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1話「一人前になりたいんです!」
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舞台はレンガと木造建築が立ち並ぶ街。
道路の敷石はこの地域の採石場から取れた瓦礫や廃石を再利用したものだ。
少女が町中を駆けている。荷物を沢山詰めたリュックサックを背負って。
彼女の名は陽州(ひす)ひだまり。
ひだまりは、一つのやや小さな古びたレンガの家屋の前にやってきた。
ここはどうやら薬品店のようだ。少女は気合いを入れた後、ドアの扉を開けた。
「たーのもー!」とひだまりは声を張り上げた。
バタンとかなり景気の良い音が薬品店のドアから鳴る。
勢いよく開けられたドアの音とひだまりの大きな声にびくっとしたあと、商品棚を整理していた店員の少女が振り向き、「……あ。ああ、いらっしゃい」と返事をした。
「林檎畑こむぎさんはいまいらっしゃいますか!?」
ひだまりはそう訊ねると、店員の少女は怪訝な目で見る。
「なんだあんた」
ひだまりはお辞儀をしながら自己紹介をはじめた。
「申し遅れました、わたし陽州(ひす)ひだまりって言います! かの有名な賞を受賞した偉大な錬金術師の林檎畑さんの元でぜひ勉強させていただきたく――」
「偉大かどうか知らないし、そんなのどうでもいいけどさ、林檎畑こむぎはあたしだよ」
「おお! そうでしたか! それなら話は早いです、どうか、どうかわたしを林檎畑さんの弟子に――」
「うちは弟子取ってないけど」
薬品店にやってきた少女のリュックサックが地面に落ちた。
「…………え?」
「いや、「え?」じゃないだろ」
砂原すふれが用事を済ませ、薬品店に戻ってきた時に、入り口でなにやら追い出されそうな人がいた。
「あらら、もめごと?」
不安な表情で店の近くまで行くと、こむぎがリュックサックを背負った少女(ひだまり)を店から追い出そうとしている。
「お願いしますぅううううう! どうして弟子入りさせてくれないんですかぁあああああ!」
「してないものはしてないっつーの!」
「このままだと泊まる宿もなくて野宿なんですよぉおおおおお! そうしたらどうしてくれるんですかぁああああ!」
「いやいやいや知らんし責任転嫁すんなよ」
すふれが二人の元までたどり着く。
「あの……どうしたの?」
こむぎはすふれに事情を話し始める。
「ああ、いやなんでも。いきなり弟子入りしたいって言ってるけどそういうのやってないから断っているだけだって」
「野宿はいやぁあああああ」
「……泊めるだけなら良いんじゃないかしら」とすふれは提案する。
「いいの!?」とひだまりは振り向く。
「一泊だけですよ。それで明日に宿を見つけるなり、故郷に帰ってくださいね」
「むー」不服そうだ。
「苦学生なのか?」とこむぎが言うと「苦しくなんてないよ、むしろ楽学生だよ!」と返すひだまり。
(なにいってんだこいつ)と半目になるこむぎ。
とりあえず、薬品店に泊めて貰えることになったひだまり。店の休憩室にある椅子に座ってテーブルに頬杖を突きながら彼女はふくれていた。
「むー」
「そんなにムキにならなくてもいいじゃない」
隣に座っていたすふれが「どうどう」と、ひだまりをなだめる。
「だってー。…………本当に弟子取ってないんですか? 追い返す口実じゃ無いんですかぁ?」
「本当の事よ。今は弟子の募集してないわ」
ひだまりは椅子から立ち上がった。
「「今」は!? じゃあ今お願いします本当お願いします」
「それはこむぎちゃんに言わないと」
「一人や二人増えても良いじゃないですか、大差ないですよ、お金は自分でなんとかしますから!」
「一人増えたらそれは大きな差だと思うわ……」
自信満々に言うひだまりにすふれは困り顔。
「弟子を一人取ったら五十人は取るようなものですよ!」
「あの……その例えはちょっと……」
ゴキ○リみたいな例えにすふれは苦笑い。
「どうしたら弟子にしてくれるのかなー」
ひだまりは腕を組んで考え始める。
「ひだまりちゃんはどうしてこむぎちゃんの弟子になりたいの?」
とすふれはたずねる。
「そりゃあもう、錬金術の天才だからですよ! すふれさんは知ってますよね! 林檎畑師匠の数々の偉業を!」
とひだまりは、なにやらこむぎについて熱く語り始めた。
「もう師匠扱いなのね……」
「認めて貰えるまでいつまでも粘りますよ! 行くぞぉー!」
とひだまりは席を立ち、たぶんこむぎのいる部屋へと勇み足で向かう。
「と、泊めるのは今日だけのつもりよー!」
とすふれは忠告したが、たぶん聞いていないだろう。
本棚にある資料やら書籍やらを整理整頓しているこむぎ。
後ろからそろりそろりと忍びより、本棚を整えている小麦の側によるひだまり。
こむぎは気にしてないのか振り向かない。
「いやー、林檎畑師匠の髪はさらさらですねぇ。艶も素晴らしいです」
「なんだいきなり。ってか、なんで髪の話をしてるんだ」
「いやー、意味はないんですがね」
「そっか、あんたのはボサボサなんだな」
「そんなことないですぅ!」ひだまりは条件反射で答える。
「シャンプーとかリンスはしっかり選べよー」
「……っていやいやそういうことじゃなくてですね……」
「じゃあなんだよ」
「林檎畑師匠の書斎は凄い威厳がありますよね……、なんていうか……アンティーク? ヴィンテージ? って言うんですかね、凄い古めかしくてほどよくダメージが書斎に与えられていて」
「馬鹿にしてんのかあんたは」半目でひだまりを見るこむぎ。
