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赤子

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 この世界には亜人と呼ばれる種族が住んでいる。そして、彼らが暮らす国もあった。エルフの女王が治める神聖イデア共和国。彼らはエルフ以外の種族を見下し、捕らえた奴隷を魔石が取れる採掘場で働かせている。

 俺は兼ねてから、エルフ達のやり方には不快感を感じていた。
 使節団は受け入れたが、まだ手を取り合う段階ではないと思う。

「私は使節団団長のマリユスだ。よろしく頼むよ。魔王殿」

 ユリウスは年配のエルフだった。この世界の常識で考えると、老齢のエルフというのは150年以上生きているらしい。俺のような小僧と対等というのは嫌らしいな。

 同席しているララとアリソンが不穏な空気になってる。
 アリアは冷静な仮面をつけてて流石だ。

 訂正をしたのはララだった。

「マリユス殿、エリク様は魔王ではなく勇者です。女神の加護も授かっております」
「そういえば人間の伝承にありましたなぁ。裏切り者の4人目の勇者は災いをもたらすと」
「今、世界に災いをもたらしているのは3人の勇者です。エリク様が信用できないと仰るのならば、信用できる勇者様に相談してみては? イデア共和国の世界樹が狙われているそうですね?」
「共和国は精霊王様に守られているから心配無用だ。勘違いしているようだが、私はただ情報収集に来ただけでな。特に同盟関係を結ぶ必要はないと陛下から聞いている」

 同盟どころか友好関係すら結びたくないという口ぶりだ。

「そういえば、この村にはエルフがいるとか。できれば返してもらえないだろうか? 人間と血が混じるのは不快だ」
「俺の妻だ。差し出すつもりはない」
「怖い怖い。人間というのはすぐに憤る。豊かな自然と共存する我々エルフとは、根底から考え方が違うのでしょうなぁ。上には話し合いにならなかったと報告しておこう」

 マリユスは席を立った。護衛のエルフが共に出ていく。
 飲物にも手をつけず、取り付く島もない。

「ま、最初から予想はしていた通りだ」
「あまりに無礼すぎます! なんですかあの方は……!」
「挑発して相手がボロを出すのを待つ。そういうやり方なんだろう」
「申し訳ありません。お役に立てず……」
「いや、相手があのような出方では仕方ない。お茶でも飲むとしよう」

 アリアが淹れてくれた湯呑に手をつける。

「あの様子だとすぐに発ちそうだな」
「私達の村を侮ってるようでしたからね」
「もう少し景観も考えてみるか……ん? 今、危険感知の反応が……」

 胸騒ぎがする。

「どうかされましたか?」
「マリユスが何かやらかすつもりらしい。俺は広場に行く。3人はここにいてくれ」
「あの、護衛もお連れに――」

 3人には悪いが、反応のあった広場へすぐさま転移する。
 村長の家を出てすぐのところで、セレス達がマリユスに捕まっていた。

「おい、何の騒ぎだ」
「いやぁ、こんなところで同族に会えるとは。お前達も森が恋しいだろう。すぐに故郷に連れていってやるぞ」

 言って、マリユスが召喚陣を地に描く。
 現れたのは巨体を誇る風竜だった。

 これ程大掛かりな魔法は、ゲーム時代には見なかったものだ。

「セレス、アカリ、コレット、俺を信じろ!」
「「「……ッ!」」」

 3人の身体を包むように障壁が発生し、マリユスは慌てて4歩退いた。

「なんだあれは。精霊王の護りか? いや、馬鹿な。森もないのに何故……」
「俺と直接愛を交わした者は、女神の加護の対象となる。それだけのことだ」

 俺を信じている限り、強力な加護によって守られる。そういう仕組みだ。

「あ、ありえんぞ。セックスをするだけで神の加護がもらえる? そんな馬鹿げた話は聞いたことがない! 貴様、いい加減なことを言うな! 短命な人間如きが我々より加護を受けられるなどありえん話だっ!」
「喚くな。そんなことより、俺の嫁に手を出して無事でいられると思うなよ」
「やれ! ウインドドラゴン!」

 風竜の拳に殴られる。だが、俺はビクともしなかった。
 むしろ風竜の方が爪が割れて暴れている。

「な……バカな……」
「今夜はステーキだな」

 フッと俺が息を飛ばすと、真空の刃が竜を切り刻んだ。
 手、足、腹、翼、頭、部位ごとに解体してストレージに放り込む。
 ちなみに、仮にゴッド・ヒールを使った場合、魂は一個なので6体の竜が生まれたりはしない。閑話休題。

「マリユス様、お逃げ下さい!」

 エルフの女騎士が剣を抜く。
 白くてきめ細かい肌をした美しい女エルフだ。

「へ、陛下に報告せねばぁ……」

 逃げようとするマリユスの身体に空から糸が降ってきた。
 糸に捕まった彼の身体が弛緩し、だらりと脱力する。

「え……? き、貴様、マリユス様に何をした!」
「マリオネットという傀儡の魔法だ。対象の身体を操ることができる。頭くらいは自由に動かせるようにしてやるか」
「わ、悪かった! 私の負けだ! お前が正真正銘の勇者だったと本国に報告する! だから、命だけは見逃してくれ!」
「セレス達に怖い思いをさせたんだ。お前は懲役200年だ」
「嫌だ嫌だ嫌だ! そんなの私の寿命が尽きる! 頼むから帰らせてくれぇ! 助けろフルール! その為にお前を連れて来たんだ!」
「だ、大魔導士と謳われた叔父上が赤子のように……」

 耳障りなマリユスに吸魔の首輪をつける。
 手足を通常のバインドで縛って、警邏のゴーレムに引き渡した。

「ま、待って欲しい。彼はエルフの大使だ。拘留すれば政治的な問題になるかもしれない」
「それで、俺が何か困るのか?」
「え……?」
「エルフ全員がこの村を襲ったところで、俺が張った結界すら破れないだろ」
「エルフを舐めないでいただきたい!」
「じゃあエルフ全員連れてきて障壁を割ってみろ。それができたらマリユスは返してやる」

 ゴーレムは指示通りに動いてマリユスを運んでいこうとする。
 何を思ったか、フルールは俺に向かって土下座した。

「このままでは本国で女王に会わせる顔がありません! どうか、私を身代わりとさせてください!」
「い、いかんぞ! 人間と交わったエルフは国に戻れなくなる! この外道の噂を知らんのか!」
「叔父上、女王に助命をお願いします。あの方なら、きっと私のことも救ってくださいますから」
「分かった。分かったから、放せ!」

 俺はマリユスを解放してやる。

「フルールに手を出したら許さんぞ!」

 奴は馬に跨って去っていった。

「帰してよろしいのですか?」

 追いついたララに聞かれる。
 アリソンを振り切って走ってきたのか。
 汗ばんだ彼女には色気があるな。

「好きにさせるさ。今は騎士の誇りを立ててやるが、女王と話をつけてマリユスは牢に叩きこむ。嫁にストレスを与えて許されると思うなよ。残りの寿命分の懲役を課してやる」
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