聖女として全力を尽くしてまいりました。しかし、好色王子に婚約破棄された挙句に国を追放されました。国がどうなるか分かっていますか?

宮城 晟峰

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29話

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 国境という名の結界の外側。
 人形のような兵士たち。
 その後方には魔物の群れ。

 そこへ、月下に照らされながら、馬が進んで来る。
 ナーマは、気にも留めずグラスを口に当てている。

 馬は、国境線の手前数歩の距離で止まった。
 乗っていた少年、ヒーロスは馬から下りた。

「やあ、ナーマさん。良い夜だねー」

 声をかけられたナーマは、グラスの酒を一気の飲み干すと、舌なめずりし、ヒーロスを見た。
 邪心も疑心も怒りも何もない、ただ屈託のない笑みを浮かべる少年がそこにはいた。
 その自然体の少年に、ナーマは手招きする。

 ヒーロスは、それには応じない。
 ナーマは、ヒーロスを嘲るように言う。

「殿下は、こちら側が怖いのかしら?」

 ヒーロスは、全く変わらない風体で答える。

「うん、恐い。そっち側には行きたくないよー。ナーマさんこそ、こっちに来ない?」
「嫌よぉ、今からこの子とエッチするんだからぁ」

 そういって、横に座っていた放心状態のプププートを自分の胸に押し当てる。
 プププートは、視点がどこにあるのか分からない。
 ただ、「あー……あー……」と漏らすのみだった。

 そんな、二人を見詰めながら、ヒーロスは逆に煽る。

「こちらに来れないのは、結界によって力が弱まるのを恐れてじゃないの?」

 ヒーロスは、少年の可愛らしい笑みに、見下す視線を乗せている。
 ナーマは、ほんの少し眉を動かした。
 だが、その挑発には乗らない。

「坊やには、大人の情事はわからないわよね? セックスって、本当に気持ちが良いのよぉ?」

 そう言って、プププートの股間を撫でまわす。

「あー……あー……」
「あらあら、そんなに欲しいの? もう、仕方のない子……」

 ナーマは服を脱ぎだす。
 ヒーロスは、笑顔で魔法を打ち込んだ。

 ただのファイアーボール。
 しかし、プププートのそれではなかった。
 馬車三台にはなる、大きな火の玉だった。

 それがナーマとプププートに迫る。
 しかし、それは二人には当たらなかった。
 魔物達が身体を張って盾になったのだ。

「ああ、そう言う感じなんだね」

 そう言う感じ。
 ヒーロスは、探ったのだろう。
 そして、分かった事。
 ここにいる魔物は、ナーマの防御壁であり、攻撃手段。
 つまり、単独で考え行動するものはいない。
 
 いや、いたとしても少ないだろうと……。

「酷いことするわね。可哀想に。この子達だって生きているのよ?」
「君らの死生観はわからないよー。でもさ、君らがここに来るまでにしてきたことは、僕たち側では受け入れられないよ」
「あら、まるで、見てきたかのような言い方ね」
「見なくても分かるよー。アノイトスは、もう人の住める土地じゃない。そんな中を、雪道を、こんなに早く進軍してきた。それって、途中の村で食って来たんでしょ?」

 ヒーロスの言葉に、ナーマは胸の中で欲に溺れるプププートを放り投げ、始めて真剣に向き合った。 
 
「坊や、何しに来たのか言いな」
 
 ナーマは、妖艶で淫靡な声ではなく、ドス黒く低い声となった。
 ヒーロスも、少年の笑みを消した。

「いや、今ナーマさんが放り投げた馬鹿と、最後になるかもしれないから、話しておきたくてね。ナーマさん、どうかな、魔法を解いてくれない?」
「……何を狙っているのかしら?」
「正直に言うと……何も。強いて言うなら血を分けた最後の家族。真っ当に話しておきたいだけだよ。だって、他の家族はみーんな、君に殺されたんだから」

 ナーマは、今までにないくらいの反応を見せた。
 そうは言っても、そうした事に疎い一般の民衆からは分からない、わずかな動きだが……。 

「この後、互いに生死を賭けた戦いをするわけじゃん? 実はさー、僕ね、兄と碌に話した事ないわけ。君が殺した人も含めてね……エイシェットさん、あ、ナーマさんだったね……」

 ヒーロスは、わざとらしく言う。
 ナーマは、少し驚きを示してしまっていた。

 顔を取り繕うことが出来てなかったのだ。
 完全にヒーロスにペースを握られている。

「坊や、一人でここに来たのは驕りが過ぎたんじゃない?」

 そう言うと、ナーマは背中から翼を生やし、こめかみからは角が生えた。
 全身は黒く染め上げられ、人肌だったところは胸の谷間から、首筋だけとなった。

 目は銀色に光り、まさに本性を現したと言っていいだろう。

「んー。やる? でもね、これ見て」

 ヒーロスは、胸から白楼石を取り出した。
 穏やかに、暖かく、柔らかい光。

 人が見れば、引き寄せられるような、嬉しくもどこか懐かしい光。

 しかし、魔物にとってはそうではないらしい。

「ぐっ……貴様……」
「あー、ありがとう。これでまた、いろいろわかったよー」

 ナーマは、別にダメージを受けたという事ではないようだが、ヒーロスのかざした石の光りに近づけない様子だった。

「でさ、頼むよー。ナーマさん。そこのバカと話させてくれないかな? あなたの術を解いて……。それとも、君ほどの者が、術を解いたらやられるとか思ってるの? サキュバスのお姉さん」

 ヒーロスは、突然また子供のような笑顔で、大袈裟に言う。
 ナーマは沈黙した。

 しばし間があって――。

「――いいだろう。好きにするがいい」

 ナーマは、指を鳴らし、魔物の群れが居る所へ消えて行った。



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