「こんなに広くて入り組んでいる書斎のお掃除大変だと思うんですよね。ですから、師匠の研究室の掃除係というかですね、なんというかそのようなお仕事を任せていただきたいかなぁ……って思うんですよ」
とひだまりはこっちに来る前に買ってきたらしいお土産をこむぎにすっと差しだそうとする。
「自分で掃除してるし今はいらない」
「そ、そんなぁ……」がーん、落ち込むひだまり。
「ついでに、賄賂? いや賄賂なのかそれ、……よくわからんが、困ってることもないし、それも必要ないから」
「ダブルガーン」
「なんだその「ダブルガーン」って」
「たずねても無意味です……意味なんかないですから」
「そ、そうか……。あと名前に「師匠」って付けたところで弟子にするわけじゃないぞ」
「現実はうまくいかねぇぜ」ひだまりはあくどい顔をしながら顔をそらす。
「……お前な」こむぎは困惑している。
「じゃあ、明日大人しく帰りますね」表情を戻して開き直ったように明るくそう言うひだまり。
「そうだな。そうしてくれよ。明日になったら荷物まとめてさっさと自分の家に帰ってくれ」とこむぎはうなずく。
そそくさとこむぎの部屋から出ようとした時、ひだまりは振り返り、小声で「やっぱ帰りません」と言う。
「いや帰れよ」とこむぎ。
ひだまりはすふれがいる店の休憩室に戻ってきた。
「だめでした……」
「そ、それは残念ね……」結果が見えていたのか微妙な顔つきのすふれ。
「師匠の意思は固かった」
「そ、そうね……」
「もー! どうしたら弟子入り出来るのー!」とひだまりは頭を抱える。
「今は弟子を取ってないのよ」とすふれ。
「むー」と不満そうなひだまり。
「やっぱり金の延べ棒じゃないとダメなのかなぁ……」
財布の残高を確認しながら悩むひだまり
「き、金の延べ棒……ね。お金の問題じゃないのは確かだし、賄賂はダメよ」
「そうですか……」ひだまりはさじを投げた。
「ひだまりちゃんって、どうしてそこまで弟子入りしたいのかしら」
腕を組みながら、ひだまりは頭の中でこむぎに弟子入りしたい理由をまとめているようだ。
「うーん、そうですね……やれるところまでは独学できたんですけど、自分の力だけだと、どうにも限界が見えてしまったんですね」
「うん」と、すふれは相づちを打つ。
「自分だけで頑張ったって、半人前にしかなれないのはわかってるつもりです。でも、もし私でもなれるなら、一人前の錬金術師になりたくて。だから林檎畑師匠に弟子入りして学んだら自分の限界を超えられるような気がするんです」
「なるほどね、こむぎちゃんを師匠に選ぶ理由がよくわかったわ。そうね、それなら諦められないわよね」すふれは理解を示していた。
「あと、すっごい高い機材とか使わして貰えないかなって」
とひだまりはついでとばかりに、人差し指同士をつんつんと合わせながら、「へへっ」と目をそらしながら言う。
(けっこう現金ね、この子……)すふれは困惑している。
「研究室って言ってもそんなに高額な機材とか材料とかは、うちにはないのよー」
手をひらひらと振りながらすふれは答えた。
「どこも経営はシビアですね」とひだまり。
「どこで覚えたのその言葉……」
すふれは苦笑いしたのち、こほんと空咳をして話を続けた。
「それはともかくとして、ひだまりちゃんの実力でアピールするのはどうかしら? 錬金術がどこまでできるのか見せたりとか」
名案を聞いたのか、ひだまりは手をポンと叩き、席から立ち上がる。
「それだ! そうですねやってみます。そっか、日頃の成果を見せればいいんですね! よーし!」とひだまりは自分が泊まらせて貰っている部屋に戻っていった。
「頑張ってねー」とひだまりに手を振るすふれ。
夕方頃、ひだまりは錬金術の成果を見せるための準備を完了し、すふれとこむぎを公園の広場に呼び出したのだった。
この町の公園は結構広くて、菜園としても使われている。
とは言っても、これといって目立つなにかがあるわけでもなく、来園者はあまりいない。
夕方頃というのもあって、周辺には三人以外見当たらなかった。
「なんだ? 見せたいものがあるらしいが」とこむぎはひだまりにたずねる。
「ま、まぁしょうもないものだと思われてしまうかもしれませんけど。師匠、内心「どうせたいしたことないんだろ」って思ってるでしょ?」
変に卑屈なひだまり。
「いや、期待しているけど」とこむぎが返事する。
「えっ」
「だから見せるなら早くして欲しいんだけどさ」
「え、えぇ……」
なぜかひだまりが困惑しているので、こむぎはすふれにひそひそと話す。
「なんか悪いこと言っちゃったかあたし」
「特にそんなことはないと思うわ……」とすふれは答える。
その二人をよそに、ひだまりはぶつぶつ独り言をいう。
「あ、あれ……おかしいな……否定されるもんだと……あれ……期待されたら逆にプレッシャーが……うぐぐ」
「期待されたのが逆効果だったみたいね」
とひだまりの様子を見て推測するすふれ。
「なんだそりゃ」変な物を見るような目でひだまりを見るこむぎであった。
「そ、それじゃあ……準備始めますね……」とぎこちない動きで準備を始めるひだまり。
「お、おう……」なにやら心配そうにひだまりを見守るこむぎ。
ひだまりは錬金術の成果を見せるための準備をはじめた。
いそいそとリュックサックから小道具を取り出して作業するひだまりを見ているすふれとこむぎ。
「それで、いま手に持っているのはなんの薬品なんだ?」
とこむぎがたずねると、広場の地面に広葉樹林の若枝を刺しながらひだまりが答えた。
「あ、これはですね、植物用の促進剤でしてね、木とか花とかをすぐに再生するものなんですよ……これを完成させるのにはけっこう……いや、かなりかなーり骨が折れまして。あ、危ないので飲んじゃダメですよ」
「飲まねぇよ」とこむぎ。
「よし……いきます!」
