! フィンに近づかないで!」
ぴしゃり。
妙に迫力のあるリリカだが、ネネは通じてないのか不思議そうに小首を傾げた。
「早く自分の男にすればいいのに」
「あなたって……」
「まったく、何を叫んでいるのかと思えば……。ふざけた男だな」
低い声。
まさかと想い振り返ると、ガルド卿が俺を睨んでいた。
「到着早々、女を誑かすとは」
「お、お父様。なぜこちらに」
「久方ぶりに会う娘から、旅の話を聞きたい。当然の親心だろう」
「あ、ありがとうございます」
「そんなことより、だ」
ガルド卿がツカツカと歩いてきたかと思うと、俺の肩をグッと掴んだ。
「まさか、娘に妙な期待を抱いているのではあるまいな。お前は幾つだ。言ってみろ」
「今年で三十です」
「そうか。娘は十七才だ。まだ未成年でな。来年に向けて将来の婿を振るいにかけていくところだ。当然ながら、お前の出る幕じゃない。さっさと荷ほどきをして厨房へ行け。今すぐにだ」
「承知しました」
辺境伯からの評価がまた一段下がった気がした。
まあ、今さらなんだが。
(リリカとの約束、当面は果たせそうにないな)
自嘲気味に思ってしまうが、きっとこの地でしかできない仕事があるはずだ。
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