無能と追放された結界師、三十路のおっさんですが17歳の辺境伯令嬢と婚約して人生逆転します

みかん畑

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厨房のフィン

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 厨房に回された初日から、空気は冷たかった。

「王都の料理長様は、さぞかし贅沢な暮らしをしてきたんだろうな」
「こっちはな、食材を無駄にできねえんだ」

 どこで聞いたんだか、いつの間にか俺は王都で料理長をしていたという経歴にされていた。人の噂っていうのは本当にあてにならないな。よくもまあ適当なことを言えたもんだ。

 確かに王都は豊かだが、俺は冒険者だった。
 保存食が尽き、干し肉一切れを三日かけて食ったこともある。

 食材を無駄にできない状況なんか、とっくの昔に経験積みだ。つうか、料理長ってなんだ。料理人じゃ駄目だったのか。最初に尾ひれをつけた奴に一言物申したい気分だ。

(……若く見えるって後輩には褒められてたんだけどな)

 毎日ヒゲも剃ってるし、どこに料理長要素があるんだ?
 少し目つきが悪いとか、無造作な髪が風格あるとか、何かしら理由があるはずなんだが……。

 深く考察をしていると、俺に対する陰口が耳に入ってきた。

「どうせマトモに料理も作れなくてクビにされたんだろ」
「こんな辺境に逃げ込むほどだ。窃盗でもしたんじゃないか?」
「戸締りには気をつけないとな」

 そんな言葉が遠慮なく飛んでくる。

 俺は特に訂正しない。
 こうも正すべき情報が多いと、いちいち相手にしてられなくなる。

 それに、どうせ訂正したところで別の反論が飛んでくるだけだからな。
 凝り固まった思考の人間は、相手にするだけ時間の無駄だと言える。

 俺は黙々と働き続けた。

 野菜を刻み、食器を洗い、釜の底を磨く。
 冷たい水にも、重たい鍋にも、文句は言わない。

 一カ月。無言で下働きを続けた。
 誰も俺に興味を示さなくなる頃になって、ようやく昼飯に招かれた。
 少しは認めたということだろうか?

 ――しかし、スープに口をつけて手が止まった。

 薄い。水っぽい。
 なんだこのスープ……。
 いや、これをスープと呼ぶのはスープに対する冒涜だ。
 これは「スープに近い何か」だ。

 最初、嫌がらせを受けているのかと思った。
 だが、皆と同じ鍋からよそったものだ。

「……不味いな」

 ぽつりと、そう言った。
 厨房の空気が凍る。

「なんだと?」
「食わせてもらっておいて文句か」
「やっぱり王都の人間は――」

 注意を引いたことに後悔しながら、説明する。

「食材が足りないのは分かってる。だが、使い方が悪い」
「なんだと? 俺たちが間違ってるって言うのか」
「そのとおりだ」

 今まで近づくことがなかった厨房へ向かい、最初にゴミ箱を覗いた。

「あいつ何してるんだ?」

 それから、釜の中身を覗く。
 水っぽいスープを見て確信した。

「骨と皮と脂身。全部、捨ててるだろ」
「……当たり前だ。スープが臭くなる」

 答えたのは本物の料理長だ。
 腕を組み、言い返してくる。

「臭くなるのは下処理をしてないからだ。まだ捨ててない部位はあるか?」
「あるにはあるが……。まあいい。好きに使え」

 まずは大鍋に湯を沸かす。

「湯通しだ。血と灰汁を落とす」

 骨をくぐらせると、表面に濁りが浮く。それを丁寧に掬い取る。
 次に、別の鍋で脂身と皮を弱火にかける。
 焦がさず、香りが立つまでじっと待つ。

「いい香りだ……」

 下処理を終えた骨を加え、水を注ぐ。
 煮立たせない。
 表面が静かに揺れる程度の火加減を保つ。

 浮いてくる灰汁は丁寧に掬う。

 旨味が十分に出たところで、最後に塩で味を整える。そこで火を落とした。

「できた。特製のスープだ。誰か味見してみるか?」
「俺がもらおう」

 料理長が一口。
 次の瞬間、喋らなくなった。

「……おい、俺にも分けてくれよ」
「そうだ。食わないと分からん」

 次々に杯を差し出してくるので、注いでやる。
 休憩時間が過ぎたが、誰も気づいてないようだった。
 それだけ、味が衝撃的だったのだろう。

 料理長が椀を持ったまま固まっている。

「骨と皮と脂身。こんなもので……」

 料理長は静かに息を吐いた。

「……家族にも食わせたい」

 その一言で空気が変わった。

 皆、切り詰めて生きている。
 想いは同じはずだ。

「これまでの非礼を詫びる。どうか許してほしい」

 彼は厨房に膝をついた。
 さすがに驚いて止めに入る。

「おい、何をしてるんだ」
「あんたから見りゃ拙いかもしれないが、これでも厨房を預かる身だ。料理人として、譲っちゃならねえ一線があることは理解してる。その上で、頼みたい。どうかこのグランフォードのために、あんたが持ってる知識を共有してもらえないか」

 物流も情報も滞ったグランフォードにおいて、知識は値千金の価値を持つ。
 それを無料で寄こせっていうのは、まあ乱暴な話ではあるのだろう。

 しかし、毎日まずい賄いを振る舞われるのも嫌だからな。

「やり方を真似て、広めてもらうのは構わない」
「……いいのか?」

 そもそも俺が考案したわけでもない。旅の中で手に入れた貧乏飯だったりを蓄積しただけだ。

「俺はリリカお嬢様に恩義がある。これくらいの義理は通すさ」

 しばらく、誰も何も言わなかった。

「……今まで誤解してたよ。王都の人間は傲慢だと思ってた」
「こんな懐の広い人に賄いも出さなかったなんて、恥だぜ」

 料理人たちが頭を下げた。
 だが、そんなことより一つ気になってることがある。

「そういえば、とっくに休憩時間過ぎてるぞ」
「しまった!? フィン、人手が足りねえ! 厨房に入ってくれ!」
「皿洗いはもう卒業か?」
「お前は副料理長だ」
「はぁ?」
「今作ったポストだが、誰も文句は言わんだろう。そうだよな! お前ら!」

 厨房のシェフを見回すと、彼らは揃って拍手をした。

「これからも上手い飯を作ってくれ!」
「よっ! グランフォードの希望!」
「王都の料理長様々だなぁ!」

 勝手に盛り上がってる。勘弁してくれ。

「バロウだ。よろしく頼む」
「フィンだ。料理人でも料理長でもなく元冒険者だから、そこは誤解しないでくれ。終礼で全員に伝えてくれるとありがたい」
「お、おう……」

 料理長と握手をかわす。
 心なしか、厨房が活気づいていた。

 まあ、嫌われ者を続けるよりは良かったと思いたい。

「フィン。お前は食材を確認して今日の献立を決めろ」
「いきなりだな」
「ぼうっとするな。さっさと働け。お前も今日から役職持ちなんだからな」

 ――嫌われたままの方が楽だったかもしれない。

 嘯きつつ、俺は依頼を達成するための食材の確認に取り掛かった。

 楽しくないと言えば嘘になる。そんな気分だった。
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