と気合いを入れるようにガッツポーズをしたのち、若枝に試験管の薬品を注ぐひだまり。
「すこーしづつ……すこーしづつ……あっ!」
想定以上に薬品を振りかけてしまったのか、ぎょっとした表情をひだまりは見せる。
「どうした」とこむぎがたずねると、
「ななななんでもありませーん!」ひだまりは作り笑いしながらごまかす。
「?」とこむぎは首をかしげる。
なにやらメキっと音がした。
「……えっ?」
地面に刺した木の枝がメキっと音を立てたのち、バキバキバキバキ凄い音を立てながら、大きな木へと成長していく。
「わわわわわわぁあああああああああああああああああ!!」
物凄い速度で急成長する木の枝に悲鳴を上げるひだまり。
「うわわわわわ、どどどどうしよどうしよどうしよどうしよどうしよどうしよどうしよどうしよ……!」
パニック状態のひだまりに反して、すふれとこむぎは巨大な樹木へと成長していく木の枝に圧倒されている。
「な、なんだかやばそうだが」こむぎは息を呑む。
「に、逃げましょう! ひ、ひだまりちゃーん!」
すふれはひだまりに声を掛ける。
急いで二人の元へと走ってきて一緒に逃げるひだまり。
三人は悲鳴をあげながら物凄い速度で成長する木から離れる。
成長した木は高さなんと八十メートルはあるのではないかと思われるほどの巨大樹。
木の成長が終わり、ひだまりの成果をまじまじと見ると、すふれとこむぎはあ然としていた。
「す、すごいわ……やったわね! ひだまりちゃん、すごい成果よ!」
正気に戻ったあと、すふれは素直に喜んでいる。
「へぇ、やるじゃないか。独学だけでこれはかなり凄いよ」
とこむぎはひだまりに感心していた。
(うわぁああ! 失敗失敗大失敗だよぉ!)しかし、ひだまりは後悔するように独り言を呟いていた。
「なんかうれしそうに見えないわね」とすふれ。
「なんでだ。……あ、頭を抱え始めた」とこむぎ。
言葉通り、ひだまりが頭を抱えながら、なにやらうめいている。
「結果は良かったのに不満そうだな。なんでだ」
こむぎは手をあごに当てすこし考えているようだ。
(さっき、慌てたのってまさか……ああ、これって狙ったわけじゃなかったのね)
やらかした結果の巨大樹だとすふれは気づいたようだ。
「ふむ、もっと上を目指したいなんてなぁ。将来苦労するタイプだわあいつ」
とこむぎは別の答えにたどり着いたようだった。なにやら満足そうに感心している。
「そ、そうなの……?」とすふれはこむぎを見る。
「うぉおお……」とひだまりのうめき声が聞こえる。
ひだまりの独学の成果である成長させた針葉樹(巨大化させすぎだが)を眺めながら、あごに手を当ててこむぎは考えている。
そして、うなずいて、ひだまりに向かって言う。
「よし、わかった。弟子にしてもいいよ」
「本当ですか! 師匠!」ひだまりの表情がぱぁっと明るくなった。
「あ、あぁ。そうだけど……ってかその呼び方ほんとやめて。弟子っていうのもガラじゃないからさ」
「いやでも弟子入りは弟子入りですし」
こむぎは困惑している。
「いやもう、だからもうすこーし……せ、先生とか」
と代案を上げているが、それも本当は嫌なのか照れ笑いしながら言う。
「はい、気をつけます師匠!」とひだまり。
「…………」
こむぎはひだまりを半目で見る。
後日、テレビのニュースで「公園に突如出現した巨大樹」として特番を組まれた。
この町に謎が一つ生まれ、ついでに観光名物にされた。
観光客のために周辺を整備している現場で取材を受けた市長は、本来は怪事件だというのになぜかうれしそうだった。
市長いわく「いやぁ、この街って観光名所のようなものってなかったので、これはむしろ良かったかもしれないですね。被害者はいないので、いいんじゃないですか、これはこれで」とのこと。
こむぎに弟子入りを認められたひだまりは、そのままの流れでこむぎの薬品店に住み込みで働くことになり、その流れでこの地域の高校に通うことになった。
ひだまりはいま、学校の教室にいる。数日前に始業式を終わらせ、今日から授業が始まる。
「むっふー」
机に頬杖をつきながら、ひだまりは満足そうだ。
「なんだかひまちゃん幸せそうねー」
教室内で、ひだまりのそばを通ったすふれが微笑む。
クラス分けで、すふれもひだまりと同じ教室になったのだった。
「そう見えるー?」とひだまり。
話をしているうちにひだまりのニックネームは「ひまちゃん」となった。
「うん、よっぽどこむぎちゃんに弟子入りしたかったのねー」
「そうなの! これで当面の心配はなくなったはずだよっ!」
楽しそうなひだまり。
「これからの学校生活楽しみだなー」
ひだまりはウキウキと話す。
「勉強も大切よー」とすふれが言うと、「錬金術は大丈夫だよ!」と自信満々に言うひだまり。
「それなら安心ね!」とすふれはほっとしたようにうなずく。
錬金術の授業で実習をすることになった。
授業中、教師の課題を真っ先に終わらせたのはひだまりだった。
「すごいな陽州。お前が一番だぞ」と教師が言う。
「やったー! 一番のりー!」とひだまりはウキウキ楽しそうだ。
クラスの同級生が一瞬ひだまりを注目し、負けるかとばかりに自分たちの課題に向き直った。
「おぉ、それに不純物もほぼないな、配分も理想的だし……頑張ったなー」
「えへへー」
教師は課題で提出された薬品の成分を計測器や試験紙で調べながら言う。
自分の課題を行いながら、すふれはひだまりを見る。
「ひまちゃんってもしかして、優等生だったりするのかしら。もしかして他の教科もこんな感じに完璧だったりして」と呟いていた。
ところが、体育は全然ダメだった。
体育の授業は500m走だった。
息切れして、ふらふらしながら走るひだまりに声をかけるすふれ。
「ひまちゃん、ふぁいとー」
「ぜえぜえ……も、もう無理―!」
「無理っていったら本当に無理になっちゃうわよー」
「いやいやいや物理的に無理なものは無理だから無理だって、現実的に考えよう、体力的にできないものはできないの、どうしてこんな長距離走が授業に入っているの、どうなっているの本当!」
「物理法則は関係ないと思うわよー、それじゃ私は行くわねー」
と、ひだまりを追い越して走って行くすふれの後ろ姿に、ひだまりが手を伸ばし止めようとする。
「ま、待ってー! わ、わー! すふれちゃんが一周多く回っちゃうよぉ!」
「なに言っているのー? もうすでに二周多く回っているわよー?」
後ろにいるひだまりに声をかけるすふれ。
「そ、そんな……まさかとっくのとうに周回遅れだったなんて」
がくっとうなだれてコースに膝を突いてうなだれるひだまり。
体育だけだめだったのかというと、美術や音楽もダメで、数学もダメ、外国語もダメ。
技術科目や情報工学もダメ、歴史もわからない……などなど、錬金学以外は全然ダメだった。
ついでに国語もダメだった。
「錬金術以外は全然だめなのー!勉強手伝ってー!」
ギブアップとばかりにすふれにしがみついて助けを求めるひだまり。
「ま、まさか……錬金術以外ぜーんぶダメだったなんて思いもしなかったわ……出目金もびっくりよ」
なぜか金魚の出目金が会話に登場した。
「なんで出目金」
「なんででしょうね」とすふれ。
「わたし、本当錬金術以外は全然良く分からなくて、結構困っているんだ」
「かなり特異体質だと思うわ……」すふれは苦笑い。
「そうかな」とひだまり。
「で、でも料理とか簡単なのはできるんじゃない? 家庭料理って別にきっちり作らなくていいから、よっぽどの事がない限り大丈夫だし」とすふれはたずねる。
「カップ麺なら……」とひだまり。
「それは料理じゃないわ、お湯を入れただけよ」
「それも料理じゃないの?」ひだまりはすふれの返答に首をかしげる。
「違うと思うわ……あれ、わたしが間違っているのかしら」すふれは考え込み始める。
少なくともお湯を入れただけで料理と呼ぶはずがない。
「それはともかくとして……バレンタインの日にチョコとか作ったことはないの? 手作りのほうね、買ってきた物じゃないわよー」
「元・チョコだった炭なら作ったことあるよ……」
ひだまりは明後日の方向を見る。
「そ、そう……」
すふれはなんだか申し訳なさそうな顔つきになる。
「じ、実績に入れてもいいのかな……」
「やめておいたほうがいいと思うわ」とすふれ。
本日の学校の授業が全部終わり、下校の時間になる。
ひだまりはすふれと一緒に帰っている。
下駄箱で靴を履き替えて、学校から校舎へと出て、門を出て帰宅する。
「うぅ~疲れたよぉ~」
うなだれながら歩くひだまり。
「ひまちゃん、どんまい」
とすふれはひだまりに同情する。
「これからの授業大丈夫かな……ついていけそうにないんだけど……」
「先のことを考えすぎてもだめよ、ポジティブに考えましょう! なにも考えなくていいの」
「なにも考えなくて良いの?」
「そう! なにも暗いことを考えちゃだめよ、明日の心配もダメだし一年後なんか考えてもだめよ、なにも考えないでその時のノリで動けば明るく生きていけるわ!」
「それってアッパッパーなだけじゃん!」とひだまりはツッコミを入れる。
すふれはひだまりから目をそらした。
「でもネガティブは精神衛生上たいへんよろしくないのは本当のことよ」と少しだけ付け足す。
「そりゃそうだけどさ」
とひだまりは複雑そうな表情をする。
「でも、勉強の事は考えないとダメなのはわかってるよ。錬金術だけできて頭パーじゃだめだもんね」
とひだまりは言いながら、真剣な表情で考え事をしているようだ。
「なるべく協力できることは協力するわ、だから困ったときは頼ってもいいわよー」
とすふれの言葉にひだまりは明るい表情になる。
「よかった! ありがとう!」
「答え写すのはだめだからね」とすふれが付け足すと、
「…………んむっ」ひだまりが口をつぐんだ。
「ひまちゃん?」すふれがひだまりを見ると、ひだまりは顔をそらした。
「ひまちゃん?」たずねるすふれ。
ひだまりとすふれは自宅に帰ったあと、こむぎと一緒に三人で夕食を食べる。
夕食の最中、ひだまりがこむぎにたずねた。
「師匠」
「どうした」
こむぎはもう師匠呼ばわりされても気にしないことにしているようだ。
「そういえば、気になったんですけど、師匠はいつ頃から錬金術師をしているんですか?」
「ああ、十才くらいからかな」
「じゅ、十才!?」
ひだまりは仰天している。
「すごいわよね~」とすふれが相づちを打つ。
「やっぱり天才と言われるだけありますね!」
「その呼び方やめて」とこむぎは言ったあと続ける。
「ま、まぁ……元々家柄が錬金術師の家系だったんだよ、そういう本とか道具が身近にあったからじゃない」そう言ったあとこむぎはカップに入っているコーヒーを飲んだ。
「すごいなぁ……」とひだまり。
「そのせいか錬金術ばっかりやっててちょーっと男っぽいのよね」とすふれが言う。
「おい」とこむぎ。
「えぇ、じゃあぬいぐるみとか持ってないんですか?」とひだまりがたずねると「持ってない」とこむぎが即答。
「そうですか……」ひだまりがしゅんとすると、
「あたしの部屋には絶対入るなよ」とこむぎは釘を刺す。
「怪しいなー」とすふれが言うと、びくっと警戒したように振り向くこむぎ。
「入るなよ」とこむぎはもう一度釘を刺す。
「怪しいなー」とすふれがもう一度言うと、ひだまりも「怪しいなー」と乗る。
『怪しいなー』とひだまりとすふれが同時に言う。
「……お前ら、絶対入るなよ」こむぎは半目で二人を見る。
『怪しいなー』とひだまりとすふれが同時に言う。
「入るなよ」とこむぎ。
道路の敷石はこの地域の採石場から取れた瓦礫や廃石を再利用したものだ。
少女が町中を駆けている。荷物を沢山詰めたリュックサックを背負って。
彼女の名は陽州(ひす)ひだまり。
ひだまりは、一つのやや小さな古びたレンガの家屋の前にやってきた。
ここはどうやら薬品店のようだ。少女は気合いを入れた後、ドアの扉を開けた。
「たーのもー!」とひだまりは声を張り上げた。
バタンとかなり景気の良い音が薬品店のドアから鳴る。
勢いよく開けられたドアの音とひだまりの大きな声にびくっとしたあと、商品棚を整理していた店員の少女が振り向き、「……あ。ああ、いらっしゃい」と返事をした。
「林檎畑こむぎさんはいまいらっしゃいますか!?」
ひだまりはそう訊ねると、店員の少女は怪訝な目で見る。
「なんだあんた」
ひだまりはお辞儀をしながら自己紹介をはじめた。
「申し遅れました、わたし陽州(ひす)ひだまりって言います! かの有名な賞を受賞した偉大な錬金術師の林檎畑さんの元でぜひ勉強させていただきたく――」
「偉大かどうか知らないし、そんなのどうでもいいけどさ、林檎畑こむぎはあたしだよ」
「おお! そうでしたか! それなら話は早いです、どうか、どうかわたしを林檎畑さんの弟子に――」
「うちは弟子取ってないけど」
薬品店にやってきた少女のリュックサックが地面に落ちた。
「…………え?」
「いや、「え?」じゃないだろ」
砂原すふれが用事を済ませ、薬品店に戻ってきた時に、入り口でなにやら追い出されそうな人がいた。
「あらら、もめごと?」
不安な表情で店の近くまで行くと、こむぎがリュックサックを背負った少女(ひだまり)を店から追い出そうとしている。
「お願いしますぅううううう! どうして弟子入りさせてくれないんですかぁあああああ!」
「してないものはしてないっつーの!」
「このままだと泊まる宿もなくて野宿なんですよぉおおおおお! そうしたらどうしてくれるんですかぁああああ!」
「いやいやいや知らんし責任転嫁すんなよ」
すふれが二人の元までたどり着く。
「あの……どうしたの?」
こむぎはすふれに事情を話し始める。
「ああ、いやなんでも。いきなり弟子入りしたいって言ってるけどそういうのやってないから断っているだけだって」
「野宿はいやぁあああああ」
「……泊めるだけなら良いんじゃないかしら」とすふれは提案する。
「いいの!?」とひだまりは振り向く。
「一泊だけですよ。それで明日に宿を見つけるなり、故郷に帰ってくださいね」
「むー」不服そうだ。
「苦学生なのか?」とこむぎが言うと「苦しくなんてないよ、むしろ楽学生だよ!」と返すひだまり。
(なにいってんだこいつ)と半目になるこむぎ。
とりあえず、薬品店に泊めて貰えることになったひだまり。店の休憩室にある椅子に座ってテーブルに頬杖を突きながら彼女はふくれていた。
「むー」
「そんなにムキにならなくてもいいじゃない」
隣に座っていたすふれが「どうどう」と、ひだまりをなだめる。
「だってー。…………本当に弟子取ってないんですか? 追い返す口実じゃ無いんですかぁ?」
「本当の事よ。今は弟子の募集してないわ」
ひだまりは椅子から立ち上がった。
「「今」は!? じゃあ今お願いします本当お願いします」
「それはこむぎちゃんに言わないと」
「一人や二人増えても良いじゃないですか、大差ないですよ、お金は自分でなんとかしますから!」
「一人増えたらそれは大きな差だと思うわ……」
自信満々に言うひだまりにすふれは困り顔。
「弟子を一人取ったら五十人は取るようなものですよ!」
「あの……その例えはちょっと……」
ゴキ○リみたいな例えにすふれは苦笑い。
「どうしたら弟子にしてくれるのかなー」
ひだまりは腕を組んで考え始める。
「ひだまりちゃんはどうしてこむぎちゃんの弟子になりたいの?」
とすふれはたずねる。
「そりゃあもう、錬金術の天才だからですよ! すふれさんは知ってますよね! 林檎畑師匠の数々の偉業を!」
とひだまりは、なにやらこむぎについて熱く語り始めた。
「もう師匠扱いなのね……」
「認めて貰えるまでいつまでも粘りますよ! 行くぞぉー!」
とひだまりは席を立ち、たぶんこむぎのいる部屋へと勇み足で向かう。
「と、泊めるのは今日だけのつもりよー!」
とすふれは忠告したが、たぶん聞いていないだろう。
本棚にある資料やら書籍やらを整理整頓しているこむぎ。
後ろからそろりそろりと忍びより、本棚を整えている小麦の側によるひだまり。
こむぎは気にしてないのか振り向かない。
「いやー、林檎畑師匠の髪はさらさらですねぇ。艶も素晴らしいです」
「なんだいきなり。ってか、なんで髪の話をしてるんだ」
「いやー、意味はないんですがね」
「そっか、あんたのはボサボサなんだな」
「そんなことないですぅ!」ひだまりは条件反射で答える。
「シャンプーとかリンスはしっかり選べよー」
「……っていやいやそういうことじゃなくてですね……」
「じゃあなんだよ」
「林檎畑師匠の書斎は凄い威厳がありますよね……、なんていうか……アンティーク? ヴィンテージ? って言うんですかね、凄い古めかしくてほどよくダメージが書斎に与えられていて」
「馬鹿にしてんのかあんたは」半目でひだまりを見るこむぎ。
「こんなに広くて入り組んでいる書斎のお掃除大変だと思うんですよね。ですから、師匠の研究室の掃除係というかですね、なんというかそのようなお仕事を任せていただきたいかなぁ……って思うんですよ」
とひだまりはこっちに来る前に買ってきたらしいお土産をこむぎにすっと差しだそうとする。
「自分で掃除してるし今はいらない」
「そ、そんなぁ……」がーん、落ち込むひだまり。
「ついでに、賄賂? いや賄賂なのかそれ、……よくわからんが、困ってることもないし、それも必要ないから」
「ダブルガーン」
「なんだその「ダブルガーン」って」
「たずねても無意味です……意味なんかないですから」
「そ、そうか……。あと名前に「師匠」って付けたところで弟子にするわけじゃないぞ」
「現実はうまくいかねぇぜ」ひだまりはあくどい顔をしながら顔をそらす。
「……お前な」こむぎは困惑している。
「じゃあ、明日大人しく帰りますね」表情を戻して開き直ったように明るくそう言うひだまり。
「そうだな。そうしてくれよ。明日になったら荷物まとめてさっさと自分の家に帰ってくれ」とこむぎはうなずく。
そそくさとこむぎの部屋から出ようとした時、ひだまりは振り返り、小声で「やっぱ帰りません」と言う。
「いや帰れよ」とこむぎ。
ひだまりはすふれがいる店の休憩室に戻ってきた。
「だめでした……」
「そ、それは残念ね……」結果が見えていたのか微妙な顔つきのすふれ。
「師匠の意思は固かった」
「そ、そうね……」
「もー! どうしたら弟子入り出来るのー!」とひだまりは頭を抱える。
「今は弟子を取ってないのよ」とすふれ。
「むー」と不満そうなひだまり。
「やっぱり金の延べ棒じゃないとダメなのかなぁ……」
財布の残高を確認しながら悩むひだまり
「き、金の延べ棒……ね。お金の問題じゃないのは確かだし、賄賂はダメよ」
「そうですか……」ひだまりはさじを投げた。
「ひだまりちゃんって、どうしてそこまで弟子入りしたいのかしら」
腕を組みながら、ひだまりは頭の中でこむぎに弟子入りしたい理由をまとめているようだ。
「うーん、そうですね……やれるところまでは独学できたんですけど、自分の力だけだと、どうにも限界が見えてしまったんですね」
「うん」と、すふれは相づちを打つ。
「自分だけで頑張ったって、半人前にしかなれないのはわかってるつもりです。でも、もし私でもなれるなら、一人前の錬金術師になりたくて。だから林檎畑師匠に弟子入りして学んだら自分の限界を超えられるような気がするんです」
「なるほどね、こむぎちゃんを師匠に選ぶ理由がよくわかったわ。そうね、それなら諦められないわよね」すふれは理解を示していた。
「あと、すっごい高い機材とか使わして貰えないかなって」
とひだまりはついでとばかりに、人差し指同士をつんつんと合わせながら、「へへっ」と目をそらしながら言う。
(けっこう現金ね、この子……)すふれは困惑している。
「研究室って言ってもそんなに高額な機材とか材料とかは、うちにはないのよー」
手をひらひらと振りながらすふれは答えた。
「どこも経営はシビアですね」とひだまり。
「どこで覚えたのその言葉……」
すふれは苦笑いしたのち、こほんと空咳をして話を続けた。
「それはともかくとして、ひだまりちゃんの実力でアピールするのはどうかしら? 錬金術がどこまでできるのか見せたりとか」
名案を聞いたのか、ひだまりは手をポンと叩き、席から立ち上がる。
「それだ! そうですねやってみます。そっか、日頃の成果を見せればいいんですね! よーし!」とひだまりは自分が泊まらせて貰っている部屋に戻っていった。
「頑張ってねー」とひだまりに手を振るすふれ。
夕方頃、ひだまりは錬金術の成果を見せるための準備を完了し、すふれとこむぎを公園の広場に呼び出したのだった。
この町の公園は結構広くて、菜園としても使われている。
とは言っても、これといって目立つなにかがあるわけでもなく、来園者はあまりいない。
夕方頃というのもあって、周辺には三人以外見当たらなかった。
「なんだ? 見せたいものがあるらしいが」とこむぎはひだまりにたずねる。
「ま、まぁしょうもないものだと思われてしまうかもしれませんけど。師匠、内心「どうせたいしたことないんだろ」って思ってるでしょ?」
変に卑屈なひだまり。
「いや、期待しているけど」とこむぎが返事する。
「えっ」
「だから見せるなら早くして欲しいんだけどさ」
「え、えぇ……」
なぜかひだまりが困惑しているので、こむぎはすふれにひそひそと話す。
「なんか悪いこと言っちゃったかあたし」
「特にそんなことはないと思うわ……」とすふれは答える。
その二人をよそに、ひだまりはぶつぶつ独り言をいう。
「あ、あれ……おかしいな……否定されるもんだと……あれ……期待されたら逆にプレッシャーが……うぐぐ」
「期待されたのが逆効果だったみたいね」
とひだまりの様子を見て推測するすふれ。
「なんだそりゃ」変な物を見るような目でひだまりを見るこむぎであった。
「そ、それじゃあ……準備始めますね……」とぎこちない動きで準備を始めるひだまり。
「お、おう……」なにやら心配そうにひだまりを見守るこむぎ。
ひだまりは錬金術の成果を見せるための準備をはじめた。
いそいそとリュックサックから小道具を取り出して作業するひだまりを見ているすふれとこむぎ。
「それで、いま手に持っているのはなんの薬品なんだ?」
とこむぎがたずねると、広場の地面に広葉樹林の若枝を刺しながらひだまりが答えた。
「あ、これはですね、植物用の促進剤でしてね、木とか花とかをすぐに再生するものなんですよ……これを完成させるのにはけっこう……いや、かなりかなーり骨が折れまして。あ、危ないので飲んじゃダメですよ」
「飲まねぇよ」とこむぎ。
「よし……いきます!」
と気合いを入れるようにガッツポーズをしたのち、若枝に試験管の薬品を注ぐひだまり。
「すこーしづつ……すこーしづつ……あっ!」
想定以上に薬品を振りかけてしまったのか、ぎょっとした表情をひだまりは見せる。
「どうした」とこむぎがたずねると、
「ななななんでもありませーん!」ひだまりは作り笑いしながらごまかす。
「?」とこむぎは首をかしげる。
なにやらメキっと音がした。
「……えっ?」
地面に刺した木の枝がメキっと音を立てたのち、バキバキバキバキ凄い音を立てながら、大きな木へと成長していく。
「わわわわわわぁあああああああああああああああああ!!」
物凄い速度で急成長する木の枝に悲鳴を上げるひだまり。
「うわわわわわ、どどどどうしよどうしよどうしよどうしよどうしよどうしよどうしよどうしよ……!」
パニック状態のひだまりに反して、すふれとこむぎは巨大な樹木へと成長していく木の枝に圧倒されている。
「な、なんだかやばそうだが」こむぎは息を呑む。
「に、逃げましょう! ひ、ひだまりちゃーん!」
すふれはひだまりに声を掛ける。
急いで二人の元へと走ってきて一緒に逃げるひだまり。
三人は悲鳴をあげながら物凄い速度で成長する木から離れる。
成長した木は高さなんと八十メートルはあるのではないかと思われるほどの巨大樹。
木の成長が終わり、ひだまりの成果をまじまじと見ると、すふれとこむぎはあ然としていた。
「す、すごいわ……やったわね! ひだまりちゃん、すごい成果よ!」
正気に戻ったあと、すふれは素直に喜んでいる。
「へぇ、やるじゃないか。独学だけでこれはかなり凄いよ」
とこむぎはひだまりに感心していた。
(うわぁああ! 失敗失敗大失敗だよぉ!)しかし、ひだまりは後悔するように独り言を呟いていた。
「なんかうれしそうに見えないわね」とすふれ。
「なんでだ。……あ、頭を抱え始めた」とこむぎ。
言葉通り、ひだまりが頭を抱えながら、なにやらうめいている。
「結果は良かったのに不満そうだな。なんでだ」
こむぎは手をあごに当てすこし考えているようだ。
(さっき、慌てたのってまさか……ああ、これって狙ったわけじゃなかったのね)
やらかした結果の巨大樹だとすふれは気づいたようだ。
「ふむ、もっと上を目指したいなんてなぁ。将来苦労するタイプだわあいつ」
とこむぎは別の答えにたどり着いたようだった。なにやら満足そうに感心している。
「そ、そうなの……?」とすふれはこむぎを見る。
「うぉおお……」とひだまりのうめき声が聞こえる。
ひだまりの独学の成果である成長させた針葉樹(巨大化させすぎだが)を眺めながら、あごに手を当ててこむぎは考えている。
そして、うなずいて、ひだまりに向かって言う。
「よし、わかった。弟子にしてもいいよ」
「本当ですか! 師匠!」ひだまりの表情がぱぁっと明るくなった。
「あ、あぁ。そうだけど……ってかその呼び方ほんとやめて。弟子っていうのもガラじゃないからさ」
「いやでも弟子入りは弟子入りですし」
こむぎは困惑している。
「いやもう、だからもうすこーし……せ、先生とか」
と代案を上げているが、それも本当は嫌なのか照れ笑いしながら言う。
「はい、気をつけます師匠!」とひだまり。
「…………」
こむぎはひだまりを半目で見る。
後日、テレビのニュースで「公園に突如出現した巨大樹」として特番を組まれた。
この町に謎が一つ生まれ、ついでに観光名物にされた。
観光客のために周辺を整備している現場で取材を受けた市長は、本来は怪事件だというのになぜかうれしそうだった。
市長いわく「いやぁ、この街って観光名所のようなものってなかったので、これはむしろ良かったかもしれないですね。被害者はいないので、いいんじゃないですか、これはこれで」とのこと。
こむぎに弟子入りを認められたひだまりは、そのままの流れでこむぎの薬品店に住み込みで働くことになり、その流れでこの地域の高校に通うことになった。
ひだまりはいま、学校の教室にいる。数日前に始業式を終わらせ、今日から授業が始まる。
「むっふー」
机に頬杖をつきながら、ひだまりは満足そうだ。
「なんだかひまちゃん幸せそうねー」
教室内で、ひだまりのそばを通ったすふれが微笑む。
クラス分けで、すふれもひだまりと同じ教室になったのだった。
「そう見えるー?」とひだまり。
話をしているうちにひだまりのニックネームは「ひまちゃん」となった。
「うん、よっぽどこむぎちゃんに弟子入りしたかったのねー」
「そうなの! これで当面の心配はなくなったはずだよっ!」
楽しそうなひだまり。
「これからの学校生活楽しみだなー」
ひだまりはウキウキと話す。
「勉強も大切よー」とすふれが言うと、「錬金術は大丈夫だよ!」と自信満々に言うひだまり。
「それなら安心ね!」とすふれはほっとしたようにうなずく。
錬金術の授業で実習をすることになった。
授業中、教師の課題を真っ先に終わらせたのはひだまりだった。
「すごいな陽州。お前が一番だぞ」と教師が言う。
「やったー! 一番のりー!」とひだまりはウキウキ楽しそうだ。
クラスの同級生が一瞬ひだまりを注目し、負けるかとばかりに自分たちの課題に向き直った。
「おぉ、それに不純物もほぼないな、配分も理想的だし……頑張ったなー」
「えへへー」
教師は課題で提出された薬品の成分を計測器や試験紙で調べながら言う。
自分の課題を行いながら、すふれはひだまりを見る。
「ひまちゃんってもしかして、優等生だったりするのかしら。もしかして他の教科もこんな感じに完璧だったりして」と呟いていた。
ところが、体育は全然ダメだった。
体育の授業は500m走だった。
息切れして、ふらふらしながら走るひだまりに声をかけるすふれ。
「ひまちゃん、ふぁいとー」
「ぜえぜえ……も、もう無理―!」
「無理っていったら本当に無理になっちゃうわよー」
「いやいやいや物理的に無理なものは無理だから無理だって、現実的に考えよう、体力的にできないものはできないの、どうしてこんな長距離走が授業に入っているの、どうなっているの本当!」
「物理法則は関係ないと思うわよー、それじゃ私は行くわねー」
と、ひだまりを追い越して走って行くすふれの後ろ姿に、ひだまりが手を伸ばし止めようとする。
「ま、待ってー! わ、わー! すふれちゃんが一周多く回っちゃうよぉ!」
「なに言っているのー? もうすでに二周多く回っているわよー?」
後ろにいるひだまりに声をかけるすふれ。
「そ、そんな……まさかとっくのとうに周回遅れだったなんて」
がくっとうなだれてコースに膝を突いてうなだれるひだまり。
体育だけだめだったのかというと、美術や音楽もダメで、数学もダメ、外国語もダメ。
技術科目や情報工学もダメ、歴史もわからない……などなど、錬金学以外は全然ダメだった。
ついでに国語もダメだった。
「錬金術以外は全然だめなのー!勉強手伝ってー!」
ギブアップとばかりにすふれにしがみついて助けを求めるひだまり。
「ま、まさか……錬金術以外ぜーんぶダメだったなんて思いもしなかったわ……出目金もびっくりよ」
なぜか金魚の出目金が会話に登場した。
「なんで出目金」
「なんででしょうね」とすふれ。
「わたし、本当錬金術以外は全然良く分からなくて、結構困っているんだ」
「かなり特異体質だと思うわ……」すふれは苦笑い。
「そうかな」とひだまり。
「で、でも料理とか簡単なのはできるんじゃない? 家庭料理って別にきっちり作らなくていいから、よっぽどの事がない限り大丈夫だし」とすふれはたずねる。
「カップ麺なら……」とひだまり。
「それは料理じゃないわ、お湯を入れただけよ」
「それも料理じゃないの?」ひだまりはすふれの返答に首をかしげる。
「違うと思うわ……あれ、わたしが間違っているのかしら」すふれは考え込み始める。
少なくともお湯を入れただけで料理と呼ぶはずがない。
「それはともかくとして……バレンタインの日にチョコとか作ったことはないの? 手作りのほうね、買ってきた物じゃないわよー」
「元・チョコだった炭なら作ったことあるよ……」
ひだまりは明後日の方向を見る。
「そ、そう……」
すふれはなんだか申し訳なさそうな顔つきになる。
「じ、実績に入れてもいいのかな……」
「やめておいたほうがいいと思うわ」とすふれ。
本日の学校の授業が全部終わり、下校の時間になる。
ひだまりはすふれと一緒に帰っている。
下駄箱で靴を履き替えて、学校から校舎へと出て、門を出て帰宅する。
「うぅ~疲れたよぉ~」
うなだれながら歩くひだまり。
「ひまちゃん、どんまい」
とすふれはひだまりに同情する。
「これからの授業大丈夫かな……ついていけそうにないんだけど……」
「先のことを考えすぎてもだめよ、ポジティブに考えましょう! なにも考えなくていいの」
「なにも考えなくて良いの?」
「そう! なにも暗いことを考えちゃだめよ、明日の心配もダメだし一年後なんか考えてもだめよ、なにも考えないでその時のノリで動けば明るく生きていけるわ!」
「それってアッパッパーなだけじゃん!」とひだまりはツッコミを入れる。
すふれはひだまりから目をそらした。
「でもネガティブは精神衛生上たいへんよろしくないのは本当のことよ」と少しだけ付け足す。
「そりゃそうだけどさ」
とひだまりは複雑そうな表情をする。
「でも、勉強の事は考えないとダメなのはわかってるよ。錬金術だけできて頭パーじゃだめだもんね」
とひだまりは言いながら、真剣な表情で考え事をしているようだ。
「なるべく協力できることは協力するわ、だから困ったときは頼ってもいいわよー」
とすふれの言葉にひだまりは明るい表情になる。
「よかった! ありがとう!」
「答え写すのはだめだからね」とすふれが付け足すと、
「…………んむっ」ひだまりが口をつぐんだ。
「ひまちゃん?」すふれがひだまりを見ると、ひだまりは顔をそらした。
「ひまちゃん?」たずねるすふれ。
ひだまりとすふれは自宅に帰ったあと、こむぎと一緒に三人で夕食を食べる。
夕食の最中、ひだまりがこむぎにたずねた。
「師匠」
「どうした」
こむぎはもう師匠呼ばわりされても気にしないことにしているようだ。
「そういえば、気になったんですけど、師匠はいつ頃から錬金術師をしているんですか?」
「ああ、十才くらいからかな」
「じゅ、十才!?」
ひだまりは仰天している。
「すごいわよね~」とすふれが相づちを打つ。
「やっぱり天才と言われるだけありますね!」
「その呼び方やめて」とこむぎは言ったあと続ける。
「ま、まぁ……元々家柄が錬金術師の家系だったんだよ、そういう本とか道具が身近にあったからじゃない」そう言ったあとこむぎはカップに入っているコーヒーを飲んだ。
「すごいなぁ……」とひだまり。
「そのせいか錬金術ばっかりやっててちょーっと男っぽいのよね」とすふれが言う。
「おい」とこむぎ。
「えぇ、じゃあぬいぐるみとか持ってないんですか?」とひだまりがたずねると「持ってない」とこむぎが即答。
「そうですか……」ひだまりがしゅんとすると、
「あたしの部屋には絶対入るなよ」とこむぎは釘を刺す。
「怪しいなー」とすふれが言うと、びくっと警戒したように振り向くこむぎ。
「入るなよ」とこむぎはもう一度釘を刺す。
「怪しいなー」とすふれがもう一度言うと、ひだまりも「怪しいなー」と乗る。
『怪しいなー』とひだまりとすふれが同時に言う。
「……お前ら、絶対入るなよ」こむぎは半目で二人を見る。
『怪しいなー』とひだまりとすふれが同時に言う。
「入るなよ」とこむぎ。
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